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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
第一章 ノウミーにて
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積極的ボッチのすゝめ

「今回はご縁が無かった、ということで」


 やたらに聞き馴染んだフレーズを自分の口で言ってみると妙な感覚になるな。

 一瞬、嗜虐的な性癖に目覚めそうになるが、すぐに自分を律する。


 考えるまでもない。


 そんなことに喜びを見出したら、人と関わらなくてはならないのだから。


「え?」

「あ、あの、あの、それは……」


 驚きと戸惑い。

 そうなるよな、と思いつつもこの選択に後悔は無い。


 俺は目の前に腰掛けている2人に向けて、もう1度宣言することにした。


 ここは冒険者ギルドに隣接する酒場だ。ギルドお抱え状態なのだろう。そこかしこで武装した連中がジョッキ片手に盛り上がっている。その隙間を縫って笑顔を振りまく女給ウェイトレスさんたち。


 待ち合わせが夕刻だったから、席を取れただけラッキーだったかも知れない。

 壁に掛けられた洋灯ランプのシャッターが取り払われていく。

 洋灯ランプの中にあるのは持続光コンティニュアル・ライト


 ……と俺は勝手に思っているが、要するに「魔法の光」だ。


 俺は喧噪に負けないように、ゆっくりと、わかりやすい言葉を選んでもう一度告げた。


「冒険者ギルドへの登録を、今回は見送らせもらうよ」


 今回どころか未来永劫、登録するつもりは無いんだけどね。

 それを言うのは止めておく。


「ど、どうして!?」


 勢い込んで尋ねてくるのは、メイル。

 さんざんお世話になった女の子の1人だ。


 剣をテーブルに立てかけ、身を纏うのは軽鎧。ギルドの登録カードでは「戦士」。

 あるいは、そちらの系統のいずれかだろう。


 赤い髪をポニーテールにまとめ、そこだけは女の子っぽいが、他は言葉を選べば元気が有り余っている印象だ。これで胸部装甲に厚さが加われば印象も変わってくるだろうが、ことわざにもあるだろう。


 “無い胸は揺れない”


 ……何か違う気もする。


「な、なにかイヤなことされたんですか? ……それとも私たちに……」


 素早く自虐に持ち込んだのはアニカという名の女の子だ。

 恩人2人目といったところだろう。


 ローブと言うよりも若草色のダッフルコートのような出で立ち。真綿のような真っ白いふわふわした帽子。メイルと同じように立てかけてあるのはスタッフ


 カードに書かれているのは「魔法使い」。

 ……の類義語に違いないが、メイルと同じように推測の域は出ない。


 個人情報を盗み見ようとは思わないからな。


 ちなみにアニカは凄く女の子っぽい。明るい金髪を短くまとめ、肌がまったく見えないほどがちがちに着込んでいるが、1部分に圧倒的な存在を感じざるを得ない。メイルの様にバタバタとした仕草ではなく、おっとりとして上品な身のこなしであるのに、その動きは注目を集めてしまう。


 要するに――女の子っぽいのが原因だ。


「そんな難しい事じゃ無くて、単純に俺の意気地がないんだ。冒険者って危ないことするんだろ? 俺にはとても無理だよ」


 用意しておいた言い訳を繰り出して会話を繋ぐ。

 ついでにいかにも情けなさそうなビジュアルを意識してみる。


 今の俺の容姿。


 この世界(ここ)に来てまもなく確認した。自分の記憶している自分の姿そのままだった。

 黒髪、黒目なのは日本人だから当たり前として、箸にも棒にも引っかからないフツメン。

 若干、三白眼気味なのが唯一の特徴だが、人に不快感を与えるほどでは無い――はずだ。


 実はそれ以上に、

 

 髪の毛が増えてる気がするなぁ~もしかしたら若返ってるのかな~


 とか考えるとダメージが来るので、これ以上は考えないことにしよう。

 そして俺の名前は――


「でもイチロー」


 そう、イチロー、である。

 もちろん偽名を適当にでっち上げた結果だが、とんでもない名前になってしまった。

 反省はしている。


「それじゃ、えーっと、あっと、その~アレだ! お金とか生活は? どうするの?」


 いきなりアクセルベタ踏みで発車してしまうとこは、いかにもメイルだが当然の疑問だろう。

 もうそろそろ察してくれていると思うが、どうも俺は異世界転移してしまったらしい。


 ここを確定条件として良いのかは、まだ疑問が残るところだが、とりあえずそのていで行こうと思う。


「そ、それに、登録だけでもしておいた方が良いんじゃないですか。イチローは“異邦人”――なんでしょ? そういう時は普通、登録するものだって……」


 アニカからも忠告されてしまった。


 彼女たちは、もちろん親切心から反対してくれているのだろう。それに“異邦人”――俺のような転移者のことらしい――としても登録するのが当たり前らしい。


 それもわからない話ではない。

 あっという間に出来上がる身分保障。加えて些末な仕事をも通貨に代えてくれるシステム。

 これを利用しない方法はないだろう。


 ――()()()()()()()()


「――心配かけてゴメン。ただ、それについてはちょっと見てほしいものがあるんだ」


 もちろん本当のところを告白したりはしない。

 そんなことをして関係性が深まっては面倒ごとが増えるばかり。


 だからこそ俺は腰から吊していた革袋を持ち上げて、その中身をテーブルの上に広げてみせる。


「こ、これいったいどうしたの?」

「銅貨ばかりですけど、これ一日で?」

「もちろん稼いでみたんだ。メイル、剣を貸してくれないか――もちろん鞘ごと」


 メイルは立てかけてあった剣を俺にあっさりと渡してくれた。

 これは信頼の証なのか、舐められているのか。


 もっとも狼藉を働くつもりも無いからどちらでも別に構わない。俺としては説得の手間を省きたいだけだ。その意味では素直なメイルに感謝すべきだろう。

 だから、もう一度その素直さを利用することにする。


「で、言葉だけで良いんだ。剣を俺にくれないか?」

「え? うん。えっと『それあげるよ』」


 これで手の中の剣は、俺の所有物になった。

 そう俺が確認したところで、剣がかすかに発光する。

 これで終わりだ。


「メイル、ありがとう。剣を調べてみて」


 俺はメイルに剣を返す。


「何でしょうか? とても綺麗になったような……」


 アニカが早速気付いてくれた。

 だけど、そっちに注目されるとちょっと困る。


「メイル、刀身を確認してみて。全部抜かなくても出来るだろ?」

「う、うん」


 メイルは少しだけ剣を引き抜いて、灯にかざしてみる。


「え、これ、ピカピカ……」

「メイル、研ぎに出しましたか?」


 そういう反応になるのも仕方ない。実際、俺だって仕組みはわからない。

 ただ俺には()()()()ことが出来るらしい。


「じゃ、じゃあこれで?」


 メイルが俺が望むべき結論にたどり着いたようだ。


「ああ。街角に立って看板出して、包丁とかを綺麗にしてたんだ。もちろんお金をもらってね」

「それは……“異邦人”としてのスキルですか?」

「らしいね。他に説明のしようが無いみたいだ。俺の黒髪黒目でみんな納得してくれたよ」


 “異邦人”とはそういう存在であるらしい。アニカもこの現象の原因はそこにあると考えたようだ。

 だがそうなれば、次にこうなるだろう。


「それならますます登録すべきよ。カードもらってさ」


 ――そらきた。


 だが、メイルが勢い込むのもわからないでも無い。

 確かにそうすれば少なくともスキルの名前はわかるらしい。

 上手くすれば具体的なスキルの使い方もわかるかも知れない。


 ――だけどそれじゃダメなんだ。


 それだと自分がわかる以上に周囲に知られてしまうかも知れない。

 いや、それよりも「冒険者ギルド」という謎の組織に把握されてしまうのは確実だ。


 右も左もわからない今、それはあまりに迂闊すぎる。

 ましてやギルドに登録することが自然だなんて流れがある以上、罠の存在を疑って然るべきだろう。


「イヤ勘弁してくれ。せっかくのスキルらしいのに『刀研ぎレベル1』とか判明したら、情けなさ過ぎるよ」


 だから俺は用意していた台詞を解き放った。

 あとはこれで押し切る予定だ。ここでは意固地になって繰り返した方が効果的だと踏んでいる。


「まだわからないじゃ無い」


 やっぱりメイルが説得してくれる。言葉にこそ出さないが、アニカも心配そうな表情から俺を気遣ってくれるのはよくわかる。

 俺を助けてくれた時からわかっていたことだ。


 この二人は本当に良い人だ。


 だからこそ俺は許せない。


 この世界システムが許せない。


 だからここは押す。二人に愛想を尽かされるように。

 俺に関わらないように。


「……そうかもしれない。だけど、とどめを刺されるよりも『もしかしたら良いスキルかも』と希望を抱いていたほうが良い」


 いい感じに情けなさ爆発の台詞。アドリブの割に会心の出来だ。

 さすがのメイルもアニカも顔が引きつっている。

 よし、いい感じだ。


「服買ったり、その他、立て替えてもらった色々な代金はなんとか稼いでみるよ。2人はしばらくこの街を拠点にしてるんだろ? その間になんとかするからさ。それで良いかな?」


 目指すのはCO(カットオフ)ではなくFO(フェイドアウト)

 突然にいなくなるのではなく、いつの間にかいなくなっていた――が理想だ。


「そこまで言うなら……仕方ないか」

「私は……その……良いと思います」


 ついに二人から撤退の言葉を引き出した。

 あとはここで気まずくなるような食事会――任せろ得意だ――をこなして、次の支払い日を適当に決めて解散する流れ。


 ()()()()ここでパーティーの結成。

 俺はハーレム状態でうはうは、なんてことになるのだろうが――


 ――クソッくらえだ。

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