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25 Desire Nations

「総員起立!」

 リビングルームに凛とした声が響いた。

 丸テーブルでカードに興じていたフレイル・メンバーの四人は軍人としての習性で、手の中のカードを放り出して即座に立ち上がり‥‥驚愕した。

 声の主は‥‥アリサだった。

 にこやかな笑みを浮かべたアリサが、戸口をくぐり歩み寄ってくる。やや癖のある砂色の髪。白い肌。切れ長の灰色の眼。‥‥以前となんら変わらないアリサの姿が、そこにはあった。

「退院できたんだ、アリサ」

「よかったですわ」

「久しぶり」

「‥‥どうでもいいけど、なんでそんな格好してるのさ?」

「なんかおかしい?」

 アリサが、自分の姿を見下ろした。

 フライトスーツ。小脇には、抱えられたヘルメット。

「まさか‥‥飛べるの?」

 スーリィが、訝しげに訊く。

「うん」

「な、内臓が半分なくなった、とか聞いてたけど」

 瑞樹は頬を掻いた。

「医学の進歩ってすごいわね。人工臓器と移植手術で、元通り‥‥とはいかないけれど、とりあえず生きていくには支障はないわ」

 アリサが、初産を控えた妊婦のように、自分のお腹をいとおしげに撫でる。

「‥‥で、何しに来たんだい?」

 ダリルが、訊く。

 アリサが、浮かべた笑みをさらに大きくした。

「メイス・ベースを占領しに」


 最初に笑ったのは、フィリーネだった。

「いやですわ、大佐ったら。久しぶりにお会いしたのに、いきなりブラックジョークなんて」

「‥‥ジョークじゃないのよ、フィリーネ」

 急に真顔になって、アリサが言う。

「‥‥マジか?」

 ダリルが、顔をしかめて訊く。

「本当の話よ。でも、誤解しないで。あなたたちを敵に回したわけじゃないし、流血沙汰は起こしたくない‥‥」

 アリサの言葉を、軽い銃声が遮った。‥‥ぱぱぱぱぱっ、という小口径突撃銃の連射音だ。

 瑞樹は思わず身を縮めた。フィリーネが、不安げに身を寄せてくる。

「‥‥どういうことなのか、きちんと説明して欲しいね」

 スーリィが、珍しく冷たい声音で、アリサに詰め寄った。

「ブリーフィング・ルームへ行きましょう。そこで司令がすべて説明してくれるわ」

 アリサがくるりと身を翻し、戸口へと歩み出す。

「ドレスラー中将が関わってるのか?」

 その背中に向けて、ダリルが問う。

 足を止めたアリサが半ば振り返る。その横顔が、大きな笑みを浮かべた。

「なに言ってるの。わたしたちにとって司令といったら、あの人しかいないじゃないの」


「やあ諸君。久しぶりだな」

 ブリーフィング・ルームで待ち受けていたのは、やはりヴィンス・アークライト中将だった。

「座りたまえ。さっそくブリーフィングを始める」

 一様に怪訝な表情を浮かべている瑞樹ら四人に、アークライトが座るよう促す。

「まずは、わたしの立場を説明しておこう。今回のメイス・ベース制圧を含む一連の行動は、合衆国大統領を含む高位の人物の承認を受けてはいるものの、基本的にはUNUFに対する「反乱」に属するものである」

 アークライトが、そう言い切る。

「言うまでもなく、諸君らはすでにわたしの部下ではない。したがって、このブリーフィングが終了したのちに本作戦への参加を拒否してもなんら問題はない。だたし、本作戦に対する妨害行為に対しては断固たる処置を講ずる用意があるので、そのつもりで。では、全般的状況をコルシュノワ大佐から説明してもらおう」

 アークライトが半歩退き、アリサが一歩前へ出る。

「本日GMT0500、現地時間1000より、モルディブ共和国においてUN代表、各国首脳、カピィ市民代表らが出席して会議が行われることは、報道を通じて皆さんご存知でしょう。これは表向き、人類−カピィ間の安全保障問題を協議するための会議と称されていますが、真の目的は別にあります」

 芝居がかって言葉を切ったアリサが、浮かべていた微笑を消して、続けた。

「すでに、会議のシナリオは出来あがっています。北米の合衆国およびカナダをカピィに譲渡し、人類とカピィが共存する国家を建設するという案をUN代表が提議し、それをカピィ代表といくつかの国家の首脳が歓迎する、というものです」

「そんな噂はあったけど‥‥マジだったのかよ」

 ダリルがつぶやく。

「合衆国およびカナダはもちろん、多数の各国首脳はこの案を拒否するでしょう。しかし、すでに十数カ国が賛成することが決まっています。その中には、ロシア、中国、インドなどの大国も含まれています。いずれ、同調する国家が増加することは確実でしょう。この案の重要なポイントは、安全保障という観点から見ると、カピィにとってはすこぶる魅力的な案であるということです。二隻の軍用船はそのまま保持できるし、国家建設には充分すぎるほどの土地を保有できます。加えて、三億を超える人類をいわば人質にすることができるのです。また、合衆国とカナダ以外の国家にとってもある意味魅力的な案です。自国はほとんど犠牲を払うことなく、カピィとの戦争を完全に終結させられるのですから。それゆえに、この案が正式に会議で提議されれば、いずれ各国の承認を得て採択される可能性が高いと言えます。‥‥ですが、わたしたちはそれを阻止しなければならない」

 アリサが、指を三本立てた。

「理由は三つあります。ひとつ、カピィとの和平成立は人類の悲願ですが、一部の国家を犠牲にすることは道義的に許されない。ふたつ、このシナリオを書き上げ、それを実現するために一連の政治工作を行った中心人物の三人‥‥ヤン・チャンイー政治局員、ヴィクラム・スィン海軍大将、ゲンナディー・ルシコフ陸軍大将にはいずれも政治的謀殺その他の嫌疑があること」

 ‥‥うわ。

 瑞樹はアリサが並べた三人の名前に衝撃を受けた。中華人民共和国の若手のホープとも言われる政治家、UN海軍参謀長、それにUN地上軍副司令官である。‥‥こんな人たちが、裏で手を組んでいたなんて‥‥。

「三つめ。この三人と、その支持者の真の目的が、カピィ国家樹立だけではないということ」

「どういうことだい?」

 スーリィが、訊く。

「これには決定的な証拠がないけど‥‥どうやらこの三人が狙っているのは、ユーラシアの分割らしいのよ。三大国主導のね。市民イダとの裏取引で、ロシア、中国、インドの三カ国は優先的にカピィの先進技術を導入できる。それを活用し、政治的、経済的に周辺地域を服従させる。ロシアがヨーロッパ、中央アジア、北アフリカを。中国が東アジア、東南アジア、加えてオセアニアを支配。インドが西アジア、サハラ以南のアフリカを取る」

「‥‥なんだよそのロボットアニメの設定みたいな世界は」

 ダリルが、力なく突っ込んだ。

「ともかく、この三人は悪党なのよ」

「告発して、捕らえられないのですか?」

 フィリーネが、当然の質問を発する。

「誰が捕まえるの? 中国の政治局員とUNUFの高官にしてロシアとインドの大将を? インターポール? UN憲兵隊? FBI? 絶対無理だわ。まあ、時間を掛けて証拠を積み重ねれば、いつかは起訴できるでしょうね。でも、そんな暇はわたしたちには残されていないの。モルディブ会議でカピィ国家建設案が正式に提議され、多くの国々に承認されてしまえば、わたしたちに手出しはできなくなる。この三人を共同謀議で告発しても、握りつぶされるのがオチでしょうね。今なら、まだ味方は大勢いる。むしろ、こちらの方が多数派なのよ」

「メディアに三人組の悪事をリークすればいい‥‥なんてアイデアは、とっくの昔に否定されてるんでしょうね」

 とりあえず、瑞樹はそう訊いてみた。

「モルディブ会議が、正式なUN主催の会議だということを忘れないでね。その妨害に加担してくれるメディアなんてあるわけないし、決定的な証拠はないことも忘れないで」

「で、アリサはこの三人組が絶対的な悪だということに確信があるんだね?」

 スーリィが、訊く。

「もちろん。複数のソースから確認したわ」

 アリサが微笑んでうなずく。

「司令はどうお考えなのですか?」

「わたしもこの三人は悪党だと確信している。ちなみに、ミスター・ティクバにも確認してもらった。市民ウシャイトから体調不良を理由に代表権を剥奪し、カピィの権力を握るようにイダをそそのかしたのは、ヴィクラム・スィン大将だ。その後、イダに接触して北米領有化案に同意させたのは、ヤン常務委員の側近だ」

 スーリィの問いに、アークライトがそう応じた。

「おおよそ事態は把握できたかしら。では、司令より作戦の詳細についてご説明をいただきます」

 アリサが退き、再びアークライトが前に出た。

「では、オペレーション・サイドライトについて説明しよう。本作戦の目的は、モルディブ共和国南部、アッドゥ環礁を制圧し、市民パザ、悪党三人組、およびその取り巻きを確保することにある‥‥」

 アークライトの説明が続いた。

 インド亜大陸の南方に細く長く南北に連なる‥‥しばしば真珠のネックレスに例えられる美しい島々が、モルディブ共和国である。その最も南側に浮かぶのが、アッドゥ環礁だ。ゆがんだハート型の環礁は、赤道のやや南に位置しており、首都マレからは約290nm離れている。環礁南部にあるガン島には、以前イギリス空軍が使用していた2500メートル級の滑走路があり、今は空港として使用されている。UN臨時総会は、その東側至近にあるヴィリギリ島のリゾートホテルを貸し切りにして行われる。

 会議を警護するために、現在アッドゥ環礁には中国陸軍空挺一個連隊と、若干のインド陸軍防空部隊およびこれらを支援するヘリコプター隊、それにインド海軍の哨戒艇戦隊が派遣されている。ちなみに、ヴィリギリ島の警備総括責任者は、ルシコフ大将である。

 首都マレにある飛行場には、防空用にロシア空軍より派遣されたMiG−29一個連隊。これを、元来はイギリス領で合衆国軍に貸与されているが、現在ではUNUFAFの訓練基地となっているディエゴ・ガルシア島に派遣されている中国空軍J−10飛行隊一個、J−11飛行隊一個、それにロシア空軍のA−50AWACS、インド海軍のIL−38対潜哨戒機などが援護する。基地の警備は、インド陸軍が担当している。

 洋上兵力は、モルディブ諸島の西部にインド海軍艦隊。東部に中国海軍と韓国海軍の合同艦隊。さらに、周辺海域には若干のインド海軍潜水艦が潜んでいるものと思われる。

 増援兵力として見込まれるのは、インド空軍。

「だが、すべてを相手にする必要はない。ディエゴ・ガルシアに増援として送り込まれたインド陸軍空挺一個大隊は、こちらの味方だ。作戦開始と同時に、基地を制圧する手筈になっている。したがって、中国空軍機は無視できるだろう。韓国海軍とも話はついている。戦闘には参加しないが、こちらの味方だ。さらに、インド空軍も不介入を確約している。モルディブの国家防衛隊および沿岸警備隊は、今回の会議の警護に加わってはいない」

 アークライトが、説明を続ける。

 こちらの兵力は、アッドゥ環礁制圧部隊として合衆国陸軍レンジャー部隊二個大隊、海兵隊一個大隊、ロシア陸軍スペツナズ一個大隊。これらがインドネシアおよびマレーシアより、各種輸送機‥‥チャーターしたB747やA340を含む‥‥二十七機で飛び立つ。支援するのは、合衆国海軍潜水艦三隻とロシア海軍潜水艦一隻。さらに、作戦統制および兵站担当の貨物船一隻が、ディエゴ・ガルシア近海で待機している。

 輸送機隊はガン空港に強行着陸。空港を制圧したのち鹵獲したヘリコプターや船舶、持ち込んだゾディアック・ボートなどでヴィリギリ島に上陸、これを占拠する。

「注意して欲しいのは、この総会には各国の国家元首、UN高官なども多数参加するということだ。彼らを傷つけてはならない。何人かの国家元首の警護部隊と、UNUF憲兵隊の一部には、この作戦を知らせてある。戦闘に巻き込まれないように、また悪党どもに利用されないように、作戦が始まり次第総会に参加するVIPをヴィリギリ島から船で逃がす手筈になっている。さらに、アッドゥ環礁には三万人近い民間人も居住している。彼らに被害が及ぶことがないようにしてもらいたい」

 アークライトが、そう強調する。

「サー、もっと上手いやり方はないのですか? 会議自体を軍事的に妨害するのは理解できますが、たとえば悪党三人組がアッドゥ環礁入りする前にインターセプトするとか?」

 スーリィが、問う。

「もちろん検討した。だが、反対勢力の動きが活発化したことを知って、彼らは非常に用心深くなっている。最近では、正確な居場所さえ掴めなくなっているのだ。詳細は話せないが、この三人が会合をもったところで物理的に排除しようという計画が以前に実行に移されて、失敗しているのだよ。それ以来、彼らは常に分散しており、活動を秘匿し、表舞台に現れる時は必ずロシアか中国、あるいはインドの国内で、しかも充分な警護態勢の下にある」

 アークライトが言葉を切り、インド洋の地図に向けて顎をしゃくった。

「仮に連中がアッドゥ入りするフライトを探り出したとしても、インターセプトする手段がない。諸君らを、スリランカにでも待機させることができれば別だがね。北米領有化案が正式に決議される前に、三人が顔を揃え、なおかつある程度脆弱な状態に置かれる唯一の機会が、このUN総会なのだ。‥‥我々にとって、唯一のチャンスだと言っていい。これを逃せば、もう手出しはできなくなるだろう」

「しかし‥‥なぜUN総会にモルディブを選んだのでしょうか? ロシアや中国国内なら、こちらも簡単に手出しはできないはずですが‥‥」

 瑞樹は首をひねった。

「こちら側の工作の結果だよ。中立的な場所でなければUN総会を開けぬように圧力を掛けたのだ。しかし相手も馬鹿じゃない。モルディブとは守りやすいところを選んだものだ。大規模な艦隊か多数の空中給油機でも動員しない限り、攻撃は掛けられないからな。そういうわけで、君たち燃料要らずのフレイル・スコードロンが必要とされるわけだ。任務は輸送機の護衛と、立ちはだかるであろう中国艦隊の排除。それに、アッドゥ環礁の対空火器制圧だ。その後、占拠したディエゴ・ガルシアで補給を受け、強行着陸の援護と、地上部隊の支援に当たってもらいたい。離陸は1000」

「‥‥あと三十分しかないじゃないですか!」

 ダリルが、わめく。

「済まんな中佐。なにしろ、時間がないのだ。あと四時間半で、会議が始まってしまう。まあ、カピィ国家設立案が総会冒頭から出るとは思えんが、早めに潰すほうがいい。空軍からRC−135を借りてきたので、わたしは諸君らに先立って離陸し、機上に代替指揮所を設置する。‥‥まあ、作戦が順調に推移すれば、わたしが到着した頃にはすべて片付いているわけだが」

 アークライトが、言う。

「なぜもっと早く教えてくれなかったのですか?」

 瑞樹は問うた。

「諸君らを信用していないわけではないが、機密保持のためだ。なにしろ、UNUFに対する反乱だからな。メイス・ベースでも、事前にことの次第を伝えたのはソン大佐と上田中佐だけだ」

「それで、みなさん。反乱に参加していただけるのかしら?」

 アリサが、ひとりひとりの顔を眺めながら、問うた。

「あたしはやるよ。祖国がなくなったら、困るからね」

 すかさずダリルが言う。

「わたしも行きます」

 きっぱりと、フィリーネが言う。

「とことん付いて行きますよ、司令」

 瑞樹も言って、アークライトの顔を見つめた。

 全員の視線が、スーリィに集まった。‥‥UNUFAFトップエースの女性に。

 スーリィが、頭を掻く。

「‥‥やだなぁ。行くに決まってるじゃないの。MiGのパイロットには悪いけど、スコアを上積みするチャンスだし」



 台湾東方から南シナ海を斜めに縦断、マレー半島を横切ってインド洋へと進出する。

 フレイル・スコードロンの五機‥‥アリサ、スーリィ、ダリルのドゥルガーと、瑞樹とフィリーネのイシュタルは、ウェイポイントに指定されたグレート海峡に面した北スマトラの海岸に各自のNT兵器をVLさせた。待ち受けていたインドネシア陸軍の小部隊に案内された小さなヴィラでトイレを借り、慌しく昼食の席に着く。用意されたテーブルにはおいしそうなカレーやチキンスープ、テンペの炒め物なども載っていたが、瑞樹は自重してサンドイッチを手にした。‥‥慣れぬ辛いものを食べて作戦中に腹具合がおかしくなったら困る。他のみんなも同じように考えたらしく、サンドイッチを食べ始めたが、スーリィだけはナシゴレンにサンバル・ソースを掛けて食べている。

 休憩時間は二十分足らずで終わった。


「1、2は前に出る。7、8。上手くやってね。4、護衛は頼んだわよ」

 アリサが告げる。

「2了解」

「7」

 スーリィに続き、瑞樹は短く応じた。

「8」

「4、任せろ」

 フィリーネとダリルが、続けて了解を告げる。

 先行していたアリサとスーリィのドゥルガーが、さらに増速し前に出る。目標とする中国海軍艦隊の位置は、すでに韓国海軍艦隊からの暗号通信で把握している。

 瑞樹は兵装をチェックした。主翼下にはスコーピオン二発、ウェポンベイ内にはARM(対レーダー)タイプのフォコン八発が収まっている。中国海軍艦艇を撃沈する必要はない。輸送機に対する脅威となるエリア・ディフェンスSAMさえ発射不可能にすればいいのだ。なるべく死人は出したくない。‥‥まあ、弾頭重量305kgのスコーピオンが命中すれば、ただではすまないのだが。

 先行したアリサとスーリィが、高度を上げると対水上モードにセットしたレーダーを使い始めた。瑞樹のMFDに、リンクされたデータが流れ込んでくる。

 ドゥルガーは囮である。対艦攻撃すると見せかけて艦艇の捜索レーダーおよびSAM管制レーダーを作動させた上で、コールドノーズのままの瑞樹とフィリーネが接近し、ARMフォコンを撃ち込む。フォコンが外れる、またはCIWSに撃墜された場合に備え、大型艦にはスコーピオンも発射する。

 MFDが、中国艦隊の各艦の状況を模式的に描き出す。ソブレメンヌイ級駆逐艦と蘭州級(052C)駆逐艦が並び、その後方に福清級補給艦。それを取り囲むように、旅大級(051)駆逐艦二隻と江衛級(053H3)フリゲート二隻。対潜ヘリコプター二機も飛行中だ。すべての艦が、レーダーを発振している。

「8。目標2をお願い。7は目標1と7を攻撃する」

「8了解」

 フィリーネが応じる。

 目標1はソブレメンヌイ級、目標2が蘭州級、そして目標7が外縁警戒の江衛級の一隻だ。旅大級と江衛級にはポイント・ディフェンスSAMしか搭載していないので本来ならば攻撃する必然性はないが、この艦は瑞樹らの針路と交錯する位置を航行中だ。叩くしかない。

 二機のイシュタルは、低空を保ったまま超音速で中国艦隊へ向けて突っ込んでいった。盛んにサーチ・モードのレーダー照射を浴びるが、シークラッターに紛れているのでロックされることはない。囮を務めるアリサとスーリィも、ロックはされていないようだ。

 瑞樹は目標7、すなわち正面の江衛級フリゲートに狙いを定めた。RWRが反応し、レーダーにロックされたことを告げる。瑞樹は落ち着いて進路を小刻みに変え、ロックを外しにかかった。目標までの距離は、5nmを切っている。37ミリ機関砲弾が放たれるが、こちらもレーダーロックされていないので照準が甘い。‥‥カピィ兵器の激しいレーザー弾幕を何度も掻い潜ってきた瑞樹にとって、これらのレーダー照準を避けるのは造作もなかった。距離2nmまで近づいて、スコーピオンとフォコンを一発ずつ発射する。HQ−7SAMが発射されたが、超音速で突進するミサイルを阻止することはできなかった。

 スコーピオンが、機関砲弾の弾幕をものともせずに、江衛級の船体中央部、煙突の下の舷側に突っ込んだ。タンデム弾頭が艦内で起爆し、キールがあっさりとへし折れる。満載排水量2400トンあまりのフリゲートは、激しい浸水に見舞われた。追い討ちをかけるように、自動的にアクティブレーダーモードに切り替わったフォコンもメインマスト基部に命中した。

 ‥‥やりすぎちゃったかな。ごめんね。

 瑞樹は心中で謝りながら沈みゆくフリゲートの脇を飛び抜けた。


 目標1および2、つまりソブレメンヌイ級駆逐艦と蘭州級駆逐艦は、両艦とも高度な対ミサイルシステムを搭載している。ソブレメンヌイのシュチーリ1システムはシースキマー対艦ミサイルの迎撃が可能だし、蘭州のHHQ−9A対空ミサイルも限定的ながら低空目標に対処できる。CIWSは前者が30ミリ機関砲と対空ミサイルを組み合わせたカシュターン。後者が730型30ミリである。

 亜音速のシースキマー対艦ミサイルなら、ほぼ確実に迎撃できただろう。超音速ミサイルでも、高い確率で撃破できたはずだ。だが、超音速で波頭すれすれを飛行し、なおかつミサイルにも通常の航空機にも真似のできない無茶な機動を繰り返すNT兵器を阻止するのは、不可能だった。

 瑞樹の発射したスコーピオン一発とフォコン二発がソブレメンヌイを、フィリーネの発射したスコーピオン二発とフォコン二発が、蘭州を襲う。カシュターンがスコーピオン一発を、730型がフォコン一発をそれぞれ破壊したが、それまでだった。ソブレメンヌイは大破し、炎上する。スコーピオン二発、フォコン一発を喰らった蘭州は、二分足らずで藍色の波間に消えた。



「シェールギル中佐!」

「こっちだ!」

 ジャミール・チョープラー大尉は、INSAS突撃銃を身体の前で抱えると、シェールギル中佐が身を隠している電源車のところまで走った。

「状況は?」

「見れば判るだろう!」

 チョープラーの問いに、シェールギル中佐が怒鳴り返す。

 ディエゴ・ガルシア基地制圧作戦は、失敗しつつあった。とりあえずの目的であった、基地機能の麻痺化には成功したが、警備部隊は激しく抵抗を継続している。この状況で、NT兵器の兵装搭載や輸送機の離着陸を行うのは無理だ。

 MAG2A1汎用機関銃数丁の援護を受けながら、一個分隊ほどの兵が前方200メートルほどにある格納庫の前にたどり着いた。扉の隙間から数発の手榴弾が投げ込まれ、重々しい爆発音が響く。



「さあ、いよいよ本番ね。1、2、4は狩りに専念。7と8は直衛。手筈どおりよ」

「2了解」

「4」

「7」

「8」

 三機のドゥルガーが、迎撃に飛び立ってきたMiG−29の群れに突っ込んでゆく。瑞樹とフィリーネは、マレーシアおよびインドネシアの各所から離陸し、モルディブを目指している輸送機を護るために、積極的に戦闘には加わらない。ドゥルガーの性能とあの三人の腕を持ってすれば、三十機程度のMiG−29ならまず問題なく対処できるはずだ。


 ‥‥やりにくい。

 ドゥルガーを操りながら、アリサは心中でつぶやいた。

 MiG−29に乗っているのはロシア空軍のパイロットである。モルディブへは当然上からの命令で派遣されたのだろうし、その任務は国連の会議を警護する真正なものだと信じているはずだ。

 そう。表向き正義は向こうにある。悪役は、こちらなのだ。突如現れたNT兵器はテロリスト扱いされているに違いない。

 アリサは狙いをつけたMiG−29の背後に回りこんだ。MiGはジンギングでこちらの照準を外そうとしたが、アリサは苦もなくリーサル・コーン内に留まり続けた。

「FOX3」

 ウェポンリリースボタンを、やさしいと言っていいほどそっと押す。

 飛び出したスイフトが、MiG−29の機体下面を直撃した。ファイアドッグでさえ一撃で葬る強力な弾頭が、MiGをあっさりと引き裂く。‥‥キャノピーは、飛ばなかった。

「‥‥イズヴィニーチェ」

 アリサは小声で謝ると、次の獲物を探した。


「7、8。悪い、ワン・セクションそっちへ向かった」

 ダリルの声が、告げた。

「7了解。‥‥8、行くわよ」

「8」

 瑞樹はスロットルをわずかに開いた。レーダーに、接近するエレメント(二機編隊)が捉えられている。ダリルはセクションと呼んだが、これはアメリカ海軍における呼称だ。

「接近して叩くわよ」

「了解です」

 接近してきたMiG−29が、R−27を発射する。瑞樹とフィリーネはこれを難なく躱し、MiGの背後に回りこんだ。MiGが編隊を解き、離脱に掛かる。瑞樹は眼前の機を追った。充分に接近したところで、ASRAAMを放つ。

「FOX2!」

 相手は生身の人間である。なるべくなら、殺したくはない。‥‥もっとも、先ほど攻撃した駆逐艦とフリゲートでは確実に死人が出ているだろうが。

 ASRAAMが、MiG−29のテイルパイプを引き裂く。即座に、MiGのキャノピーが飛んだ。パイロットが、射出する。瑞樹は安堵しつつ、サイドスティックを倒した。

「スプラッシュ」

 数秒後、フィリーネも撃墜を告げた。



「判った。ディエゴ・ガルシアでの補給は諦めよう。フレイルの補給はこちらで済ませる。無理はするな」

 矢野准将は、チョープラー大尉からの通信を切った。

 二万トンクラスのセミ・コンテナ船〈シルヴァー・ヴァレー〉。その任務のひとつは、ディエゴ・ガルシア島にフレイル・スコードロン用の再兵装用兵器を届けることにあった。だが、インド陸軍空挺部隊による制圧作戦は予定通りには行かなかった。いささか窮屈で時間が掛かるが、フレイル・スコードロンには甲板の上で補給を受けてもらうしかない。

「異常ありませんかな、船長?」

 矢野はヴァン・ダイク髭を蓄えた船長を振り返った。

「水上にも空中にも敵影はありません、サー」

 微笑みながら、初老の船長が答える。元イギリス海軍の尉官だったせいか、民間人なのに矢野を上官扱いする。

 〈シルヴァー・ヴァレー〉に搭載した自衛用兵器は数基のポータブルSAMと歩兵用小火器だけだ。一応アメリカ海軍のロサンゼルス級潜水艦一隻が護衛に付いているが、これが対処できるのは水上艦艇と潜水艦だけであり、航空機に対しては非常に脆弱である。

 ‥‥綱渡りの作戦だな。

 矢野は軍帽を取ると、頭を掻いた。オペレーション・サイドライトは準備期間も参加兵力も足りない力任せの作戦であった。おまけに、部隊は各国軍の寄せ集めで、その上陸海空軍が入り乱れている。作戦が順調に推移しなかった場合に備えて、それなりに代替プランやある程度の予備兵力の準備はあるが、それも不十分である。



「こっちはほとんど片付いた。アッドゥを頼むよ」

 ダリルの声。

「了解」

 瑞樹とフィリーネは低空でアッドゥ環礁に接近した。まだ両機合わせて十一発のARMフォコンを搭載している。

 瑞樹は少し高度を上げて、わざと防空部隊が発振する捜索レーダーに捉えられた。情報では、インド陸軍防空部隊は比較的新しい高性能の9K330〈トール〉(SA−15)を持ち込んでいるらしい。

 RWRが、数箇所からの発振を捉える。フィリーネが発射した六発のフォコンが、〈トール〉の捜索レーダー目掛けて突っ込んでゆく。瑞樹のイシュタルに向かって、二発のミサイルが飛んできたが、瑞樹は超低空飛行でこれを躱した。

 フォコンがガン空港周辺で、相次いで炸裂する。瑞樹は旋回すると、新たな目標を探した。二箇所のレーダー発信源に、フォコンを撃ち込む。二発とも命中し、アッドゥ環礁のレーダーは完全に沈黙した。

 すべてのMiG−29を叩き落したダリルらが、合流する。

「SA−15は潰したと思う。あとは、ポータブルSAMだけね」

 MFDの表示を確認しながら、瑞樹はそう告げた。

「ちょっとからかってみますか。フレアが旧式なのがちょっと気になるけど。アリサ、スーリィ、行くよ」

 ダリルのドゥルガーが、飛び出した。一歩遅れて、アリサとスーリィが続く。

 三機のドゥルガーが、フレアを撒き散らしつつガン島上空を高速で駆け抜ける。放たれた十数発のミサイルは、煙の尾を引いて落ちてゆくフレアとドゥルガーの変則的な動きに惑わされてことごとく外れた。

 三機がヴィリギリ島上空にも侵入する。こちらでも十数発のミサイルが撃ち上げられたが、ほとんどが目標を捉えることができなかった。一発のSA−14がスーリィの機の直後で炸裂したが、損傷を与えることはできない。

「こんなところね。そろそろ、補給に戻りましょう」



「チューティヤー!」

 スィン大将が、乱暴に受話器を架台に叩きつけた。

「どうされました?」

 いささか慌てた様子のヤン常務委員が、訊く。

「インド空軍が動かない。やつら、裏切りおった」

「脱出した方がいいのでは?」

 ヤンが、落ち着いて構えているルシコフ大将を見た。

「いや、飛行機で逃げれば奴らの思う壺です。襲ってきたのはNT兵器だ。空では無敵です。簡単に撃ち墜とされてしまう」

「そうです。下手に動かない方がいい。海軍には連絡が取れました。いずれ、増援が来ます」

 スィン大将が、早口で付け加える。

 三人は、ヴィリギリ島のリゾートホテルの一室にいた。窓から見えるガン島から、数条の煙の柱が立ち昇っている。

「またしても、フレイル・スコードロンの小娘どもだ。いつも、邪魔しに現れる」

 忌々しげに、ヤン。

「今回ばかりは、連中の好きにはさせませんよ。彼女らを呼びましたから」

 ルシコフが、なだめるように言う。

「例の、切り札ですな」

「そうです。脱出するにしても、彼女らが到着した後にするべきです」

 ルシコフが、言う。

 ヤンがうなずきつつ紙巻煙草を取り出した。愛用のオイルライターで火を点け、せかせかと煙を吸い込む。






 当面の任務を果たしたフレイル・スコードロンは、〈シルヴァー・ヴァレー〉に慎重にVLした。すぐに兵装搭載作業が開始される。

「ご苦労だった、諸君。いまのところ、輸送機隊は順調に飛行を続けている。インド空軍に動きはない。予定通り、アッドゥ環礁制圧作戦の支援を行ってくれ」

 出迎えた矢野准将が、言う。

「しばらく見ないと思ったら、こんなところにいたんですか」

 呆れたように、ダリル。

「いろいろと下準備があってな。それよりも、のんびりしている時間はないぞ」


 トイレと給水。簡単な打ち合わせ。

 瑞樹はイシュタルに乗り込むと、プリフライトチェックを行った。今回の武装はウェポンベイにARMフォコン八発、スイフト二発、主翼下に500ポンドLGB(レーザー誘導爆弾)六発というものだ。むろん、自衛用のASRAAMと27ミリ機関砲弾は満載状態である。

 アリサらのドゥルガーが、一機ずつVTOする。こちらの武装は、例によってスイフト満載である。

「フレイル7、離陸します」

 瑞樹はスロットルを開いた。VTOモードに入っているイシュタルが、自動制御でバランスを取りながら、するすると上昇する。フィリーネのフレイル8が、すぐあとに続いた。

 五機のNT兵器は、アリサのドゥルガーが前方に出てスプレッド・フォーを率いるという変則的な編隊で、北西のアッドゥ環礁を目指した。



「馬鹿な。ベトナム人民空軍は傍観するはずだ」

 アークライトは、インターコムに向かってそう言った。

「しかし、サー。彼らは本気のようです」

 ACのやや苛立った声が、返ってくる。

 アークライトは毒づきながらコックピットへと向かった。

 RC−135Wは、トンキン湾南部上空にあった。このままインドシナ半島を突っ切って、アンダマン海へ出るフライトプランは、もちろん提出済みだ。機体の所属はUNUFAFになっているから、国連加盟国は無条件でこれを受け入れなければならないはずなのだが‥‥。

 コックピットに入り込んだアークライトは、副操縦士がベトナム空軍機と通信でやりあう様子に耳を傾けた。インターセプトしてきた四機のMiG−21は、RC−135の領空通過を断固として拒んでいる。

「いかがいたしましょう?」

 ACが、アークライトに判断を仰いだ。

「侵入しよう。こちらは非武装のUN機だ。撃墜されることはあるまい」

 アークライトはそう決断した。ベトナムは南北に細長い。北にしろ南にしろ、迂回したのでは大きく時間をロスしてしまう。

 副操縦士が、領空侵入をベトナム空軍機に通告した。とたんに、MiG−21のフォーメーションが変化した。二機が、RC−135の後方にぴったりと張り付く。もう二機は高度を取り、前方に出た。

「測距レーダーの照射を受けています」

 操縦桿を握るACが、報告する。

「こいつはやばいかも‥‥ミサイル! 右旋回!」

 副操縦士が、慌てた声で告げる。

 ACが素早く反応し、機体を右旋回に入れた。自動的にフレアが撒き散らされ、発射されたR−60が逸れてゆく。

「正気じゃない! まだ公海上なのに!」

 副操縦士が、喚く。

「ギアダウンして陸から離れろ!」

 アークライトは命じた。‥‥どうやら、この機がモルディブへ向かうことを知っている誰かが、ベトナム空軍に圧力を掛けたようだ。

 RC−135Wは、無抵抗を意味するギアダウン状態で東へと針路を取った。二機のMiG−21は、ぴったりと後ろに張り付いたままだ。

「どうします、将軍」

 ACが、額に浮いた冷や汗を拭いながら訊いた。

「仕方ない。充分に離れてから南下しよう」

 アークライトはそう言った。



 再びアッドゥ環礁上空へと戻ってきたフレイル・スコードロンは、レーザー誘導爆弾で〈トール〉の自走ランチャーをすべて潰した。残っていた数発のポータブルSAMが撃ち上げられたが、敏捷なNT兵器を捉えることができない。小口径機関銃による対空射撃も行われたが、すぐに27ミリ機関砲弾を撃ち返されて沈黙する。

 十数分後、輸送機隊の第一陣が到着した。念のためにフレアを撒き散らしながら洋上から低空で進入しつつ、ガン空港に数機のC−17が着陸する。降り立ったレンジャー大隊が、ガン空港の制圧を開始した。三機のドゥルガーが、これを地上掃射で支援する。瑞樹とフィリーネは、SAMに備えて上空で旋回を続けた。レーダーの発振があり次第、ARMフォコンを叩き込む用意はできている。

 M249の援護射撃を受けつつ、レンジャーたちが分隊単位でガン空港の建物を制圧してゆく。強固な抵抗を続ける敵には、ドゥルガーが遠慮なく低空から27ミリを浴びせた。後続のレンジャーが持ち込んだジャベリンと、M224/60ミリ迫撃砲も多用される。軽装備の中国陸軍空挺部隊は、徐々に圧倒された。

 ほぼ空港が確保された時点で、輸送機隊第二陣が到着した。パイロットは軍人だが、機体はみな民間旅客機だ。こちらは軽装備の兵士を降ろすと、すぐに離陸した。ガン空港は小さく、多数の大型機を取り回すことは不可能だからだ。


「歩兵を送り込んできた。脱出しましょう」

「まだ彼女らが到着していない。無理です」

 慌てるヤンを、ルシコフがなだめる。

「脱出のプランはできているのでしょうな?」

 新たな煙草を吸いつけながら、ヤンが訊いた。

「航空優勢を確保したら、ヘリコプターを使い彼女らの護衛でインド艦隊まで飛行します」

「ヘリコプターを破壊されたら?」

「手は打ってあります。わたしの部下が、UN職員を数名集めてヘリポートに配置しました。攻撃すれば、彼らが巻き添えで死ぬ。手は出せないはずです」

「それよりも、今後のことです。UN総会は中止にせざるを得ない。どうやって巻き返します?」

 スィン大将が、訊く。

「なあに、脱出してしまえば、こちらのものです。襲ってきた連中は公開裁判でも開いて堂々と裁けばいい。大義はこちらにあるのです。むしろ、これを契機に反対派を根こそぎ粛清できるかもしれない‥‥」

 ヤンの言葉が、スィンの副官が走りこんできたことによって途切れる。

 副官が、スィンにメモを手渡した。一読したスィンの顔色が、わずかに青ざめる。

「どうしました?」

 ヤンが、問う。

「‥‥悪い知らせです。モスクワで騒動が起きています。ロシア国内軍(内務省軍)が出動し、ジェルジンスキー師団が数名の将官を逮捕したようです」

「逮捕されたのは誰です?」

 ルシコフが勢い込んで尋ねた。

「主な逮捕者は‥‥陸軍のコマロスキー大将、ゴロヴリョフ中将、ベレジン中将、ブデンコ少将。空軍のマクシモフ中将、クリュチニコフ少将。海軍では、リシン提督‥‥」

「我々の同調者ばかりではないですか!」

 ヤンが、声を荒げる。

「空軍のグラズノフ大将と、陸軍のシャムシン大将、それに国内軍総司令官ウサチョフ大将が共同で会見を行うと発表されたそうです」

「‥‥アッドゥ襲撃は陽動だったのか」

 ルシコフが、テーブルに拳を打ち付ける。

「しかしまだわが方が有利です。慌てる必要はない」

 言葉とは裏腹に、せわしく煙草を吸い付けながら、ヤンが言う。

「残念ですが、北京でも騒動が起こっていますよ、チャンイー」

 メモをわずかにひらひらと振りながら、スィンが続けた。

「なんですと?」

「インド海軍本部が掴んだ情報では、オゥ副総理が亡くなったそうです。死因は不明ですが、北京郊外で短時間ですが銃撃戦があったとの報道があります」

 ヤンの指から、煙草がぽろりと落ちた。



「オッターよりフレイル1へ」

 ラジオに、矢野准将の声が入る。

「フレイル1。どうぞ」

「インド空軍から連絡があった。現在パキスタン領空内をUNUFAF機が通過中。十二機。このままの針路を保てば、グジャラート州を掠めてインド洋に出て、モルディブに至る模様」

「敵の増援ですね」

「それが、ただの敵じゃないらしい。マッハ3近くで南下中だ」

 瑞樹は眼をむいた。通常の戦闘機がそんな速度で飛び続ければ、たちまち燃料切れで墜落してしまう。

「NT兵器、ですね」

 フィリーネの、冷静な声。

「おそらく、F教授の言っていたヴァルキリーだろう。そちらへは五十分足らずで到達するはずだ。迎撃を頼む」

「オッター、ディエゴでの補給はできませんか?」

 アリサが、訊く。

「まだ無理だ。オッターなら可能だが」

「どうやら、手持ちの兵器でなんとかするしかないようね」

 瑞樹はそう言った。二機のイシュタルには、スイフトは二発ずつしか積んでいない。

「なあに、ドゥルガーはスイフト満載だから大丈夫だよ」

 ダリルが、言う。

「‥‥五対十二ってのは、ちと厳しいけど」

 そう愚痴るのは、スーリィ。

「機体性能は大して変わらないでしょう。でも、NT兵器での実戦経験はこちらの方が豊富なはず。‥‥200nmばかり北上して、迎撃しましょう。いいわね」

 アリサが命ずる。五機は北へと変針した。


 リブラ4。これが、彼女のコールサインだった。

 十二機のNT兵器‥‥正式名称ヴァルキリーは、四機フライトに分かれ、南下を続けていた。ジェミニ・フライトが先導し、リブラ・フライト、タウルス・フライトが続く。

 レーダーにはすでに、距離を急速に詰めてくる二編隊が捉えられている。

「こちらジェミニ1。ジェミニ・フライトはA編隊、リブラ・フライトはB編隊を迎撃せよ。タウルス・フライトはアッドゥに直進せよ」

 スコードロン・リーダーから命令が下される。

 パウラは緊張をほぐそうと、視線を下方へと走らせた。彼女が慣れ親しんだ西地中海よりももっと藍色がかった大海原が、広がっている。

 ‥‥緊張しない方が、おかしいか。

 パウラは苦笑した。同じリブラ・フライトの三人‥‥リブラ1のセシル、2のユリア、3のフィリスはいずれも対カピィ戦で実戦を経験しているが、パウラが戦場に臨むのはこれが初めてである。

「1より各機へ。敵はあのフレイル・スコードロンよ。油断しないでね」

 セシルの声も、やや硬い。UNUFNAECで三ヶ月戦い、F−15Cでフラットフィッシュを一機撃墜したことすらある彼女ですら緊張しているのだ。


「瑞樹、フィリーネ。そっちは支援できそうにないわ。頼むわね」

 アリサが、済まなそうに言う。

「四機くらい、何とかするよ」

 MFDを見ながら、瑞樹はそう応えた。

 敵は三個編隊に分かれている。一個が瑞樹とフィリーネに、一個がアリサら三機に向かい、もう一個編隊はやや離れたところにいる。ACMに参加せずにアッドゥ環礁を目指すのか、それともこちらの背後に回りこもうというのか。

「スーリィ、ダリル。わたしは一撃したらすぐに第三の編隊に対処するわ。いい?」

 アリサがそう告げる。

「了解」

「まかせろ!」

 冷静なスーリィの声と、例によって逸っているダリルの声。

「フィリーネ。リードは任せるわ。とりあえず、援護に徹するから。無理せず、落とされないようにしましょう」

「了解です、瑞樹」

 イシュタルには、スイフトを二発ずつしか積んでいない。ARMタイプのフォコンももちろんACMに使用できるが、射程はスイフトよりも短いし、運動性のいいNT兵器を捕らえる事は難しいだろう。

 四機のヴァルキリーとの距離が、見る間に縮まってゆく。25nmを切ったが、ヴァルキリーは撃ってこない。

 10nm。ヴァルキリーが、一斉にスイフトを放った。

「4、付いて来て!」

 フィリーネが、命ずる。

 フィリーネのイシュタルが、ハーフ・ロールを打って腹を見せると、急降下を開始した。瑞樹も、追随する。

 機体を引き起こして減速し、海面すれすれまで降りたフィリーネと瑞樹は、そこで大量のチャフを散布してチャフ・クラウドを作り出し、その背後へと逃げ込んだ。こうなると、いかに優秀なスイフトといえども目標を捕らえる事は難しい。四発はいずれも海面に突っ込むか、あらぬ方へと飛び去って無害化された。


「2、突っ込む。3、4は敵の上昇に備えて!」

 セシルが命じる。

 パウラは短く応答すると、フィリスの援護位置をキープした。


「瑞樹、低空に追い込みます!」

「了解!」

 フィリーネのイシュタルが、高度を上げた。瑞樹は降下してきたヴァルキリーのエレメントに向けて牽制のASRAAMを一発放つと、遁走に掛かった。接近するASRAAMを避けようと、エレメントのリード機が激しい機動を行いつつフレアをばら撒く。二番機は、そのまま直進して逃げる瑞樹の背後に追いすがった。


 敵が上昇してくる。イシュタルだ。

「4、援護して」

 フィリスが命ずる。

 三機はたちまち激しいACMに突入した。二対一と数では優勢だが、敵のパイロットはかなりの手練らしく、こちらのキル・ゾーンに捉えることができない。パウラは一瞬掴んだチャンスにスイフトを発射したが、あっさりと躱されてしまった。

 三機はもつれ合ったまま、いつしか海面すれすれにまで高度を落としていた。


 瑞樹は逃げ回っていた。

 ヴァルキリーのパイロットの腕は、悪くなかった。機体性能も、兵装搭載量がいささか少ないことを除けば、ドゥルガーと同等だろう。

 だが、瑞樹は心理的には大いなる余裕を持って、イシュタルを操り続けた。不思議と、墜とされるような気がしなかった。

「瑞樹、そのまま」

 フィリーネの声。

「いつでもどうぞ」

 瑞樹はウェポン・リリース・ボタンに指を掛けた。

 1nmと離れていないところを、イシュタルが駆け抜けてゆくのが見えた。その後ろに、小柄なヴァルキリー。

 瑞樹はウェポン・リリース・ボタンを叩いた。ウェポン・ベイから飛び出したスイフトが、フィリーネを追うことに夢中になっているヴァルキリーに向かって突き進む。

「FOX3!」


「フィリス、ブレーク!」

 パウラの叫びは、間に合わなかった。

 スイフトの弾頭が、ヴァルキリーの胴体側面を直撃した。機首が折れ飛び、機体が海面を打つ。

 フィリスは射出できなかった。

「フィリス!」

 パウラは気立てのいいギリシャ娘の名を呼んだ。だが、返答はない。

 ‥‥フィリスが、死んだ。

 いけない。

 パウラは気を取り直すと、周囲に眼を配った。まだ戦闘中である。相手は凄腕だ。気を抜いたら、親友のあとを追う羽目になる。

 いつの間にか、イシュタルが背後にまわっていた。

 放たれたASRAAMを、パウラは必死で躱した。だが、距離を詰められ、27ミリを浴びせられる。

 何発かが機体に喰い込み、炸裂する。途端に、ヴァルキリーのコントロールが、難しくなった。

 ‥‥これまでか。

 パウラは射出ハンドルを引いた。キャノピーを突き破って、シートが熱帯の空気の中へとパウラを打ち出す。


「あと一機は任せたよ!」

 そう言い置いて、ダリルはドゥルガーを南下させた。

 ヴァルキリーのパイロットは、いずれも優秀だった。だが、連携の取り方が極端であった。教科書通りの緊密な支援態勢と、セクションを崩した自由な態勢の二通りしかなく、ダリルとスーリィが得意とするような「きわめてルーズな相互支援態勢」が不得手だったのだ。それに、カピィに比べると相手の考えを先読みしやすいのも、フレイル側に有利に働いた。数分間のACMで、スーリィが二機、ダリルが一機スコアを増やした。

 アリサは先行するヴァルキリー編隊の足止めには成功したようだ。MFDには、30nmほど先にファー・ボールが映し出されている。

「アリサ! 生きてる?」

「何とかね。そっちに引き連れてくわ」

 アリサが応ずる。声からすると、あまり余裕がないようだ。さしものアリサも、ヴァルキリー四機を同時に相手にするのはしんどいらしい。

 ダリルは兵装をチェックした。スイフト一発、ASRAAM一発しか消費していない。

 アリサが、混戦を抜け出して北上を開始した。ヴァルキリーが、それを追う。ダリルはMFDをチェックして低く口笛を吹いた。敵が三機に減っている。さすがはアリサ、四対一の劣勢でも、しっかりとスコアをものにしたようだ。


 自動で膨らんだライフボートの上で、パウラは友人が失われてゆくのをなす術もなく見つめていた。

 二機のヴァルキリーと二機のイシュタルの戦い。

 一方的な展開だった。単機で逃げるヴァルキリーと、追うイシュタル。まず一機が、スイフトの直撃を受けて空中爆発した。残る一機は、ASRAAMを喰らって浅い角度で海面に突っ込んだ。パウラのボートから、さほど離れていない位置だ。

 ‥‥生きているかも知れない。

 パウラはパドルを引っつかむと、懸命に漕ぎ出した。ヴァルキリーは、辛うじて浮いている。

 ほどなく、機番が見えるほどに近づいた。‥‥セシルの機だ。

 腕を襲い始めた痺れを無視して、パウラは気力で漕ぎ続けた。キャノピーの中に、ヘルメットが見える。それが、わずかに動いた。

 ‥‥セシルは生きてる。

「セシル! 機外へ出るんだ!」

 パウラは叫びつつ漕いだ。

 声が聞こえたのか、セシルがこちらを向いた。だが、彼女はそれ以上の動きを見せなかった。負傷して動けないのか、あるいは意識が混濁しているのか。

「セシル!」

 いつの間にか、ヴァルキリーの機体が沈み出していた。パウラは懸命に漕ぎ続けたが、距離が一向に縮まらない。

 ヴァルキリーが、沈んでゆく。細波が、キャノピーを洗い始めた。

 セシルが動いた。持ち上がった腕が、助けを請うかのようにパウラのほうへと差し伸べられる。

「セシル!」

 パウラの絶叫が、暖かなインド洋のうねりの上に響き渡る。

 海水が、コックピット内に浸入した。泡立つ水が、セシルを飲み込んでゆく。

 ささやかな渦巻きを残して、ヴァルキリーは消え去った。


 最後の一機が、ダリルの放ったスイフトを喰らって、落ちてゆく。エジェクション・シートが飛んで、パラシュートの花がぱっと開いた。

「案外、あっけなかったわね」

 スーリィが、言う。

 終わってみれば、撃墜十二機。こちらの損害はなし。被弾した機もない。完勝である。

「実戦経験の差ね。恐ろしいものだわ」

 淡々と、アリサ。


 ヴァルキリー隊全滅の報せは、インド艦隊経由でスィン大将のもとに届いていた。

「仕方ない。プランBで行きましょう」

 ヤン常務委員が、煙草を灰皿に押し付けると立ち上がった。

「準備はできています」

 ルシコフ大将がドアを開け、副官を呼ぶ。廊下に出た三人は、すぐにロシア陸軍兵士一個小隊によって取り囲まれた。‥‥ルシコフ大将がUNに許可を貰って、VIP警備用に特別に配置した部隊である。

 人質を連れて逃げる。これが、プランBだった。情けない話だが、他に方法はない。すでにヴィリギリ島でも銃撃戦が始まっている。敵は迫撃砲まで持ち込んでいるので、軽装備の中国空挺部隊が支えきるのは無理だ。ヴァルキリー隊が全滅した以上、空からの増援も期待できない。もちろん、あからさまに人質を取ったりはしない。あくまで「安全確保」のために要人を「脱出」させるとの名目で、ヘリコプターに同乗させるのである。

 脱出用ヘリコプターはUNUF地上軍のAS365。むりやり詰め込めば、三人とパイロットのほかに十五名ほどは乗ることができる。二人の将軍の副官とヤンの秘書官、市民パザとその補佐官、若干の兵士‥‥。人質は、多くても三人くらいしか乗せられないだろう。

「ヴィクラム、ヘリコプターの準備を頼む。チャンイーは、市民イダを連れてきてください。‥‥ゲストは、わたしが面倒を見ます」

「任せろ」

「わかった。頼みましたよ、ゲンナディー」

 スィンとヤンが、それぞれ一個班の兵士を従えて別のエレベーターに乗り込んだ。

 ルシコフは残りの兵士を引き連れ、ホテルの奥へと向かった。警備総括者としての権限でUN憲兵のセキュリティを無視し、人質に使えそうなVIPを探した。合衆国大統領、中国首相、それに、遺憾ながらロシア大統領にも来てもらわねば‥‥。

 いなかった。誰も。

 フランス大統領、インド首相、メキシコ大統領、オーストラリア首相、トルコ大統領、エジプト大統領、アルゼンチン大統領、インドネシア大統領、ウクライナ大統領、カナダ首相、サウジアラビア国王‥‥。国家元首は、誰ひとり残っていない。UNの高官も、同様だった。

「どうなっているのだ!」

 ルシコフはUN憲兵隊の大佐に詰め寄った。

「わたしの判断で、各国国家元首およびUN高官はフルミードゥ島へ避難させました」

 アラブ系らしい鼻筋の通った大佐が、慇懃に言う。

「避難は命じていないぞ!」

「わたしの判断です、サー」

 本当は、昨日急遽言い渡された上官からの命令に基づくものであった。〈オペレーション・サイドライト〉の詳細については知らされていなかったが、ヴィリギリ島に攻撃があった場合はUN総会に参加するVIPを船で避難させるように、密かに命じられていたのだ。

 ルシコフがロシア語で低く毒づくのを見ながら、大佐はかすかに冷笑を浮かべた。このロシア人大将が、信用できぬ人物だということは、上官から聞かされている。できうるものならばこの場で逮捕したいところだが、部下の大半はそのことを知らないので、下手に手を出せばこちらの命が危うい。それに、ホテルにはまだ多くの各国随員やUN職員、それに民間人が残っている。ここで銃撃戦を始めるわけにはいかなかった。

「行くぞ!」

 ルシコフはきびすを返した。


「市民イダ。避難します。こちらへどうぞ」

「どうなっているのですか?」

 副触腕をだらりと下げたイダが、ヤンに詰め寄る。

「会議を妨害しようとした反乱勢力が接近しています。市民イダは我々と共に避難してください」

「なんと」

 イダが、大きく耳を揺らす。

「それと、お願いがひとつあります、市民イダ」

「なんでしょうか」

「ご自分に対する攻撃は、いかなるものであっても種族全体に対する攻撃であると表明していただきませんか? 反乱勢力に対する抑止となると思うのです」

 ヤンは頼んだ。イダがそう明言してくれれば、より安全度が高まる。

「もちろん同意します。わたしやわたしの友人たるあなたを攻撃する者は、わが種族の敵です」

 イダが断言した。

「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」

「戦士レーカ、行くぞ」

 イダが、補佐官に呼びかける。

「レーカ?」

 ヤンはまじまじと補佐官を見た。

「戦士レーカ。ひょっとして、非公式に人類と接触を試みた最初の方ですかな?」

「そうです、ヤン常務委員」

 人類通らしく、レーカがヤンの肩書きを正確に言う。

 ‥‥これは利用できるかもしれない。



 ヘリポートでは、すでにAS365のローターが回っていた。激しいダウンウォッシュが、中国空挺兵に見張られている一群のUN職員たちの服や髪を乱している。

「まずいことになりました」

 ルシコフは、小声で人質が取れなかったことを説明した。

「心配要りません。市民イダが、自分に対する攻撃は全カピィに対する攻撃と看做すと表明して下さいました」

 ヤンが、言った。

「したがって、市民イダと行動を共にすれば、安全です」

「人質三人分の席が開きますね。‥‥いや、UN職員の中からひとりくらい、人質を取りましょう。誰か、高位の人物は来ていませんか?」

 ルシコフは尋ねた。

「知った顔はありませんな」

 ヤンが、首を振る。

「あの女性は、見たことがある」

 スィン大将が、指差す。

 たしかに、見覚えのある顔だった。豊かな銅色の髪をした、気の強そうな美人だ。たしか、UNの報道官だったはずだ。

「では、彼女に同道を願いましょう。あと二人は、警護の兵を乗せればいい」

 ルシコフは部下に事後の方針を伝えると、UN職員の方に向かった。たちまち、質問と非難の言葉を雨あられと浴びせられる。

「お静かに! 各国首脳はすでに避難されました。我々は市民イダを始めとするカピィを避難させます。そこのあなた! 報道官ですね? 取材の機会を与えましょう。一緒に来てください」

 ルシコフは、銅色の髪をした女性の手首を掴んだ。

「警備責任者なのに逃げるのですか、将軍!」

 職員の中から、声が掛かる。

「どうとでも言え」

 ルシコフはつぶやいた。すぐそばでヘリコプターのローターが回っているので、どうせ聞こえはしない。

 女性を、ヘリコプターに押し込む。如才のないヤンが、女性の手を取って乗り込むのを手伝った。

「離陸しろ!」

 スィンが、パイロットに命ずる。

「まだお名前を伺っていませんでしたな、お嬢さん」

 ヤンが、訊く。

「ええと‥‥エマ・コーエンです。UNUFの、報道官ですわ」


「こちらオッター。フレイル、応答せよ」

「フレイル1、どうぞ」

 矢野准将の呼びかけに、アリサが応える。

「パルマー中佐から報告があった。今から三分前に、例の悪党三人組を載せたヘリコプターがヴィリギリ島を離陸、北北西へ向かった。機種はAS365。搭乗者はパイロット、市民イダとその補佐官。他数名。推測だが、なんらかの人質が搭乗している可能性がある。インターセプトし、ガン島に強行着陸させろ」

「フレイル1、了解」

「なんだよ、逃がしたのかよ」

 ダリルが、毒づく。

「問題ないわ。たかがヘリ一機じゃない」

 スーリィが、言う。

「北北西‥‥。西からのインド艦隊を目指しているのかな?」

 瑞樹は、チャートが表示されているMFDを睨んだ。

「そうだと思いますけど、ヘリコプターの速力ではあと何時間も掛かりますわ」

 フィリーネが、指摘する。

「とにかく、捕まえましょう」

 アリサが言って、針路を指示する。

 レーダーを使うと、目標はあっさりと見つかった。アッドゥ環礁から30nmと離れていないところを、よたよたと飛んでいる。付近に、他の航空機や船舶は見当たらない。

「4と5は上空で待機。1は後方へ付けるわ。2と3で挟んで。こういうの、得意でしょ、ダリル?」

「任せて。あたしがリードするよ、スーリィ」

「よろしく」

 三機のドゥルガーが、すっと低空へと舞い降りてゆく。

 ほどなく、瑞樹の眼も低空を飛ぶ白いヘリコプターを見つけた。追い越してしまわないように、瑞樹とフィリーネは機を大きな緩い旋回に入れた。

 充分に速度を落としたダリルとスーリィのドゥルガーが、AS365を挟み込むように近づく。


第二十五話をお届けします。いよいよ残すはあと一話。もうしばらくお付き合い下さい。 第二十五話簡易用語集/ゾディアック・ボート Zodiac Boat フランスのゾディアック社が生産する「ゴムボート」のブランド。正確にはゴムボートではなく、軽量の船体の船縁あたりを浮きとなるゴムで囲ったつくりである。/CIWS Close In Weapon System 近接防御火器システム。艦艇が飛来するミサイルから自艦を守るために装備する、機関砲またはミサイルをメインとした防御システム。/シークラッター Sea Clutter グラウンドクラッターの海版。/HQ−7 中国の対空ミサイル。ぶっちゃけ、フランスのクロタールのコピー。/シュチーリ1 ロシア開発の対空ミサイルシステム。ロシアでの名称は3K37スメルチ(Smertch)NATOコードネームはSA−N−12グリズリー。シュチーリの意味はなぎ。/HHQ−9A 中国製の長射程対空ミサイル。ロシアのS−300(SA−10)を参考にしたらしいが、一応オリジナルの兵器のようである。ただし、低空目標には弱いらしいと言われている。/カシュターン ロシア製CIWS。30ミリ機関砲二門と、9M311(SA−N−11)八発のランチャーを組み合わせたハイブリッド型。カシュターンの意味は栗。ロシアの兵器には意外と植物名が多い。/730型 中国国産のCIWS。30ミリガトリングガン一門。/シースキマー Sea Skimmer 海上すれすれの低空を飛翔すること。またはそのような対艦ミサイルのこと。/INSAS インド国産の突撃銃。口径5.56ミリ。/MAG2A1 インドがライセンス生産するMAG汎用機関銃。口径7.62ミリ。/セミ・コンテナ船 コンテナ船の積載専用設備と、一般貨物用の積載スペースを兼ね備えている貨物船のこと。/9K330 ロシア製の地対空ミサイル。愛称は「トール」で、意味は「円環」 図形の名称もなぜかロシア兵器には珍しくない。/SA−14 ロシア製のポータブル対空ミサイル。正式名称は9K36ストレラ3。ストレラの意味は矢。/チューティヤー ヒンドゥー語で、他人を罵る言葉。日本語で言えば「馬鹿野郎」「アホたれ」に相当する。/LGB Laser Guided Bomb レーザー誘導爆弾。/スプレッド・フォー Spread Four フールド・フォー編隊をさらに横に伸ばしたような編隊。/AC Aircraft commander いわゆる機長のこと。Captainと呼ぶと階級と混同しやすいので、軍隊ではこう呼称される場合が多い。/R−60 ロシア製の短射程空対空ミサイル。すでに旧式。/ジェルジンスキー師団 ロシア国内軍の師団。すでに改称されてこの名称は公的には使われていない。/チャフ・クラウド Chaff Cloud 撒布された大量のチャフが作り出す空中の塊ないし広がりのこと。電波を通さないのでレーダーの死角ができる。/キル・ゾーン Kill Zone 殺傷地域。航空機の場合、空対空攻撃兵装を容易に命中させることが可能な空間を言う。通常は、機首の前方に頂部を手前に向けた円錐状である。/ファー・ボール Fur boll 毛糸玉。複数機がACMなどでもつれ合っている様子。/AS365 ユーロコプター(当時はアエロスパシアル)製のヘリコプター。愛称はドーファン(フランス語でイルカの意味)

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