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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
第一章 ノウミーにて
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「作れよカレーを!」

 結論から言おう。

 アースジャイアント迎撃は成功した。


 それも大成功と言っても良いだろう。

 そして俺は――開いた口が締まらなくなった。


 俺の作戦を単純に説明すれば、

 

 ――アースジャイアントを川に引きずり込んで足止め。その状態で遠距離からタコ殴り。


 である。


 川に引きずり込む一番の目的は足止め以上に、急所があると思われる頭部を安易に狙えるようにするためだ。

 それを可能にするために、まず考えたことは、


「木々を炎系の魔法で根元から折り、川に放り込んで流れをせき止める。メイルたちが浅瀬になった川を渡り、ジャイアントもそこにおびき寄せる。その時、進行阻害系の魔法を掛ける。その上で、急ごしらえのダムをこれまた魔法で破壊しての溺死を狙っても良いし、川を渡りきって対岸から永遠に転がし続け攻撃」


 というガバガバなプラン。

 何しろ、自分でもよくわかっていない魔法への依存が高すぎるのが問題だ。


 そこで、


「逆に考えよう」


 となってしまったのが運の尽き――じゃなかった、幸運の始まり、と言うことにしておこう。


 俺はダメ元覚悟で、


「何かこう、冷やす感じの魔法ありますか? それで川面を凍らせたりは?」


 と聞いてみた。


 いっそのこと、と魔法に最初から寄りかかってみたのである。

 結果はこのようなものだった。


「え? ああ。『アイス』という魔法がある。基礎の基礎だよ。特に魔法職で無くとも簡易なアイテムで使えるし。ただそれだけに威力がさほどでも無くてね。熟練者が唱えればそれなりの威力だが、とてもアースジャイアントに効果を与えるほどでは……」


「いや川に向かって魔法唱える奴はいないじゃろ。ん? そういえば弾かれた『アイス』が凍らせたことはあるな」

 

 ――何故だ!?

 

 ここまでデータが出そろっているのに、何故ピンチだなんて思うんだ!

 豚肉とタマネギとジャガイモとニンジンとカレールーの元が揃っているのに、


「これじゃ何にも用意出来ないわ」


 と言ってるようなものじゃないか!


 作れよカレーを!


 飯ぐらい、普通にあるだろ!

 この際、豚肉でも鶏でも牛肉でも何でも良いよ!


 カレーの話はいいよ!!


 俺は自分への怒濤のツッコミを強引に一段落させて、頭の中で使うべき言葉を選択する。

 どうもこの時、俺はあんまりな表情だったらしいが、些末な問題だ。


「――じゃあ、こんなやり方はどうでしょう?」


 何とかオブザーバーであったことを思いだして、俺は忠告の態で言葉を並べる。


 メイルたちは、もう無理に挑む必要はない。注意だけは引きつけて。

 手配が間に合うようなら、馬の準備をしても良い。

 向かう先はこの川。


 それと別働隊を対岸側に向かわせて欲しい。魔法職なら誰でも良い。『アイス』は初心者でも使えるんでしょ?

 あとは川面を凍らせて、メイルたちにそこを渡らせて。


 アニカに余裕があるのなら、同じように『アイス』を使えば――


「そうか! ジャイアントはきっと氷は渡れない」


 やっと――


 やっとの事で、ここまで来てくれた。

 俺は万感の思いを込めて、レナシーさんを見つめた。もしかしたら涙ぐんでいたかも知れない。


「もし……もし巨人ジャイアントが渡れてしまいそうなら火系統の魔法ありませんか? 『アイス』の反対みたいな」

「なるほど。『ファイア』がある。それで氷を崩せば確実だろう」


 レナシーさんが乗ってきた。


 これだよ。

 こういう作戦会議がしたかったんだよ。

 だが、いやだからこそ俺は油断せずに、さらに詰める。


「ジャイアントは動きが鈍いと聞いています。それに直接魔法をぶつけるのでは無く、川面や氷にぶつけるならさほど難しくは無い――と思うんですが、どうでしょう?」

「うん。これは行けるぞ。何とか街を守れるかも知れない」


 失敗しても時間稼ぎにはなるだろう。

 そうすれば直接殴り合って有効打をかませる脳筋――戦士だろうが魔法使いだろうが――が、追いついて簡単に始末を付ける。


 思うに、この“異世界”では超常の能力持ちがいるから、こんな簡単な作戦も考えつかない。


 魔法もただぶつけるだけ。


 いろいろ種類があるのも、モンスターの属性とやらに対応するため、ぐらいにしか思わないのだろう。

 街の中で『アイス』を冷蔵庫代わりに使っているというのに、異様なほどの思考硬直。


 もしかしたら――


 ――これも世界システムのやり口か?


 とにかく考え込むのは一時中断。誰かに伝令に行ってもらわねば。

 このままだと鎧女が適任だろうな。口止めをどうするか……


「……だが、これじゃ“報償”はどうなるんじゃ?」

「アーサーさん、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」


 突然なんだ?

 いきなり言い争いを始めた二人を止めた俺は、その理由を聞いて、あまりのことに今度こそ絶望した。

 絶望して、笑い出すしか無かった。


 何なんだ、この“異世界”は。

 

 ――確かに、この世界システムは狂っている。


 そして会議は終わり、実際アースジャイアントは至近に迫っていたのだろう。

 俺が起きたのが昼頃だとすると、今現在の夕刻までに街に勝利の報が届いたのだから、スピード解決と言っても……脳筋たちが残ってた時の方が速いか。


 俺は一応の責任として執務室に留まっているが、そろそろ部屋に戻りたい。

 こんな革張りのソファでは無く、寝台ベッドの上でぬくぬくとゲームをしたい。

 だけどアーサーさんが戻ってくれないと、鍵がないんだよな。


 ――そのアーサーさんが言っていた“報償”の件だが。


 要はモンスターを倒した時に得ることが出来る経験値のようなものらしい。


 大事は大事なのだろう。

 それを積み重ねることによって“人”は強くなり脳筋の世界を支えているわけだから。


 ちなみにその積み重ねもカードに記載されるらしい。


 ――心の底から作らなくて良かった。


 で、アースジャイアントを川で溺れさせた場合、この“報償”が無駄になる。

 レナシーさんは諦める判断をしていたが、アーサーさんはそうもいかなかったらしい。


 だが実際、この問題も簡単に解決する。


「ジャイアントが落ちたら、徹底的に『アイス』で固めてしまえば良い」


 その後のタコ殴りをどうするのかは知ったことでは無いが、理屈を言えば普通に殴るのと変わらないはずだ。

 勝手に処理されるに違いない。


 実際、この提案でアーサーさんの憂いは晴れたようだし。


 しかし改めて思い返してみると――何をイキってるんだ俺は。

 現場もロクに知らず、頭の中だけで安楽椅子参謀気取り。


 児玉源太郎に知られたら、全力で怒鳴られるに違いない。

 二〇三高地でバカな指揮を繰り出した連中と変わらないではないか。


 そういえば乃木希典は名将だったという話もあるらしいな。でも先輩のお爺さんが実際に乃木配下で戦って「乃木はいかん」とか言ってたらしいから、実際に指揮はまずかったんじゃ……


「イチロー君」


 誰かが、日本が生み出した不世出の野球選手を呼んでいる。

 そんなことより、この際だからネットで――


「イチロー君!」


 ……

 ……あ、俺のことだったか。


「ハイハイ」


 ネットが無い“異世界(事実)”に打ちのめされながら、何とか声を返す。

 ついでに呼びかけてきた、レナシーさんへと顔を向けた。


 レナシーさんは窓際に立っていて、夕日が逆光で何やら物々しいが、トラブルは回避出来たし、メイルたちも無事だと聞いている。

 何かまだ問題が……


「君は本当に良いのか? このまま本当のことを言わなくて」

「本当のこと?」

「アースジャイアントを倒したのは君の手柄じゃ無いか」

「その話ですか」


 この世界が異常なほど硬直状態であることは置いておく。

 だから俺がしたことはたいしたことでは無い、と謙遜したいわけではない。


「レナシーさん。ここで俺が口を出したと知らせても誰も得しませんよ――まさかアーサーさんも?」


 一体、どこに消えたんだ、あの人は。

 さっさと捕まえて確認しなければ。


「口出しレベルじゃ無いだろ、君のしたことは。凄い仕事をしたんだ。それが報われてこそ組織は――人の世は成り立つんじゃないのか?」


 ……この甘ちゃんが。


 いや、もう少し格調高く表現するなら、この人は「坊や」なんだろう。

 俺は溢れ出てくる溜息を、胸の内に留めることが出来なかった。


 また同じパターンになるが仕方ない。


「――1から説明しますよ」


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