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君に★首ったけ!  作者: 田中 義男
6/12

寂しい★

 始業時間の15分くらい前に出社をすると、執務室に一番乗りだった。いつもなら、部長の方が先に出社をしているので、珍しいこともあるな、と考えていたところ、部署直通の電話のベルが鳴り響いた。

「おはようござ……」

「おはよー。早川ちゃんかな?」

 社名を名乗るのを遮るように、課長が呑気な声を被せてきた。

「おはようございます。はい、早川ですが、間違えた番号にかけてたら、どうするつもりだったんですか?」

「あはは、ごめんね。ちょっと急な用事が出来ちゃってさ、急いでたの」

 そう言いう割には、課長の声は落ち着いていた。

「それで、部長と一緒に外出先に直行するから、2人とも出社するのが12時丁度くらいになるけど、急ぎの書類とか、銀行の振込手続きとかは大丈夫かな?」

「少々お待ち下さい。今、確認してきます」

 電話を保留にして、書類用のセキュリティボックスを開き中身を確認すると、急ぎの書類は入っていなかった。

「確認しましたが、午前中に返却しないといけない書類や至急の振込はありませんでした。定常の振込も先週のうちに、振込日を指定して処理して置いたので、問題ありません」

「おっけー★できる部下を持つと、やっぱり心強いね。じゃあ、午前中にどうしても、っていうような書類が出てきたら、PDFにしてパスワードかけて部長にメールして。こっちで確認して、問題なければ部長から日付付きで承認しましたよんメールを返信するから、社長に押印簿書いてもらって、会社のハンコを押してもらってね」

「かしこまりました」

「あと、振込の実行は出先じゃちょっと難しいから、緊急の場合は振込先の連絡先を聞いといてくれれば、このスーパーミラクルエクセレント課長が先方へ直々に、ちょっとまってね、の連絡をいれるから教えてね!」

「スーパーミラクルエクセレントかどうかは判断しかねますが、ありがとうございます」

 なんだかんだで、課長は緊急なことがあってもしっかりと対応してくれるから、非常に心強い。形容詞が低学年の小学生なところ等は、もう少しどうにかして欲しいが。

「ふっふっふ。いつも頑張ってくれてる早川ちゃんのためなら、一肌でも、二肌でも、シャツでも脱ぐのよん」

「唐突なセクハラは、おやめ下さい。じゃあ、何かあったら連絡しますね」

「はーい。じゃあ、また後でねー」

 電話を切り、セキュリティボックスから取り出した書類を確認すると、本日もそこそこの量があった。上長2人が居ないのは少し不安があるが、頑張るとしよう。

 書類の確認と一覧表への入力に集中していると、執務室のドアが勢いよく開いた。

「失礼いたします!早川さんにご相談したいことがあるため、参りました!」

 驚いて振り返ると、慌てた様子で書類を手にした吉田が入って来た。

「おう、どうした?ちなみに今、部長達は外出中だから、見積もりの承認とかは大至急の物以外は午後くらいになるぞ」

「いえ、承認とかは大丈夫なんですが、日神課長も月見野部長も午前中は不在なので、少しご意見を頂きたくて……この書類なのですが」

 そう言って、吉田が差し出したのはロシアン醤油差しのプレゼン資料だった。しかも、宛名が中堅の居酒屋チェーン店の名前になっている。

「吉田!凄いじゃないか!どうやって話を取り付けたんだ!?」

「ありがとうございます!先日、趣味の集まりに出かけて、意気投合した方が、先方の役員の方でした。それで、若い子が盛り上がれるメニュー作りの開発に苦心しているという話になりまして、ロシアン醤油差しの話をしてみたら、興味を持っていただけたみたいで……来週位に一度正式に話を聞いてみたいという電話が先ほどありました」

「やったな吉田!今までの地道な頑張りが報われたな!」

「いえ!早川さんが移動してからも色々と相談に乗って下さったおかげです!」

 吉田はそう言うと、深々と頭を下げた。ひた向きな後輩が、活躍の機会を手に入れられたのは、中々嬉しいものだ。

 ちなみに、ロシアン醤油差しは、製品開発部のご乱心シリーズの一つで、陶器製の醤油差しの中が四つに区切られていて、注ぎ口がそれぞれの区画についている。中身が見えない作りになっているので、醤油を一ヶ所だけに入れて、他の部分に別の調味料を入れて使うことを想定されている。かけてみるまで何が出てくるかわからないドキドキを貴方に、というコンセプトのもと開発されたらしい。そして、製品開発部が総力をあげて開発したため、中身の匂い移り完全防止機能や、水洗いだけで汚れ匂い残りゼロ、という高性能ぶりだ。その情熱をもっと他に向けられなかったのか、という疑問もなくは無いが。

 そんなことを考えながら、資料を確認したが、既存のメニューにオプションとして付けるだけで済むなど、伝えるべきポイントはよくまとまっていたし、誤字脱字はおろかレイアウトのズレや見辛さなんかもほぼ無かった。ただ、ひとつ気になる部分があった。

「内容は問題ないけど……この、随所に出てくるイラストは何?」

 そう聞くと、吉田は胸を張って答えた。

「はい!全国でんでん虫を愛でる会の著作権フリーな公認キャラクターの『伝之助さん』です!」

「……因みに、その役員さんと知り合った集まりというのは?」

「もちろん!全国でんでん虫を愛でる会主催、第80回でんでん虫運動会です!」

 ……どうして、俺の周りの女子はこうなのだろう……

「……やっぱり、ダメですかね?」

 我に返った吉田が、小首を傾げて聞いてくる。

「うーん……一か八かの勝負って感じだな。俺も、重度の猫好きのお客様のところに行く時は、ネクタイピンを猫にしてみたりしたし、著作権フリーならコンプライアンス違反とかも大丈夫だろうし」

「では!これで行こうと思います!ご指導ありがとうございました!」

 そう言うや否や、吉田は気持ちの良いお辞儀をして、執務室を出て行った。多少の不安もあるが、初めての大きな案件ということもあるし、思うようにやってみるのが良いだろう。

 

 その後、午後イチに部長が帰ってきたが、課長の姿は見当たらなかった。

「ああ、アイツなら今日は終日外出になったけど、大丈夫?」

 こちらの聞きたいことを察した部長が、先に口を開いた。居たら居たで、面倒な事もあるが、居ないとそれなりに寂しいかもしれない。

「かしこまりました。給与関係のチェックは、明日で間に合うので大丈夫です。労務関係の手続きか何かですか?」

「まあ、そんなところよ」

 本業がよくわからない課長だが、給与計算だとか、時間外労働の管理だとか、安全衛生委員会だとか、各種保険の手続きだとか労務関係がメインの仕事だ。部長はその取りまとめと販売管理および経理関係の仕事……この会社も、大企業というわけでもないけど、そこそこの規模があるから管理部門の仕事も、そこそこの量がある。

「どうしたの?なにか不思議そうな顔してるけど」

「いや、俺がくる前はお二人で業務を回してたと思うと、凄いなと思いまして」

 その言葉に、部長の眉がピクッと動いた。

「一年前の一件までは、見積書の承認だとか、受注管理だとかは営業部でやっていたからなんとか仕事が回っていたのもあるけど……それでも、忙しい時はあるから、シフト勤務で来てくれてた子がいたのよ。夕方から夜の勤務が多かったから、早川は会ったことないと思うけど」

 以前は、お客様の所へ訪問、接待、出張なんかで夕方には会社に居ないか、日報を書きに会社に戻って来たとしても深夜とかが多かった。

「確かに、部長と課長には経費の申請とかで顔を合わすことが多かったですが、もう一人の人には多分会ったこと無いですね」

「そうよね。それで、その子が色々有って、出てこれなくなったのよ。そうしたら丁度その辺で、早川が露頭に迷って困ってそうだったから、拾ったの」

「人を捨て犬か何かみたいに言わないでください!」

 俺の言葉に、部長はふふっと笑ってから、冗談よ、と小さく言った。

「ともかく、そういう訳で、この部署も余力がある訳じゃないんだから、効率よく働きなさい!」

「かしこまりました!」

 部長の言葉に気合いが入ったところで、午後の業務に取りかかった。

 夕方になり、吉田が「伝之助さん」満載の資料を通せたのかが気になり、内線電話を掛けてみた。ただ、あいにく外出中だったため、明日聞いてみることにして家に帰ってきた。

 いつもなら、暫くすると冷蔵庫が結露してくるが、今日はまだ様子が変わる気配が無い。

 土曜日も少し遅くなっても来てくれたから、今日もきっと大丈夫だろう。そう思いながらも、なんだか落ち着かず、何度も冷蔵庫を開け閉めしてしまう。それでも、彼女は中々現れてくれない。


 彼女が現れたのは、諦めて夕飯と風呂を済ませ、寝巻きに着替えた後だった。

「流石に3時間も待たされると、悲しいものがあるのだよ」

 つい、恨みがましい口調になってしまった。

「遅くなってしまって、申し訳ないです……」

 言いがかりも甚だしい俺の言葉に、彼女は悲しそうに目を伏せた。

 思えば、彼女が現れるのが当然だと考えるのは、ただの俺の願望だ。それなのに、彼女はそれを咎める訳でもなく、泣き出しそうな顔をしている。

「……ごめん、君が謝る必要は無いんだ。今日は会えないのかなと思ったら、凄く寂しくなったから……」

「いえいえ!私も早川さんに早く会いたかったのですが、色々有って遅くなってしまって」

 反省していると、彼女が慌てて顔を左右に揺らした。

「色々と言うのは?」

「あ、はい。名前と以前勤めてた会社を思い出すことが出来ました」

 彼女はしれっと、衝撃的な発言をした。

「本当!?良かったじゃないか!ちなみに、どうしてそれが分かったの?」

「えーと……今日は目を覚ましたら、昨日早川さんに被せられたアヒルの被り物を被ったままだったらしくて、驚いた母に、そのヒヨコの被り物はどうしたの、と聞かれました。それで、そんな間違いはすぐに正さないといけないと思い、違うよ!これはヒヨコじゃなくてアヒル!、と渾身の力を入れて否定したら、今までひどくぼんやりとしていた周りの景色と、記憶がハッキリしてきて、色々なことを思い出しました」

 一念岩をも通すという言葉があるが、ヒヨコ好きという信念がまさかここまで事態を動かすとは……

「これも、早川さんのおかげです。ありがとうございます」

「いやいやいや!俺のおかげというより、ヒヨコとアヒルのおかげだから、気にしないで!」

 お辞儀をするように頷く彼女に、今後一生使わないような言い回しで謙遜した。しかし、この数日で普通の人の一年分、は言い過ぎかもしれないが、少なく見積もっても1ヶ月分くらいヒヨコ話題をしていた気がする……そして、今日でそれも終わりなのかもしれない。

「……記憶が戻ったということは、ひょっとして、もう会えなかったりする?」

「……私も、そんな気がして不安になってましたが、部屋でウトウトし出したと思ったら、普通に来られました。多分、まだ思い出せてないことも多いから、しばらくはお邪魔させていただくことになるかと」

「よっし!そうか!」

 彼女の言葉に、満面の笑みを浮かべてガッツポーズをしてしまった。慌てて平常な顔に戻したが、彼女は微笑んでこちらを見ている。

「なんだよ、そんなに笑わなくても良いじゃないか」

 拗ねた口調でそう言うと、彼女は笑顔のまま答えた。

「すみません。ちょっと、嬉しくて。いつも、実は煩わしく思われているのかと不安でしたから」

「……煩わしいと思ってたら、三十路過ぎのおっさんがヒヨコ、もといアヒルの被り物なんて買わないさ」

 そう言いながら、自然と手が伸び、彼女の頭を撫でていた。ヒンヤリとした感触が、手に伝わる。

 彼女はビックリとした顔をしたあと、頬を赤らめた。

「あ、ありがとうございます……そそそ、そう言えば、早川さんって会社員なんですよね?」

 しどろもどろになりながら、彼女が話題を変えて来た。

「うん?そうだけど、今更どうした?」

 一旦手を離し、尋ねると彼女は意外すぎる言葉を口にした。

「ひがみさん、って人をご存知だったりしますか?」

 その名前を聞き一瞬にして表情が険しくなったようで、彼女は小さく、ひっ、と声を出し怯えた表情を見せた。何とか引きつる表情筋を笑顔の形にして見たが、まだ眉間にシワが寄っている気がする。

「……ご存じ……みたいですね?」

 恐る恐る、彼女が問いかける。

「……君の言う、ひがみさん、と同一人物かどうかは解らないけどね。ところで、どうしてソイツの名前を?」

「はい……今日は勤めていた会社の方達が家にいらして、状況の確認だとか今後の方針だとかの話をしていたんですよ。それでその時に、こういう状況になったきっかけが、その、ひがみさんにあるかもしれない、と言われたのですが……そんなに怖い顔になるってことは、早川さんは、ひがみさんと何かあったんですか?」

 彼女がオロオロしながら、尋ねる。あまり思い出したくない事を思い出したためなのか、彼女の口から度々日神という名前が出たことが原因なのかは分からないが、思わず盛大な溜息が出てしまった。すると、彼女は泣き出しそうな顔になっていた。まずい、本日2回目だ。

「ごめん!君を責めてるとかじゃないから大丈夫!……ちょっと長い話になるんだけど、大丈夫?」

 安心させるために、頭を撫でてそう聞くと、彼女は小さく頷いた。

 そして、日神との因縁と一年前の一件についての話が始まった。

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