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君に★首ったけ!  作者: 田中 義男
9/12

許せない★

 本日は、部長は朝から出社していたが、課長は休職していた社員のところに面談に行って、夕方位に一度帰社する、ということだった。多分、彼女の所に面談に行っているのだろうけど、部長からほんのりアルコールの香りがすることを鑑みると、午前中はダウンしてるのかもしれない。と、いうことはだ……

「残念だけど、二日酔いくらいじゃアイツの素顔は見られないと思うわよ」

 期待に満ちた目で、部長を見つめていた訳なのだが、早くも釘を刺されてしまった。

「それは、非常に残念です。飲み会に誘って頂けなかったのと同じくらい、非常に残念です」

 いじけながらそう伝えると、部長は珍しくシュンとした顔になった。

「それは、申し訳無かったわ。ただ、立て込んだ話もあったから。その代わり、明日は祝盃を上げられそうよ」

 部長はそう言うと、一枚の紙をカバンから取り出して、目の前に差し出した。そこには、「ごめんなさい。調子にのりました。もう酔っ払っても馬鹿な事を言いださない様に、システム導入に賛成します」と可愛らしい文字で書かれた反省文なのか決裁なのか分からない文章と、機能の日付と社長の直筆のサインが記されていた。それは、スキャナーで取り込んだPDFか写真を印刷したもののようで、余白の部分が、若干ザラザラしている。

「……えーと、つまり社長の決裁がいち早く降りてしまった、ということですかね?」

「そう。話を聞いて見たら、もともと早川の捨身の説明で、かなり好感を持ってたみたいなのよ。ほら、一年前の件について、疑わしい事ばかりなのに、あくまでも朦朧としてた中で発生したミスの具体例として上げていたじゃない?あれが良かったのよ」

「……でもこの、ごめんなさい以下の件は……しかも、いち早く部長が持っている理由もよく分からないですし……」

 恐る恐る聞いてみると、部長は凄絶な笑みを浮かべて、口を開いた。

「経営者としての自覚の甘さ、という危険因子に対して統制を行っただけよ」

「……どのような統制を行ったかは、聞かないでおきます」

 部長は、そうね、と言ってから、通常の表情に戻って話を続けた。

「まあ、そんなことだから、明日の取締役会では決裁の方向になりそうよ」

「それは、良かったです」

 今までのことを思い出して、感慨に浸りそうになったところに、執務室の扉が勢い良く開いた。

「失礼いたします!」

 そして、元気の良い声とともに吉田が現れた。

「おう、吉田か」

「どうも、吉田さん」

「お疲れ様です!新規取引先の申請に参りました!」

 吉田は俺たちに一礼してから、これまた元気な声でそう告げると、パタパタとこちらに駆け寄って、書類を差し出した。きっと、件のロシアン醤油差しのお客様だろうと思いながら受け取ると、やはりそうだった。ただし、担当者名に違和感を覚えた。そこには、日神の名前が記載されている。

「吉田、この担当者名間違ってないか?」

 そう聞くと、吉田はビクッと身を震わせてから、苦笑いをして頭を掻いた。

「あはは、日神課長に相談したら、お前にはまだ早いって言われちゃいまして……」

「でも、きっかけを作ったのはお前だろ!?何で食い下がらなかったんだ!?あと、月見野部長にはちゃんと相談したのか!?」

 思わず声を荒げてしまい、部長から咳払いで注意をうける。

「……悪い、お前に怒鳴ることじゃないよな」

 そう言って頭を下げると、吉田が慌てて口を開いた。

「いえいえ!ご心配をお掛けしてしまったので、こちらこそ申し訳ないです!……先に部長に、とも思ったんですが本日はおやすみでしたし、日神課長にも認めてもらいたかったんで……でも、私もまだまだ未熟物なのは事実なので、次回こそ頑張ります!」

 吉田はそう言って、元気よく頭を下げた。ただ、鼻の辺りが微かに痙攣している。

「……部長、ちょっと吉田を頼みます」

「ええ。行ってらっしゃい」

 執務室を後にすると、背後から微かに鼻をかむ音が聞こえた。


「失礼致します。日神課長様はいらっしゃいますでしょうか?」

 隣の執務室に入り、真っ先に日神が目に入ったが、嫌味ったらしくそう声を掛けた。日神はデスクトップに見入っていたが、一瞬だけこちらの方に視線をあげると、直ぐに視線をもとに戻した。そして、聞こえよがしに盛大に溜息を吐く。

「何か用?業務の邪魔だから、急用じゃなければ、メールにして欲しいんだけど」

「いえいえ、すぐ済む用ですので」

 にこやかにそう言いながら、日神の席に進むと、部内が俄かにざわついた。しかし、そんなことを気にしている場合では無い。

「お前、自分の都合で部下泣かせて、恥ずかしくないのか?」

 机に音を立てながら手を付き告げる。

「仮にも、元上司だった人間に対して、そんな言葉遣いをする輩の方が、社会人として恥ずべきだと思けど?」

 日神は怯むことなく、鋭い視線をこちらに向ける。

「別にお前にどう思われても構わないが、あの案件は吉田に返してやれよ」

「ああ、アレか」

 日神は、視線を少しズラしてそう呟く。

「確かに、正式な話になる前から準備してただけあって、資料はまとまっていたよ。ただ、日頃からミスも多いし、まだ早いと判断しただけだ」

 そして、口元を盛大に歪めて、言葉を続けた。

「まあ、大した案件じゃないのは確かだけど、吉田はお前に懐いてた後輩だろ?変な影響受けて、一年前みたいな失敗起こされたら、上長としてもたまったものじゃないからな。俺が管理していれば、少なくともその心配はないだろ?」

 その言葉に、気がつくと日神のネクタイを掴んでいた。

「……またそうやって、気に入らないヤツを陥れるつもりか?」

 搾り出す様に声を出す。

「……人聞きの悪いことを言うな。離せよ。それに、吉田の事は気に入ってはいるよ。しばらくは、今回みたいに面倒を見ても良いくらいには」

 挑発だと分かっていても、反射的に手が上がりそうになったその時、執務室の扉が開いた。

「やっほー、皆様。ここにウチの早川ちゃん来てなーい?」

 聞き慣れた声に振り返ると、そこには、髭面にハリウッド俳優のようなサングラスを掛けた、黒いスーツ姿の課長がいた。部内の数人が手でこちらを示すと、課長は、ありがとう、と手を振りながらツカツカとこちらに向かって来る。

「あらあら、早川ちゃん。ひがみんのネクタイが曲がってたから、直してあげたのね。この、仲良しさんたちめ★」

 課長の気の抜けた言葉に、ようやく握りしめていた日神のネクタイを離した。日神も特に何も言わずに、静かに襟元を正した。

「じゃあ、仲良しな所に水差して悪いけど、ちょっと書類の場所聞きたいから、早川ちゃんは連れて帰らせてもらうねー」

「……どうぞ」

 小さくそう呟く日神に対して、課長はウンウンと2回うなづいて、俺の手を引き歩き出した。

「あ、そうそう、ひがみん。一言だけ年長者からのアドバイスね」

 課長はそう言ってから、立ち止まり日神の方を振り返った。

「大概にしとけよ」

 その声は、恐ろしい位に低く、口元からはいつもの笑みが消えていた。それまで騒ついていた周囲が俄かに静まり、日神も息を飲んだような顔をしている。

「じゃ、バイバイなりー★」

 課長は直ぐに和やかな表情に戻り、いつもの調子でそう言いながら、俺の手を引っ張って、執務室を後にした。


 自部署に戻ると、目と鼻の周りを赤くした吉田が、部長に背中をさすられていた。なんと声をかけて良いか悩んでいたところ、後頭部に衝撃が走った。隣で課長が、手を手刀の形にして構えている。

「急に何をするんですか!?」

「制裁のウルトラ課長チョップ★」

 後頭部をさすりながら、抗議すると、課長は構えた手を握りしめて、自分の頭をコツンと叩いて舌を出した。

「憤る気持ちは分かるけど、暴力に訴えるのはダメなのねん!」

 一瞬だけ、人のこと言えないだろ、と思ったが、最もすぎる言葉だった。

「全く、アタシが忘れものを取りに出社してたから良かったものの!」

 そう言いながら、課長が大げさに頬を膨らませて、プンプンと怒り出す。

「皆さんすみません、私が未熟者なばっかりに」

 その様子を見て、吉田が鼻をかみながら、頭を下げる。

「諸々、吉田さん謝ることじゃ無いわよ」

 そう言いながら、部長が吉田の頭をぽんぽんと軽く叩く。

「早川も、抗議するくらいなら許容するけど、暴力沙汰なんか起こしたら、とてつもなく面倒な事になるのは分かるでしょ?」

 そして、俺の方を見て諭すよう言う。

「……はい、すみませんでした」

 そう謝ると、課長が横からぽんぽんと頭を叩いてきた。慰めているのだと思うが、さっきのウルトラ課長チョップのおかげで、少し痛みを感じる。

「早川ちゃんは、素直に謝れる良い子じゃのう。しかし、ひがみんはどうしたもんかね」

 課長は頭を叩いていた方の手を退けると、困った様に深い顎髭を掻き出した。

「……こちらが、案件の担当者のことにまで口を出すのは、過干渉になるわよね」

 部長が悲しそうに、そう言う。

「システムの方も、導入後には抑止力になりますけど、今動いている案件はまだ管理の対象外ですからね……」

 落胆しながらそう言うと、課長が珍しくため息をついてから、口を開く。

「何かしらで、うぎゃあ、って言わせてやりたいんだけどねー」

 その言葉を聞きながら、何となく吉田の頭を見ていると、不意にとても悪趣味だが、効果があるかもしれないことを思いついた。

「あの、ちょっと思いついたことがあるんですが……」

「何かしら?」

「はい、説明が長くなりそうなので、詳細は業務が終わってから話します。あと、そろそろ吉田の頭をぽんぽんするの、やめてあげて下さい」

 部長がハッとして手を止めて、頭を下げたままの吉田の方を見た。坊主頭の後方が薄っすら赤くなっている。

「ごめんなさい!吉田さん大丈夫!?」

「はい!大丈夫です!」

 吉田が勢い良く頭を上げる。

「吉田にもちょっと協力してもらいたいんだけど、良いか?」

「かしこまりました!伝之助さんの無念、晴らさせていただきます!」

 ……やっぱり、伝之助さんはボツを食らってたか。あと、やっぱり、そこがネックになってたか……

「ところで、さっきから気にはなっていたのだけれど、伝之助さんってどなたなの?」

 不意に、部長が地雷を踏み抜くような質問を口にしてしまった。瞬時に、泣き腫らした吉田の目がキラリと輝く。

「部長その質問はちょっと……」

「よくぞ聞いて下さいました管理部長!伝之助さんの涙無くしては語れない生い立ちをお話しいたしましょう!」

 そして俺の言葉を遮り、伝之助さん物語が幕を開けてしまった。


 その後、以外に重い人生を歩んで来た伝之助さんの物語などにより、でんでん虫の生態に異常に詳しくなりながらも業務を終え、ひっそりと抜け出し、ひっそりと戻って来た課長も引き連れ、4人で俺の自宅に向かった。


「それでー、これは何の儀式なのかなー?」

 そう言って、髭面の課長が小首を傾げる。テーブルの前に一列に並んで座り、野菜ジュースのパックを眺めている様は、確かに儀式以外の何物でもないように見えるだろう。

「えーと……何というか、上手くいくかは俺も半信半疑なのですが、多分そろそろ分かるかと」

 自信なくそう答えると、右隣りに座った吉田が、感心した顔をこちらに向けた。

「早川さんは、コンクリートジャングルの片隅で野菜ジュースに愛を叫ぶ会の所属でしたか」

「ちーがーうー!何だよその秘密結社は!?」

 いきなり見当違いな納得を始めたので、頭頂部を突っついてそう言うと、課長を挟んだ左隣から部長の咳払いが聞こえてきた。

「後輩をいじめないの!それで、この野菜ジュースがどうしたって言うのよ?」

 コンタクトを外したらしく、細いフレームの眼鏡姿に変わった部長が眼鏡のズレを正しながらそう言うと、だんだんと部屋の空気が湿って来た。

「なんというか、百聞は一見に如かずです」

 そして、3人にテーブルの上を見るように促した。

 すると、野菜ジュースの奥に黒いケバが生え始め、徐々に徐々に伸び始めた。吉田が小さく悲鳴を上げる。部長は目を見開いてからそれを凝視し、課長はサングラスのせいで表情は分からなかったが、微動だにせず野菜ジュースの方を向いていた。

 そして、髪の毛がある程度伸びてくると段々と盛り上がり、ゆっくりと頭が生え出し、目を閉じた彼女が現れた。

 絶句する3人の前で、彼女がゆっくりと眩しそうに目を開いた。そして、そのまま2、3回瞬くと、俺以外の3人に気づき、驚いたような困ったような表情になった。

「えーと……皆さんが、なんでここに?」

「ああ、俺が招待したからだよ」

「そうでしたか」

 普通に会話をする俺たちをよそに、固まっていた3人が漸く声を出した。

「三輪さん!?」

「三輪先輩!?」

「やっほー、まややん★」

 課長が意外に驚いて無かったのが気にはなるが、つまり3人の言葉を統合すると、

「君の名前は、みわ・まややん★、と言うことだね」

「ちーがーいーまーすー!三輪みわ 摩耶まやです!課長もこんな時にあだ名で呼ばないで下さいよ!」

 彼女が憤慨しながらそう言うと、課長が、メンゴメンゴ、と相変わらず謝っているのか、煽っているのか分からない言葉を発してから続けた。

「しかし、何でまた早川ちゃんの家に出現しちゃったのさ?」

「それが、私もよく分からなくて……」

 彼女の言葉に、部長が息を整えてから、尋ねた。

「……多分、その野菜ジュースのせいよね?」

「俺も、そうじゃないかと思います。これ、去年くらいに会社の冷蔵庫にあったのを部長の許可もらって持って帰ったんだけど、見覚えない?」

 そう言って野菜ジュースのパックを目の前に差し出すと、彼女はキョトンとした顔をした後、目を見開いた。そして、怒りを抑える様な表情を見せた後、段々と悲しそうな表情になり、呟いた。

「……何があったか、全部思い出しました」

「……良かったら、話してくれない?」

 部長の言葉に、彼女は小さく頷いて、ポツリポツリと話を始めた。

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