噂のア・イ・ツ
>BOCCHI
――謁見の間だなぁ。
と他人事のように心の内で呟いてしまった。
周囲の状況は今、あなたが想像している感じで間違いない。
磨き上げられ碧く輝く床石。その中央を貫く緋色の絨毯。伸びてゆく絨毯の先には彫金でデコレーションされた、馬鹿みたいに大きな両開きの扉。
絨毯の両側には、群臣が綺羅星のごとく。
ちなみに、まだ近衛騎士団長は帰ってきてない――らしい。
確認したわけじゃ無いけれど。
そんなわけで、武官も沢山という具合になってはいない。俺が側にいる限り、マドーラにそこまで深刻な事態は起きないだろうし、その面では一応納得している。
で、天井も高いんだ、これがまた。
天井も見えないが、多分あるだろうそこからシャンデリアが吊されている。
これもなぁ。
必要かね?
だって「持続光」の魔法があるじゃ無い。
アレは弱々しいロウソクの灯りで何とかしようという工夫の末に生み出されたものじゃ無いのかね?
良くは知らないけど。
それが“異世界”にあるのがどうにも違和感を覚えてしまう。
今はそのシャンデリアに「持続光」が瞬いているが、これで良いのか異世界。
時刻は午前中で、明かりはこれまた高い部分から採光されているが……灯りは必要だろうな。
「――ムラタさん」
本日も俺の壊れスキルででっち上げたSF椅子に腰掛けるマドーラから話しかけられた。
会議室に乗り込んでから……3日か。それぐらい経過してるので、少し慣れて来た感じのするマドーラだ。
――何に慣れたのか?
などとはせず、あえて主語は考えない方で心がけていきたい。
ちなみに一番お気に入りで慣れてしまったジーンズ姿で、今日もまたキルシュさんを悩ませてしまった。
俺も何とかあぐらは止めて貰おうとキルシュさんとタッグを組んでいるが、この女の子、TPOを弁えてるっぽいんだよなぁ。
今もきっちり足を揃えて座ってるし。
「――なんだ?」
「これだけの規模が必要なんですか?」
そうマドーラが告げた途端、群臣の仲で1人位置の違う場所に立っていたメオイネ公がギョッと目を剥いていた。
……多分、余命を削っているな、これは。
ちなみに、信賞必罰、についてマドーラに教えるために、一度俺のねぐらに招いている。
そこで……まぁ、心が折れたんだろうなぁ。
奮発して、すき焼き用意したんだが、アレは味がちゃんとわかっていたのかな?
自分で出しておいてなんだが、俺は肉よりもネギとか春菊とかが有り難かった……間違いなく年齢だな。
ちなみに生卵には抵抗がないらしい。
……設定が甘いぞ、この異世界。
「大は小を兼ねると言ってな。取りあえずこの規模でやってみた」
俺はマドーラに返事をするにあたって、まずはこう切り出してみた。
「それに、これは俺のミスなんだがギンガレー伯について信頼できる情報が掴めなかった。つまりどういう人かよくわからなかった」
これは誤魔化しているわけでもなく含むところがあるわけでも無く、純粋な真実だ。
あ、遅ればせながら謁見の間にいるのは“あの”ギンガレー伯を迎えるためです。
よく為人がわからないのに“あの”とか、言ってしまってますが。
「……というわけで、基本的に大歓迎っぽくしてきた。こうしておけば建前上は文句言えないからな。おかしなところは後から訂正していこう」
「わかりました」
「それに、こういう儀式を同じように決まり切ったやり方で行うのもどうかと思う。それぞれの状況を考えて、仕事をするべきだ――君の場合だと仕事をさせるべきだ、の方が良いか」
マドーラはこっくりと頷いた。
「というわけで、今回はこういう規模で納得して欲しい。これで浮かれたり油断が多くなるようなら、それに併せて処置しよう」
再びこっくりと頷くマドーラ。
「……ムラタ」
寿命が縮みそうな声音でメオイネ公が話しかけてくる。
「なんですか?」
俺は、ニッコリと微笑みながら返事をする。
「いや、あのな……いや――何でも無い」
さすがに心が折れてる人はひと味違う。
マドーラに明け透けに説明するな、とか何とかそういう方面の注意をしようと考えていたのだろう。
だが、そもそもギンガレー伯を掣肘したいという望みは、メオイネ公も持っていたはずだ。
俺に続けて文句を言い続けた場合、そう混ぜっ返されることを考え……おお、この方向性ならメオイネ公、心折れてないよ。
やったね公!
「それと、お主の格好は一体なんじゃ?」
「あ、気付きましたか」
「気付かぬはずがなかろう」
実は俺も装いを変えている。
この字面だけ取ると、お洒落に目覚めたみたいで忸怩たるものがあるが、言い訳をさせて欲しい。
まず、今までは目立ちたくなかったから“異世界”に合わせた装いをしてきたわけだ。
だが、マドーラに服を用意する時に気付いたのだ。
(やだ……俺が異世界の格好する意味なさ過ぎ?)
と。
もう悪目立ちしているし、慣れた格好の方が便利なことは間違いない。
ポケットも多いし、防刃仕様にしても納得できるし、懐に得物を飲ませるのも簡単だ。
ホルスターって、そもそもこういう格好用だし。
つまり今の俺は、茶色のダブルである。
ダブルにしたのは一応「謁見の間」を意識してのこと。
ちなみにノーネクタイで、白の開襟シャツをアンダーに。
これタートルネックを組み合わせてたような気がするが、俺、のど元締めるのそもそもきらいなんだよな。
足は変わらずスニーカー。珍妙な取り合わせだとわかっているが、どうせそれをピンポイントで指摘できる“異世界”人はいない。
だからトータルで見ると……スジもの、っぽく見えることも承知はしている。
でもこれが楽なんだよなぁ。
謁見が終わればダブル止めてブルゾンとかに倒しておくか。
それはともかく、今はメオイネ公に回答しなければ。
「俺の世界では、一張羅なんですよ」
多分、嘘は言ってない。
「つまり、場に相応しい出で立ちを心がけたと――お主がか?」
あ、その尻上がりの口調。
俺をまったく信用してないことが手に取るようにわかります。
まったく嬉しくなるじゃ無いか。
「メオイネ公――宰相、やってみません?」
「お断りだ」
喜びのあまりウィムジィ卿のプロポーズぐらいの勢いで、宰相職を勧めているのに、またもやすげなく返されてしまった。
ま、この状況だと宰相とは言え徹底的に便利使いされるのわかってるんだろうな。
リンカル侯は未だに出てこないし……ま、これもその内だ。
そんな心温まるやり取りを繰り広げていると、侍従達が音もなく動き始めた。
その内の2名が、燕尾服っぽい格好でこちら――というか、マドーラに無言のままお伺いを立ててきた。
マドーラが打ち合わせ通り、小さく頷くと、その2名がそのまま扉に近付いて行き、両開きの扉を押し開けた。
それと同時に、
「ギンガレー伯爵、ご登城!!」
と、先触れっぽい発声が為される。
何か色々と不足している気はするが、マドーラを前に“閣下”呼ばわりもおかしいか、と一応納得。
それに確認すべきは、そんな些末なことでは無い。
身の丈は――まぁ普通だな。
取り立てて、大きかったり小さかったりはしない。
痩せてはいないようだが、これはなんとも言えない。
緑で染められたビロード地らしき、ゆったりとした衣服に身を包んでおり、体型が何とも判断しづらいのだ。
もしかしたら肥えている可能性もあるが……首回りはスッとしているな。
ライトブラウンの髪と髭。
この髭は綺麗に整えられているが、口ひげ、あごひげと顔全体を覆っている。
眉も太く、その下には空色の瞳。
そしてこの国では珍しいことに、服と同じように緑色のフェルト帽を被っていた。
フェルト帽からは金糸で編まれた飾り紐が一房。
その装いだけ見ると、異国の商人っぽくはあるな。
顔に目一杯の作り笑顔を広げているところ何か特に。
その寸借詐欺が得意そうな男――噂のギンガレー伯は帽子を脱ぎそれを胸に抱きながら、マドーラの前で跪いた。
そして、口上。
「――お初にお目にかかります。フイラシュ子爵殿下にはご機嫌麗しゅう。私がギンガレー伯リムロックでございます」
そのまま顔を伏せる。
やはり笑みを貼り付けたままで。
……ま、第一印象的には「普通」だな。




