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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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お伽噺のように

「――メオイネ公にご理解いただいて重畳の限り。それではこちらの希望を伝えます」


 ムラタはいよいよ傍若無人に振る舞い始めた。

 だが敗北を受け入れたメオイネ公は何も言わず、そうなってしまえばペルニッツ子爵達も動けない。


 マドーラが形式上の最高位者なら、メオイネ公は今この会議室の本質的な最高位者。

 そのメオイネ公が沈黙を守っている以上、ペルニッツ子爵が出しゃばるわけにはいかない。

 謂わばこれは“宮廷力学”とも言える現象だろう。


 もっとも、今やその“本質”をムラタがひっくり返してしまったわけだが――それに気付いているのは、ムラタと、陰謀だけでは無く政治的センスを持っていたメオイネ公だけだ。

  

「ああ、その前にこれがありました。メオイネ公。よろしいですか? やはり内務卿である貴方に聞くのが早いように思うので」

「……なんじゃ――何だろうか?」


「俺へは言葉遣いを改める必要は無いですよ。得体の知れない男に敬意を持てったってそれは無理な話だ。何と言っても俺は“埒外”ですから」

「んん……そうか」


「ただマドーラへの敬意は心に留め置き下さい」

「……それをお主が言うのか……」


 苦虫を噛み潰したような表情でメオイネ公が応じる。

 それでも先ほどよりも幾分か建設的な会話である事は間違いない。


「それでお主の希望とは?」

「こんなこと、俺に言われるまでも無いでしょうが、この部屋でのマドーラの扱いに問題があるとは思いませんか? 王に対する儀礼的な部分がまったく機能していません」

「それは……」


「俺はそんなことは馬鹿らしいと感じる“異邦人”ですが、貴方がたはそうではないのでしょう? だとすれば貴方がたがすべきことは自明の理――まずは秩序を組み立て直す。これではありませんか? またそれが国のためにもなる」


 先ほどマドーラに行っていた“講義”が効いていた。

 そのせいもあって、道理はムラタにあるとメオイネ公は認めるしかなかった。


「……わかった。確かに不手際があったようだ」

「このようなことまで内務卿が細かく管理は行ってはいないのでしょう――俺は内務卿の仕事の内容をよく知りませんが」

「確かに、そこまでのことは――」


 言いながらメオイネ公はぐるりと会議室を見渡すが、テーブルに着くべき政務に携わる貴族は半分以上この場にはいない。


「――すぐには指示も出しにくそうですね」


 苦笑交じりにムラタが応じる。

 そのまま、ムラタは傍らのマドーラに話を振った。


「これはいったん保留だな。次に出来ていなかったら、その時に処理しよう」

「……処理? どういうことですか?」


 マドーラがムラタの言葉に疑問を投げかけた。

 

「会議室に限らず、こういう儀礼関係を取り仕切る役職があるはずだ。それが職能を全うできないとなれば、刑を与えなくてはならない」


「与えなくては“ならない”?」


「そうだ。人の上に立つのであれば絶対にここを揺るがしてはダメだ。ただし基準は出来るだけ明確にして、あちらこちらで大きく違うようでは、後々問題になる」


 先ほど繰り広げられた“講義”が始まっていた。


 その様子を呆然と見ていたメオイネ公の胸中にあるのは後悔。

 本来ならば自分がその役目をするべきだったのではなかったのかという想いだ。

 また、それと同時に、マドーラの資質にも改めて気付いていた。


 田舎娘だと、たまたま王家の血を受け継いだだけだと侮っていたために、完全に見過ごしていた。

 だからこそこの王宮でも、マドーラが敬われることもなく――今日のような事態に陥っている。


「今回の場合は簡単な話だがな。次までに扉を開けることせず、お前が入室する際に起立も促さない。そんないい加減な仕事が続くようであれば処罰が必要だ」


「……わかりました」


「もちろん逆の場合もある。良い仕事をした臣下には必ず報いること。言っておくが金を渡すことだけが報いるということにはならないぞ――ですよねメオイネ公」


 突然、話を振るムラタ。

 メオイネ公自身もムラタの講義を真剣に聞いていたので、それには淀みなく応じる。


「……確かに信賞必罰は大事だな」

「しんしょう……ひつばつ?」


 首を傾げるマドーラ。

 その様子を見てムラタは笑みを見せた。


「わからなければメオイネ公に聞くんだ。今すぐでなくても良い。お前の体勢が十分に整ってからで構わないが――何もかもを俺で済ますんじゃ無い」

「え……」


 不安そうな声を上げるマドーラ。

 だがムラタは笑みを浮かべたまま、


「整ってからと言っただろう。それにお前の方が偉いんだ。メオイネ公を1人で部屋に呼び出しても良い――それで構いませんね? メオイネ公」

 

 と、両者に告げた。

 その確認に、マドーラもメオイネ公も首を横に振ることが出来ない。

 それでもマドーラは救いを求めるような眼差しでムラタを見上げるが、ムラタはそれに厳しい表情で応える。


「――マドーラ。好きな人間ばかり集めていては王は務まらない。それに俺が見たところメオイネ公は話を通せば大丈夫だ」


 マドーラとメオイネ公の両者が意外そう表情を浮かべた。

 それに構わずムラタは続ける。


「今この場に、メオイネ公は出てこなくても良かった。俺みたいなのが闊歩しているんだから危険である事は間違いない。だが、こうしてここにいる。これはメオイネ公の責任感が強いと言うことだ」


 突然始まったムラタの賞賛に、メオイネ公は棒を飲み込んだようになる。

 この賞賛に感激するほどメオイネ公も馬鹿では無い。


 これは、自分を縛る言葉だ。


 だが、そうとわかりつつも、それ否定することも難しい。

 自分にそんなつもりは無かったと主張すれば――相手に自分を除く格好の名目を与えることになる。

 それこそ、職務にあたわず、と。


「……殿下がお望みとあらば」


 結局、こう答えるしか無い。

 マドーラはまだ納得していないようだが、こうなってはずっと納得しないでいてくれれば、とも思う。

 ムラタはあくまでマドーラの準備が整ったら、と宣言しているしあくまで主体は相手側だ。


(だが……)


 メオイネ公の胸中に1つの変化が始まっていた。


 垣間見たマドーラの資質。

 ムラタとマドーラの距離感。


 それらを俯瞰すれば、何かが見えてくるような気がする。


「……さて寄り道が過ぎましたが、こちらの要求です。要求と言うより下命ですね。マドーラ警護のために近衛騎士を王宮で動かしやすくします」

「う……」


 だが続けてのムラタの宣言に、メオイネ公の変化は変化は中断となった。


 その要求が為されることは半ば予想していたとは言え、出来るなら聞きたくなかった要求でもある。

 そして、その要求にには必ず「責任者の処罰」が付いてくるからだ。


 メオイネ公もこの件に関しては、深く関わっているし――こんな風に権力を手放した状態では、身を躱す術もすぐには思いつかない。


 いっその事、この場から逐電するべきか? とも思うがそれで逃げおおせることが出来ないと判断したから、敗北を認めたのだ。


 報告された、あの不可思議な“踏みつぶす力”。

 あれを防ぐ方法もまた、すぐに対処できるものでは無い。


 ――やはり覚悟を決めるべきか……


「過ぎたことに関しては、今さら言い募っても仕方ないでしょう。近衛騎士と言うぐらいですから、元々そういう役職だったと思われますが、どうですメオイネ公?」

 

 メオイネ公が覚悟を決める中、ムラタが柔らかく語りかける。

 それも最大の懸念事項をスルーするというおまけ付きで。


「……へ?」


 間抜けな声を出すメオイネ公に、今度こそムラタは苛ついたように眉を上げた。


「ですから、以前の近衛騎士の扱いですよ。それともメオイネ公の職務には含まれていませんか?」

「………い、いや、た、確かに以前は――」


「であれば予算の変更も難しくは無いでしょう。リンカル侯に命じておきますから良いように。それから騎士団長にはこの会議に席を与えます。戻り次第、すぐにそのような手筈をお願いします」


 色々と訳知りのようだが、メオイネ公はムラタの言葉に反対することが出来なかった。

 いや――反対する必要が無かった。


 ムラタの要求は王を立てるという前提において、ごくごく普通な要求だったからだ。

 むしろ今までの有り様が問題だったと言える。


 であるなら、ムラタの狙いは――?


 権力を手中に収め、やりたいことは王家の復興なのだろうか?

 まるでお伽噺に出てくる、正義の味方のようで……


「公、聞いていますか。内務卿としてマドーラに宣誓を」

「は。殿下、お言葉承りました」


 考え込んでいたメオイネ公はムラタの言葉に反射的に従ってしまったが――不思議と心がざわつかない。

 それどころか、何かスッとした気分にもなる。


 ムラタはマドーラとメオイネ公を等分に眺めて一つ頷くと、続けてこう告げた。


「では、新規採用の相談に移りましょう」

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