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君に★首ったけ!  作者: 田中 義男
8/12

@BAR☆

 細い路地に面した、狭いバーのカウンターで、二人の人物が盃を交わしていた。

「でもさ、アタシらも丸くなったよねー。昔は、厄介事なんてポーンと力まかせで、どうにかしてたのに」

 ウェーブの掛かったショートボブのワンピース姿の人物が、スクリュードライバーを煽りながらそう言う。

「時代は変わるのよ。今だと、無理矢理事を動かすよりも、正攻法で進めた方が、なんだかんだで一番手っ取り早いんだから」

 髪の毛をまとめ上げ、スカートのスーツ姿の女性がそう答え、猪口から少量酒を口に含んだ。二人の前には、各々のツマミが少量並べらている。

「それはそうと、今回はそっちも徹底してたよね。いつもなら、他部門の事は原則的に不干渉なのに」

 ショートボブの人物が、ピスタチオナッツを齧りながらそう言うと、まとめ髪の女性が不機嫌そうに答えた。

「ものを食べながら喋らない!全く、アンタ今年で幾つよ」

 ツブ貝の煮付けに箸を伸ばす女性を横目に、ショートボブの人物は鼻歌交じりに、はてさて幾つだったかのう、と上機嫌に答えた。女性は軽く溜息を吐くと、話の本題を切り出した。

「案件の担当がどうのってイザコザについては、すぐに会社に損失が出るわけではないから、可哀想だけど自分達でどうにかしてもらうしか無いのよ。でも、今回の一連の流れは、違うでしょ?」

「まーねー。会社の名前で勝手に見積書を出しちゃった体にして騒ぎを起こしちゃったのは、不味いねー。今回の主旨は違ったみたいだけど、やり方によっては売上をそのまま自分の懐に、なんて事も出来たりするって気づいちゃった子らも実際いたからねー。まあ、アタシの目が黒いうちは、相当な技量が無いとそんな事は難しいかもしれないけど」

 そう言いながら、ショートボブの人物が、閉じ気味のピスタチオナッツの殻をこじ開けようと、指に力を込めている。しかしすぐに諦め、隣に座る女性に、開かないから開けて、と掌にピスタチオナッツを乗せて差し出した。女性は再び小さく溜息を吐くと、器用に殻をむき、掌にピスタチオナッツを返した。

「ありがとー。まあ、今まであちらさん方の善意を信じて、押印管理任せてたけど、今回の件が起きちゃったからね」

「そうね。例え今回の一件だけの原因を取り除けたとしても、似た様な人間は必ず出てくるものだし、今回よりひどい事だって起きかねないわね」

 整えられた爪の指先が、再び猪口を口元に運ぶ。

「でーも、押印管理をコッチで引き取るのも、大変だったよね。一々承認とってたんじゃ遅いとか、一人のミスのために何で他の奴まで巻き込むんだとか……まあ、実質騒いでたのは一人だったけど」

「貴様が言うか、って話よね。まあ、だからこそ承認のスピードも速くなる様に、管理システム入れてあげるのよ」

 女性は吐き捨てる様にそう言って、猪口の中身を一気に煽った。

「まあ、なんとありがたい★……ま、案件の詳細を社内で共有できて、いつ誰がどんな操作をしたかバッチリ記録に残るって言えば、悪さする気にもならないでしょうよ」

 ショートボブの人物が、顎の下です指を組み、珍しく不機嫌そうに呟く。その様子に、まとめ髪の女性が肩をポンポンと軽く叩き、声をかける。

「あの子は、会社を興してから、始めて出来た後輩だったからね」

「そうね……それに、早川ちゃんと吉田ちゃんもいい子だし、前々から割と気に入ってたのよん」

 そう言って片方の手だけを、ナッツの皿にのばす。

「だからこそ、システム云々と同時進行で、色々動いてた訳なんだけどねー」

「まあ、普通の状態に戻ってくれたことが何よりなんだけど、珍しいわね、アンタが失敗するなんて」

 女性はそう言って、細身の徳利から中身を猪口に移した。

「うーん。何だろうね、完全に片がついたなら、もっとスッキリいろんな事を思い出してくれる筈なんだけど、何かがチョットずれてる感じなのよねー」

 ショートボブの人物はそう言い、氷ばかりになったグラスを傾け、中身をひとかけら口に含んで、ガリガリと音を立てる。

「その件は、明日の訪問でそれとなく聞いてみると良いわ。それにしても……」

 女性は猪口の中身を飲み干すと、鋭い目つきとなり、冷たく言い放った。

「色々とコケにしてくれた落とし前は、キッチリ付けてもらわないとね」

 ショートボブの人物は横目で女性をチラリとみると、含みのある微笑みを浮かべた。

「おー、怖い怖い。ま、アタシらに喧嘩を売ったんだから、多少の事は覚悟してもらわないとね」

 その声は、通常よりも数段低くなっていた。

「あ、ところでさっき、社長から連絡があったんだけどさ」

 不意にショートボブの人物が、声色を元に戻して、話題を変えた。その言葉に、まとめ髪の女性が身構える。

「……また何か、ロクでもないことじゃ無いでしょうね?」

 ショートボブの人物が、ふっふっふ、と笑ってから答える。

「メールそのまま読むよ。『この間フリーマーケットで魚拓を売ってみたらいっぱい売れたんだけど、会社の売上に計上していいー?』だそうですが、いかがいたしましょう?管理部長★」

 本当に、心底ロクでもない内容であった。にわかに、女性の顔が引きつった笑みに変化していく。

「……ちょっと、電話して来るわね★」

 そして、携帯電話を握りしめて、店の外に出て行った。

「はーい、いってらー★」

 ショートボブの人物が、楽しそうに手を振って見送る。扉が閉まったところで、バーの外から、怒鳴り声が微かに聞こえて来た。

 ショートボブの人物は、楽しそうに扉の方を見つめてから、カウンターに向き直って、カクテルを追加注文した。


 2人の夜はそんなこんなで更けていった。

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