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君に★首ったけ!  作者: 田中 義男
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出会い★

出会い★

 デスクトップの右側に目をやると、時刻は21時59分になっていた。

 慌てて勤怠管理のシステムを起動して「退勤」のボタンをクリックする。システムに記録された時刻は21時59分、何とか深夜残業代が発生せずに済みそうだ。

 あと30分くらい粘れば、明日の打合せ用資料の最終チェックが終わる。そうしたら俺は自由だ!

「早川」

 不意に肩を叩かれ振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた部長の顔があった。

「ええと、何か御用であらせられるのでいらっしゃるのでしょうか?」

「訳の解らない敬語モドキで誤魔化さないの。今、退勤ボタン押したよね?」

 部長はそう言うと、決して長くは無いけれど、綺麗に整えられた爪をした指で画面に表示された時刻をなぞった。

「いえ、これは手が滑っただけで……」

「事故でも、故意でもサービス残業は禁止」

「大丈夫です!部長のためなら過労死しても本望です!」

「そんな事になったら私が管理責任を問われるでしょ!チェックだけなら私がするから帰りなさい!」

 部長はそう言うや否や、俺の手からマウスを奪い取り、資料のファイルを次々と保存しては閉じるを繰り返すとついにはシャットダウンまでしてしまった。

「明日は色々大変なんだから、今日は少しでも休んでおかないとね」

 そして、タンタンと低めのヒールを鳴らして自分の席へ向かった。着席すると、少しマウスを動かして、眉間に皺を寄せながら画面を凝視し始めた。まとめ髪の前髪が少しほつれて、端正な顔に一房だけかかっている様子に暫く見惚れていたところ、部長は急激に眉間の皺を深くして、ワザとらしく咳払いをした。早く帰らないと、更に咳払いが止まらなくなりそうだ。

「すみません!お言葉に甘えて本日はお先に失礼します!」

「はーい、お疲れ様ー」

 画面を凝視したままそう言う部長に向かって一礼してから、机を軽く片付けてオフィスを後にした。

 帰宅中の地下鉄の中で、何と無くスマホから顔を上げて窓に映る自分の顔を見ると、クッキリとクマが出来ていることに気がついた。思い返してみると、今月は結構な時間外労働をしていた気がする……が、前にいた部署はどこからどこまでが仕事か解らない部署だったことを思うと、今はまだ幸せな方なのかもしれない。何より、部下思いの上司が居てくれる。しかも、美人だ。

 そんなことを考えながら吊革に掴まっているうちに、電車はいつの間にか地上に出て自宅の最寄駅を告げるアナウンスが流れた。夕飯はオフィスで軽く食べたから、今日はさっさと寝てしまおう。

 駅を出て、トボトボと10分程度歩くと自宅に着いた。疲れた体で階段を登り、重いドアを開けると、部屋の中が妙に湿気っぽい。鉄筋コンクリートだから湿気が溜まりやすいとはいえ、何かが異常な気がする。

 ひとまず部屋にあがり照明を点けると、玄関を入ってすぐの場所にある申し訳程度のキッチンに設置した冷蔵庫が、水滴がはっきりと分かるくらいに結露している。故障でもしたのかと思いドアを開けると、青白い顔色で黒く長い髪をした女性が、驚いた顔をして入っていた。

 頭だけで。

 しばらくの間、恐怖で固まったまま見つめていたが、彼女は消えることもこちらに向かって飛びかかって来る事もなく、ただ気まずそうに視線を動かすだけだ。

 どうも、こちらに対して敵意は無いようなので、思い切って声を掛けてみた。

「寒くないんですか?」

 我ながら何を聞いているんだろう……

「あ、いえ。大丈夫です。はい」

 彼女は困っているような表情で、オドオドしながら、か細い声で答えた。

「わかりました。じゃあ、今日はもう遅い時間なので、お引き取りいただけますか?」

「は、はい。夜分に大変失礼しました……」

「いえいえ、それでは」

 そう言ってドアを閉めると、冷蔵庫の結露はいつの間にかすっかり消えている。念のためもう一度ドアを開けると、彼女の姿はすでに消えて、いつ買ったか忘れてしまった野菜ジュースが1パックだけ転がっていた。

 何が何なのかよく解らないが、徒労を物凄く感じるから早くシャワーを浴びて寝てしまおう。

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