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24 Rescue Party

 オハイオの軍用船一号に、ティクバの乗るフルバックが着艦した。

 ティクバは真っ先に機を降りた。護衛だけを引き連れ、エレベーターに乗り込む。


「宇宙船指揮者ティクバ。やっと戻られましたか」

 わずかに鼻を鳴らしつつ、イダが挨拶する。

「市民イダ。市民ウシャイトはどこですかな?」

「市民ウシャイトは、健康を害されました。ご高齢でしたからな。今は、わたしが市民代表代行です。すべての市民が、わたしを支持しています」

 イダがそう喋る。‥‥市民といっても、あと二体しかいないのだが。

「市民ウシャイトと会見したい」

「それは無理ですな」

 ティクバの後ろから声が掛かった。振り向くまでもなかった。絶対に、忘れられない声。

 オブラクだ。

「宇宙船指揮者オブラク。ここは制限区域ですぞ」

「二点ほど訂正させていただきますかな。本職はもう宇宙船指揮者ではない。一介の、平戦士です。それに、本職に関する移動制限は、市民代表代行イダによって解かれました」

 主触腕を鼻に近づけて、オブラクが喋る。

「宇宙船指揮者ではない‥‥?」

「宇宙船指揮者ティクバ。質問があります」

 イダが、訊いた。

「貴殿は人類側から提示された第三大陸主要部の領有化案を拒否したそうですね。なぜですか?」

「その案は人類から公式に提案されたものではありません。もし仮に公式提案だったとしても、受け入れることはできません」

「どうしてですかな? たいへんにわが種族にとって有利な案だと思われますが」

 ティクバは想いを巡らせた。人類の文化や歴史に関して無知なイダに、実質上の合衆国占領がどれほど人類の政治、軍事、経済に多大な影響を与えるかを説いてもおそらく無駄だろう。ここは、テーマを絞って反駁した方がいい。

「第三大陸主要部には、合衆国という国家が存在します。人類でもっとも強大であった国家です。ここを我々が領有することは、人類市民とのあいだに多大な軋轢を生む可能性があります。いや、確実に軋轢が生じるでしょう。下手をすれば、わが種族と人類市民は恒常的な内戦状態に突入することでしょう。この案はある種の罠であると、本職は確信しています」

「わたしはそうは考えない。広大な、しかも肥沃で気候に恵まれた領土。安全保障を確実にする、人類市民の居住者。理想的ではないですか。これ以上、人類が交渉で譲歩することはないでしょう。はるかに狭く、砂漠や寒冷地ばかり、そのうえ地球上の数箇所に散らばる領土を与えるというUNの公式提案より、数倍も魅力的だ。これを拒否するほど愚かな戦士の指導者を、我々は必要としていない」

 イダが言葉を切り、わずかに頭部を上下に振った。

「貴殿の代表指揮権を剥奪せざるを得ない。以後戦士の指揮は、宇宙船指揮者代理ゼレに任せるものとする。反論がありますかな?」

 ゼレはオブラクの部下である。

 ‥‥オブラクの奴、本職を道連れにするつもりで宇宙船指揮者の地位を返上したらしい。

 ここは反論しても無駄だと、ティクバは悟った。その人となりをよく知っている市民ウシャイトに会えれば、復権の機会もあるだろう。ゼレは有能だが、ティクバほどの経験も人望もない。

「反論はありません。代表指揮権は返上します」

「よろしい。次に、元宇宙船指揮者オブラクからの告発だが‥‥」

 イダの言葉に、ティクバの耳が大きく動いた。

「貴殿は以前に戦略方針違反を数多く犯しているな。これに関して、抗弁はあるかな?」

「すべて、戦争遂行のために成したことです。種族を裏切る行為ではない」

「それは認めよう。だが、戦略方針からの逸脱は事実だ。軍用船二号に対する攻撃も、看過するわけにはいかない。罰として、宇宙船指揮者の地位を剥奪し、平戦士に降格するものとしたい」

 ‥‥そうきたか。

 ティクバはオブラクをにらみつけた。すべて、オブラクの入れ知恵に違いない。この機に一気にティクバの権力を奪い去り、自分の部下を使って自由にことを進めようという腹積もりなのだろう。

「‥‥剥奪には同意しますが、戦士の指揮権はゼレではなく、別な者に与えていただきたい」

「ゼレが不適格であるという理由を述べてもらいたい」

「かつて戦士オブラクは、連絡艇を使用し多数の人類市民を殺害しようと企みました。本職による軍用船二号への攻撃も、それを阻止するためのやむを得ぬものでありました。それ以前にも、戦士オブラクは軍事施設への攻撃とはいえ連絡艇を用いて多数の人類市民を巻き添えにして殺害しています。ゼレはオブラクの代理として、その作戦遂行に当たった者です。指揮を任せるわけにはいきません」

「その作戦に関しては、戦士オブラクがすべて自分に責任があると言明し、罪を恥じて宇宙船指揮者の地位を返上したわけだが」

 イダが、そう喋る。

「宇宙船指揮者代理にも、責任の一端はあります。罪には問えなくとも、より大きな指揮権を与えるのは反対です」

「もっともな意見だな。では、代わりに推薦する者はいるかね?」

「宇宙船指揮者代理ヴィド。ゼレよりも経験が豊富です」

「戦士ティクバ。貴殿の部下だった以上、ヴィドもそれなりに戦略方針逸脱の咎を受けなければならぬ立場だと思うが」

 オブラクが、口を挟んだ。

「少なくとも、ヴィドは市民を殺してはおりません」

 歯を見せて、ティクバは反論した。

「良かろう。他に適任者も見当たらないようなので、戦士の指揮権は宇宙船指揮者代理ヴィドに任せることとしよう。では、最後の事項に移ろう。市民船防衛失敗の責任だ」

 ‥‥今頃それを問われるとは。

 ティクバは半ば呆れつつ、イダの言葉を聞いた。

「この責任は、当時軍用船を指揮していたティクバ、オブラク、サンに等しくあるものと認められる。宇宙船指揮者サンはすでに戦死しているので、残る二人、戦士ティクバと戦士オブラクがその咎を受けねばならない。両者が高位の戦士であれば、その地位を剥奪するという処分が可能だが、現状では両者とも平戦士だ。もちろん、戦士の地位を追うなどという不名誉極まりない処分を科すほどわたしは冷酷ではない。よって、戦士ティクバおよび戦士オブラクに、名誉ある自殺を許すものとする」


 ‥‥完敗だ。

 休息用の部屋を宛がわれたティクバは、脱力して休息台に横たわった。

 オブラクが自らの命を犠牲にしてまで、こちらを殺しに掛かるとは思っても見なかった。

 唯一の慰めは、今後戦士の指揮を信頼できるヴィドが執るということだけだが、これもイダの言いなりになるしかないだろう。戦士である以上、市民代表代行の命令に逆らうわけにはいかないのだ。

 単なる上級技術者であるイダが、人類との交渉を上手くまとめられるとは思えない。北米領有化案に安易に賛成してしまうだろう。苦しむのは、遺されたわが種族と北米の人類市民だ。

 だが、打てる手はもうない。



 市民代表代行イダは、ティクバとオブラクの事実上の処刑に関し緘口令を敷いたが、カピィ内部のティクバ支持派の手により、その情報は外部‥‥すなわち人類へと漏らされ、あっというまに世界中に広まった。

「信じられませんわ。なにを考えているのでしょう、カピィは」

 フィリーネが、首をひねる。

 ティクバ処刑のニュースは、もちろんメイス・ベースにも届いていた。

「どうしようか」

 スーリィが、腕を組む。

「‥‥どうしようもないでしょう。カピィ内部の問題なんだから。UNが交渉相手としてはティクバしか認めない、とか何とか言って、圧力を掛けるくらいしか‥‥」

 瑞樹も腕を組んだ。おそらくティクバは、市民が現れたことに起因する権力闘争において敗北し、失脚したのだろう。

「やっぱり、陰謀があったのかねぇ」

 スーリィが、言う。

 脱出ポッドに乗っていた市民四名の救助と保護、そして移送に関する一連の騒動。真相は明らかにはなっていないが、陰謀の臭いがぷんぷんする。

「‥‥助けに行くわけにもいかないしねぇ」

 ダリルが、短い金髪頭をがりがりと乱暴に掻いた。

「行ったら、カピィと交戦することになる。もう戦争は、やりたくないよ」


 掛けた電話は三十本を超えた。

 アークライトは疲れ切って、椅子の背もたれに体重を預けた。

 懇意にしているUNUFHQの将官たち。サムエルスンUN代表委員会委員長。ローリンソン合衆国大統領。空軍時代の上官。面識のある下院議員。何人かのジャーナリスト。

 全員が、アークライトの言葉に真摯に耳を傾け、協力を確約してくれた。だが、誰もカピィに対し大きな影響力を及ぼすことはできない。

 時間がなかった。報道が正しければ、明日にもティクバは自殺しなければならない。

 ティクバ失脚劇の裏に、例の三人組がいることを、アークライトは確信していた。

 カーティン空軍基地で、ヴィクラム・スィン大将がフレイル・メンバーを騙したのが良い証拠である。ティクバがフレイルを追う事を承知の上で、市民がエカテリンブルクに向かっていると嘘をつき、わざわざ飛ばした囮の輸送機を護衛させる。そのあいだに、市民を乗せた輸送機をオハイオに向かわせ、反ティクバ派のカピィと合流させる。

 アークライトは、またもや不可思議な方法で届けられたグラズノフ大将からの手紙‥‥こんどはなぜかチョープラー大尉のベッドの上に置かれていた‥‥を読み返した。それによれば、ヤン常務委員の側近が、すでに数回オブラクと接触したという。三人組は、確実にカピィ内部にコネを持っている。おそらくは、反ティクバ勢力と手を組んだのだろう。その結果が、ティクバの失脚だ。市民代表代行イダは、連中の傀儡のおそれすらある。

 ティクバに会って話を聞きたい。

 アークライトはそう思った。推測だが、ティクバは敵対する勢力に関してかなりの情報を得たのではないだろうか。今死なせるわけにはいかない。



「こちらパラス1。目標を視認した。フラットフィッシュ。単機だ」

 シャープ大尉は、要撃管制にそう告げた。平べったいカピィの攻撃機は、明け方の空を一直線に西へ向かって飛行している。

「パラス1。交信し、目標の行き先を確認せよ」

「パラス1、了解。‥‥2、援護を頼む」

「2」

 シャープ大尉はアフターバーナーをオンにして、F−16Cを増速させた。フラットフィッシュはマッハ2+で飛行中だ。IFFはUNから認可された非武装連絡機であることを示してはいるが、フライトプランは提出されていないし、このまま直進すればアラスカ北部へ侵入することになる。それに、この先にカピィの占領地域はない。怪しい機体である以上、素通りさせるわけにはいかない。

 ‥‥そういえば、以前にもこんなことがあったな。

 シャープ大尉の背筋に、わずかな慄きが走った。西へ向かう謎のA330。それを護衛に現れた、二機のNT兵器。パラス2の背後にぴったりと張り付いていた様子。シャープ大尉の愛機の後ろで悠然と飛行していた、禍々しいまでの姿。自信に満ち溢れた、若い女性の声。

 あのすぐあとに、UNの特殊部隊が味方になったカピィの手を借りてカリフォルニアの着陸船を占拠し、戦争が終わったのだ。あのA330は、そのことに関係していたのだろうか。

 シャープ大尉は強く瞬きして想いを振り払うと、フラットフィッシュに呼びかけた。

「UN許可番号006。飛行中のフラットフィッシュに通告する。こちらはUNUFAFパラス・エレメント。貴機がこのままの針路を維持すれば戦時制限空域に侵入することになる。すみやかに飛行目的および飛行目標を申告されたい」

「こちら006。当機は連絡任務を帯びて飛行中。目的地は外交上の秘密であり明かすことはできない。協定通り当機は非武装であり、飛行に不可欠でないセンサー類の作動を行わない限り人類の戦時制限空域上空の飛行も許可されている。なにか問題があるのか?」

 甲高いカピィ声が、滑らかに応じる。

「問題はない、006。しかし念のため、しばらく貴機の護衛を行う。よろしいか?」

「問題ない。よろしく頼む、パラス・エレメント」

 シャープ大尉はほっと息をつくと、詳細を要撃管制に報告し、パラス2を呼んだ。006の右後方にウェッジ編隊で付くと、監視を継続しつつ同速で飛行する。アフターバーナーを焚いているから長いあいだ追随するわけには行かないが。

 ‥‥目的地はどこだろう。

 シャープ大尉は頭をひねった。アラスカでないことは、ほぼ間違いない。このまま飛行を続ければ、ベーリング海峡を経てチュコト半島、コリャーグ丘陵、カムチャツカ半島の付け根を通ってオホーツク海。サハリン南部を掠めて日本海。日本西部上空を通過して沖縄、そしてフィリピンに至る‥‥。



 フラットフィッシュが、メイス・ベースのエプロンにVLした。

「時代は変わったわねぇ」

 管理棟二階の窓から眺めながら、スーリィがしみじみと言う。

「何をしに来たんでしょう?」

 フィリーネが、問う。

「まあ、普通に考えればティクバ関連でしょうね」

 瑞樹は頬を掻いた。すでに、フラットフィッシュに乗っているのが、ティクバの部下である研究員レーカであることは、知らされている。

 キャノピー脇の扉が開き、一体のカピィ‥‥もちろんレーカだろう‥‥がエプロンに降り立つ。出迎えは、アークライト中将とダリルの二人だけだ。

「なんだか、興奮しているみたいですわ」

「そうね」

 フィリーネの言う通り、レーカはかなり気が立っているようだ。アークライトとダリルの前で、主触腕をぶんぶんと振り回している。

「あんなキャラだったっけ、レーカ」

 ぽつりと、スーリィ。

 しばらくすると、アークライトとレーカが連れ立って管理棟の方へと歩き出した。一足先に駆け戻ってきたダリルが、窓から覗いている三人に向かって、大げさな身振りで合図を送ってくる。

「なんだか、下の方を指差してますわね」

「降りて来い、ってことじゃないのかな?」

「じゃ、行こうか」

 三人は、足早に階段を下りた。


「みんな、ミスター・レーカは知っているな。‥‥ではどうぞ、ミスター・レーカ」

 アークライトが、促す。

 五人と一体は、フレイル・スコードロンのブリーフィング・ルームに集まっていた。

 レーカが、ティクバが自殺を命じられた経緯を語り出す。

「‥‥カピィの自殺ってどうやるんだ? 毒でも呷るのかい?」

 いささか深刻な表情で、ダリルが訊く。

「服毒は市民のやり方ですね。昔は毒性のある果実から絞った果汁を飲みましたが、今は化学的に合成された毒物を果汁に混ぜて飲みます。戦士が自殺する場合は、左右の主触腕にそれぞれ細身の刃物を保持し、ふたつの心臓を同時に突き刺します。豪胆な戦士の場合は、わざと心臓を外して刺し、時間の掛かる苦痛の多い死に方をする場合もあります」

「‥‥ハラキリのようですわね」

 いささか青ざめた表情で、フィリーネがつぶやく。

「それで、ミスター・レーカ。わざわざメイス・ベースにいらした理由はなんですか?」

 瑞樹は訊いた。

「お願いがあって参りました。戦士ティクバを救ってほしいのです」

「やっぱり」

 スーリィが、微笑む。


「計画は出来上がっています。戦士ティクバは、軍用船の外で自殺することを希望しました。あなた方のNT兵器で付近に着陸し、戦士ティクバを保護していただきたい」

 レーカが、続けた。

「カピィの中にもティクバ支持派がいるだろ? そいつらにやらせればいいじゃないか」

 ダリルが、言う。

「それは難しいです。市民代表代行イダに公然と逆らうことになりますからね。それに、下手をすればティクバ派と反ティクバ派の大規模な戦闘に発展しかねません。幸い、市民代表代行イダの打ち出した新たな戦略方針は、人類との戦闘を極力避けるようにというものです。戦士ティクバが人類の手によって連れ去られたとしても、戦闘には発展しないでしょう」

「ミスター・ティクバの自殺までにはあと半日ほどと言われましたな」

 アークライトが、壁のふたつの時計に眼をやった。ひとつはGMTに合わせてあり、零時二十分過ぎを指している。もうひとつは現地時間‥‥日本標準時で、午前九時二十分過ぎだ。

「はい。オハイオの現地時間で正午。あと‥‥十五時間半ほどですか」

「それで‥‥ミスター・ティクバの救出に成功したとして‥‥そのあとはどうなるのです?」

「戦士ティクバを地球に亡命させることは可能でしょうか?」

 レーカが、聞き返す。

「‥‥不可能ではないでしょう」

「ならば、そうして下さい。地球人類によって保護されれば、反ティクバ派も市民代表代行イダも手出しはできないでしょう」

「あなた方はどうなります?」

「市民イダに従うしかありませんね。幸い、市民イダは人類を敵に回そうとは考えておりません。戦士ティクバよりも交渉しにくい相手だとは思いますが、いずれ我々と人類は正当に果実を分け合う方法を見出すでしょう。わたしやいわゆるティクバ派の者は、大恩ある戦士ティクバをむざむざと死なせたくないのです」

「よくわかりました、ミスター・レーカ」

 アークライトが、フレイル・メンバーに向き直る。

「諸君。われわれ人類はミスター・ティクバに借りがあると思う。わたし個人も、そして諸君らも同じはずだ。見捨てるわけにはいかない。救出に賛同してくれるか」

「賛同どころか、大賛成です」

「もちろんです、サー」

「異存ありません、司令」

「もちろんですわ、サー」

 四人の女性パイロットがすぐさま、救出に同意する。

「よし。わたしはUNUFHQの許可を得る。問題は、どうやってミスター・ティクバをNT兵器に乗せるかだが‥‥」

 NT兵器のコックピットには、カピィの巨体を同乗させる余地はない。

「バゲージ・ポッドに押し込むしかありませんね。上田中佐に頼めば、改造してくれると思いますが」

 ダリルが、そう提案する。

「‥‥それしか手はなさそうだな。シェルトン中佐、君は上田中佐にその件を依頼したまえ。シァ少佐、君は矢野准将に事情を説明しろ。サワモト少佐はソン大佐とパルマー中佐に説明を。シャハト大尉は作戦室で資料収集。当直は、ミシェーラのはずだ。ミスター・レーカも作戦室へどうぞ。シャハト大尉がご案内します。十五分後に、作戦室で矢野准将を長として作戦会議を開くように。以上だ」

 アークライトがてきぱきと命ずる。


「場所はここです。北西へ約10km。この樹林地帯を、戦士ティクバと戦士オブラクが死に場所に定めました」

 レーカが、副触腕の先で地図をつつく。

「NT兵器で気付かれずに接近するのは無理だな」

 矢野准将が、腕を組む。

「囮を使うしかないと思います」

 スーリィが、そう意見を述べる。

「一機が他の方向から近づいて注意をひきつけ、その間に三機が低空を高速で接近、素早く着陸してミスター・ティクバを保護。急速離脱」

「じゃ、スーリィが囮ね」

 ダリルが、決め付ける。

「なんでよ?」

「まあ、囮は一番危険な役目だから、腕のいいスーリィが担当するというのは、間違ってはいないと思うけど‥‥」

 瑞樹はそう言った。

「ミスター・ティクバを見張る兵力はどのくらいですか?」

 ソン大佐が、レーカに訊いた。

「ティンダーの物資輸送タイプが二両ほど。戦士が五名程度。武器は、麻痺銃だけです。人類の火器で脅せば、問題ないでしょう」

 ソン大佐とパルマー中佐が、衛星写真を睨みつつ専門的な話し合いを始める。

 結局、作戦の手順はこう決まった。ティクバを収容するポッドは、ダリルと瑞樹の機に取り付けられる。もちろんひとつは予備である。まずスーリィの機が先行し、南から着陸船に近づいてその注意を逸らす。しかるのちに三機が低空で進入、ダリルと瑞樹が着陸してティクバを保護。フィリーネはイシュタルで飛行しながらこれを援護。バゲージ・ポッドにティクバを収容次第、すみやかに離脱する。

「何とかなりそうだけど‥‥司令遅いな」

 地図を睨んで飛行プランを練りつつ、ダリルが言う。

「あ、いらっしゃいました‥‥けど」

 フィリーネの声が、先細りになって消えた。

 作戦室に現れたアークライトの表情は硬かった。

「諸君、UNUFHQは、ミスター・ティクバの救出作戦を承認しなかった」

「なぜですか、司令?」

 ソン大佐が、眉根を寄せる。

「リスクが大きすぎる、というのが主たる理由だ。これをきっかけに、カピィとの戦闘が再開されることを、懸念しているらしい」

「それは、まずあり得ません」

 レーカが、すかさず口を挟んだ。

「戦略方針は、すでに人類との戦闘を避けよというものに変わっています。自衛目的以外の兵器使用は認められていません」

「わたしもそう説明した。だが、HQは首を縦に振らなかった。‥‥カピィ流に言えば、右前肢を動かさなかった、というところかな。だがどうやら、HQおよびUNの真意は別のところにあるらしい」

「別のところ‥‥」

 瑞樹はつぶやきつつ小首をかしげた。

「UNは、ミスター・ティクバをタフ・ネゴシエイターと考えていた。彼が排除されることによって、人類側に有利に和平交渉を進められるかもしれないと期待しているのだ」

「それもあり得ません。市民イダは、純然たる技術者です。人類の文化や政治に関しては無知だ。戦士ティクバは、皆さんもご存知のように人類のことをかなり深く理解していました」

「もちろんそうだ」

 アークライトが、レーカの言葉を遮った。

「どうも腑に落ちないので、色々と探りを入れてみた。‥‥以前からコネを作っておいたとある国の軍上層部とも、危険を承知で直接コンタクトを取ってみた。その結果、様々なことが判明した。どうやら、今回のこのミスター・ティクバの失脚劇、一部の人類が積極的に関わっていることは確実だ」

「どういうことです?」

 ダリルが、ずいっと身を乗り出す。

「あるグループ‥‥UNUF高官といくつかの国家の高官からなるグループが、市民イダを利用してティクバの追い落としを図った痕跡があるのだ。君たちは、オーストラリアでUN海軍参謀長ヴィクラム・スィン大将に騙されただろう。彼も、そのグループの一員と思われる」

「何を目的にしているのでしょう、そのグループは?」

 パルマー中佐が、首をひねる。

「はっきりとは判らん。しかし、わたしの考えではミスター・ティクバに接触すれば、何らかの情報が得られるのではないかと思う。その意味でも、ミスター・ティクバは助けなければならない」

「しかし、上の許可が‥‥」

 ソン大佐が、言う。

「無視する」

 きっぱりと、アークライト。

「今までの話は、全員聞かなかったことにしてくれ。HQの許可は下りた。今からミスター・ティクバ救出作戦を遂行するものとする。矢野准将、作戦はできたかね?」

「細部はまだですが‥‥いや、やはり無茶ですよ、司令。HQにばれるのは必至ですし、そうなれば責任を追及されて‥‥」

「諸君らは上官の命令に従ったまでだ。咎はないだろう。わたしひとりが泥を被ればいい」

「そんな、ヴィンス‥‥」

「わたしはミスター・ティクバを助けたいのだ。協力してくれるな、諸君」

 アークライトが、居並ぶ全員を見渡す。誰もが厳しい表情だが、反論するものはいなかった。

「よろしい。では、作戦の概要を説明したまえ」

「その前に‥‥救出したあとのミスター・ティクバはどうなるのですか? UNが保護しない以上、我々でかくまうわけにもいきませんし」

 矢野が、訊く。

「そのことなら、心配要らない。ローリンソン大統領に確約していただいた。ミスター・ティクバが希望すれば、合衆国が責任を持って亡命を受け入れる」


「お願いします、みなさん」

 レーカが、人類の真似をしてぺこぺこと頭を下げる。

「任せてよ。みんなも、協力してくれるしさ」

 ダリルが、手を伸ばしてレーカのお辞儀を止めさせた。

「ミスター・ティクバはフレイルにとっては恩人みたいなものだからね」

 瑞樹はそう言った。たしかに、以前は敵だったが、今は味方である。

「では、わたしはこれで失礼します。あまり長居すると、まずいですから」

 レーカが、駐機してあるフラットフィッシュへと向かいかけ、急に振り返った。

「そうそう。ダリルに訊かれた質問、理由がわかりましたよ」

「質問?」

「なぜ、人類の女性にしかNTが起動できないか、です」

「‥‥ああ、ゲストだった時にそんな質問したね」

「あ、それは聞きたいな」

 瑞樹は言った。NTに携わる者なら、一度は首をひねる事柄である。

「原因は、匂いでした」

「匂い?」

 フィリーネが、首をかしげる。

「NTには、高精度な嗅覚センサーが備わっています。事故防止のために、動物や子供、あるいは不健康な個体が起動することができないようになっているのです。色々と調べた結果、どうやら人類の男性には、我々と同じ匂いが備わっていないことがわかりました。ちなみに、女性でもある程度以上の年齢だとこの匂いが失われるようです」

「匂いねえ‥‥」

 スーリィが腕を持ち上げ、くんくんと匂いを嗅いだ。

「まあ確かに、フィリーネとかはいい匂いするけど」

 ダリルがふざけて、フィリーネの首筋の匂いを嗅ぐ。

「止めてください。くすぐったいです」

 フィリーネが、身をよじる。

「では、わたしはこれで」

 レーカが、フラットフィッシュに乗り込んだ。タキシングして少し離れてから、VTOする。

「いい奴だねえ、レーカは」

 ダリルが、ぼそりと言った。



「どうなるんだろう、司令」

 フライトスーツに着替えながら、瑞樹は誰にともなく聞いた。

「奇跡が起これば左遷程度で済むかもしれない。良くて降格、悪けりゃ不名誉除隊、さらに悪けりゃ軍刑務所入りってとこだね」

 肩をすくめながら、ダリルが言う。

「そんな‥‥」

 フィリーネが、眉を寄せる。

「それも気になるけど、司令が言っていたあるグループって、なに企んでるんだろう」

 スーリィが、言う。

「なんか、不気味よね」

 瑞樹はそう応じた。

「まあ、とりあえず作戦に集中しようや。失敗するわけには行かないんだし」

 ブーツを直しつつ、ダリルが言った。

「そうね。そうしましょう」

 ティクバを死なせるわけにはいかない。



 改造したバゲージ・ポッドは、ダリルのドゥルガーと瑞樹のイシュタルの左翼にある3000ポンド級パイロンに吊り下げられていた。ドゥルガーの場合ステーション3、イシュタルの場合は、ステーション2になる。

「開け方は簡単だ。引き込み式のスナップ・ロックが六ヶ所。内側から締める事もできるようにしたから、急いでいる時は中のカピィに任せてもいい」

 上田中佐が、ロックを解いて中を瑞樹とダリルに見せた。通常の荷物押さえ用のネットに加え、エアークッションや丸めたエアーキャップシートなどが詰め込まれている。‥‥これならば、多少荒っぽい飛行をしてもティクバに怪我をさせずに済みそうだ。

「にわか作りだが、LEDライトも取り付けた。バッテリーは、充分持つはずだ。あとは、水のボトル。‥‥で、上の許可は下りたのかね?」

 上田中佐が、訊く。

「下りましたよ。もちろんです」

 瑞樹はそう答えた。

「ほんとかね?」

 上田中佐が、日本語に切り替えて瑞樹の顔をじっと見つめる。

「‥‥察してください、中佐」

「やっぱりな。司令らしいや」

 上田中佐がそう言って、苦笑した。



「お呼びでしょうか、市民代表代行イダ」

 レーカは、激しく瞬きしながらイダの前に進み出た。‥‥ひそかに人類に対しティクバ救出依頼をしたことが発覚したのだろうか。そうであれば、下手をするとティクバに続いて自殺を命じられかねない。

「戦士レーカ。貴殿は戦士の中でもっとも人類に関する知識が豊富だと聞いている」

「そう自負しております」

「異例だが、貴殿をわたしの補佐役に任命したい。残念ながら、わたしの人類に関する知識はゼロに等しい。頼めるかな」

 ‥‥ならば名目上の代表代行に留まり、人類との交渉に口を差し挟むな。人類をよく理解し、交渉の経験もある戦士ティクバの自殺命令を取り消せ‥‥。

 レーカは心中でつぶやいた。だが、戦士として市民代表代行の依頼を断るわけにはいかない。

「謹んでお受けします、市民代表代行イダ」






 ティクバは解凍した天然果汁を飲み干すと、食事を終えた。

 以前レーカから聞いたところによると‥‥もちろんレーカもダリルとの雑談から得た知識なのだろうが‥‥人類には処刑などの避けられない死を前にした者の最後の食事は、できうる限り豪華なものが振舞われるという。奇妙な習慣だと思うが、ティクバは今回それに倣って、個人用に取ってあった天然果汁をすべて解凍してもらったのだ。

 ‥‥地球に新たに植え付けた作物からもいだ果実を、一度味わってみたかったがな。

 絶妙な味わいの果汁がもたらした豊かな余韻に浸りながら、ティクバはしばし物思いに浸った。戦士である以上、常日頃から死ぬ覚悟はできている。死自体は、恐れることではない。この宇宙全体を見れば、有機物の質量など無きに等しい。生きていることこそが異常なのだ。死は、生命を持たぬものへと還るだけのこと。

「お食事は終わりましたでしょうか。そろそろ、お時間です。支度を進めてください」

 開け放しの扉‥‥一応武装した見張りの者がいるが、ティクバには逃げようという気はさらさらなかった‥‥から、一体が入ってきた。

 センナーだった。ティクバの部下だった者だ。

 ティクバは訝しげにセンナーを見た。技術員が、何でこんなところにいるのだろうか?

「よく聞いてください、戦士ティクバ。人類が、救出の準備を整えてくれました。自害寸前に、救助が来ます。その指示に従ってください」

 食器を片付けつつ、小声でセンナーが告げる。

「本職は救出を望んではいないが‥‥」

「人類は恩義を感じているのです。それに応えるべきです」

 一瞬触腕の動きを止めて、センナーがちらりと舌を見せた。

「しかし、本職が逃げれば混乱が‥‥」

「救助の指揮を執るのはアークライト中将です。救助隊を率いるのはダリルです。これでも、救助を拒むのですか?」

 ティクバの脳裏に、ふたりの人類の姿が浮かんだ。尊敬できる人類の戦士と、すっかり仲良くなった素晴らしい戦士。

 ‥‥このふたりを失望させるような真似はできない。

「わかった」


 装備ベルトを取り上げられる。

 ティクバは、二体の見張りを引き連れるようにして、エレベーターに乗り込んだ。下層の車両デッキまで下りて、待っていた貨物運搬用ティンダーに乗り込む。中には、操縦者の他に四体が乗り込んでいた。

「ずいぶんと用心深いな」

 ティクバはそう喋ったが、だれも返答しない。

 しばらく走ったティンダーが、停まる。見張りに促されて、ティクバは地面に降り立った。

 なかなかの眺めであった。濃い緑色の葉を茂らせた木々が、見渡す限り密集している。故郷の惑星の景色とはまったく違うが、ここもそれなりに美しい土地だ。死ぬには、いい場所だろう。

 いや、人類のおかげで死なずに済むのだったな。

 ‥‥おや。

 ティクバは、少し離れたところにもう一両の貨物運搬用ティンダーが停まっていることに気付いた。三体が、そのそばにいる。

 そのうちの一体は、一番顔を合わせたくない相手であった。

 ‥‥オブラクか。

 三体が、足早に近寄ってきた。

「気分はどうかな、戦士ティクバ」

 オブラクが、声を掛けてくる。

「なかなか清々しかったが、貴殿を見たら悪くなった。何をしている?」

「本職もここで死のうと思う。というより、貴殿の死を見届けてから死にたいのだ」

「悪趣味な話だな。本職は貴殿と同じ場所で死にたくはない」

 ティクバは主触腕を鼻にくっつけた。

「そもそも‥‥」

 言いかけたオブラクが、言葉を切って空を見上げる。

 ティクバも空を見た。

 飛行兵器の発する音響が、近づいてくる。


「囮ってのは、やっかいだよねえ」

 愚痴りながら、スーリィはドゥルガーを操った。あまり攻撃的な動きを見せれば撃たれるし、無害そうに見えすぎると牽制にはならない。匙加減が、難しい。

 低空を保ったまま、着陸船に近づく。だが、針路はわざとずらし、機首が直接向かないようにしている。搭載してあるミサイルはASRAAMとスイフトだけで、着陸船を叩けるような装備は持っていない。もちろん、カピィにそれが判るはずもないのだが。


「あと10nm!」

 ダリルが、カウントする。

 三機のNT兵器‥‥ドゥルガーに乗るダリルと、イシュタルに乗る瑞樹とフィリーネ‥‥は、オハイオ州南西部の低空を亜音速で突っ走っていた。眼下はほとんどが畑地だが、民家も点在している。

「見えた」

 IPに指定した湖が、正面に現れた。

「制動!」

 ダリルの合図で、瑞樹は急減速をかけた。前方への空気噴射とエアブレーキで、機速が見る間に落ち、失速寸前となる。

「LZ視認! VLモード!」

 瑞樹の眼にも、偵察写真で見覚えた林間地と一軒の家が見えた。そこを目掛け、ホバリング状態の機体を寄せる。

 着陸と同時に、瑞樹はキャノピーを開いた。シートの下からTMPサブマシンガンを引っ張り出し、油断なく外を見回す。

「行くよ!」

 一足先に機外へと飛び出したダリルが、TMPを腰溜めにしたまま瑞樹を呼んだ。瑞樹はイシュタルから飛び降りた。TMP一丁、予備弾倉四本、破砕、スタン、スモークの各グレネード一発ずつというのが、二人の装備である。ダリルはこれに加えて、レーカから貸してもらった翻訳機をベルトに留めていた。カピィ側は麻痺銃しか持っていないはずだから、この程度の装備でも充分すぎるほどだ。

 ふたりは前方と左右に眼を配りながら駆け出した。


 瑞樹らの機が着陸する様子は、ティクバらにも見えていた。

「あれは、人類の新兵器ではないか」

 見張りの一体が、慌てる。

「ティクバ、貴殿の差し金か?」

 オブラクが、主触腕を振り回しつつティクバを睨む。

「車両に戻れ!」

 別の見張りが、ティクバとオブラクに命じた。

「いや。そろそろ時間だ。本職はここですみやかに死にたい。刃物をくれるかな?」

 ティクバは、主触腕を見張りに向け突き出した。

「だめだ。車両に戻るんだ」


 ‥‥いた。

 レーカがくれた情報通りだった。非武装型のティンダー二両。数体のカピィ。うち一体は‥‥。

 ティクバだ。

 ダリルは走りながらTMPを構えた。気付いたカピィが麻痺銃を主触腕でつかむ。

 ダリルは片膝を着くと、威嚇の一連射を放った。有効射程はサブマシンガンのほうが長い。

「抵抗するな! ティクバ、早く!」

 翻訳機を通して、ダリルは叫んだ。

 麻痺銃をつかんだ四体のカピィが、うろたえた。

 ティンダーの乗降口が、ぽんと開いた。中から、五体ずつのカピィが走り出す。主触腕に、何かをつかんでいた。

 ‥‥嘘だろ。

 ダリルは慌てて叫んだ。

「瑞樹、伏せろ!」

 自分も急いで伏せる。

 カピィが撃ち出した。銃弾が、ぶすぶすと芝草に突き刺さる。

「なんでカピィが撃ってくるのよ!」

 瑞樹が、喚いた。

「ありゃMAC10だよ!」

 威嚇で応射しながら、ダリルも喚いた。撃ち尽くした弾倉を素早く捨て、新たな弾倉を叩き込む。

「なんでカピィがサブマシンガン持ってるのよ!」

 喚きながら、瑞樹もTMPを撃ちまくり始めた。

 ごうっ。

 凄まじい音と共に、二両のティンダーに機関砲弾が叩き込まれ、炎上した。

 フィリーネのイシュタルが、さながら守護天使のようにダリルと瑞樹の背後上空に現れ、ホバリングしている。わずかに上下に揺れながらも、機首はぴったりとカピィたちに向けられていた。

「抵抗するな!」

 ダリルは再び叫んだ。

 MAC10を主触腕に抱え込んでいたカピィたちが、次々に銃口を下に向けた。

「ティクバ!」

 ダリルの叫びに応え、ティクバが走り出す。


 ‥‥ティクバに逃げられる。

 市民代表代行イダの採決に逆らった以上、戦士としてのティクバはもうお終いである。二度と復権することはあるまい。すでに、脅威とは言えない。

 だが‥‥。

 本職が死んで奴が生き延びるというのはあまりにも納得がいかない。

 オブラクは、人類の携行兵器をカピィ戦士の一体からひったくった。

 むろん、使った事はないが、オブラクも戦士である。おおよその原理や作動方式は、理解している。

 銃口を、走り去るティクバの背中に向ける。発射機構の部分に副触腕をあてがう。

 ‥‥死ぬ時は一緒だよ、戦士ティクバ。


「ティクバ!」

 警告の叫びを上げつつ、ダリルはTMPの銃口を一体のカピィに向けた。

 カピィがMAC10を発射する。だが、銃口は大きくぶれて、銃弾は走るティクバの頭上にばら撒かれた。

 ダリルは引き金を絞った。

 9ミリ弾が、MAC10を主触腕で支えたカピィに集中的に叩き込まれる。

 淡いオレンジ色の血液が、飛び散った。


「瑞樹、撤退だ! ティクバを頼むよ!」

 ダリルが、叫ぶ。

「了解!」

 瑞樹は銃口をカピィたちに向けたまま、立ち上がった。走ってきたカピィ‥‥見分けはつかないがミスター・ティクバなのだろう‥‥に、身振りで付いて来るように合図する。

 瑞樹はティクバを引き連れて走った。LZの林間地の手前で念のために数秒を割き、異常がないことを確認してから、イシュタルに走り寄る。

「この中へどうぞ。ミスター・ティクバ」

 言葉は通じないが、瑞樹はそう言ってバゲージ・ポッドを開けた。

 ティクバが何か喋りつつ、伸び上がるようにしてバゲージ・ポッドの中に頭部を差し入れた。前肢と主触腕を使い、這い上がろうとする。瑞樹はTMPを首に掛けると、ティクバのお尻に手をあてがい、登るのを手伝った。

「これが明かりです。ここに水もあります」

 瑞樹はスイッチを操作して照明を点滅させた。

 ティクバが何か喋り、ちらりと歯を見せた。

「では、閉めます」

 瑞樹はバゲージ・ポッドを閉め、スナップロックをすべて掛けた。

 ダリルが駆け戻ってくる。

「状況は?」

「ミスター・ティクバはイシュタルに収容。異常ないわ」

「じゃ、ずらかろう」

 ダリルが、ドゥルガーに乗り込む。瑞樹もイシュタルに乗り込み、VTOした。


 懸念されたファイアドッグによる追撃もなく、フレイル・スコードロンは無事ハワイのヒッカム空軍基地に着陸した。

 瑞樹は真っ先にティクバの様子を確認した。スナップロックを外し、蓋を開ける。

「ミスター・ティクバ?」

 のっそりと、ティクバが顔を見せる。

「狭いところに閉じ込めて済まなかったね、ティクバ」

 近寄ってきたダリルが、言う。

「命が助かったのだから、贅沢は言えぬ」

 翻訳機を通じ、ティクバが喋る。

 スーリィとフィリーネの力も借りて、ティクバがエプロンに降り立った。ダリルがエマージェンシー・キットから出したパラ・コードを使って間に合わせの首輪のようなものを作ってティクバに掛け、そこに翻訳機を結わえ付けた。

「さて、これから本職はどうなるのかね?」

 ティクバが、訊く。

「希望するならば‥‥って言うか、他に方法はないんだけど、合衆国が亡命を認めてくれるそうだよ。しばらく、ここで厄介になるしかないね。あ、ここはハワイね。最大海洋の真ん中辺りにある合衆国領土の一群の島だ」

「聞いたことはある」

 ティクバが、鼻をうごめかす。

「とりあえず、あなたを合衆国当局に引き渡したら、わたしたちはメイス・ベースへ帰ります」

 瑞樹はそう言った。

「わかった。貴殿らには礼を言う。アークライト中将にも、礼を言いたい」

「ま、また会う機会もあると思うよ」

 ダリルが、ティクバの主触腕を握る。



 アークライト中将によるティクバ救出劇は、各所で様々な波紋を呼んだ。

 カピィ側は、意外なことに無反応であった。市民代表代行イダにしてみれば、すでに死んだも同然のティクバがいなくなり、オブラクが死んだとしても、多勢には影響がないということなのだろう。UNが正式に表明した陳謝を、淡々と受け入れただけであった。

 合衆国はティクバの亡命を受け入れたことで各国から非難されたが、ローリンソン大統領はそれに真っ向から反論し、あくまでティクバをかばう姿勢を見せた。大衆も、おおよそティクバとローリンソンに同情的であった。

「で、処分をどうしますかな」

 ウェイ大将が、訊いた。

「たいした処分は下せませんな。奴の背後には、ローリンソン大統領がいる」

 そう言ったデミン大将が、事故死したポーター大将の後任としてUN海軍司令官に就任したマルティーノ大将をちらりと見る。

「UNUFから追放するくらいでしょう。いずれにせよ、今回の事件でアークライトからフレイル・スコードロンを取り上げねばなりません」

 マルティーノ大将が、ゆっくりと言う。

「部下の処分は?」

「難しいですな」

 ウェイ大将の問いに、デミン大将が首を振った。

「アークライトの主だった部下が、救出作戦がUNの意向を無視したものであることを知っていた可能性は高い。だが、フレイル・スコードロンを解散させるわけには行きません。フレイルと核兵器の組み合わせは、人類にとって切り札のひとつです。メイス・ベースを潰すことはできない」

「では、アークライトだけ追放ですな。後任の目処は?」

 マルティーノが、訊く。

「以前ソード・ベース司令だったロルフ・ドレスラー中将が、UNUFAFHQでくすぶっています。彼でいいでしょう。少なくとも、アークライトよりは信頼できる」



「‥‥という訳で、アークライト中将は基地司令を解任となった。後任のドレスラー中将が着任されるまで、わたしが司令代理を務める」

 淡々と、矢野准将が説明する。

「以上だ。解散」

 講堂に集められた士官たちが、ぞろぞろと出てゆく。みな一様に、重苦しい表情だ。

「みんな、司令のことが好きだったんだよねぇ」

 スーリィが、ため息混じりに言う。

「ひどいですわ。解任だなんて‥‥」

 フィリーネが、口を尖らす。

「仕方ないよ。HQに逆らったんだから。司令も、解任覚悟でティクバを助けたんだし。あたしたちにお咎めがなかっただけでも、司令には感謝しなくちゃ。かばってくれたんだし」

 ダリルが、言う。

「ねえ、フィリーネ。ドレスラー中将って、どんな人?」

 瑞樹はそう訊いた。ソード・ベース副司令だったオデール少将にはタルディクルガンで会ったが、元フレイル・メンバーは司令のドレスラー中将と顔を合わせたことはない。

「いかにもドイツの軍人らしい方です。実直で有能。いい上官でしたわ。わたしは、信頼しているし好きです」

 フィリーネが、言う。



「アークライト中将が暴走したのは、意外でしたな」

 ヴィクラム・スィン大将が、感慨深げに言う。

「今回のこの一件、我らに有利に働きますな」

 ヤン常務委員が、丸い顎を撫でる。

「ティクバ亡命の件ですな。合衆国攻撃に使える」

 ルシコフ大将が、薄く笑った。

「今夜からさっそく、合衆国に対するネガティブ・キャンペーンを開始します。UNの意向を無視したならず者国家、という印象を大衆に植え付けるのです」

 ヤンが、指を振り立てて説明する。

「イダは北米領有案を呑む意向なのですね?」

「もちろんです。むしろ、人類側の歩調を合わせるほうが困難でしょう」

 スィンの質問に、ヤンが答えた。

「根回しに時間をとられると厄介ですな。軍事作戦と一緒だ。勢いのあるうちに、攻勢に出たほうがいい」

 ルシコフが、言う。

「予定していた臨時国連総会を、繰り上げて開催しましょう。国連大使だけでなく、各国元首を集めた総会です。市民イダも招待する。そこで、北米領有化案を提出し、一気に採決に持ち込むのです。もちろん、事前に同案をリークし、大衆の賛成を取り付けた上で」

「良案ですな」

 ヤンの提案に、スィンが同調した。



「冗談じゃないわよ、カピィに北米を明け渡すなんて」

 ダリルが、憤然として言う。

「同感ね。合衆国がなくなったら、困るわ」

 瑞樹も同調した。

 夕食後のリビングである。四人のフレイル・メンバーは、例によってくつろいでいた。スーリィはオフの日に福岡でまとめ買いしてきた中国語書籍のうち一冊を読みふけっている。瑞樹は夕刊を拾い読みしながら、内容をダリルとフィリーネにかいつまんで説明していた。

「でも、噂ですわよね、あくまで」

 フィリーネが、訊く。

「うん。UNが公式提案したわけじゃないよ。でも、噂が出るってことは、誰かがそれを望んでるってことだからね」

 ゴシップじみた記事を読みながら、瑞樹は言った。

 瑞樹は夕刊を繰った。九月初めに予定されている臨時国連総会の会場は、いまだ未定。米沿岸警備隊、ポーター大将乗機不明事件の捜索規模縮小を表明。

「しかし‥‥副司令はどこ行っちゃったんだろうね」

 ダリルが、ぼそりと言う。

 ドレスラー中将の司令就任直後から、矢野副司令がぱったりと顔を見せなくなっているのである。ティクバ救出作戦の責任を取って左遷されたという噂も聞くが、新しい副司令が赴任してくることもないし、ドレスラー中将に確認しても長期出張中という説明しかしてもらえない。ちなみに、同じ時期にアークライトの副官であったチョープラー大尉、セキュリティ・フォース・グループのパルマー中佐も姿を消している。チョープラー大尉はいまだ司令部付きの身分のようだし、パルマー中佐も異動はしていないはずだが、ふっつりといなくなってしまった。

「知った顔がどんどん減っていっちゃうね」

 ため息をつきながら、瑞樹は夕刊を折りたたんだ。



 八月二十六日、主要メディアはUN臨時総会がインド洋に浮かぶ島国、モルディブで行われることが決定されたと一斉に報じた。この総会には、カピィ市民代表代行イダの出席も予定されている。すでに、この会議で対カピィ戦争の総括が行われ、人類とカピィとのあいだで本格的な和平条約が結ばれ、恒久的平和が到来するという噂が、世界中に流布されていた。

 なんらかの成果無しに会議が終わることはありえないという世論が、形成されつつあった。


「打てる手はすべて打ちました。あとは、UN臨時総会を待つだけですな」

 ホテルの一室で旨そうに煙草をくゆらしながら、ヤン常務委員が言った。

 根回しは万全だった。すでに、三十数カ国の首脳が、カピィの北米領有化案に賛意を示している。大半は経済援助を餌に釣り上げた小国だが、UN総会での議決権は一票持っている。一部の主要メディアも味方につけた。中立的なメディアが行った世論調査でも、一般大衆は北米領有化案を許容するであろうという結果が出ている。

「まあ、首尾よく採決できたとしても、実際に合衆国が消えてなくなるわけではないですし」

 ルシコフ大将が、言う。

「そうです。ユーラシア連邦結成までには、まだいくつもの難関を乗り越えなければならない‥‥」

 スィン大将の言葉が、けたたましいノックの音に遮られる。

「なんだ?」

 ルシコフが、腰を浮かせた。

 扉が開き、スィンの副官が顔を出した。

「急いで避難してください! 爆発物の可能性があります」

「なんだと?」

 すぐさま、ルシコフとスィンが立ち上がった。呆然としているヤンの腕を掴み、部屋の外へと連れ出す。

「こちらへ」

 スィンの副官が、三人を階段へと導いた。拳銃を手にしたルシコフの副官が、続く。

 どん。

 いきなり、三人がつい三十秒前までいた部屋の扉が宙に舞った。噴き出した爆風が、雑多な破片を伴って廊下の壁にぶち当たる。

「シャーバシュ!」

 スィンが、副官を褒める。

「ど、どうしてわかったのですか?」

 青ざめたヤンが、訊いた。‥‥火の消えた煙草が、下唇からだらしなくぶら下がっている。

「そんなことはあとです。とにかく、このホテルから脱出しましょう」


 ZIL41047の車内に収まったところで、やっとルシコフとスィンは緊張を解いた。

「どうもいろいろと恨みを買っているようですな、我々は」

 ルシコフが、唸る。

「UN臨時総会まで、ばらばらに行動しましょう。チャンイー、あなたも気をつけてください。護衛の数を増やし、行動スケジュールは直前まで公表しないこと。なるべく国内にいること。いいですね」

 スィンが忠告する。ヤンが、うなずいた。



 白樺林のあいだに開かれた小道を、メルセデスW220がたどってゆく。

 小道は、小川のほとりに建つ小さなダーチャの前で途切れていた。メルセデスが停まり、ダーチャの前で待っていたスーツ姿の男性が、ドアを開けてくれる。

 アークライトは、爽やかな風の中に降り立った。まだ暦の上では八月だが、北緯六十度を越える‥‥ちなみにアラスカ南部とほぼ同緯度である‥‥この地にはすでに秋の気配が忍び寄っている。

 無言のまま身振りだけで案内する男性に従って、アークライトはダーチャの中に足を踏み入れた。小さなホールを抜け、一室へと招じ入れられる。仰々しい暖炉が据えられた、いかにもロシア的な部屋に、ふたりの男性が待ち受けていた。豊かな白髪頭の初老の男性と、背の高い金髪の壮年男性だ。若い方の男性はロシア空軍少将の軍服を着用しているが、初老の男性は着古したようなセーターというカジュアルな服装だった。アークライトも、今日はサマースーツスタイルである。

「ようこそ、アークライト中将」

 初老の男性が、笑顔で手を差し伸べる。

 アークライトは一応敬礼してから、握手を交わした。

「ようやくお会いできましたな、グラズノフ大将」

「エカテリンブルクで、以前お目にかかりましたね」

 空軍少将が、敬礼する。

「‥‥それ以前にも、お会いしたような気がするが」

 答礼しながら、アークライトは首をひねった。顔立ちに、なじみがあるような気がする。

「名乗れば、中将の疑念も解消されるだろう」

 くすくすと笑いながら、グラズノフ大将が言う。

「申し遅れました。イリヤ・コルシュノフ少将であります」

 空軍少将‥‥コルシュノフが、そう名乗った。

「コルシュノフ‥‥ということは」

 コルシュノフ少将が、破顔した。

「アリサ・イリーニチナがお世話になりました、閣下」

 ‥‥なるほど、アリサ・コルシュノワ大佐の父親か。

 アークライトは納得した。道理で、見覚えがあるような気がしたはずだ。細身のロシア人によく見られる優男っぽい風貌で、娘によく似ている。

「では、本題に入ろうか」

 グラズノフ大将が腰を下ろした。アークライトとコルシュノフも、座る。

「中将の計画は読ませてもらった。わたしは全面的に協力するつもりだ。もっとも、空軍はあまり動けんがね」

「ありがとうございます。支持をいただけるだけでも、嬉しいです」

「海軍と陸軍には手を回した。すでに潜水艦が一隻当該海域に向かっている。K−328レパード。君らのいうアクラ・クラスだな。陸軍もスペツナズを出してくれる。‥‥残念だが、警護に派遣される戦闘機連隊をわたしの同志に任せることには失敗した。むりやり介入すれば、ルシコフに作戦を悟られるおそれがある」

「それはいたし方ありませんね。しかしそうなると、我々は閣下の部下を死なせねばなりません」

「人類を救うためだ。その程度の犠牲は止むを得まい。ロシアと合衆国は共存しなければならないのだ。ルシコフの野望は、第三次世界大戦の引き金を引きかねない。カピィとの戦争で疲弊した上に、人類同士で戦争など、絶対に起こしてはならない」


 細々とした打ち合わせを終えたアークライトは、一杯だけウオッカを付き合うと、グラズノフ大将とコルシュノフ少将のもとを辞した。メルセデスに乗り込み、三時間掛けて空港まで送ってもらう。明日はホノルルに行かねばならない。オペレーション・サイドライトに失敗は許されないのだ。この機会を逃せば、カピィによる北米領有化を止めることはできないだろう。



「どうでしょう。可能ですかな」

「もちろん可能だ。ヴィドが、うまく取り計らってくれれば、だが」

 アークライトの問いに、ティクバが右前肢を振る。

「本来ならば、このような危険なことにミスター・ティクバを巻き込みたくないのですが‥‥」

「ミスターをつけないでもらいたいと頼んだではないですか、ヴィンス」

 ティクバが、副触腕の先をほんの少しだけ曲げる。

「そうでした。ティクバ」

 アークライトが、微笑んだ。

「貴殿は命の恩人ですからな。多少の危険は構いません。これでも、元戦士です。人類市民を救うためならば、喜んでやらせてもらいますぞ」

 ティクバが、歯を見せつつ喋る。

「ありがとうございます、ティクバ」

 アークライトは、ティクバの触腕を握った。


第二十四話をお届けします。いよいよ残すところ二話となりました。最後までよろしくお付き合い下さい。 追記‥‥「読者」様、「林檎」様、「ぶーぶー34」様、お恥ずかしながら今頃になってやっと評価していただいたことに気付きました。なろう初心者ゆえのミスです。申し訳ありません。取り急ぎ返信させていただきました。ほんと、すいません(多汗) 第二十四話簡易用語集/IFF Identification Friend of Foe 敵味方識別装置。トランスポンダーの一種。電波での誰何に対し自動的に事前に取り決められたコードを返信し、味方である旨の識別を行う装置。/ウェッジ編隊 二機編隊の一種。僚機は長機の斜め後方に位置する。ファイティング・ウィングと異なるのは同高度を飛ぶこと。/タフ・ネゴシエイター 手強い交渉相手。/高精度な嗅覚センサー パイロットを全員女性にするためのでっち上げ設定(笑) 本来無骨なものにならざるを得ない軍事航空物が華やいだわけですから見逃してください(汗)/エアーキャップシート いわゆるプチプチ。/LZ Landing Zone 着陸地点。降下地点。/MAC10 アメリカ製のコンパクトなサブマシンガン。通常タイプは口径9ミリだが、45ACPタイプもある。カピィが撃っているのは9ミリであろう。/パラ・コード para cord パラシュートに使われる紐。非常に丈夫である。

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