積極的ボッチのすゝめ
「今回はご縁が無かった、ということで」
やたらに聞き馴染んだフレーズを自分の口で言ってみると妙な感覚になるな。
一瞬、嗜虐的な性癖に目覚めそうになるが、すぐに自分を律する。
考えるまでもない。
そんなことに喜びを見出したら、人と関わらなくてはならないのだから。
「え?」
「あ、あの、あの、それは……」
驚きと戸惑い。
そうなるよな、と思いつつもこの選択に後悔は無い。
俺は目の前に腰掛けている2人に向けて、もう1度宣言することにした。
ここは冒険者ギルドに隣接する酒場だ。ギルドお抱え状態なのだろう。そこかしこで武装した連中がジョッキ片手に盛り上がっている。その隙間を縫って笑顔を振りまく女給さんたち。
待ち合わせが夕刻だったから、席を取れただけラッキーだったかも知れない。
壁に掛けられた洋灯のシャッターが取り払われていく。
洋灯の中にあるのは持続光。
……と俺は勝手に思っているが、要するに「魔法の光」だ。
俺は喧噪に負けないように、ゆっくりと、わかりやすい言葉を選んでもう一度告げた。
「冒険者ギルドへの登録を、今回は見送らせもらうよ」
今回どころか未来永劫、登録するつもりは無いんだけどね。
それを言うのは止めておく。
「ど、どうして!?」
勢い込んで尋ねてくるのは、メイル。
さんざんお世話になった女の子の1人だ。
剣をテーブルに立てかけ、身を纏うのは軽鎧。ギルドの登録カードでは「戦士」。
あるいは、そちらの系統の何れかだろう。
赤い髪をポニーテールにまとめ、そこだけは女の子っぽいが、他は言葉を選べば元気が有り余っている印象だ。これで胸部装甲に厚さが加われば印象も変わってくるだろうが、ことわざにもあるだろう。
“無い胸は揺れない”
……何か違う気もする。
「な、なにかイヤなことされたんですか? ……それとも私たちに……」
素早く自虐に持ち込んだのはアニカという名の女の子だ。
恩人2人目といったところだろう。
ローブと言うよりも若草色のダッフルコートのような出で立ち。真綿のような真っ白いふわふわした帽子。メイルと同じように立てかけてあるのは杖。
カードに書かれているのは「魔法使い」。
……の類義語に違いないが、メイルと同じように推測の域は出ない。
個人情報を盗み見ようとは思わないからな。
ちなみにアニカは凄く女の子っぽい。明るい金髪を短くまとめ、肌がまったく見えないほどがちがちに着込んでいるが、1部分に圧倒的な存在を感じざるを得ない。メイルの様にバタバタとした仕草ではなく、おっとりとして上品な身のこなしであるのに、その動きは注目を集めてしまう。
要するに――女の子っぽいのが原因だ。
「そんな難しい事じゃ無くて、単純に俺の意気地がないんだ。冒険者って危ないことするんだろ? 俺にはとても無理だよ」
用意しておいた言い訳を繰り出して会話を繋ぐ。
ついでにいかにも情けなさそうなビジュアルを意識してみる。
今の俺の容姿。
この世界に来てまもなく確認した。自分の記憶している自分の姿そのままだった。
黒髪、黒目なのは日本人だから当たり前として、箸にも棒にも引っかからないフツメン。
若干、三白眼気味なのが唯一の特徴だが、人に不快感を与えるほどでは無い――はずだ。
実はそれ以上に、
髪の毛が増えてる気がするなぁ~もしかしたら若返ってるのかな~
とか考えるとダメージが来るので、これ以上は考えないことにしよう。
そして俺の名前は――
「でもイチロー」
そう、イチロー、である。
もちろん偽名を適当にでっち上げた結果だが、とんでもない名前になってしまった。
反省はしている。
「それじゃ、えーっと、あっと、その~アレだ! お金とか生活は? どうするの?」
いきなりアクセルベタ踏みで発車してしまうとこは、いかにもメイルだが当然の疑問だろう。
もうそろそろ察してくれていると思うが、どうも俺は異世界転移してしまったらしい。
ここを確定条件として良いのかは、まだ疑問が残るところだが、とりあえずその態で行こうと思う。
「そ、それに、登録だけでもしておいた方が良いんじゃないですか。イチローは“異邦人”――なんでしょ? そういう時は普通、登録するものだって……」
アニカからも忠告されてしまった。
彼女たちは、もちろん親切心から反対してくれているのだろう。それに“異邦人”――俺のような転移者のことらしい――としても登録するのが当たり前らしい。
それもわからない話ではない。
あっという間に出来上がる身分保障。加えて些末な仕事をも通貨に代えてくれるシステム。
これを利用しない方法はないだろう。
――だからイヤなんだ。
「――心配かけてゴメン。ただ、それについてはちょっと見てほしいものがあるんだ」
もちろん本当のところを告白したりはしない。
そんなことをして関係性が深まっては面倒ごとが増えるばかり。
だからこそ俺は腰から吊していた革袋を持ち上げて、その中身をテーブルの上に広げてみせる。
「こ、これいったいどうしたの?」
「銅貨ばかりですけど、これ一日で?」
「もちろん稼いでみたんだ。メイル、剣を貸してくれないか――もちろん鞘ごと」
メイルは立てかけてあった剣を俺にあっさりと渡してくれた。
これは信頼の証なのか、舐められているのか。
もっとも狼藉を働くつもりも無いからどちらでも別に構わない。俺としては説得の手間を省きたいだけだ。その意味では素直なメイルに感謝すべきだろう。
だから、もう一度その素直さを利用することにする。
「で、言葉だけで良いんだ。剣を俺にくれないか?」
「え? うん。えっと『それあげるよ』」
これで手の中の剣は、俺の所有物になった。
そう俺が確認したところで、剣がかすかに発光する。
これで終わりだ。
「メイル、ありがとう。剣を調べてみて」
俺はメイルに剣を返す。
「何でしょうか? とても綺麗になったような……」
アニカが早速気付いてくれた。
だけど、そっちに注目されるとちょっと困る。
「メイル、刀身を確認してみて。全部抜かなくても出来るだろ?」
「う、うん」
メイルは少しだけ剣を引き抜いて、灯にかざしてみる。
「え、これ、ピカピカ……」
「メイル、研ぎに出しましたか?」
そういう反応になるのも仕方ない。実際、俺だって仕組みはわからない。
ただ俺にはそういうことが出来るらしい。
「じゃ、じゃあこれで?」
メイルが俺が望むべき結論にたどり着いたようだ。
「ああ。街角に立って看板出して、包丁とかを綺麗にしてたんだ。もちろんお金をもらってね」
「それは……“異邦人”としてのスキルですか?」
「らしいね。他に説明のしようが無いみたいだ。俺の黒髪黒目でみんな納得してくれたよ」
“異邦人”とはそういう存在であるらしい。アニカもこの現象の原因はそこにあると考えたようだ。
だがそうなれば、次にこうなるだろう。
「それならますます登録すべきよ。カードもらってさ」
――そらきた。
だが、メイルが勢い込むのもわからないでも無い。
確かにそうすれば少なくともスキルの名前はわかるらしい。
上手くすれば具体的なスキルの使い方もわかるかも知れない。
――だけどそれじゃダメなんだ。
それだと自分がわかる以上に周囲に知られてしまうかも知れない。
いや、それよりも「冒険者ギルド」という謎の組織に把握されてしまうのは確実だ。
右も左もわからない今、それはあまりに迂闊すぎる。
ましてやギルドに登録することが自然だなんて流れがある以上、罠の存在を疑って然るべきだろう。
「イヤ勘弁してくれ。せっかくのスキルらしいのに『刀研ぎレベル1』とか判明したら、情けなさ過ぎるよ」
だから俺は用意していた台詞を解き放った。
あとはこれで押し切る予定だ。ここでは意固地になって繰り返した方が効果的だと踏んでいる。
「まだわからないじゃ無い」
やっぱりメイルが説得してくれる。言葉にこそ出さないが、アニカも心配そうな表情から俺を気遣ってくれるのはよくわかる。
俺を助けてくれた時からわかっていたことだ。
この二人は本当に良い人だ。
だからこそ俺は許せない。
この世界が許せない。
だからここは押す。二人に愛想を尽かされるように。
俺に関わらないように。
「……そうかもしれない。だけど、とどめを刺されるよりも『もしかしたら良いスキルかも』と希望を抱いていたほうが良い」
いい感じに情けなさ爆発の台詞。アドリブの割に会心の出来だ。
さすがのメイルもアニカも顔が引きつっている。
よし、いい感じだ。
「服買ったり、その他、立て替えてもらった色々な代金はなんとか稼いでみるよ。2人はしばらくこの街を拠点にしてるんだろ? その間になんとかするからさ。それで良いかな?」
目指すのはCOではなくFO。
突然にいなくなるのではなく、いつの間にかいなくなっていた――が理想だ。
「そこまで言うなら……仕方ないか」
「私は……その……良いと思います」
ついに二人から撤退の言葉を引き出した。
あとはここで気まずくなるような食事会――任せろ得意だ――をこなして、次の支払い日を適当に決めて解散する流れ。
本来ならここでパーティーの結成。
俺はハーレム状態でうはうは、なんてことになるのだろうが――
――クソッくらえだ。