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8 Dodge City

 五月中旬。フレイル・スコードロンは、再びNAWCに派遣されていた。

 六人の戦果は、順調に伸びた。スーリィは出撃初日に撃墜数を二十に伸ばしたし、サンディとアリサは初のタイクーン破壊に成功した。ダリルとミギョンも交代でネメシスに乗りながらスコアを伸ばし、瑞樹もついに五機目を撃墜し‥‥フラットフィッシュだったが‥‥エースの仲間入りを果たした。


「史上初の日本人女性エースか‥‥」

 瑞樹は歯を磨きながら、鏡の中の自分をじっと見つめた。いつも通りの自分が、見つめ返してくる。

「う〜ん。実感が沸かない」

 日本の航空史や軍事史に残る凄いことを成し遂げたはずだが‥‥拍子抜けするくらい実感がない。

「ま、いいか」

 歯磨きを終えた瑞樹は、ベッドに潜り込んだ。明日も出撃である。同室のスーリィは、もう寝入っている。

 ‥‥お父さんに教えてあげたら‥‥どんな顔するだろう。

 F−4EJで、日本の空を長年守ってきた父。幸いなことに、日本はそのあいだどこから攻められることもなく、そしてもちろんどこにも戦争を仕掛けず、平和を保ってきた。‥‥その娘が、異星人相手に戦ってエースになったなんて‥‥なんか、皮肉な話だ。



 いつものように、コロラド州西部上空でBARCAPにつく。

 コロラド市攻略を目指していると思われるカピィの活動は、やや低調となっていた。そのぶん、NAECへの圧力は高まっているらしい。

 ‥‥フィリーネ、大丈夫かな。

 レーストラック・パターンで飛行しながら、瑞樹は年下のドイツ人女性のことを想った。あの軍用機パイロットらしからぬ風貌と物腰。きれいな青い瞳。

 今日のメンバーは、ゾリアにアリサ、ヴァジェットにスーリィ、ネメシスにダリル、ベローナに瑞樹という布陣である。

 ヴァジェットとネメシスは、スイフト満載といういつも通りの空対空装備だったが、ゾリアとベローナにはフォコンが積まれていた。‥‥フルバックが出現しそうだとの情報が入ったからである。フレイル・スコードロンも、この空飛ぶ要塞と戦った経験はない。

 待機飛行を続けること二時間あまり。AWACSから、指示が下される。

 フルバック、出現。迎撃せよ。


「あはは‥‥フルバック三機‥‥」

 瑞樹は呆れ顔でMFDを見た。

 何が目的かは定かではないが、カピィは膨大な航空戦力を投入してきた。主力は、フルバックの三機編隊と、フラットフィッシュ八編隊二十四機。これを、ファイアドッグ十二編隊三十六機が護衛している。

「フレイル1より各機。1と4はフルバック攻撃。2、3は援護せよ。ファイアドッグに構わず突っ込む。なお、当該空域では味方機が交戦中。注意せよ」

 アリサが指示を出す。

 フォコンの有効射程は12kmしかないが、最大射程で発射してもフルバックのレーザーに阻止されるのはほぼ確実なので、いずれにせよなるべく近接して発射する必要がある。

 瑞樹は別のMFDに眼を落とした。アメリカ空軍のF−15とF−16、航空自衛隊のF−15が、ファイアドッグと激しく交戦中だ。さらに北方から中国空軍のJ−11、南からは韓国空軍のKF−16が増援として接近しつつある。

 フレイル・スコードロンは、フルバックの編隊へ向けて高速で突っ込んだ。直衛のファイアドッグ一個編隊が立ちふさがったが、スーリィのヴァジェットとダリルのネメシスがすかさず襲い掛かる。

 アリサと瑞樹の前に、空隙が広がる。フルバックまでの距離は、20nm。ほぼ斜め前方からの攻撃になる。

 瑞樹はスイフト二発を放った。アリサも二発発射する。フォコンの露払いだ。

 フルバックがレーザーを放ってくる。瑞樹とアリサはこれを躱しつつ前進した。距離6nmで、瑞樹が二発、アリサが一発フォコンを発射する。

 すべてのスイフトとフォコンが、防御火網の前に阻まれた。

「だめか‥‥」

 瑞樹とアリサはいったん安全な空域に引いた。三機のフルバックは、悠然と西へと向かっている。

「目標をフラットフィッシュに変更する?」

 ファイアドッグを追い払ったスーリィのヴァジェットが、合流する。

「もっと近づければいいんだけどねえ」

 同じく合流してきたダリルが、言う。

「無理だって。あれ以上近づいたら、死んじゃうよ」

 瑞樹はそう言った。接近すれば接近するほど、フルバックの対空レーザーの精度は高くなる。安定したプラットフォームからの射撃だから、フルバックのレーザーはファイアドッグなどのレーザーより精度は高いのだ。おまけに、出力も若干高いときている。

「もう一回やってみましょう。瑞樹、付いてきて」

 アリサが告げた。

「どうするの?」

「ちょっと、試してみたいアイデアがあるの。2、3はまた援護をお願い」


 ファイアドッグに喰われたF−15とF−16が、コロラドの大地に叩き付けられる。

 J−11の編隊は、フラットフィッシュを襲ってそれなりの戦果を挙げた模様だが、その後駆けつけたファイアドッグに追い散らされてしまったようだ。しかしそのおかげで、フルバックの直衛機がいなくなった。

「突撃!」

 アリサが命じる。

 彼女のアイデアは、フルバックの背後から迫るというものだった。通常、高速の敵に後方から攻撃を掛けるのは愚策である。ミサイルの射程は短くなってしまうし、強力な防御火力をもつ敵であれば、長時間にわたってその砲火を浴びてしまうからだ。

 だが、アリサはあえてその方法を選択した。

「戦訓といえば戦訓ね。前にCDの戦闘のことを話したでしょ。あの時、わたしたちはSu−27でフルバックの後方から攻撃をかけた‥‥」

 フルバック編隊を高速で追尾しながら、アリサが説明する。

「その時浴びせられたレーザーは、先程の攻撃で浴びせられたレーザーほど濃密じゃなかったと思うのよ。大佐の機も、かなり近接した段階ではほとんど被弾しなかったし。もしわたしの観察が正しければ、フルバックは尾部が‥‥弱点、とまではいかないけれど、比較的脆弱なのではないかしら」

「その賭け、乗った」

 すかさず、ダリルが言う。

「残念だが、お客のようだよ。2はファイアドッグを迎撃する。1、4。幸運を」

 スーリィのヴァジェットが、北から現れた二機のファイアドッグに向かってゆく。ダリルのネメシスも、続いた。

 フルバックのレーザーが、瑞樹とアリサを襲う。

 ‥‥確かに、少ない気がする。

 回避機動を続けながら、瑞樹はそう思った。照準も若干甘いようだ。

 だが、距離がなかなか縮まらない。

「4、スロットルのストッパーを外して」

 アリサが指示した。

「え?」

 瑞樹は思わず聞き返した。

 理論上は、NT兵器各機はマッハ4プラスくらいまで加速できる。だが、それでは機体が大気との摩擦で加熱され、熱変形してしまう。そのため、スロットルにはストッパーがつけられている。事実上のフルスロットルであっても、一部の高圧空気が減速に用いられており、最高速度が出せないようになっているのだ。

 その減速をやめようというのだ、アリサは。

 もうすでにアリサはストッパーを外し、加速を始めたようだ。ゾリアが、ベローナの前方に飛び出し、さらに速度を上げている。

 ‥‥短時間なら、いいか。

 瑞樹もスロットルをめいっぱい押し込んだ。ストッパー‥‥プラスチックのカバー‥‥が、めくれ上がる。

 ベローナが、急加速した。

 フルバックとの距離が縮まる。10nm。

 コーション・ライトが、点灯した。‥‥機首部と主翼外縁の加熱警告だ。

 ‥‥もう少し。

 速度はすでにマッハ3を超えている。急激な回避行動を行うのは無理だが、敵のレーザーはなかなか当たらない。いや、近づけば近づくほど、こちらを狙うレーザーの数が減ってゆくようだ。‥‥物理的な射界の死角、あるいはセンサー類の感知範囲外に入ったのだろうか。

 5nm。アリサが、フォコン一発を発射した。

 瑞樹もフォコンを発射した。まだ五発のフォコンがパイロンに下がっている。

 加速したフォコンが、フルバックに突っ込んでゆく。

 二発とも、命中した。アリサのフォコンが右胴体の尾部を打ち砕き、瑞樹のフォコンが右主翼付け根に命中する。

 ‥‥やった。

 すかさず、アリサが最後のフォコンを放った。次いで、ASRAAM四発も一斉に放つ。

 黒煙を吐く右胴体尾部に、フォコンが吸い込まれた。

 爆発。

 フルバックが、バランスを崩した。左主翼が、上がる。

 ASRAAMが、相次いで命中する。

 近接したゾリアが、27ミリを撃ち出した。曳航弾が、黒煙の中に叩き込まれる。

 不意に、フルバックの右胴体が大爆発を起こした。右主翼が千切れ飛び、中央の結合翼部分も折れ曲がって、左右の胴体が分離する。

 黒煙を吐きながら、右胴体が落下し‥‥爆発四散した。

 左胴体は数秒間何事もなかったように飛行を続けていたが、急に酔っ払ったかのようにふらつき始めた。と、突然機体が裏返しになった。そして背面のまま、急降下してゆく。

「4、援護する。二機目もやって!」

 アリサの声。

 瑞樹は次のフルバックに狙いを定めた。なんとなく、コツを掴めた気がする。

 もう充分に近づいたので、スロットルを戻した瑞樹は、フォコン二発を放った。二発とも、命中。黒煙を吐き出したフルバックの胴体に、もう一発フォコンを撃ち込む。

 爆発。

 二機目のフルバックも、煙の尾を引きながら急降下して行く。

「もう一機!」

 瑞樹は最後のフルバックに狙いを定めた。まぐれ当たりのレーザーが主翼を焼いたが、瑞樹は無視して敵機に追いすがった。フォコンを発射し、命中させる。

 フォコンは使い切ったが、まだウェポンベイには四発のスイフトが残っている。瑞樹は一斉にこれを放った。次いで、アリサをまねてASRAAM四発も放つ。27ミリ機関砲も発射した。これは二門積んでいるから、火力はゾリアの倍である。

 フルバックの各所で小爆発が起こった。下部のレーザー砲塔が外れ、独楽のように回りながら落ちてゆく。外板や構造材をばら撒きながら、フルバックが高度を落としてゆく。

 左右の胴体が、ほぼ同時に爆発した。いくつもの火球が生じ、機体が透明な巨大な手によって引き千切られているかのように分解されてゆく。

「なんで残しといてくれないかなぁ」

 ダリルの声と共に、ネメシスが近づいてくる。

「こちら1。兵装を使い果たした。帰投する」

 珍しくアリサが上擦った声を出す。

「4も兵装なし。1と共に帰投する」

 瑞樹はそう告げた。

「3了解。2、もうひと働きしていくよ! 向こうでF−15が苦労してるからね」

「2了解!」


「ありがとう、みんな」

 デブリーフィングが終わると、アリサがそう言って、スーリィ、ダリル、瑞樹の三人に握手を求めた。

「そんなぁ。むしろお礼を言いたいのはこっちよ。アリサのアイデアのおかげで、フルバック墜とせたんだから」

 瑞樹は笑顔でその手を握り返した。

「いいえ。スーリィとダリルの援護。それに瑞樹との連携あってこその戦果よ。これで、大佐たちの仇討ちができた」

「‥‥クビンカの仲間の仇ね」

 スーリィが、言う。

「そう。一機でいいから、フルバックを叩き墜としたかったの。大佐たちのためにも、そして、乗機を失った自分のためにも。これで溜飲が下がったわ。ありがとう、みんな」

 アリサが珍しく感情をあらわにし、三人の手を再び握った。


「あ、沢本一尉。コルシュノワ中佐がどこにいらっしゃるのか、ご存知ありませんか?」

 通路を歩んでいた瑞樹を呼び止めたのは、山名軍曹だった。

「ん〜? 部屋じゃないの?」

「いらっしゃらないんです。同室のホ中尉に聞いてもご存じないようですし‥‥」

「アリサなら、あたしんとこだよ」

 聞きつけたダリルが、手招きした。

「サンディと、チェスやってる」

「ありがとうございます、少佐」

 安堵の表情を浮かべた山名が、ダリルの後についてゆく。その手には、ファイルがあった。

 ‥‥なんだろう。

 よく判らないが、面白そうだ。瑞樹は付いていった。

「で、何かしら?」

 サンディとの勝負を中断したアリサが、山名を見つめる。‥‥ちなみに、盤面はどう見てもアリサ優勢だった。瑞樹はチェスのルールを詳しくは知らないが、盤上の駒の数は明らかに白のほうが多い。

「司令から昨日の対フルバック戦闘に関して分析するよう命じられたんですが‥‥妙なことに気付いたんです」

 山名が言って、ファイルから数枚のスチールを抜き出した。

「こちらが、通常のフルバックの胴体尾部のスチールです。そしてこちらが、コルシュノワ中佐と沢本大尉のガンカメラが写した、昨日中佐が撃墜したフルバックのスチールです」

 山名が、テーブルの上に写真を並べる。

「パッチ?」

 サンディが、ガンカメラが写した方の写真を指で押さえた。

 ‥‥そう。何ヶ所か、パッチを当てたような痕がある。

「修理の痕みたいだね」

 写真を覗き込みながら、ダリルが言った。

「おそらくそうでしょう。胴体左右の尾部に、同じような痕があります。気になったので、UNUFAFのデータベースにアクセスして、すべてのフルバックに対する戦闘記録を洗い直してみました。そうしたら‥‥」

 山名が、ファイルから一枚の紙を抜き出した。細かい文字がぎっしりと印刷された表のようだ。

「記録に残る限りでは、過去に左右の尾部を損傷したことがあるフルバックは、一機しか存在しません。すなわち、CD当日にモスクワ南方でロシア空軍の迎撃を受けて損傷した機、それのみです」

「なんと」

 ダリルが、絶句する。

 ‥‥アリサが昨日撃墜したフルバック。それがまさに、アリサの上官と同僚を殺し、アリサ自身をも撃墜したその機体だったのだ。

「偶然っておそろしいわね。ねえ、ア‥‥」

 アリサに声を掛けようとした瑞樹は、おもわず息を呑んだ。

 アリサが、震えていた。

 切れ長の眼から、涙が一粒零れ落ちる。

 無言のまま、アリサが立ち上がった。小走りに、部屋を出てゆく。

「‥‥アリサでも、泣くんだ」

 ぽつりと、サンディ。

「まあ、仲間の仇を討てたんだ。嬉し泣きぐらいするよ」

 微笑んで、ダリル。

「わたしだって、初めてフライトを組んでいた同僚が戦死した時は泣いたもの」

 瑞樹は正直にそう言った。

「あんたは泣いたことあるの?」

 サンディが、ダリルに問う。

「あんたが死んだら、シャンパングラス二杯分は泣いてやるよ」

 肩をすくめて、ダリル。

「ところで‥‥山名軍曹」

 改まった口調で、サンディが訊く。

「アリサのCD当日の話、なんで知ってるの?」

「‥‥司令から、皆さんの戦績は詳細に調べるように命じられましたから」

 やや引きつった笑顔で、山名が答える。



「また現れおったか」

 レーカの報告を聞きながら、ティクバ船長は鼻をひくつかせた。

「大型機がまるまる一編隊失われるとは、空恐ろしい敵ですな」

 ヴィド副長も、耳をゆっくりと揺らす。

「東でも大きな損害が出ております」

 レーカが、付け加える。

「それで、貴殿の意見とやらを聞こう」

 ティクバが、レーカを促した。

「はい。回収部門の報告によれば、わが兵器の残骸からのパワープラントの回収率が、激減しているとのデータがあります」

 カピィ軍事力の根幹を支えているのが、実はこの回収部門だった。人類側に破壊された兵器の多くはこの部隊が回収し、軍用船内にある工場で再生して、ふたたび戦場へと送られるのだ。だが、その被破壊兵器の中にパワープラントが見当たらないケースが、しばらく前から増えている。幸い、パワープラントの予備は多いので、再生作業そのものに影響は出ていない。

「うむ。それは報告を受けたが」

 鼻をうごめかせながら、ティクバ。

「状況から推察するに、地球人類がパワープラントを回収していると考えざるを得ません」

 レーカが続ける。

「同意する」

 ヴィド副長が、右の前肢を上下させる。

「技術的に劣る人類が、わがパワープラントの模倣を行うために、そのような行為に及んでいるとの分析が、従来はなされていました。しかし、わたしの分析では、地球人類の技術力ではわがパワープラントの模倣品を製作することは不可能です」

 レーカが歯を見せて断言する。

「それにも関わらず、人類はあのような高性能航空兵器を作り上げ、戦闘に使用している。これは、明らかなる矛盾であります」

「同意する」

 ティクバも、右の前肢を上下させた。

「様々な情報を総合して判断した結果、地球人類はわがパワープラントを回収し、これを使用して新兵器を造り上げた可能性が高いと思われます」

「ありえない」

 ヴィドが激しく左前肢を振って、レーカの説明を否定した。

「人類の新兵器の挙げた戦果を見ろ。あれほどの優れた戦士が、敵の兵器を奪って使用するなどという穢れた行為をするわけがない。あり得ぬ」

「ヴィドの見解に同意する」

 ティクバ船長が、右前肢を動かす。だが、その振り方は緩慢だった。

「ですが‥‥」

 反論しかけたレーカを、ティクバが副触手を差し出して止めた。

「いずれにしても、情報が不足している。貴殿の分析精度は甘いと言わざるを得ない」

「新兵器を破壊して調査するしかありませんな。できれば、動かしている戦士も見てみたい」

 ヴィドがそう提案した。

「よい考えだ」

 ティクバが右前肢を振る。

 カピィの世界に捕虜という概念はない。戦士はあらゆる手段が尽きるまで戦い抜くのが常識である。武器を使い果たしたり、負傷するなどして抵抗が不可能になった場合のみ、自ら武装解除して戦士としての地位を捨てる。そうすれば、敵にも市民に準ずる存在として扱われることになる。そしてもちろん、一度失った戦士としての地位に復帰することはない。誇りを捨てた戦士は、もはや戦士ではあり得ないのだ。

「お任せくだされば、手筈を整えましょう」

 歯を見せて、ヴィド。

「任せよう。レーカ。ヴィドの補佐を頼む」

「承知いたしました」



「ついにここまでばれちゃったのね‥‥」

 瑞樹は頬を掻いた。

「UNUFAFの新兵器運用部隊。フレイル・スコードロンの全貌」

 ダリルが、サンフランシスコ・クロニクルの見出しを読む。

「結構よく調べてあるわね。パイロットが六人で、全員女性だってことも書いてあるわ」

 新聞記事を斜め読みしながら、サンディ。記事の隅の方には、見慣れた将官の顔写真がある。もちろん、アークライト中将だ。

「まあ、あれだけ派手に暴れれば、ばれるよね、普通」

 瑞樹はそう言った。

「だけど、この記事は指揮系統を始めとする内部情報を結構詳しく書いてあるのよ。まあ、大半は推測でしょうけど」

 サンディが言う。

「‥‥間違いない。内部に情報提供者がいる!」

 例によって、ダリルがそう決め付けて、拳を握った。

「だから?」

「サンディ。自首しろ」

「‥‥殴られたいのか、あんたは」

「冗談だ。しかし、どうするのかな、将軍は」

「どうもしないだろう。ソード・ベースの方はもっと詳しく報道されているぞ」

 ミギョンが指摘した。たしかに、タイムズやデイリー・テレグラフのウェッブ版を検索すると、ソード・ベースやダガー・スコードロンに関しての情報がぞろぞろ出てくる。さすがにパイロット個人の特定には至っていないようだが、どうやって手に入れたのかは知らないが、駐機してあるNT兵器の鮮明な写真まで揃っているくらいだ。

「まあ、ネタがないんだろうね」

 スーリィが、言う。


「諸君も知ってのとおり、先日新聞にフレイル・スコードロンに関する詳しい記事が出た」

 アークライト中将が、言う。表情は、穏やかだ。

「ダガー・スコードロンの方は、もっと詳細な記事が以前より書かれている。いずれにしても、すでに我々の存在は公然の秘密、というところだ。このまま放置すれば、さらに取材攻勢が激化し、様々な悪影響が生ずる懸念がある。そこで、UNUFHQでもプロジェクト・ラムダの一部をメディアに公開し、事態の沈静化を図ることにした。手始めとして、フレイル・スコードロンがHQ広報局から派遣された広報官による取材を受けることになった」

「広報官‥‥ってことは、ついにアメリカ海軍初の女性エース、という肩書きを堂々と名乗れるんですね!」

 ダリルが、興奮する。

「まあ落ち着け。残念だが、それはまだ駄目だ。プロジェクト・ラムダ全体およびラムダ・フォースに関しては、機密のまま。NT兵器も、機密。君たちは、あくまでロシアと中国が共同開発した新型機を実戦テストしている実験飛行隊のメンバー、ということにしておいてくれ。戦果も詳しく語ってはならん」

「‥‥悲しい」

 うなだれる、ダリル。

「しかし司令。しっかりとしたメディア対策をレクチャーされていない我々では、取材を受けた場合に機密事項に言及してしまいそうですが‥‥」

 サンディが、当然の不安を口にする。

「そのあたりは、気楽に考えてくれ。広報官はもちろんNT兵器などの機密事項は知らないが、触れてはならぬ領域に関しては承知している。君たちが口を滑らしたとしても、それがそのまま外部へ漏れる気遣いはない」

 アークライトが、説明する。

「それに、いずれにせよ今回の取材はメディア対策なのだ。諸君の姓名は当然伏せられる。取材内容は記者連中に公開されるが、素材としては提供されない。間接的に活字媒体で報道されることはあっても、諸君の映像がテレビやネットで公開されるわけではないのだ」

「サー。取材はフレイル・スコードロンだけなのですか?」

 瑞樹はそう質問した。

「そうだ。ダガー・スコードロンは対象外だ」

「画的には、向こうも映えると思うけどねえ‥‥」

 ダリルが、首をひねる。

「人種構成とアメリカ人」

 ミギョンがつぶやく。

「そうか」

 瑞樹は納得した。ダガー・スコードロンのメンバーはすべてヨーロッパ系の白人である。〈軍の広報〉としては、実際にカピィに国土を占領されているアメリカ人が所属し、それにロシア人、さらには肌の色が違う中国人や日本人、韓国人が共に戦っているフレイル・スコードロンの方が、宣伝効果が高いと判断したのだろう。


「エマ・コーエンです。みなさん、よろしく」

 にこやかに微笑み、握手を求める。

「エマと呼んでくださいね」

 UNUFHQが送ってきた広報官は、かなりの美人だった。年齢は三十代前半くらいだろう。緩くウェーブがかかった銅色の髪は、腰まで伸びている。化粧は濃い目だ。スーツをびしっと着こなし、アメリカの地方のテレビ局のアンカーウーマン、といった風情だ。

 連れてきた助手は二名。ひとりはビデオカメラを担いだ長身のアフリカ系青年で、もうひとりは分厚い眼鏡を掛けた東洋系の女性だ。

「楽にしてください、みなさん」

 エマが、呼びかけた。

「取材というより、撮りたい画は記録映像に近いものです。大衆が知りたがっているのは、どのような人々が人類のために戦っているか、ですから」

「そう言われてもねえ‥‥」

 瑞樹は頬を掻いた。テレビカメラが向けられている以上、意識しないではいられない。

「いつも通りでいいんです。いつもどうしてますか?」

 エマが、デジタルレコーダーをダリルに突きつけた。

「えーと、みんなで喋ったり‥‥」

「他には?」

「‥‥カードで遊んだり」

「カード。どんなゲームを?」

「ポーカーが多いかな」

「ポーカー! いい画になるわね。プレイしていただけませんか?」

 エマが迫る。ダリルがカードを取り出すと、サンディとスーリィとアリサを呼んだ。

 瑞樹はほっとしてソファに深く座った。しばらくは、気を抜けそうだ。コーヒーテーブルの上にあったシアトル・タイムズを取って、拾い読みし始める。

「で、あなたお名前は?」

「ひっ」

 いきなりデジタルレコーダーを突きつけられた瑞樹は、文字通り飛び上がった。

 エマだった。‥‥顔は微笑みを形作ってはいるが、眼は笑っていない。

「ええと‥‥沢本瑞樹。‥‥大尉です。日本航空自衛隊」

「サワモト大尉。可愛いわね。おいくつ?」

「‥‥二十八ですけど」

 エマが、矢継ぎ早に質問を発する。瑞樹は気圧されたまま答えていった。‥‥インタビューというより、ほとんど尋問に近い。

 十分ほどで、瑞樹は解放された。エマが、すかさず次の獲物、ミギョンに襲い掛かる。


「‥‥で、今度はなにをするの?」

「緊張感のある画が欲しいんだって」

 瑞樹の問いに、スーリィが答えて肩をすくめる。

 会議室のテーブルの上に、大きな北米の地図が広げてあった。そばには、キャスター付きのホワイトボード。エマの助手の女性が、どこから借りてきたのか知らないが、カピィ兵器の写真や構造図、高高度からの偵察写真などを、ホワイトボードにぺたぺたと貼り付けている。

「‥‥やらせかよ」

 ダリルが、苦笑した。

 色とりどりのファイルの束を抱えてきたエマが、何冊かをテーブルの上に置いた。カメラマンと相談し、ファイルの位置を微調整する。残りのファイルは、テーブルの隅にやや乱雑に積み上げられる。

「はい、みなさん。わざわざお集まりいただいて恐縮です」

 エマが、六人のパイロットに笑顔を向ける。

「作戦会議‥‥とまではいきませんが、打ち合わせを行っているところを撮りたいのです。音声は収録しませんので、ご安心を。そうですね、背の高い方‥‥ローガン中尉とシァ大尉は、ホワイトボードの前に立っていただけますか? サワモト大尉とホ中尉は、座っていただいて。シェルトン少佐は、ふたりのあいだに割り込むように。コルシュノワ中佐は、横向きに立ってテーブルを覗き込んで下さい」

「‥‥なんだかなぁ」

 小声で、瑞樹はぼやいた。

「これも仕事のうちね」

 アリサが、微笑む。

 とりあえず全員が、エマに指示された通りの位置についた。カメラマンが、OKを出す。エマの助手が、ペンやリーガルパッド、ポスト・イットの束などの小道具を持ち込んで、テーブルの上に適当に配置する。

「いいですわ、みなさん。さすがに画になりますわ。ローガン中尉とシァ大尉は、そこの大きなフルバックの写真を見ながらなにか喋ってください。残りの皆さんは地図を見ながら会話を。あ、サワモト大尉。そこのペンを手にしてもらえますか?」

 瑞樹はため息をつきながら、赤いグリースペンシルを握った。


 エマ・コーエンの取材は二日間続いた。

「とてもいい取材ができましたわ、みなさん」

 例によって眼が笑っていない笑顔を振りまきながら、エマが六人と握手を交わす。

 エマとそのクルーが乗ったガルフストリームIVが離陸するのを見送りながら、瑞樹は盛大にため息をついた。

「はあ、疲れた」

 スーリィが、言う。

「慣れないことをすると、肩が凝るねえ」

 ダリルが、腕をぐるぐると回した。

「なによ。一番お芝居を楽しんでいたくせに」

 サンディが、突っ込む。

「まあね。パイロットになれなかったら、ハリウッド目指してたかも知れない逸材だからな」

 しれっとした表情で、ダリル。

「‥‥本気か?」

 珍しく、ミギョンが突っ込んだ。

「一応本気だ。高校時代は、演劇部に所属していたこともあるくらいだからな」

「へえ」

「三ヶ月で辞めたけどな」

「なんで?」

 瑞樹は訊いた。ダリルが、真顔で瑞樹を見据えて言った。

「だって、イプセンしか演らないんだもん」






 空対地装備で、ベローナは離陸した。

 カンザス州エドワーズ郡で発見されたタイクーンは、合計九両。直衛のファイアドッグは、わずかに六機。絶好の目標である。

 第二次攻撃隊として、合衆国空軍のF−15E一個飛行隊と、韓国空軍のF−15K半個飛行隊。それに、それらの直衛として合衆国ANGのF−16C一個飛行隊が準備されていた。

 四機のNT兵器は順調に飛行を続けた。出撃メンバーは、サンディ、スーリィ、ミギョン、瑞樹。乗機は、むろんいつもの通りだ。ただし今回は第二次攻撃隊がいるので、フレイルの主要任務はSEADと航空優勢の確保であり、対地装備はベローナだけである。

 異変が生じたのは、目標まであと20nmのラインにフレイルが到達する数秒前だった。

「フレイル・フライト。そちらの東方50nmにゴリラ(大編隊)。‥‥これは、罠だ!」

 合衆国空軍AWACSの管制官が、声を張り上げる。

「こちらフレイル1。レーダーをオンにする」

 サンディが通告する。

「ありえない‥‥」

 その直後に聞こえる、サンディの声。

 ゾリアから転送されたデータを表示したMFDを見ながら、瑞樹もあんぐりと口をあけた。

 クリアだったはずの前方に、五十機以上の小型機が出現していた。

 待ち伏せだ。そうとしか、考えられない。

「こちらフレイル1。全機、西へ離脱する」

 サンディが指示する。四機のNT兵器は、編隊を組み直すと西へと向かった。サンディが、AWACSに対し作戦中止を勧告する。

 だが‥‥。

「フレイル・フライト。西は危険だ」

 AWACSが、告げる。

 いつの間にか、フレイル・スコードロンの退路を塞ぐように、多数の小型機が出現していた。その数、約二十。

「どうする、サンディ」

 通信規則を無視して、スーリィが問う。

「強行突破しましょう。2、3。組んで暴れて。1は4を援護する。いいわね」

 サンディの指示に、スーリィとミギョンが受領通知を返す。

「4、了解」

 瑞樹もそう返した。敵は二十‥‥いや、おそらく二十一。味方は四機。突破できるか?


 スーリィはフルスロットルで敵の中に飛び込んだ。

 背後は、ミギョンがしっかりと護ってくれている。スーリィは敵を仕留めることに専念した。どうやら、相手はすべてファイアドッグのようだ。

「もらった」

 三機編隊の背後を取ったスーリィは、それぞれに一発ずつスイフトをお見舞いした。命中したのは一発だけだったが、残る二機は回避行動のために姿勢を崩している。スーリィはそのうちの一機に再びスイフトを発射した。今度は命中し、不運なその機は空中爆発を起こした。もう一機も、素早く後方へと回り込んだミギョンによって屠られる。

「サンディと瑞樹は?」

 スーリィは、すばやく周囲を見渡した。

「その余裕はないぞ、2」

 ミギョンが言って、スイフトを発射する。

 接近しつつあったファイアドッグが、急機動でこれを避けた。

 いつの間にか、空はファイアドッグで満たされていた。


「突破できない!」

 瑞樹はわめいた。

 すでに、サンディが二機のファイアドッグを撃墜していた。瑞樹もASRAAMを一機に命中させ、煙を吐かせた。

 だが、西方へと退避することはできなかった。すぐに新手のファイアドッグが現れ、進路を妨害してくる。被弾しないためには、いったん東方へと逃れるしかなかった。

「しつこい!」

 サンディの後ろを取ろうと迫ってきた二機のファイアドッグに、瑞樹はスコーピオンを一発ずつお見舞いした。対地攻撃専用のスコーピオンだから命中させるのは無理だが、カピィも後方からミサイルが迫ってくるのを無視できるはずがない。二機のファイアドッグはいったんゾリアの追尾を諦めて、急降下した。

「FOX3!」

 サンディが、追っていたファイアドッグにスイフトを発射する。それをぎりぎりで躱したファイアドッグに、瑞樹はASRAAMを撃ち込んだ。さらに接近し、27ミリをしこたま浴びせる。それでも、ファイアドッグは墜ちなかった。

 サンディが、最後のスイフトを放ち、命中させた。黒煙を吐きつつ、ファイアドッグが墜ちてゆく。


「何機いるのよ!」

 スーリィは愚痴りながらACMを継続していた。

 逃げるファイアドッグの背後を取り、スイフトを発射する。命中。もはや、何機目の撃墜だか覚えていない。

 残るスイフトはあと一発。

「3! 2は援護にまわる」

 スーリィはそう告げた。

「3」

 相変わらず素っ気ないミギョンの返事。

 ネメシスが、すっと前に出た。‥‥機体後部に、被弾の跡がある。

「大丈夫、ミギョン?」

「大事無い。レーザーが掠っただけだ。‥‥行くぞ」

 ネメシスが急上昇を開始する。スーリィもサイドスティックを引き、ネメシスの背後を護る位置を保った。


「フレイル1、ウィンチェスター!」

 最後のASRAAMを発射したサンディが、叫んだ。

 ASRAAMは追尾していたファイアドッグの尾部に正確に命中した。だが、撃墜するには至らない。

「まずいよ、サンディ!」

 瑞樹はファイアドッグのお尻に喰らい付きながら叫んだ。先程から27ミリを三連射ほど叩き込んだが、一向に墜ちる気配がない。

「こちらフレイル1。2、3。応答して!」

 サンディの、悲痛な叫び。

 フレイル・スコードロンの四機は、カンザス州フォード郡の上空で完全に孤立していた。


「無理だよ」

 スーリィは、呻いた。

 ヴァジェットはすでにスイフトを撃ちつくしていた。ASRAAMも、二発しか残っていない。

 ファイアドックは、新手が加わったことにより、まだ二十機以上はいる。

「3から全機へ。西は無理だ。南へ逃げよう」

 ミギョンの声が、そう提案する。

「南?」

「そうだ。距離はあるが、NASCの領域へ逃げよう。NT兵器なら、逃げ切れるはずだ」


「聞いた、瑞樹? 南へ逃げるわよ」

 サンディが、告げる。

「4、了解」

 瑞樹はサイドスティックを傾けた。ASRAAMはもう一発も残っていない。

「フレイル全機、リミッター解除」

 サンディが、命じる。

 瑞樹はスロットルを限界以上まで押し込んだ。先日フルバックをアリサと共同で三機仕留めたときと同じだ。すぐに機体が反応し、マッハ計があっさりと2を超える。

 サンディが、NASCのAWACSと接触した。フレイルを追尾してくるファイアドッグは十数機いるが、いまのところ引き離しつつあるようだ。

「良かった。NASCが合衆国海軍のF−18E一個飛行隊を援護に送ってくれるそうよ。‥‥各機、兵装チェック。1はガン180」

「2。ASRAAM二。ガン250」

「3はスイフト一。ASRAAM四。ガン250」

「4。ガン60」

 瑞樹は告げた。

「スコーピオンは投棄したの?」

 スーリィが問う。

「いいえ。牽制に撃ったのよ」

 四機はフールド・フォー編隊を組んで、オクラホマ州上空に入った。あと150nmほど南下すれば、NASCの支配地域に入る。だが‥‥。

「‥‥前方30nmに敵影。フルバックよ」

 サンディが、静かな声で告げる。


 瑞樹はMFDを凝視した。

 フレイル・スコードロンは完全に包囲されていた。北からは、追尾してきたファイアドッグ十数機が迫りつつある。南方には、フルバック一機と、その護衛ファイアドッグ一個編隊。西側には、新手のファイアドッグが四個編隊出現している。もちろん東へ向かえば、カピィ占領地区に深く入り込むことになる。

「南の敵を強行突破しましょう。そうすれば、増援のF−18と合流できる」

 サンディが、決断する。

「2、1と4を援護して、南下してくれ。3はフルバックを牽制する」

 ミギョンが、告げた。

「馬鹿言わないで、3」

「いや。AAMが残っていない1と4は戦力にならない。2はファイアドッグを押さえて、1と4を逃がしてくれ。わたしはフルバックを足止めする」

 ミギョンがきっぱりと言う。

「無茶だって、ミギョン」

 瑞樹は言った。

「だが、スイフトを残しているのはネメシスだけだ」

 ミギョンが、言う。残る三人が沈黙した。

「1、4。なんとか自力で逃げて。2は3と行動を共にする」

 スーリィが、そう告げた。だが、すぐにミギョンが反対する。

「いや。それはリスクが大きすぎる。2はファイアドッグを頼む」

「‥‥判った。任せて」

 スーリィが、納得する。

「ミギョン、無理しないで」

 サンディが、言う。

「これしか方法がない。行ってくれ。ここはわたしとスーリィでなんとか切り抜けてみせる」


 フルバックの護衛に着いていた三機のファイアドッグが、瑞樹らの方へと針路を変えた。

「1、4。そのまま逃げろ!」

 半ば叫ぶように、スーリィ。

「ごめんね」

 瑞樹は、ヘッドオンで対峙しようとしたファイアドッグに、やや機首上げで27ミリを浴びせかけた。回避機動を行いながらだから当たるはずもないが、牽制にはなったようだ。敵機のレーザーはすべて外れてくれた。

「瑞樹!」

「生きてるよ」

「このままダイス空軍基地まで行くわよ」

 サンディが、告げた。


「あんたらの相手はあたしだよ!」

 スーリィは、ファイアドッグの尾部に最後のASRAAMを叩き込んだ。続いて27ミリをたっぷりと浴びせる。残弾表示が100を切ったところで、スーリィはトリガーを離した。損傷したファイアドッグが、ふらつきながら高度を下げてゆく。

 無傷の一機が、レーザーを放ちながら接近してくる。スーリィは機をひねって躱すと、背後を取ろうと急旋回を行った。


 ミギョンはフルバックとの間合いを詰めた。

 目的は、あくまで牽制である。刺し違えるつもりは、毛頭ない。

 レーザーを乱射しつつ、フルバックが向かってくる。

 相対距離10nmで、ミギョンはASRAAMを四発まとめて放った。サイドスティックを倒し、急降下する。

 フルバックのレーザー射撃が、ASRAAMに集中する。ほぼ同時に二発が阻止され、その直後にもう一発がレーザーの直撃を受けて消し飛ぶ。最後の一発も、あと1nmのところで破壊された。

 その頃には、ミギョンの操るネメシスは対地高度100フィートほどのところを水平飛行していた。上空で覆いかぶさるようなフルバックの巨体から放たれるレーザーを左右に躱しながら、ミギョンは小麦畑を掠めるように飛んだ。

 ‥‥そろそろか。

 ミギョンはサイドスティックを引いた。ネメシスが急上昇し、ループに入り‥‥そのまま背面となった。

 眼前に、フルバックの尾部が逆さまにぬっと現れる。

 ミギョンは最後のスイフトを放った。

 フルバックのレーザーが、乱射される。

 一条のレーザーが、ネメシスの腹部を焼いた。

 ミギョンはサイドスティックを引き、背面のまま急降下して逃げた。ハーフ・ロールで姿勢を立て直すと、地面に激突する前に水平に戻し、次いで南へと転針する。

 コーション・ライトは点灯しているが、操縦系統に問題はないようだ。ミギョンは一息つくと、フルバックの姿を探した。

 どうやら、決死のスイフト攻撃は実らなかったようだ。だが、サンディと瑞樹のために充分時間は稼いだろう。

「ミギョン! 生きてる?」

 スーリィの声が届く。

「ああ、生きている。3は南方へ向け遁走中」

「良かった。あたしも逃げるよ。ダイスで会おう」

 スーリィが、告げる。


「スーリィ! ミギョン!」

 サンディが、ラジオに呼びかける。

 ゾリアとベローナは、ダイス空軍基地のエプロンにVLしていた。整備兵が寄ってきたが、見慣れぬ機体に眼を白黒させている。

「こちらフレイル2。ファイアドッグは振り切った。3も無事だ」

 スーリィの声が入る。

「ミギョン、聞こえる?」

 瑞樹も通信に割り込んだ。

「聞こえる。レーザーを浴びたが、機体に問題はない。今、ホーネット・フライトと合流した。もう大丈夫だ」

 いつも通りの冷静な、ミギョンの声。

「よかった‥‥」

 瑞樹は大きく息をつくと、シートに背中を預けた。

 ほどなく、ヴァジェットが飛来して、ベローナの隣に着陸した。三分ほど遅れて、ネメシスが降りてくる。胴体下面右側に、レーザーを浴びた跡があった。

 瑞樹はベローナを降りた。一足先にネメシスに駆け寄ったサンディが、降りて来たミギョンを抱きしめる。

「ありがとう、スーリィ」

 瑞樹はスーリィに握手を求めた。

「いやあ、一番無茶したのはミギョンだよ」

「とにかく、全員無事でよかった。‥‥サンディ。恥ずかしいから離れてくれないか」

 困り顔で、ミギョン。

「まったく。ミギョンにしろスーリィにしろ、ほんとに無鉄砲な娘が多いんだから、フレイルは。‥‥おかげで、助かったけど」

 泣き笑いの表情で、サンディが言う。

「ありがとう、ミギョン」

 瑞樹はミギョンの右手を両手でしっかりと握り締めた。

「いや、護衛機としての務めを果たしたまでだ。気にすることはない」

 ちょっと赤面しながら、ミギョンが言う。


 後始末が大変だった。

 間の悪いことに、ダイス空軍基地にはイタリアのRAIの取材クルーが滞在中であり、NT兵器の着陸シーンはもちろん、四人の女性パイロットが無事を喜びあうところまでも望遠レンズでしっかりとカメラに収めていた。幸か不幸か、カピィの衛星撃墜により衛星生中継が不可能になっているので、それらの映像はTV放映されることも、RAI本社に送られることもなかった。UNUFHQからの要請を受けたダイス基地の空軍憲兵が、クルーからビデオを押収し、事なきを得る。数日後、RAIの顧問弁護士とUNUFHQ法務部のデンマーク人中佐がローマ某所でつかみ合いの喧嘩をしたという一幕もあったが‥‥それはまた別の話である。

 瑞樹ら四人はマッコードに連絡を取り、指示を仰いだ。早急に帰投せよとの命令を受けたフレイルの四人は、交代で基地のトイレを借りると、そそくさと飛び立った。ほとんど丸腰なので、ニューメキシコまで西進し、そこから北西に針路を変えてマッコードを目指す。

 マッコード基地に着陸する頃には、全員が疲れ果てていた。しかし、まだデブリーフィングが残っている。四人は気力を振り絞ると、デブリーフィングルームへと出向き、アークライト中将に事の顛末を詳しく説明した。

「カピィの罠だった、というのかね?」

 アークライトが、訝しがる。

「他に解釈のしようがないと思います。ある程度の待ち伏せ戦術なら、過去にも数多の例がありますが、ファイアドッグ五十機以上、さらにフルバックまで伏せていたとなると、前代未聞です」

 きっぱりと、サンディが言う。

「君らも、同意見かね?」

 アークライトが、問う。

「はい、司令」

「そうだと思います」

「間違いありません、サー」

 残る三人も、断言した。

「‥‥だとすれば、君たちは明白にカピィの指揮系統上部の注意を引いているということだな。これは、今後の部隊運用において留意しなければならぬ事項だろう。‥‥今日のところはご苦労だった。充分に休養を取ってくれ。ネメシスが損傷したことだし、明日の出撃は、見送ることにしたい。以上だ」

 アークライトが言って、四人を解放した。


「おつかれ〜」

 リビングルームに入ってきた四人の手に、アリサが飲み物を押し付けた。サンディにアイスティー、スーリィに缶コーク、ミギョンにミルクたっぷりのコーヒー。瑞樹には、グレープフルーツジュースだ。

「ありがと」

 瑞樹は紙コップの中身を半分ほど一気に飲み干した。

「とりあえず、話を聞かせなさい」

 ダリルが、迫る。

 四人は交代で、今日の戦闘の模様を語った。

「たしかに罠ね。それも、かなり高度な罠」

 アリサが、眉根を寄せる。

「カピィらしくないねぇ。あいつら、戦術はワンパターン。得意なことといえば、数に任せての力押し、ってのが定番なのにさ」

 ブラックコーヒーをすすりながら、ダリル。

「カピィも知恵をつけてきた、ってことかしら」

 サンディが、形の良い眉をしかめる。

「むしろ、フレイルを狙ってきたってことじゃないの?」

 スーリィが、言う。

「じゃあ、無人機が見つけた九両のタイクーンってのは、もしかすると囮?」

「だろうな」

 瑞樹の問いに、ミギョンがぼそりと答える。

「いや、これは臭うね」

 ダリルが言って、紙コップを置いた。

「なにが?」

「カピィに入れ知恵した奴がいるんだ。そうに違いない」

 ダリルが、拳を握って断言する。

「また始まった‥‥」

 げんなりした表情で、サンディ。

「誰が入れ知恵したというの?」

 スーリィが、訊く。

「人類の裏切り者だよ。たぶん、出世競争に負けて左遷された元エリート軍人だろうな。今頃、カピィの幹部に納まっているに違いない。ゆくゆくはカピィの老将軍どもを陥穽に陥れてのし上がり、カピィ皇帝の愛娘を篭絡して取り入り、時機を見て皇帝を暗殺し、その玉座を手に入れたあとは銀河系の覇者となるべく‥‥」

「‥‥どこのB級映画よ、それ」

 サンディが、呆れ果てて力なく突っ込む。


 騒動は、これに留まらなかった。

「来て下さい、皆さん!」

 山名軍曹が、くつろいでいた六人を引っ張り出す。

「何があったのよ、山名君」

 瑞樹はわめいた。

「大変なんですから!」

 抗議にめげず、山名が六人を一室に連れ込んだ。つけっ放しのPCが一台あるだけの、殺風景な小部屋だ。

「見てください」

 山名が、液晶ディスプレイを指した。

「あら」

「まあ」

 見慣れた二人の女性が、アップで映し出されている。‥‥サンディと、スーリィだ。スーリィの方は横顔で、ややピントが甘いので顔立ちははっきりとしないが、見慣れている瑞樹たちから見ればどう見たってスーリィである。サンディの方は、やや引いた画だがほぼ正面から捉えていて、目鼻立ちまではっきりと見て取れる。

「なに、この画は‥‥」

 アリサが、訊く。

「デイリー・メイルのウェッブ版です。スクープ写真として出ちゃってますよ」

「UNUFAFの新兵器を操縦する謎の美女たち」

 ダリルが、見出しを読む。

 写真はもう一枚あった。望遠で撮ったらしく、細部はぼけているが、駐機するネメシスとその前にいる四人の女性ははっきりと識別できる。どう見ても、サンディとスーリィとミギョンと‥‥瑞樹であった。ダイス空軍基地で撮影されたものであることは、間違いない。

「これはまずいね」

 苦笑して、スーリィ。

「ビデオを召し上げられたRAIの報復か、それとも基地の誰かがお金目当てに売ったのか‥‥」

 腕を組んで、ミギョン。

「これ、早急に手を打たないと、大変なことになるわよ」

 頬を掻きながら、瑞樹は言った。自分とミギョンはぼんやりと写っているだけだから、いくらでもごまかしが効くが、アップの写真‥‥たぶん、トイレに行ったときに隠し撮りされたものだろう‥‥が出ているサンディとスーリィは、ごまかしようがない。

「もう遅いですよ。すでに、お二人のファンサイトまでできてますから」

 山名が、マウスを操作し、いくつかのウェッブページを開いて見せた。英語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポーランド語‥‥。日本語のサイトまである。‥‥って誰だよ早くもサンディの二頭身バージョン描いた奴は。しかも可愛いし。

「どうする?」

 スーリィが、サンディを見る。

「さあ」

 サンディが、肩をすくめた。

「うわ。中尉の名前、ばれましたよ」

 山名がとあるウェッブページを指した。流出したサンディの写真の隣に、微笑を浮かべたパイロットスーツ姿のサンディの写真を貼り付けてある。添えられたキャプションは、2nd Ltn.Sandy Logan。‥‥おそらくは、かなり前の広報写真を、ネットから検索して拾ってきたのだろう。

「このぶんじゃ、スーリィの身元がばれるのも時間の問題ね」

 アリサが、なぜか嬉しそうに言う。



「そうか。失敗だったか」

「面目ありません」

 ヴィド副長が、主触腕と副触腕を擦り合わせる。

「いや。面目は失われていないぞ。新兵器を操る戦士がこちらの予想を上回る優秀な者だったということだ。気に病むことはない」

 ティクバ船長は、ちらっと舌を見せた。

「また機会はあるだろう。どうやら、あの新兵器の戦士たちとは長い付き合いになりそうだな。いずれ会いたいものだ」

「宇宙船指揮者、ひとつお尋ねしてもよろしいですか?」

 控えていた研究員レーカが、ティクバに訊く。

「なにかね」

「宇宙船指揮者は、新兵器の戦士を捕らえていかがなさるおつもりですか?」

「研究員レーカ。遠まわしな言い方はやめたまえ」

 ヴィドが、口を挟んだ。

「貴殿が言いたいことは、地球人の戦士の捕獲は戦略方針に反する、ということだろう?」

「左様です、指揮者代理」

 レーカが、認めた。

 ティクバらが与えられた戦略方針の中には、地球の調査という項目もある。それを拡大解釈すれば、地球人を捕獲して調べることは可能だろう。しかし、戦争行為の一環として地球人の戦士を捕らえることは、明白に戦略方針に反する。

「これは、あくまで本職の個人的な興味と解釈してもらいたい」

 ティクバが、レーカに舌を見せた。上官が部下に舌を見せるのは、信頼の証である。ここまでされては、一介の研究員であるレーカは従わざるを得ない。

「承知しました。乗員の調査もあくまで新兵器の調査の一環ですね」

「理解を感謝する、研究員レーカ」

 ティクバが、頭部をわずかに左右に振った。



「参ったな‥‥」

 アークライトが、ぼやく。

 わずか数日で、サンディ・ローガン中尉はすっかり有名人になってしまった。UNUFHQ広報部は軍事機密を盾に情報の流出を制限していたし、合衆国空軍も同様にメディア対策を行っていたが、「謎の新兵器を操る謎の美女」に関する噂はすでに一人歩きを始めていた。テレビでは自称「幼馴染」「親友」「元カレ」などが続々と登場し、ローガン中尉に関するあることないことを喋りまくっていたし、活字媒体でも様々な記事が書かれていた。

「これで、めぼしいところはすべて網羅したはずです」

 チョープラー大尉が、雑誌の束をデスクに置く。とりあえず、マッコード基地の広報部に協力してもらい、ローガン中尉に関する記事が出ている新聞、雑誌などを集めてもらったのだが‥‥凄まじい量になった。新聞だけで十数部。週刊誌が三十部くらい。もちろん今後月刊誌などにも記事が出るだろうし、これにヨーロッパやアジアのメディアも加えればその総数は軽く三百は越すだろう。

 アークライトは雑誌数冊を取って眺めた。「US ウィークリー」や「ピープル・ウィークリー」は判るが、なんで「ポップスター」や「コスモ・ガール」までローガン中尉の特集記事を組まねばならんのだ?

「こんなの、二週間もたてば収まりますよ、司令」

 深刻な表情のアークライトを見かねて、チョープラーが言った。

「だといいんだがな」

 すでに、フレイルの拠点がマッコード基地であることを嗅ぎつけたマスコミが、基地広報を通じて取材許可を求めて殺到している。とりあえずの対策として、フレイル・スコードロンのメンバーには基地外への外出を自粛するように命じてあるし、基地要員にも協力を要請してあるが、合衆国空軍基地ゆえにメイス・ベースほど厳しい規制はできない。不心得者の軍属あたりが、隠し撮りしたローガン中尉の写真を流出させるのは、時間の問題と思われた。


「待った」

 ダリルが、手の平を立てた。

「どうしたの?」

 サンディが、訝る。

 マッコード基地の一角。NT兵器を収めた格納庫から、ぞろぞろと宿舎へと戻る途中である。

 ダリルが、道路脇にある植え込みを指差す。アリサとスーリィが、うなずき合うと植え込みに近づいた。一足先に歩み寄ったダリルが、いきなり植え込みに脚蹴りを喰らわせた。

「出て来い!」

 植え込みが割れ、若い男が飛び出した。作業服姿の、白人だ。手には、カメラ。

 男が、再び放たれたダリルの蹴りを避けて、慌てて走り出す。その前には、スーリィがいた。

「止まりなさい!」

 アリサが一喝する。しかし、男は止まらなかった。スーリィにタックルして突破しようとする。

「危ない!」

 瑞樹は思わず叫んだ。

 スーリィが、突っ込んでくる男を避けつつ、右腕をひょいと突き出し、男にわずかに触れた。スーリィが腕を引っ込めると同時に、男がつんのめるようにして路面に転がる。カメラが投げ出され、がちゃんといういやな音が響く。

 男が立ち上がろうとする。だが一瞬早く、腰を落としたスーリィが男に組み付いていた。右腕を取り、自分の腕を使って胸の前で抱え込む。男がか細い悲鳴を上げ、動かなくなった。

「落ちたわね」

 ぼそりと、アリサ。

 スーリィが、腕を解いて立ち上がる。‥‥男は、完全に気絶しているようだ。

「凄いな。関節技か」

 壊れたカメラを拾い上げながら、ミギョンが訊く。

「昔、中国拳法習ってたことがあってね」

 やや気恥ずかしげに、スーリィ。

「で、どうする、こいつ」

 ダリルが、ブーツのつま先で気絶している男の尻をつんつんと突いた。まだ若い男で、軍属のようだ。

「セキュリティ・ポリスに引き渡しましょう」

 アリサが、言う。

「でも、隠し撮りしたくらいで‥‥」

 おずおずと、サンディが言う。

「あんたを隠し撮りしたくらいならいいけど、NT兵器の隠し撮りを狙った可能性がないわけじゃない。ここは厳しくいかないとね」

 ダリルが、サンディを見据えた。


第八話簡易用語集/ドッジ・シティ アメリカの俗語で「ヤバい場所」を意味する。日本ではダッジ・シティと書く場合もあるが、ドッジのほうが現地の発音に近いようである。/ガンカメラ Gun Camera主に戦果記録用に使用される、機体の前方を撮影するカメラ。通常、トリガーを引くと自動で撮影される。もちろんカメラのみを作動させることも可能。/ウィンチェスター Winchester 使い切るなどして兵装がなくなった、という状態。/カンザス州フォード郡 ここにドッジ・シティがある。/RAI イタリア放送協会。イタリアの国営放送。本社所在地はローマ。

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