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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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メオイネ公の憤慨

「お、お主! な、な、何様のつもりかーーーーー!!」


 メオイネ公の声が会議室に響き渡る。

 血走った目をムラタに向けながら、口角泡を飛ばすとはこのことか、という勢いで怒鳴りつけた。


 実は小心者であるメオイネ公にしては珍しい状態ではあるが、ムラタの登場以降、ひたすらに耐えてきた分、いわゆる“キレ”てしまったらしい。


 いきなり小者扱いされたことで爆発した辺り、さすが大貴族の矜持、と言えるかも知れないが――その怒りを受けたムラタが、まったく動じた様子も無く不思議そうにメオイネ公を眺め続けている。


 その横に座るマドーラも、あまり慌てた様子も無く、ただジッとしていた。

 そうなるとメオイネ公1人だけで、大騒ぎしている状態が会議室に出来上がってしまう。

 

 “普通”であれば、メオイネ公の怒りに呼応する貴族達の声が重なるはずが、それも発生しない。

 

 やがては、耳と心が痛くなるほどの静寂が会議室を支配した。


「……貴方は、どなたですか?」


 やがてムラタが、メオイネ公に優しく問いかける。

 その姿がまるで救いの手を差し伸ばすように見えた。


「わ、我は……メオイネ公――」

「ああ、内務卿の」


 ムラタはメオイネ公の自己紹介を遮った。


「すいません。お名前は拝聴していたんですが、お顔とお名前が一致しませんから」

「そ、そうか――」

「では――この場にこうして最高位者が現れたというのに、誰も礼を示さないのは貴方の責任ということになりますか」


 ムラタの指摘に、メオイネ公はとっさに反論できなかった。

 あるいはキレたままであれば、反射的に言い争いを続けることも出来たかも知れない――その後、どのような運命が待ち受けていたとしても。


 反対にムラタが追撃を繰り出せば論戦が始まったかも知れないが、ムラタの方は言うだけ言った後、メオイネ公に興味を失ったのか視線を逸らしてしまう。

 そしてマドーラが腰掛ける椅子をぺたぺたと触っていた。


「……マドーラ、この椅子俺にくれないか? ああ、座ったままでいい。それにすぐ返す。単純に『はい、あげました』と口に出すだけで良い」

「な……!」

「……はい。『差し上げます』」


 メオイネ公の驚きの声。

 素直に応じるマドーラ。

 そして発光し始める、王の椅子。


 その三つが同時に起こり、次に今まで見たことも――考えたこともなかった現象が発生していた。

 腰掛けたままのマドーラはそのままに、その椅子が変化してゆく。

 

 ――そう変化だ。


 大きく譲歩して、金属製であるならまだ受け入れやすかったかもしれない。

 だが豪奢な造りであっても、その椅子が木製である事は周知の事実なのだ。

 それが、このような変化を見せるとは――完全に理解の範疇を超えている。


 変化はまず、椅子の下部から始まった。

 膨らんでゆき半球状の基部らしきものが出来上がる。

 それは白色だったが――材質が見当も付かない。


 そうやって周囲の人を悩ませている間にも変化は終わらない。

 座ったままのマドーラを包み込むようにして変化は進み、天蓋付き、と言って良いものだろうか?

 マドーラがよくわからない材質で、完全にガードしてしまった形だ。


「うっわー……えすえふぅ」


 と、明らかにムラタがやらかしたはずなのだが、何処か他人事のように意味がわからない言葉を呟いている。

 メオイネ公を始めとして、その場にいた全員は言葉を無くし、ただ呆然と椅子の変化を見続けていた。


「マドーラ。痛かったりはしないか? 座り心地は?」

 

 ムラタは相変わらず、周囲の反応をまったく気にしないままでマドーラに話しかけた。

 マドーラも椅子の変化に圧倒されていることに変わりは無いが、少しは耐性が出来上がっていたのだろう。


「……だ、大丈夫です。痛くはないし……前よりも座りやすいです」


 しっかり、とは言いがたいがキチンと返答することが出来た。

 ムラタはその返答に頷く。


「ここからちょっと、面倒な事になる。身体に力を入れて、歯を食いしばれ」

「え……」

「念のためだ」


 言いながらムラタは僅かに身じろぎ。

 途端、マドーラの表情にも僅かな変化。


「……何か感じるか?」

「はい……少しだけど動きづらい気がします」

「わかった」


 ムラタがそう言うと、マドーラが首を傾げる。

 そのムラタは難しい顔をしたまま、


「……それでも、その椅子は役に立つはずだ。それとこれは『無駄に思える扉の装飾』と同じで見せつける必要があったからな。いきなり見世物にして済まなかった」


 そのムラタの言葉にマドーラはしばらく考え込む様子を見せ、こうムラタに尋ねた。


「……“いきなり”も必要だったんですか?」

「その通りだ」


 即座に答えて、ムラタは今まで放置していた会議室の他の面々に向き直る。


「――さて、お待たせしたが緊急性が高いこちらの要求は二つです。まず……」

「ま、待ってくれ!」


 声を上げたのはメオイネ公では無かった。

 公は未だ呆然のまま。

 声を上げたのは警務局――主な仕事は王都の治安維持――を預かるペルニッツ子爵だった。


「なんでしょう?」


 まるで待ち構えていたようにムラタはその声に応じる。

 その反応が完全に予想外だったようで、子爵は虚を突かれ、


「そ、そ、その、さ、さっきの……先ほど椅子に使った力は何だ!?」


 子爵のしっかり手入れされた口ひげが震えていた。

 艶のあるブラウンの頭髪が今となっては、妙に浮いて見える。


 細面で彫りの深い顔立ち。整ってはいるが、何処か神経質そうではあった。

 年齢は四十絡み、といったところだろう。


「あれは俺のスキルです」

「す、す、スキル!?」


 子爵の声が裏返る。


「これについては、俺も良くわかっていませんので説明は無理です。だだできることは色々わかってきました。椅子を変化させた力はほんの一部――昨日、俺のスキルの別な形を“体感”した方もおられるのでは?」

「別な形……?」


 わかっていない子爵は、首をひねるがその子爵の視線から逃れるように会議室にいる半分ほどが、目をそらした。

 その様子を見た子爵は、何かを感じ取ったのかそのまま黙り込んでしまった。


「そ、それよりもだ!」

「今度はメオイネ公ですか? どうぞ」


 愉快そうにムラタは応じる。


「まず、お主は何者か? いかなる理由があってそのように無礼極まりなく振る舞う!?」

「おお、さすが公爵。なかなかまとまった問いかけです」

 

 ムラタは“無礼極まりなく”公爵を、上から論評してみせた。

 それに公爵が鼻白んだところで、ムラタは回答を始めた。


「俺はご覧の通りの“異邦人”です」


 そのまま自分の黒髪をつまんでみせた。


「つまりこの世界とはまったく関係なく、突然この世界に現れたわけです。この意味おわかりですか?」

「い、意味?」

「俺はこの世界の“埒外”であると言うことですよ」

「埒外……?」

「具体的に言うと、俺にこの世界の身分制度や秩序を押しつけられても迷惑である、ということになります」


 ムラタの言葉をメオイネ公が噛み砕くまでしばしの時間が必要だった。

 そして噛み砕いた後単語を並べて、それを理解しようと努めたが、どうにも上手くいかない。


 無理も無い。


 ムラタの言葉を理解するためには、まったく新しい概念を受け入れることから始めなくてはならないからだ。

 そんなことしようとしても精神こころがそれを受け付けない。


 実際にムラタの馬鹿げた“力”を見た直後であり、保身一直線だったリンカル侯の方がまだ受け入れやすかっただろう。


 さらに加えて、メオイネ公は内務卿でもある。

 到底受け入れがたいとなれば、次に脳裏に浮かんだのは「実力行使」になる。

 しかしそれも得体の知れないムラタ相手では、何の計算も立たない。


 ムラタの言葉は受け入れ難いが、さりとてそれを主張することも難しいとなれば――結局、思考は自己を守るために自動停止するしかなかったのだ。


「た、例えそうであっても、貴殿のやり様は無礼極まりないではないか?」


 次にメオイネ公の代わり、というわけではなだろうがペルニッツ子爵が、紳士的に切り出してくる。

 ムラタは一つ頷くと、


「マドーラ」


 と、傍らの少女に語りかけた。


「俺はこれで問題あるか?」

「いいえ」

「これから先もこれで構わないよな?」

「どうぞ」


 無礼極まりない、何なら貴族よりおざなりな短いやり取り。

 だが、それをマドーラはいささかも問題だとは受け取ってはおらず、むしろマドーラの方が丁寧に接している。

 

 ――これだから田舎娘は!


 と、この会議室に詰めたほとんどが、心の内でそう毒づきそうになっていた。

 実際に舌打ちした者もいる。


 ペルニッツ子爵は、それらを自分への応援と感じさらにムラタを責めるべく口を開き掛けた。

 その機先を制するように、ムラタは愉快そうに告げた。


「――わざわざ確認するまでも無いでしょうがマドーラはこの国の最高位者です。つまりマドーラが認めた以上、貴方がたはそれに従う義務がある」


 ムラタの言葉にことわりは確かにあるように思える。

 だが、その理をねじ曲げてきたのもまた貴族なのだ。


 これで恐れ入るようでは宮中での陰謀を泳いでいくことも難しい。

 ペルニッツ子爵も、しぶとく反論を構築しようとしていた。


 だが――


「マドーラにその地位を与えたのは貴族あなた達なんでしょう? 自分で決めたことなんですから自分でそれは守らなくては。道理以前に貴方がたの“誇り”はマドーラに従うことで満たされるのでは無いのですか?」


 皮肉たっぷりにムラタが告げる。

 ペルニッツ子爵がいよいよ、激高してテーブルを叩きつけた。

 今度こそ終局が訪れるかと思われたその時――


「よさんか!!」


 叱責の声が飛んだ。

 その声を誰が発したのかは確認するまでも無い。

 メオイネ公だ。


 ペルニッツ子爵以上に苦悶の表情を浮かべているが、発せられた言葉が意味するのは「制止」。


 メオイネ公は気付いたのだ。


 目の前の二人が、権威と武力を完全に兼ね備えた状態であることを。


 計略、陰謀を張り巡らせても、この二つが揃った相手を敵に回すのは厄介に過ぎる。

 もたらされた情報から考えて、いざ“実力行使”を互いに躊躇わない状態になったとしても、よく言っても負けない、ぐらいになる。


 そんな相打ち状態になっただけで、大ダメージだ。

 加えて、ムラタの力は未だ得体が知れない。

 そしてマドーラだ。そこに来て権威で以て他の貴族を糾合すれば……


 メオイネ公は悟ったのだ。


 ――もうずっと前に、自分が負けていたということを。

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