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君に★首ったけ!  作者: 田中 義男
7/12

事の次第★

 むかぁしむかしの、ことじゃった。


「あ、そういうの、今はいいです」

 ……気が重くなる話なんだから、ちょっとくらい良いじゃないか……まあ、気を取り直そうか。

 

 今から少し昔、就職氷河期の名残がまだ残っていたけど、中規模の会社でもちらほら新卒採用が始まり出した時代だった。それでも、20社以上採用試験を受けて、内定が1件貰えれば良い方という時代で、もちろん俺も御多分に洩れず、惨敗続きだった。

 ようやく今の会社から内定が出た時は、本当にホッとしたね。

 その後、営業部に配属が決まって、そこにいた先輩が日神だった。最初は物腰が柔らかいし、指導も厳しいながらも丁寧だったし、何より成績がずっと上位だったこともあって、目標にしたい先輩だったね。だから、最初の1年とちょっとは、ずっと後ろをついて回って仕事を覚えさせてもらってた。


「何だかヒヨコみたいで、可愛いですね」


 ……今は、ヒヨコの話は置いておこうよ……


「すみません……」


 ……気を取り直して行こうか。

 

 でも、社会人2年目位になって一人で客先を回りはじめた頃から、段々と違和感を覚え始めた。

 お客様に定期的に買ってもらえるような仕事の場合は、任せてもらえたけど、突発的に出てくる案件には、必ずストップがかかった。初めのうちは、まだまだ経験が浅いから、仕方がないと思ってたけど、何度も同じことが続く内に、このままじゃいつまで経っても成長出来ないと思い始めた。


「ヒヨコのうぶ毛が羽になり始めた感じですか」


 だから、逐一ヒヨコに例えないの!


「ごめんなさい」


 ともかく、それで一度、本人に向かって、たまには突発的な案件も任せて欲しい、と言った。そうしたら日神は、お前にはまだ早い、だの、日頃から書類等のミスが多いヤツには任せられない、だの、何かトラブルになったら責任取るのは俺なんだぞ、だの言う訳だ。


「書類のミスが多いって所はいただけませんが、やる気のある人に向かってそれは、ちょっと酷いですね」


 ……書類の件については、今になっては、確かにそう思うよ。

 ただその時も、その言葉にムキになったのもあったし、見返してやろうと思って、必死に効果的なプレゼンの勉強をしたり、ミスを繰り返さないようにチェックを強化したりしてなんとか前に進もうとしていた。

 勿論、お客様とのコミュニケーションなんかも、本を読んだり、ゴルフを覚えたり、他の課の先輩にもアドバイスをもらったりしながら、強化してたよ。あとは、社内の他の部門とも疎遠になり過ぎないように、製造部門とか、購買部門とか、管理部門とかにも顔を出して話を聞いたりしてたな。


「すごい熱意ですね」


 あの頃は、若かったんだなと思うよ。

 それで、そうこうしている内に、社内の評判が良くなったみたいで、日神に何か言われても、周りがフォローを入れてくれるようになった。

 ただ、日神の方も実力を買われて、一身上の都合で退職した前課長の後任に、異例の若さで選ばれていた。当時の部は課長になると、部下の仕事の割り振りとかを結構自由に出来たから、そこからが本当に酷かった。

 同じ課には、俺の他にも先輩が何人か居たんだけど、大型の案件を取ってきても、周囲の人はおろか本人すら否定が難しいような指摘をよく通る声でされて、最終的に案件を横取りされたりして、段々と他の課に移ったり、転職したりして、入社3年目位には俺と日神だけになっていた。

 俺の方も、相変わらず大き目の案件は横取りされて、手間がかかるけれど売上とか粗利が少ない様な案件は丸投げされていた。それでも、他の部署と協力したりして、取り返しのつかないような失敗もなく、段々と成績を伸ばして行った。まあ、日神には相変わらず大きな案件を持って行かれてたんだけどね。

 そんな中、また突発的な案件が出て、また日神が横入りしようとしてた所に、見兼ねた営業部長が、そろそろ任せてやっても良いんじゃないか、と直談判してくれた。


「ちなみに、どんな案件だったんですか?」


 通称、社長の思いつきシリーズNo.26、「業務中に遊んで居てもばれない!シースルーソリティア!」っていうゲームソフトの販売およびインストール作業の提案。別件でお付き合いしていたそこそこの規模の会社から、是非話を聞きたいと言われてね。なんでも、管理職クラスの方々のPCを対象にインストールしたいと……


「うわぁ……そのお客さん、色々と大丈夫だったんですか?」


 うん、実はそのソフト誰のPCで、何時に起動して何回プレイしたかを毎日データベースサーバーに記録する作りになっててね、先方の経営陣の方々に説明したら、結構即決で契約してくれた。しばらくして、管理職の適切な人事考課に役立ったと、直々にお礼の言葉をいただいたよ。


「えげつない話ですね……でも、と言うことは、案件を任せてもらえたんですね」


 ああ。流石に部長から直々に言われたこともあって、日神もそこまで食い下がって来なかったからね。

 それで、それからは大きな案件が出て来たら、まず部長に相談してから、日神に報告するようになった。そうすれば、日神に何か言われても、部長からフォローを入れてもらえたからね。

 そんな感じで、日神もそこまで絡んで来なくなった。まあ、成功続きって訳じゃないから、失敗した時とかは、それはもう嫌味の嵐だったけど、嫌味の中から改善点を見つけて次に同じ事をしないように対策したりして、段々と成績を伸ばして来たんだよ。


「ついに、トサカが生えてきたんですね!」


 …………


「すみません、続けてください」


 まあ、そんなこんなで案件の横取りとかは無くなったけど、日神は相変わらず営業成績トップを走り続けていた。もともと、人の案件の横取りなんてしなくても、十分にやって行ける人間だったからね。

 それで、2年前位に漸く新人の後輩が入って、サポートをしつつ、先輩の名に恥じぬように必死で仕事をしていたら、一年前位にいつの間にか営業成績が日神と並んでいた。


「凄いじゃないですか!」


 うん、あの時は嬉しかったね。

 

 で、時同じくして新規の結構な規模のお客様から、大型の案件の話があった。部内とか、他部門とか、役員さんも巻き込んで、ひとまず取引の実績を作るために、ギリギリ利益が出る位の金額で提案することになった。

 それで、話を詰めに何度もお客様の所に通ったり、日々お客様のいろんな部署の人を接待したりで、死にそうになりながらも基本契約を結んで、形式的な見積書を出して、受注して、となるはずだった。

 でもある日、別のお客様にのところに、後輩と一緒に打ち合わせで直行していたら、社用の携帯電話の着信音履歴がおかしなことになっていた。打ち合わせを後輩に任せて、席を外して掛け直すと、困った声の部長が出た。

 件のお客様の所に、内示していた金額の3割引の金額の見積書が、FAXで送られている、と部長から告げられた。


「3割引だと……元々の金額がギリギリの金額だったなら、粗利がマイナスですよね?」


 そう、だから社内がえらい事になってたらしい。

 

 しかも、お客様からの連絡も、急に金額が変更されても社内でまた稟議等手続きを一からする必要があるから、正式な変更なのか、ただの間違いなのかをハッキリしてもらわないと困る、というイライラした口調での電話だったらしい。それで、後輩に打ち合わせの続きを任せて、冷や汗をかきながら会社に戻った。

 社に戻ってからすぐに、部長に状況を聞くと、取り敢えず間違った金額の見積書を出してしまった旨をお客様に説明して、日神が謝罪と正しい金額の見積書の提出に行っていることを伝えられた。

 日神が戻って来てから、会議室に呼び出されて、日神と部長と管理部長と社長を前に事情を説明することになった。

 一応、お客様は日神が謝罪に行ったおかげで、それ以上追求することもなく、元々の正しい金額で案件を続けると言う話にしてくれた。でも、一歩間違えれば会社全体を巻き込んで大惨事になってた訳だから、日神からの追求は凄かったよ。

 ただ、俺は見積書を提出をしていないどころか、まだ作ってもいなかったから、何を聞かれても解らないと言って謝るしかなかった。でも、日神からとんでもない発言が飛び出した。

 お客様の所に、俺の印鑑のある見積書が送られていた、そう言って日神は見積書のコピーを会議室の机の上に置いた。

 そこには、押した覚えのない俺の苗字の印と会社印が押されていた。

 日神が言うには、最近激務で朦朧としていたから確認もろくにせずに出してしまったんだろう、ということだった。


「……本当にそうだったんですか?」


 いや、その前日は終電近くまで接待だったから、社には戻っなかったよ。

 確かに、深夜に戻ることもあったけど、次の日が午前中から後輩を連れての打ち合わせだったからね。だから、見積もりを出せたはずは無いんだ。


「……会社の印を押すときに、管理部門の誰かがおかしいと気づいたりとかは?」


 その時は、会社もスピード感を優先していたから、見積書用の会社の印は、営業部の一定以上の役職の人間が押せるようになってたんだよ。その時、俺も主任と言うよく解らない地位だったから、押せるには押せたんだ。だから、ますます疑われる訳だ。


「それって、今までのこととかを考えても、ひがみさんが何かしらをしたようにしか思えないですよね」


 まあ、そうなんだろうけどね。


 部長と管理部長も俺がやったことでは無いと思ってくれていたらしいが、やったという証拠は明確に残っているけど、やってないという証拠は俺の証言だけだったし、ましてや日神が何かしたなんて証拠もすぐには出なかったから、フォローのしようがなかった。

 そう言う状況の中でしばらく、日神が追求して、俺が殴りかかりそうになるのを必死に堪えながら否定すると言うやり取りが続いた後、社長が口を開いた。

 真相はまだ分からないが早川と言う名前で誤った見積書が出てしまった事、それが原因でお客様からクレームに近い口調の問い合わせが来た事、それが原因で社内が混乱した事は事実だから、一応何らかのケジメをつけておかないと示しがつかない、とのことだった。

 その時、日神がすごく嫌な笑顔を浮かべていたのが印象に残っている。

 それから、日神から、最近激務が続いていたから、業務は自分と後輩に任せて少し休むと良いと言われた。多分、お払い箱ってことにしたかったんだろう。

 でもそこで、それまで静観していた管理部長から、意外な声が掛かった。

 今回のいざこざが、故意か事故かはこの際どうでも良いが、不正にもつながるような事について、管理部門として再発防止の措置を取らないわけにはいかない。だから、当事者である俺に、しばらく再発防止の措置を取る協力をして欲しい、と。

 その言葉に、管理部長と社長以外は、俺も含めた全員が呆気にとられた顔をしていた。


「それで、今の部署になったんですね」


 いきなりの申し出だったから、かなり戸惑ったけどね。

 それでも、身の潔白を証明できるかもしれないし、吉田……後輩なんだけど、ソイツが同じような目に合うのは嫌だと思ったから、二つ返事で、了承した。社長は静かに頷いていたが、日神は何か言いたげにしていた。でも、管理部長の、今回の件の責任の一端は、上長の管理が行き届いていない事にも、管理部門が何かあれば会社に損害が出かねない書類を放任して来た事にもある、文句があるならそちらの上長二人の責任を全力で弾糾した後、自分も責任を取って辞める、と言う言葉に反論も出来ずに口を噤んでいた。因みに部長はオロオロしながら、額の汗を拭いていた。


「……その管理部長さんが、私の知ってる部長さんなら、きっとすごい迫力だったでしょうね……」


 実際にすごい迫力だったから、きっと君も知ってる部長さんだろうね……

 

「という訳で、俺は管理部門に移動になったのでした」

「大体の事情はわかりました」

 長い話を聞いた彼女は、少し疲れた顔をしていた。多分、俺も相当疲れた顔になっているのだろう。

「ちなみに、それから、同じような事は起きてないんですか?」

「一応ね。少なくとも、見積書を出すときには、必ず課長と部長の承認を得てから、管理部門が最終承認をして押印って言う流れにはなったから、見積書を勝手に出されるということはなくなったよ。日神からは、お前が移動したから事故が発生しなくなった、とか嫌みを言われたけど」

 憎々しげにそう言うと、彼女も苦い表情をして口を開いた。

「なんか、その日神さんって方、とんでも無く嫌な方ですね」

「まあ……それでも、昔は尊敬してたんだけどね。それより、そんな感じの奴で、そんな感じの事が起こったんだけど、何か心当たりはある?」

 そう聞くと、彼女は苦い表情から悲しそうな表情に変わった後、左右にゆっくりと揺れた。

「いえ……多分、その辺りのイザコザが関係あるんでしょうけど、詳しいことはあまり」

「そうか……。じゃあ、今日は多分お互い疲れてそうだから、この位にしておこうか」

 そう言うと、彼女もコクリと頷いた。

「そうですね。じゃあ、私の方でも、何か自発的に思い出したら、また明日に教えますね」

「ああ。じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 そう言って、冷蔵庫の扉を閉めた後、思い出したという彼女の名前を聞き忘れていたことに気付き、慌てて扉を開けたが、そこには野菜ジュースしかいなかった。


 


 それにしても、この野菜ジュースいつからあるんだ?

 ……うわぁ、賞味期限は大体一年前だ……

 流石に捨てないとまずいのか、それとも賞「味」期限だからまだいけるのかと思い悩み、手に取った野菜ジュースをしげしげと見ていると、小さなポイントシールが付いていることに気がついた。

 

 ……何と無く彼女に関連する気がするから、捨てずに置いておいて今日はもう寝ることにしよう。

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