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23 Territory Demand

 人類とカピィが休戦したという報せは、光の速さで地球全土に伝わった。

 人々はそれぞれの流儀で休戦を祝い、喜び、あるいは感謝した。祝杯を挙げる者、神に感謝の祈りを捧げる者、銃口を空に向けて乱射する者、愛する人を抱き締める者、静かに涙を流す者、川や噴水に飛び込む者‥‥。

 休戦協定発効後、最初に動いたのは意外なことにティクバだった。カリフォルニアで地元メディアを集め、軍用船二号の内部を公開したのである。その場で臨時の記者会見を開いたティクバは、オペレーション・ハイポダーミックの概要を逐次説明した上で、ヴィンス・アークライト中将とダリル・シェルトン中佐の二人を〈作戦成功の立役者〉〈人類とカピィの仲介役〉として絶賛した。

 世界中の各メディアは、記者会見の模様を繰り返し報道し、アークライトとダリルの名は一躍〈地球を救ったふたり〉として知られるようになった。

 このことによって助かったのが、ダリルであった。オペレーション・セントリーボックスにおける利敵行為‥‥UNUFの作戦を読み切って、カピィに対し助言を行ったことに関する罪状が、不問とされたのである。



「さみしい‥‥」

 納豆をかき混ぜながら、瑞樹はぽつりとつぶやいた。

「‥‥そう‥‥ですわね」

 豆腐と油揚げの味噌汁が入った碗を置いたフィリーネが、そう応じた。

「‥‥三人しかいないもんねぇ」

 相変わらずの中華メニューを食べているスーリィが、レンゲを置くと、中国茶の入ったカップを手に取った。

 メイス・ベースの士官食堂である。

 三人の女性パイロットは、同じテーブルで朝食を摂っていた。

 瑞樹は小さくため息をついた。毎日テーブルを共にしていたダリルは、すっかり有名人になってしまい、今は合衆国のどこかにいるはずだ。サンディは、天国に召されてしまった。隅のテーブルでひとりで食べていたアリサは、モスクワの病院に入院したまま。韓国人の友人と向かい合って食べていたミギョンも、今は天国にいる。

 一時期メイス・ベースにいたヘザーとミュリエルも、天国へと旅立ってしまった。今頃はおそらく、ニーナやアレッシアと一緒にいるのだろう。エルサは退院して故郷のキルナに戻ったはずだが‥‥今はどうしているのだろうか。

 フレイル/ダガー・メンバーのうち、半数が戦死した。いずれもまだ、二十代の若さで。二人は重傷を負い、引退。

 ‥‥戦争とは言え、酷すぎる。



「‥‥誤解ないように願いたいが、我々は地球人類と停戦したに過ぎません。平和共存を望みますが、それには確かな裏付けがなければなりません」

 ティクバがそう発言し、居並ぶUN代表委員会の面々を見渡した。

 レベッカ・サムエルセンはため息をひとつつくと、水差しに手を伸ばして冷水を注いだ。

 主要各国の負託を受けてティクバとの和平交渉を進めてきた国際代表委員会は、若干のメンバーの入れ替えはあったものの臨時国連総会での承認を経て、正式にUN代表委員会としてカピィとの各種交渉に当たっていた。ティクバ率いるカピィ側は、実に協力的であった。‥‥たったひとつの点を除いて。

 安全保障。

 カピィ社会の安全が保障されるのであれば、技術指導や保有するNTの無償供与、連絡艇と呼称される大量破壊兵器の廃棄、さらに将来的には完全非武装化やすべての戦士の市民化まで受け入れる余地があると、ティクバは主張している。

 だが、今日の国際情勢の中で絶対の安全保障などありえない。レベッカは、大学時代に聞いたヘンリー・キッシンジャーの箴言を思い出していた。たしか、「一大国の切望する絶対の安全は、すべての他国の絶対の不安全を引き換えとする」とかいう言葉だった。まさにその通りである。カピィにとっての安全は、すなわち人類にとっての危険なのである。

 カリフォルニアのカピィ着陸船制圧から、すでに一週間が経過している。

 戦争は終わったが、いまだ地球人類は警戒を怠ってはいなかった。一部のUNUF部隊は復員を開始していたが、北米の部隊はヨーロッパ方面からの兵力移動を受け、その戦力を増大させつつあった。

 カピィ占領軍も、支配地域から一歩も引かずに、UNUFとの対峙を継続していた。

 表だって口にしてはいないが、ティクバのメッセージは明白だった。カピィ社会の安全が保障されない限り、彼らが北米の占領地域から撤退することはあり得ないのである。



 瑞樹はかき混ぜた納豆をご飯の上に掛けた。しつこいくらいに良くかき混ぜる人が多いが、瑞樹は軽く粘りが出た程度で食べるのが好みである。ちなみに、和食好きのフィリーネも納豆だけは苦手らしく、食べているところは一度も見たことがない。

「なーに辛気臭い顔して飯喰ってんだよ」

 いきなり、瑞樹の隣にトレイが置かれた。シリアルのボウルとベーグル、ハンバーガーがひとつ。マッシュポテト添えのハムエッグの皿。ブラックコーヒーのマグカップ。

 瑞樹は驚いて声の主を見上げた。

「ダリル!」

 ダリルが椅子に座ると、さっそくシリアルのボウルにスプーンを突っ込んだ。

「なんでメイスにいるの?」

 スーリィが、訊く。

「あたしのホームベースはここだよ」

 やや憮然とした表情で、ダリルが応じる。

「‥‥でも、カピィの顧問に就任するとか、議会名誉勲章を貰うんだとか、新聞には書いてあったけど‥‥」

「ないないない」

 瑞樹の言葉を、ダリルがスプーンを振りつつ否定する。

「名誉勲章は、アークライト将軍が貰うみたいだよ。同一の作戦で同一の部隊から受賞者が出ることは普通はないし。だいたい、あたしが貰えるんなら同じ危険を冒したあんたらも貰えなきゃおかしいだろ」

「でも、わたしたちは合衆国の軍人ではありませんわ」

 フィリーネがそう指摘する。

「まあ、勲章ならティクバに貰ったしな」

 コーヒーを旨そうに飲み下しつつ、ダリルが言った。

「勲章?」

「厳密にいえば勲章じゃないけどね」

 瑞樹の問いかけに、ダリルがポケットに手を突っ込んだ。

「ほれ」

 テーブルの上に、無造作にそれを置く。

 瑞樹ら三人は、身を乗り出して覗き込んだ。

「木片‥‥でしょうか」

 フィリーネが、眉根を寄せる。

 一辺が五センチくらい、厚みが一センチ半くらいの、角が丸まった四角い木片にしか見えなかった。一角に穴が開いており、そこにピンク色の組紐のようなものが通してある。

「木、なの?」

「そうだよ」

 スーリィの問いに、ダリルがうなずく。

「触っても、いい?」

 瑞樹は訊いた。

「いいよ」

 ダリルの許可を受けた瑞樹は、その木片を手にしてみた。完全に枯れて乾燥しているらしく、軽い。特に磨いたりしたようには見えないが、表面は滑らかだ。細かい木目が織り成す模様が、美しいといえば美しい。

「‥‥なんか、ありがたみのない勲章だねえ」

 瑞樹の手からそれをひょいとつまみ上げながら、スーリィ。

「由緒ある木なんだ。カピィの惑星の一番大きな島のちょうど真ん中辺りに生えていた大木でね。カピィの神話では、すべての生物はその木が生み出したとされているんだよ」

「北欧神話みたいですわね」

 フィリーネが、言う。

「木自体は何千年も前に枯れてしまったけど、カピィたちはその木を切って大切に保管してきた。その一部を個人的に所有できるのは、大変な名誉なんだって。ちなみに、今地球にいるカピィでこれを授与されたことがあるのは、ティクバだけだ」

 淡々と、ダリルが説明する。

「それは‥‥凄いわね」

 瑞樹は心底からそう言った。まあ‥‥見た目は怪しげな通信販売で買える「幸運をよぶ天然木ペンダント」あたりと大して変わりはないが。

「ダリルはこれを貰うに相応しい仕事を成し遂げたと思いますわ」

 スーリィから受け取った木片をしげしげと眺めながら、フィリーネが言う。

「ありがとう、フィリーネ。あ、ちなみに司令も同じの貰ってるんだ」

「まあ、司令もそれだけの仕事はしたわよね」

 瑞樹はそう言った。

 フィリーネが、木片をダリルに返した。ダリルが、無造作にそれをポケットに突っ込む。

「それはともかく‥‥あたしは追い出されたんだ」

 ハンバーガーに取り掛かりながら、ダリルが言う。

「追い出された? どこから? 誰に?」

 スーリィが、訊く。

「ティクバの元からさ。裏で糸引いてるのが誰だか知らないけどね。どうも、ティクバに入れ知恵してるのを疎まれたらしい」

「‥‥なるほど」

 瑞樹は軽くうなずいた。

「疎まれたって‥‥あなたの今までの功績はどうなるのよ。戦争を終わらせた立役者じゃないの」

 スーリィが、そう言いつつレンゲを手にする。

「まあ‥‥ベルギーのこととか色々あるしね。あたしは、飛べるだけで幸せだし。こうしてまたみんなとも一緒にやれるし。‥‥ずいぶんと、人数少なくなっちゃったけどね」

 ダリルがさばさばした表情で言って、ハンバーガーにかぶりつく。



 ヤン常務委員らの思惑は、大幅な修正を強いられていた。

 ベルギーのカピィ宇宙船への核攻撃までは、計画通りだった。民間への被害を最小限に留めることに成功したことから、UNUF全体の方針が北米への核攻撃を許容する方向へと大きく傾いたのである。解放されたヨーロッパ諸国も、最大の人的および物的損害を蒙ったオランダを除き核使用に前向きとなった。

 だが、事態は急展開した。

 カリフォルニアのカピィ宇宙船制圧。そして、ティクバによるカピィの指揮権掌握。人類と、カピィとの停戦。

「やはり無理だったのか」

 ルシコフ大将が、嘆く。

「またしてもフレイルの連中に振り回されましたな」

 スィン大将が憮然とした表情で、ミルクティーをすすった。

 停戦が成立した以上、北米への核攻撃は不可能である。このままでは、合衆国は急速に国力を回復するだろう。そして、平和が訪れたとなれば、今まで緊密な協力関係を築いてきた中国、ロシア、インドの関係もいずれ疎遠となるに違いない。

 ユーラシア連邦の夢は遠のく。

「ひとつだけ、わたしにアイデアがあります」

 静かな口調で、ヤン常務委員が言った。

「伺いましょう」

 スィン大将が、わずかに身を乗り出す。

「合衆国に消えてもらうのです」

「‥‥どうやって?」

 ルシコフが、訝しげにヤンの顔を見つめる。



「ミスター・ティクバ。ちょっとよろしいですかな?」

 ティーブレイク中に声を掛けてきたのは、UN代表委員会の一員である大学教授だった。

「なんでしょうか?」

「これは個人的な意見ですが‥‥第三大陸のメキシコ以北をカピィ領土とする案は、いかがでしょうか?」

 声を潜めて、大学教授が言う。

 ティクバは主触腕と副触腕をこすり合わせた。

「メキシコ以北‥‥というと、合衆国とカナダということですかな?」

 それくらいの地理的知識は、ティクバにもある。

「左様。カピィ着陸船は、二隻とも合衆国内にある。ですから、そこを市民ごとあなた方の国家として認定するのです。面積としては充分すぎるほどでしょう。人類市民が多数居住するわけですから、双方の戦争抑止力になる」

 大学教授が言って、手にしていたカップから紅茶をひと口飲んだ。

「しかしそれでは、合衆国とカナダが‥‥」

「両国とも、アジア系先住民族と他の大陸からの移民で成り立った国です。あなた方が新たな移民となればいい」

 ティクバの言葉を遮って、大学教授が言う。

 ティクバは思案した。たしかに、移住先としては充分すぎるほど広い。多くの人類市民が居住するのだから、反応兵器で奇襲攻撃を掛けられる可能性も少ないだろう。だが、現住している人類市民は、異星人との共存を望むだろうか?

「UN代表委員会が提示している領土提供案では、あなた方の領土は地球上の数箇所に分断されてしまう。経済的にもそれは都合が悪いし、防衛上も不利でしょう。この案ならば、あなた方の軍用船をふたつとも領土内に収めることができます」

 大学教授が、熱心に自説を展開する。

 ‥‥魅力的な案である。

 だが、ティクバはダリルとアークライトとの付き合いを通じて、人類の思考方法をそれなりに学んでいた。おそらく、多くの人類は一部の住民のみに犠牲を強いるような解決方法は望まないだろう。合衆国やカナダの市民も、自分たちの国が異星人との合同国家になることを積極的に歓迎するとは思えない。それに、偶然ではあるがダリルもアークライトも合衆国に所属する人類である。彼らの祖国を消滅させるのも忍びない。

「いや、その案は受け入れられませんな。たとえ、UN代表委員会が公式に提案したとしても」

 ティクバは副触腕を立てつつそう答えた。



「そうか。ティクバは北米領有案を蹴ったのか」

 煙草をもみ消しながら、ヤン常務委員は嘆息した。

「良いアイデアでしたがな」

 スィンが、言う。

 カピィに北米を任せてしまえば、一時的にせよ合衆国とその後継国家は混乱する。中国、ロシア、インドがユーラシア連邦を結成するまでの時間的余裕は充分稼げるだろう。いずれ、カピィと折り合いをつけた新生合衆国が国力をつけてくるだろうが、その頃にはユーラシア連邦は周辺諸国をも呑み込み、より強大な勢力へと発展を遂げているはずだ。

 だが、肝心のカピィが乗り気ではない以上、このアイデアは諦めるしかない。

「‥‥なんとかして、ティクバを追い落とせませんかな」

 ルシコフ大将が、呟くように言う。

「追い落として、どうします?」

 スィンが、訊く。

「以前権力を握っていたオブラクを、復権させることは不可能でしょうか?」

 ルシコフが、言った。スィンが、一声唸って腕組みする。

「復権を餌に協力を求めれば、取り込めないこともないでしょう。しかし、彼を復権させる確かな方法がない」

「‥‥ティクバを排除すれば?」

「ポーターのようにか?」

 スィンが、ちらりとヤンを見やった。

「さしものチャンイーでも、ティクバに手を出すのはむりだろう」

 ルシコフが、言う。

「そうですな。だが、接触を試みることくらいできそうです」

 ヤンが言った。スィンが、訝しげに問う。

「ティクバに会ってどうするのです?」

「いや、オブラクに接触するのです。北京を通じ、UNとカピィ側と交渉してみましょう。利用できそうな人物は、とことん利用させてもらいましょう。人類であろうと、カピィであろうと」

 ヤンがそう言って、いかにも東洋人らしい謎めいた微笑みを浮かべた。



 オブラクは、オハイオの軍用船一号の一室にこもっていた。

 閉じ込められているわけではない。制限区域として指定されている場所以外、軍用船内部の移動は自由だし、やろうと思えば船外へ出ることも可能だろう。だが、常に武装したティクバの部下が複数付いてくる。実質的には、監禁とほとんど変わりがない。

 今のところ、「市民の保護を怠った罪」で告発されているだけだ。正式に断罪されたわけでもないし、これからも罪に問われることはないだろう。地球人類との休戦によって戦略指導者の地位は自動消滅したが、オブラクの身分はいまだ宇宙船指揮者のままだ。ティクバも数々の軍規違反を犯しているはずだし、告発合戦となれば向こうも無傷では済まない。オブラクの指揮権力は制限するが、その名誉は保全するというのが、落としどころなのだろう。

 むろんオブラクも、復権の野望は捨てていなかった。ティクバの出方次第では、自分たちの種族は人類の膨大な数の前に飲み込まれてしまうおそれが強いと、オブラクは考えていた。これを避けるためには、ぜひともティクバから代表者としての地位を奪い返さねばならない。

 戦略指導者でなくなったとはいえ、いまだオブラクを支持する部下の数は多い。だが、伝わってくる情報ではティクバはある程度人類の信頼を勝ち得たようだし、戦士たちの中にも戦争を終わらせたティクバの手腕を高く評価する者が多い。いまのところ、無理はできなかった。

 オブラクは最後のフードキューブを口に放り込むと、水で流し込んだ。今日は昼食後に人類高官との会見が予定されている。最大大陸の東部にある大国の外交官のひとりと会わねばならないのだ。

 ‥‥いったい何の用なのか。


「あなた方の言い回しを借用させていただければ、近道で申し上げましょう」

 シャン、と名乗った人類は、挨拶もそこそこにそう切り出した。

「我々はミスター・ティクバよりもあなたの方が指導者に相応しいと考えています。あなたの復権に、協力したい」

「本職も代表者に返り咲くという希望は有してはいるが‥‥なにを企んでおいでかな?」

 用心深く、オブラクは尋ねた。

 シャンが北米領有化案と、それをティクバが蹴った経緯を説明する。

「このプランならば、人類もあなた方も満足できるはずです。安全保障面でも、問題がない。ぜひあなたに復権していただいて、このプランを実現させたいのです。双方の種族の恒久的平和共存のために」

 ‥‥悪い話ではない。

 オブラクはそう考えた。むろん、このシャンと言う人物の真意はわからない。どうせ、自分たちの利益のためにこちらを利用しようとしているだけなのだろう。だが、オブラクもこのまま飼い殺しにされ続けるのは願い下げだった。利用できるものは、利用させてもらおう。

「趣旨は理解しました。しかし、どうやって本職を復権させるおつもりですかな?」

「仮定の話ですが‥‥」

 シャンが、視線をオブラクから逸らしつつ、続けた。

「‥‥ミスター・ティクバが、指導者としての職務に耐えられない状態になったら、どうなるでしょうか?」

 ‥‥暗殺か。

 オブラクはシャンの仄めかしをそう判断した。

「仮にそうなっても、種族代表の地位が本職に転がり込んでくることはないでしょう」

「やはりそうですが。こちらとしても、全力であなたを支援するつもりですが、なにぶんカピィ内部の動きまでは影響を及ぼすことができません‥‥」

 シャンが、語尾を濁す。

「失礼ながら、ミスター・シャン。あなたの後ろ盾は、どなたですかな? 本当に本職に充分な支援を与えられるほど、政治的、軍事的に高位の人物なのですかな?」

「詳しくは申し上げられませんが、信頼できる高位の人物が複数おります。いずれも上層部や国家中枢にいる人物で、その影響力は多大です。安心してください」

 シャンが、言う。

 ‥‥ここは信じるしかあるまい。

 オブラクは腹を括った。人類有力者とのコネは、復権に向けた布石となりうる。

 ほどなく、会見は終了した。オブラク復権に関するよいアイデアは出なかったが、両者は打算的ながら協力関係を結ぶことに成功した。



 久しぶりにメイス・ベースへ戻ってきたアークライトは、士官全員を講堂に集めた。

「長いこと留守にして済まなかった。まずは当基地の今後について説明しよう。現在、UNUFは段階的に復員を行い、その戦力を縮小しつつあるが、当基地は当面存続させることが決定された。引き続き、わたしが指揮を執る。いまだカピィは合衆国本土の大部分とカナダの半分、それにメキシコの一部を占領し続けており、戦闘が再開されるおそれは充分にある。諸君らは気を緩めることなく、基地の維持管理と訓練に勤しんでくれ。わたしからは、以上だ。‥‥続いて、副司令より人事に関して‥‥」



「おや」

 ハンドバッグの中に手を突っ込んだ瑞樹は、封筒を引っ張り出すと小首をかしげた。

「どうなさいました?」

 向かいに座ってソーダフロートをつついていたフィリーネが、訊く。

 宮崎市中心部にある喫茶店のテーブル席。気晴らしを兼ねた買い物の途中である。

「なんだろ、これ」

 瑞樹は封筒を検めた。何の変哲もない白い洋封筒だ。ハンドバッグに入れた覚えどころか、見覚えすらない。

「裏に何か書いてありますわよ」

 フィリーネが、指摘する。

 瑞樹は封筒をひっくり返した。

 Alisaとだけ、流麗な書体で署名があった。

「‥‥アリサ?」

 瑞樹は眉根を寄せた。

「お手紙貰ったんですの?」

 少し羨ましそうな口調で、フィリーネが訊く。

「‥‥手紙もなにも、宛名すらないじゃない」

 瑞樹は首をひねりつつ、署名をじっくりと見た。アリサの自署かどうか、瑞樹には判別つかない。

 アリサはいまだモスクワの病院に入院中のはずだ。手紙を書けるくらいに回復したのかも知れないが、瑞樹には郵送であれその他の方法であれ、それらを受け取った覚えはない。

「‥‥ダリルの悪戯、かな」

「開けてみれば、判るんじゃないでしょうか」

 フィリーネが指摘する。

「‥‥やーい、引っ掛かったー‥‥とか書いてあったりして」

 仕方なく、瑞樹は謎の封筒を開封にかかった。一応用心して、ハンドバッグに突っ込んであるヴィクトリノックスの58ミリモデル/LED付きを取り出し、刃先をリップにあてがう。

 封筒の中から現れたのは、一回り小さな封筒と、一枚のメモだった。

「司令に渡してください。アリサ・コルシュノワ」

 フィリーネが、メモを読み上げる。

 瑞樹は出てきた封筒を検めた。これも真っ白な洋封筒で、宛名も署名もない。

「どういうこと?」

 刃を収めたヴィクトリノックスをもてあそびながら、瑞樹は首をひねった。

「これ、アリサの字ですわ。見覚えありますもの」

 フィリーネが、メモを指で押さえながら言う。

「‥‥とすると、ダリルの悪戯の線は消えるわね」

 瑞樹は封筒を睨みながら思案した。「司令」は当然アークライト中将のことだろう。しかし、どうやってハンドバッグに入れたのか?

 バッグ自体は、ずっと宿舎のクローゼットの中に入れてあったものだが、出かける前に中身を確認した時には、封筒など入っていなかったように思う。買い物の最中に数回開閉したが、その時にも封筒の存在には気付かなかった。密かに封筒を忍ばせる機会は‥‥。

「‥‥荷物検査の時かしら」

 メイス・ベースのゲートでの検査。その時ならば、瑞樹に気付かれずにバッグの奥に封筒を隠すことは可能だ。

「でも、いったい誰が‥‥」

 フィリーネが、訝る。

 瑞樹はヴィクトリノックスをしまうと、封筒をつまみ上げた。中を検めたい誘惑に駆られるが、我慢する。経緯はどうあれ、メモがアリサの書いたものであるならば、その指示通りにアークライト中将に渡すべきだろう。中身をどう扱うかは、中将に任せればいい。


 中国共産党中央委員会常務委員ヤン・チャンイー。

 ロシア共和国陸軍大将/UNUF地上軍副司令官ゲンナディー・ルシコフ。

 インド海軍参謀総長/UN海軍参謀長ヴィクラム・スィン。

 グラズノフ大将からの手紙は、この三人の名前を挙げていた。

 UNUFにおいて反米勢力を纏め上げている首謀者。グラズノフ大将は、そう文中で断言していた。

 アークライトは手紙を封筒に戻すと、しばし考え込んだ。ルシコフ大将およびスィン大将とは、UNUFHQの会議で顔を合わせたことがある。ヤン常務委員との面識はないが、名前は知っている。北京政府の若手実力派のひとりだ。

 そしてもうひとつ、手紙には爆弾とでも言うべき事柄が記されていた。

 先日、UN海軍司令官ポーター大将の乗機が北太平洋上空で消息を絶った事故。これが実は密かに積み込まれた爆弾による暗殺だったというのだ。

 当初から、暗殺説は流布していた。乗機はUNUFのガルフストリームV。ハワイ諸島のオアフ島を離陸し、エカテリンブルクへと戻るフライトの途中。ミッドウェー諸島の北という辺鄙な場所での遭難。通信途絶直後から、合衆国空海軍と沿岸警備隊による大捜索が行われたが、今のところ機体の破片も搭乗者の遺体も発見されていない。停戦に反対する一部のカピィによるテロ、との説もあったが、いまだ原因不明とされている事件だ。

 グラズノフ大将は手紙の中で、この暗殺の黒幕は、ヴィクラム・スィンUN海軍参謀長だと断定していた。そして推定ではあるが、実行犯はヤン・チャンイー常務委員が手配した元中国陸軍特殊部隊員のグループだという。ただし、確たる証拠はグラズノフ大将も掴んでいない。

 UNUF高官が、同じUNUF高官の暗殺を行う。信じがたい話である。

 ‥‥まあ、その判断は上に委ねるとするか。

 アークライトはいつもどおりコピーを取ると、原本を金庫に納めた。



 マーク・フロスト教授は疎外されていた。

 エカテリンブルク近郊の地下に建設されたNT兵器第二工場、秘匿名称ヴァロータ。そこでは第三の量産型NT兵器である「ヴァルキリー」の第一ロット二十四機の生産が進められていた。

 ヴァルキリーはゾリアをベースにした、軽量かつ量産に適した戦闘攻撃機である。機体形状はゾリアに似るが、垂直尾翼は一枚だ。武装は27ミリ機関砲一門、自衛用短射程AAM四発、スイフト専用ハードポイント二基。パイロンは主翼に四ヶ所で、対地兵装ならスコーピオン二発、フォコン二発。空対空兵装ならスイフト六発を搭載できる。運動性はドゥルガーに匹敵する。

 プロジェクト・デルタ研究員の唯一の生き残りであり、現状ではNT兵器に関して第一人者でもあるフロスト教授。本来ならば、ここヴァロータでも重要なポストを任されていいはずである。だが、ヴァロータの責任者であるヴォルコンスキー博士は、フロストに生産管理部門の閑職しか与えなかった。表向きは、メイス・ベースとの連絡員兼務であるフロストを気遣い、比較的楽な役職を与えたことになっている。しかし実際は直接生産や開発に携われない部門に、フロストを無理やり押し込んだに過ぎない。明らかに教授を疎外するという目的の、意図的な人事と言えた。

 ‥‥ヴォルコンスキー博士はなにか企んでいる。そうフロストは睨んでいた。

 ヴァルキリー・パイロットの育成に関しても、疑念があった。すでに各国から二十名を超える女性パイロットが集められ、ここエカテリンブルクでシミュレーターとテスト用のイシュタルおよびドゥルガーを用いて訓練が開始されている。本来ならば、NT兵器運用の経験が豊富なメイス・ベースおよびフレイル・スコードロンに助言を求め、訓練プログラムを組むべきである。できれば、ローテーションを組んで数名ずつメイス・ベースに送り込み、フレイル・スコードロンから直接教育を施してもらうのが最善の策である。

 だが、ヴォルコンスキー博士は、独自の訓練プログラムにこだわっている。まるで、フレイル・スコードロンを忌み嫌っているかのように。


「‥‥というのが、ヴァロータの現状なのです」

 アークライトと矢野に語り終えたフロストは、飲み慣れない緑茶をひと口すすった。

「ヴァロータの警備責任者がルシコフ大将なのですな?」

 アークライトが、念押しする。

「そうです。ゲンナディー・ルシコフ大将。ヴォルコンスキーとかなり懇意のようですな」

 フロストの答えに、アークライトと矢野が顔を見合わせる。

「教授。すみませんが、そのヴォルコンスキー博士とルシコフ大将の動静を、それとなく見張っていて欲しいのです」

 身を乗り出したアークライトが、依頼した。

「見張る‥‥ですか?」

「別にスパイになって欲しいわけではありません。ただ、眼と耳を鋭敏にして、注意しておいていただきたいのです。詳しくはお話できませんが、ルシコフ大将はよからぬことを企んでいる可能性があります」

「よからぬ事‥‥ですか」

 フロストは湯呑みを置いた。‥‥少なくとも、ヴォルコンスキーは胡散臭い人物である。彼と懇意のルシコフ大将が好人物ではないことくらい、世事に疎いフロストにもわかる。

「よろしいです。見張りましょう」

「ありがとうございます。それと、メイス・ベースに滞在しているいるあいだに、フレイルに対してヴァルキリーに関してレクチャーしていただけませんか?」

「なぜです? ヴァルキリーがフレイル・スコードロンに配備されることはありえませんよ?」

 フロストは訝りつつ、湯呑みを手にした。

「それはわかっています。しかし、万が一を考えると‥‥」

 アークライトが、語尾を濁す。

「まさか、閣下はフレイルの皆さんがヴァルキリーを敵に回す事態を想定しておられるのですか?」

 フロストはあやうくお茶をこぼしそうになった。

「‥‥声が大きいですぞ、教授」

 矢野が、口を挟む。

「失礼。しかし‥‥なぜ」

「情報源は明かせませんが、ルシコフ大将は相当の悪人と思ってよろしい。その彼が、ヴォルコンスキー博士と組んでいる。ヴァロータの極端な秘密主義。独自の訓練プログラム。ヴァルキリーの部隊が、彼らによって悪用される事態も想定されます」

 アークライトが、言い切る。






「おくつろぎのところ申し訳ありません」

 コーヒーカップ‥‥ロシア人だが紅茶党ではない‥‥を手に休息していたデミン大将を、副官が呼んだ。

「どうした?」

 カップを持ったまま、デミンは問うた。

「月軌道の内側に奇妙な物体を観測しました。地球へ接近しつつあります」

「奇妙だと?」

「はい。推定直径15メートル未満。既知の小惑星の軌道ではありませんし、アルベドが高すぎます」

「スフィアの破片ではないのか?」

「当初は情報部でもそのように推測したようですが、わずかではありますが地球の重力に抗して減速を行っていることが計算の結果判明したようです」

 デミンは立ち上がった。

「作戦司令室へ行くぞ」



「おそらくは、作業艇の脱出ポッドでしょう」

 ディスプレイに映るレベッカ・サムエルスン国連代表委員会委員長からの問いに、ティクバはそう答えた。

 オハイオの軍用船一号と、エカテリンブルクのUNUFHQとのあいだには、有線の専用映像回線が設置されていた。

「詳しく説明してください」

 レベッカが、促す。

「スフィアには、船外作業用の作業艇が複数搭載されていました。スフィア自体には脱出装備はありませんが、作業艇には緊急時に乗員すべてが搭乗できる分の脱出ポッドが備えてあります。標準的な脱出ポッドは四名収容で、簡易人工冬眠装置、自動式ビーコンを含む通信装置、低出力の推進装置などが搭載されています」

「では、その中に生き残った市民がいると‥‥」

「必ずしもそうとは限りません。脱出ポッドは一種の自動制御艇ですからな。無人のまま、事前のプログラムに従い、居住可能惑星である地球を目指している可能性もあります」

 ティクバの言葉に、レベッカが驚きの表情を浮かべた。

「自動制御‥‥。失礼ながら、あなた方はそのような技術を多用されていないようですが‥‥」

「そうでもありませんよ。兵器に応用していないだけです。戦士が扱わぬ自動兵器など、卑怯かつ邪道ですからな。そもそも、高度な自動制御システムがなければ、多数の無人探査艇を星系外へ送り出すことはできなかったでしょう」

「おっしゃるとおりですね。失礼しました。では、脱出ポッドの中は無人だとお考えですか?」

「微妙なところですな。自動式ビーコンが働いていないところをみると、反応兵器の爆発の際に何らかの損傷を受けていることは確実でしょう。市民が乗り込んでいたとしても、人工冬眠装置が損傷していて、すでに死亡しているかも知れません。いずれにせよ、地球到着を待つしかありませんな」

「脱出ポッドは大気圏突入の性能を備えているのですか?」

「もちろんです」

「反応兵器の影響で、その能力が損なわれている可能性はないのですか?」

「軌道から見て、自動制御システムは地球大気圏突入を意図していると推測されます。つまり、大気圏突破に問題はないとシステムは判断しているのです。仮に故障していたとしても、今から連絡艇を発進させてポッドを回収するのは時間的に難しい。突入能力が損なわれていないことを願うしかありませんな」

「よくわかりました」


「‥‥まずいことになりましたな」

 ヴィド副長が、耳を揺らす。

「まったくだ。市民が生きていれば喜ばしいが‥‥事態が複雑化してしまう」

 副触腕をやや下げ気味にしたティクバは、そう応じた。

 遅々とした歩みではあるが、人類との交渉は着実に前進を遂げている。領土に関しては、北アフリカ、オーストラリア、カナダ、中央アジアなどに満足できるだけの面積を確保できる目処が立っているし、安全保障面も双方が充分な軍事力を保持するという形で妥協が成立しそうな情勢である。

 だが、ここで市民が登場すれば、代表としての権力はおそらくその市民が握ることになる。ティクバの従前の方針と異なる戦略方針を打ち出されたら、今までの苦労が無駄になってしまう。人類とのあいだに築いた信頼関係すら、損ないかねない。

「生き延びた市民が穏健な方だといいのですが」

 ティクバの下がった副触腕を見て、ヴィドが喋る。

「‥‥だといいがな。しかし十三万余の市民が失われるのを目の当たりにしているはずだ。もしも、人類に対し報復の感情を持っていたとしたら‥‥」



 カピィ市民を乗せたと思しき脱出ポッド接近のニュースは、すぐに全世界に報じられた。多くの人類市民が、その報せを歓迎した。やはり、カピィ市民の大量虐殺に関しては、心に負い目を感じていた者が多かったのだ。たとえ少数でも市民が生き延びていたとなれば、少しは罪の意識が和らぐというものだ。

 これが凶報だと瞬時に悟ったのは、ダリル・シェルトン中佐やヴィンス・アークライト中将、レベッカ・サムエルスン国連代表委員会委員長らごく一部のカピィ通だけであった。市民には盲目的に従うカピィ戦士の立場を考慮すれば、市民の出現は現在の比較的良好な人類−カピィ関係を破壊しかねないのだ。

 ‥‥そしてここにも、カピィ市民発見のニュースを喜ぶ人たちがいた。


「とにかく市民と接触することです。市民が北米領有化案に賛成してくれれば、すべてうまく行きます」

 秘話回線の電話で、ヤン常務委員はまくし立てた。

「わかっていますよ、チャンイー。すでに、ヴィクラムが特別機の手配に掛かっています。地球上のどこに降りようとも、すぐに駆けつけて接触する手筈です」

 エカテリンブルクのHQにいるルシコフ大将が、なだめるような声で説明する。

「それはありがたい。わたしは北京を離れられませんが、オハイオにシャンを派遣します。UNに掛け合ってオブラクとの会見を取り付けました」

「それはお手柄ですな。市民とオブラクを味方につければ‥‥」

「そう。すべてがうまく行くはずです。オブラクは、すでに半ば同志ですからな。では、よろしく頼みましたぞ」



「脱出ポッドねえ‥‥」

 スーリィが、首をひねる。

「関係があるかどうかは判りませんが、スフィアが破壊される寸前に、光点が高速で移動するのが見えましたわ」

 フィリーネが、言った。

「‥‥ひょっとすると、それが脱出ポッドだったのかも」

「あ、それわたしも見たよ」

 瑞樹はぺちんと手を打ち合わせた。

「市民が乗り込んで脱出。しかし爆発に巻き込まれて通信系および推進系が故障。多数のスプリンターに紛れて観測できず。推進系を修復させて、ようやく戻ってきた、ってところかね」

 腕を組んだダリルが、言う。

 四人のフレイル・メンバーは、待機室に集まっていた。アークライト中将のブリーフィング待ちである。任務はほぼ間違いなく、カピィ脱出ポッドおよび内部にいるであろう市民の保護だろう。

「まさか、ポッド迎撃なんて話にはならないでしょうね」

 ぼそりと、スーリィ。

「それはない、と思うけどね」

 瑞樹は頬を掻いた。脱出ポッドの中に市民がいれば、当然ティクバに代わってカピィの代表指導者となるはずだ。そうなれば、今までのティクバとの各種交渉がご破算になる可能性がある。それを防ぐために、UNが密かに市民を抹殺しようと、フレイルに出動を命ずる‥‥なんてことは、B級映画ならありそうなシナリオだが‥‥。

「待たせたな。では、ブリーフィングを始める」

 大股で入室したアークライトが、立ち上がって敬礼した四人に、すぐに座るように身振りで促す。

「フレイル・スコードロンは、三十分待機となる。ドゥルガーは、空対空装備、イシュタルは空対地装備だ。目的は、脱出ポッドで地球に降下するであろうカピィ市民の保護。地球上のいかなる場所に降下したとしても、これを救助し、護衛するのが任務だ」

「保護といいますと‥‥具体的にどうすればよろしいのでしょうか」

 瑞樹はそう訊いた。NT兵器は純然たる戦闘兵器である。SAR(捜索救難)部隊の真似事は無理だ。

「脱出ポッドがどのような動きを見せるのか不明なのだ。誰かが操縦しているのかもしれないし、自動制御なのかもしれない。海洋に降下する可能性もあるし、極地や砂漠、山岳地帯に降下する場合もあるだろう。ティクバによると、自動制御ならば陸地を目指すはずだとのことだが、それにしてもどこに降りるのかは不明だ。諸君らは、NT兵器の特性を活かし、一刻も早く降下地点に到達、カピィ市民の保護に当たってくれ。UNUF部隊やUN加盟国の当局が身柄を確保するまでカピィ市民を守るのだ。場合によっては、着陸して直接保護しろ。これを、貸与する」

 アークライトが、銀色の箱を取り上げた。‥‥カピィの、翻訳機だ。

「シェルトン中佐。君に渡しておく。使い方は、もちろん知っているな?」

「イエス・サー」



 全世界が見守る中、カピィの脱出ポッドは地球大気圏に突入した。無事に大気圏を突破した脱出ポッドは、オーストラリア大陸キンバリー高原南西部に着陸。内部には四体のカピィ市民の生存が確認された。

 四体の市民はすぐに近傍のRAAFカーティン基地に運ばれ、UNの庇護下に入った。


「ミスター・シャン。本職を市民と会わせてくれ」

 開口一番、オブラクはそう頼んだ。

「会わせてくれれば、本職が説得する。北米領有化案を、受け入れさせてみせる」

「こちらもそのつもりです。市民と会見したわたしの同志からの連絡が入っています。脱出ポッドに乗っていた四体の市民の名前が判明しました。市民ウシャイト、イダ、リョース、シシムだそうです」

 メモを読みつつ、シャンが椅子に腰掛ける。

「市民ウシャイトが生きていたのか‥‥」

「ご存知の方ですかな?」

「市民代表補佐。穏健派だ。本職とは、いささか折り合いが悪い人物でな。その上、ティクバの知己でもある」

「生き残った四体のうち、一番高位の人物がウシャイトなのですか?」

「そうだ。リョースとシシムの名に聞き覚えはない。一般の市民だろう。イダは、中堅の技術者。ウシャイトほどではないが、重要人物だ。奴とは面識がある」

 いったん言葉を切ったオブラクは、鼻を鳴らしつつシャンに迫った。

「絶対にティクバとウシャイトを会わせてはならない。ウシャイトなら、ティクバに同調するだろう。本職を先にウシャイトとイダに会わせてくれ」

「‥‥ミスター・オブラクをここから移動させるのは、難しいですな」

「ならば、ここへ四体の市民を連れてくるのだ。それくらい、貴殿の後ろ盾にとってはたやすい事だろう」

「‥‥連絡してみましょう」


「なんで出動命令がおりないんだよ‥‥」

 ダリルが、愚痴る。

 フレイルの四人は、エプロンでたむろしていた。愛機はすでにエプロンに引き出され、NTを起動させればすぐにでも離陸できる態勢だ。

「カピィ市民はUNUFの庇護下に入ったから、出動取りやめなのでは?」

 フィリーネが、言う。

「そうかもしれないけど‥‥」

 瑞樹は頬を掻いた。市民保護の一報が入ってから、すでに三時間が経過している。

「みなさん、ブリーフィング・ルームへとお戻り下さい。司令がお待ちです」

 小走りに駆け寄ってきた整備隊のチン大尉が、そう告げた。四人は、急いでブリーフィングルームへと向かった。

「やっぱり中止かな?」

 走りながら、スーリィ。

「立ったままで訊いてくれ。ようやく、HQの許可が下りた。予定通り、オーストラリアへ向け発進してくれ」

 待ち受けていたアークライトが、告げた。

「ただし‥‥この許可の遅延は不可解だ」

 アークライトが、続けた。

「なかなか命令が下りないのでそれとなく探りを入れてみたが‥‥どうやらUNUFHQ内部で何らかの工作が行われた形跡がある」

「工作‥‥ですか」

 スーリィが怪訝な顔をする。

「そうだ。カピィ市民と、君たちを会わせたくない者が、いたようだな」

「誰ですか、それ」

 呆れたような表情のダリルが、訊く。

「詳しくはわからん。だが、予想はつく。おそらく、カピィ市民を政治的に利用したい一派だろう。‥‥充分に注意して、任務に当たってくれ。以上だ」


 ティモール島の海岸が、眼下を飛び去ってゆく。

「フィート・ドライ」

 リードを執るダリルが、USN流に陸地進入を告げる。

 フレイル・スコードロンの四機‥‥ダリル、スーリィ、瑞樹、フィリーネは、順調な飛行でウェスタン・オーストラリア北部、ダービー市近郊にあるカーティン空軍基地を目指していた。



「イダ、リョース、シシムと名乗った三体の健康状態は申し分ないようです。ウシャイトという一体は、かなり衰弱しているようです。外傷はありませんから、おそらくは神経系の異常か内臓疾患ではないかと‥‥」

 軍医の語尾が、自身なさげに消える。

「問診ができない上に異星人だ。仕方あるまい」

 ヴィクラム・スィン大将は、そう言って軍医を労った。

「では、ウシャイトと会うのは後回しにしよう」

 スィンの言葉に、軍医がうなずく。

「こちらへどうぞ。健康な三体は、同じ部屋に収容してあります。とりあえず、水は与えました」

 軍医が、二名の空軍憲兵が立哨している一室へと、スィンを導いた。憲兵に答礼したスィンは、軍医のあとについて入室した。ベッドに寝そべっていた三体のカピィが、一斉に頭をもたげてスィンを見る。

 スィンは翻訳機‥‥ティクバがUNに貸与した三個のうちのひとつ‥‥の表面を、教わった通りに撫でた。

「こんにちは、市民のみなさん。わたしの言葉が、わかりますか?」

「わかる。翻訳機か」

 一体のカピィが、そう答えた。

「わたしはUNUFのスィン大将です。あなた方の用語で言えば、高位の戦士のひとりです。市民イダは、どなたですかな?」

「わたしだが」

 最初に喋ったカピィが、副触腕を揺らした。

「内密に、お話があります」


 スィン大将は、手短に情勢を物語った。オブラクの友人であることも‥‥実際は面識すらないが‥‥付け加える。ティクバに関しては、あることないこと取り混ぜて貶しておいた。

「安全のために、みなさんを早急に同族の戦士たちの元へと移送します。ご異存はありませんな?」

「もちろんない。感謝する」

 イダが、喋る。

「それと‥‥市民ウシャイトの健康状態は、どうなのですか?」

「命に別状はない。療養を続ければ、回復するだろう」

「そうですか。いずれあなた方が戦士と合流すれば、四人の中から市民代表を選ばねばならないと思いますが‥‥どうでしょう、あなたが市民代表になるというのは?」

「わたしが‥‥市民代表代理のウシャイトを差し置いて市民代表に?」

 イダが、主触腕と副触腕をこすり合わせた。



「フルバックだ」

 ダリルの声が、ラジオに入る。

 カーティン空軍基地のエプロンに、巨大なカピィの大型機が駐機していた。

「市民を引き取りに来たのかねぇ」

 のんびりとした口調で、スーリィ。

「まあ、早めに引き取ってもらった方が、面倒がなくていいかもしれないけど」

 瑞樹はそう応じた。

 二機ずつのドゥルガーとイシュタルは、カーティン基地の管制に従い、エプロンにVLした。フルバックから、そう遠くない場所だ。

 スーリィとフィリーネに留守番を任せて、瑞樹とダリルは機を降りると、基地差し回しのレンジローヴァーに乗り込んで警護の打ち合わせのために司令部のある建物に向かった。

「お、カピィがいる」

 ダリルが、指差す。

 フルバックの巨大な三角翼の下に、人間とカピィの一団がいた。人間の方は四名で、うち三人はシュタイアAUG突撃銃を肩にした、空軍憲兵のようだ。カピィの方は七から八体ほどか。前に出た一体がはげしく主触腕を振り回し、突撃銃を持っていない人間‥‥おそらく士官だろう‥‥に食って掛かっているように見える。

「ストォーップ!!!」

 いきなり、ダリルが喚いた。

 運転していた伍長が、慌ててブレーキを踏む。瑞樹は危うく前席のシートにおでこをぶつけそうになった。

「な、なにがあったの?」

「あれ、ティクバだよ」

 レンジローヴァーから飛び降りつつ、ダリルが言う。

「ほんと?」

 瑞樹も慌てて飛び降りた。ダリルは早くもフルバックの方に走り出している。

 駆け寄る気配に気付き、空軍憲兵が突撃銃に手を伸ばしながら振り向いた。だが、近づいてくるのがフライトスーツ姿の二人の女性であることに気付き、やや緊張を緩める。

「おお、ダリルではないですか。こんなところで会えるとは、奇遇ですな」

 ティクバが主触腕を振り回すのを止めて、駆け寄ったダリルに挨拶した。

「お久しぶり、ティクバ。で、どうしたの?」

 闖入者に少しばかり驚いている士官‥‥階級章は少佐だった‥‥を無視し、ダリルが訊く。

「おお、ミズキもご一緒でしたか。この基地で市民が四体保護されているのはご存知ですな?」

「もちろん知ってるよ。警護のために来たんだから」

 ダリルがそう答える。

「本職は市民を引き渡していただきに来たのです。ところが、彼は引き渡せないと抜かす。そこで、不公平な果実の分かち合いとなったのです」

 主触腕を鼻に近づけて、ティクバが説明する。

「不公平な果実の分かち合い?」

「あー、議論とか、見解の相違とか‥‥いや、押し問答と言ったほうが、近いニュアンスかな」

 瑞樹の疑問を、ダリルが即座に解消してくれる。

「で、少佐。なぜ引き渡せないんだい?」

 ダリルが、急に中佐としての威厳を見せつつ、オーストラリア人少佐に尋ねる。

「上の許可が出ておりませんから、マーム。カピィ市民四名は、当面この基地で保護するというのが、UNの意向です」

「でも、この方はカピィの代表指導者だよ。UNもカピィ代表と認めている。その要請でも、引き渡せないのかい?」

「わたしの権限外です、マーム」

「上官に確認を取ったのですか?」

 瑞樹も口を挟んだ。

「もちろんです。基地司令の命令も、現状維持ですので‥‥」

「ならば、面会くらい許可してもらいたいものだな」

 主触腕を軽く振りつつ、ティクバ。

「それも、基地司令は拒否なさいました」

 いささか気圧された様子で、少佐が答える。

「埒が明かないね。ティクバ、乗んなよ」

 ダリルが、顎で停まっているレンジローヴァーを指した。

「ありがたい」

 ティクバが身振りで控えていたカピィたちに命令を下す。即座に二体のカピィが走り出した。ダリルと瑞樹がたどり着く前にレンジローヴァーにどかどかと乗り込む。まだ若い運転手の伍長が、情けない顔でダリルを見上げた。

「大丈夫。怖くないから」

 ダリル、瑞樹、ティクバが乗り込むと、さしものランドローヴァーもそうとう窮屈となった。

「出して」

 ナヴィゲーションシートに座ったダリルが短く命ずる。


「ミスター・ティクバがどのような立場の方かは存じ上げています。ですが、市民の方と面会させるわけにはいきません」

 ヴィクラム・スィン海軍大将と名乗ったUN海軍参謀長が、厳しい表情でティクバを睨んだ。

「理由をお聞かせ願いたい」

 主触腕を小刻みに揺らしつつ、ティクバが迫る。

「保安上の理由です」

 スィン大将が、にべもなく答える。

 ‥‥絶対何か隠してる。

 瑞樹は本能的にそう悟った。

 さらに押し問答が続く。だが、スィン大将は譲らなかった。

「サー、よろしいですか?」

 ダリルが、発言した。

「なんだね、中佐」

「‥‥ちょっとお話が。内密に」

 そう言いつつ、ダリルが瑞樹を手招く。

 三人はティクバから離れた部屋の隅に集まった。

「サー。ミスター・ティクバはUNも承認した外交官であり、今日地球に到着した市民はカピィ市民です。どう考えてもUNがカピィ市民の身柄を拘束し続け、保安上の理由とはいえ政治的指導者兼外交官であるミスター・ティクバとの面会を拒否するのは外交上不適切な対応であると思われます」

 控えめな調子で、ダリルが述べる。

「仕方がない。諸君らには真相を話しておこう。UNUFHQの得た情報では、カピィ戦士の一部が市民らの命を狙っているらしいのだ」

 スィンが、言う。

「ミスター・ティクバがその一派と繋がっているという確証はないが、市民が政治指導者になれば、彼は現在のカピィのリーダーとしての地位を追われることになる。安易に会わせるわけには行かない」

「それはあり得ません。カピィの戦士は、自らの命よりも市民の保護を優先します」

 いささか高すぎる声で、ダリルが抗弁する。

「あくまで用心のためだ。それに、すでにカピィ市民はここにはいない」

「‥‥なんですって」

 おもわず瑞樹も口を挟んでしまう。

「現在、輸送機でエカテリンブルクへ移送中だ。諸君らの任務はカピィ市民警護だったな。NT兵器なら、追いつけるだろう」

 スィン大将が、腕時計に眼を落とす。

「輸送作戦名は〈ロングホーン〉。輸送機は、ヒルダ6。当該機の位置や航路に関しては、直接UNUFAFHQの〈ソロン〉に連絡し、指示を仰ぎたまえ。言うまでもないが、カピィには内密に」

「了解しました、サー」

 ダリルが、ぴしりと敬礼する。瑞樹もそれに倣った。


「で、どうするの?」

 レンジローヴァーで愛機に送ってもらいながら、瑞樹はそうダリルに尋ねた。

「追っかけるしかないだろ? 任務なんだから」

「そっちじゃなくて‥‥ほら」

 瑞樹は言葉を濁した。

「ティクバには言わないよ。言わないけど‥‥ね」

 そう言って、ダリルがウインクする。


 簡単に打ち合わせすると、四機のNT兵器は相次いで離陸した。スーリィが暗号を組み、バースト通信でメイス・ベースに状況と今後の意図を送信する。まだ打ち上げられた通信衛星の数は少なく、使用回線も限られてはいるが、フレイルにはUNUFの専用回線が割り当てられている。その間に、ダリルが〈ソロン〉とコンタクトし、ヒルダ6に関する情報を受け取った。

「早いね。もうインドシナ上空に入ってる。このままだと、追いつくのは中国の領空に入ってからだね」

 ダリルが、説明する。

「護衛は何が付いてるの?」

 瑞樹はそう訊いた。

「今はマレーシア空軍のF−18セクションが付いてる。そのあと中国空軍に引き継ぐみたいだね」

「二機だけですの?」

 フィリーネが、口を挟む。

「目立ちたくないんだろう。じゃ、ちょっと急ぐよ」


 飛び立った四機のNT兵器を追うように、巨大なフルバックが慌しく離陸してゆく。

「引っ掛かったな」

 ヴィクラム・スィン大将はほくそ笑むと、腕時計に眼を落とした。

 ヒルダ6は、囮である。カピィ市民四名は、今頃太平洋上を飛行中だ。目的地は、オハイオ。そこでオブラクと接触させる。ティクバがエカテリンブルクで騙されたと気付くころには、オブラクがカピィ市民を説得しているだろう。

 イダには、充分に反ティクバ思想を吹き込んだ上に、市民代表への野心を植えつけておいた。オブラクが上手くやってくれれば、こちらに同調する市民代表が誕生するはずだ。

 カピィが北米領有化案に賛成してくれれば、あとは合衆国を始めとする反対派の国家をひとつひとつ切り崩し、押し切ってゆくだけでよい。人類市民の大半は、自らの負担が少ないカピィ北米領有化案に賛意を示すだろう。すでに、ヤン常務委員が臨時国連総会の開催に向けて動いている。そこで派手に北米領有化案をぶち上げ、カピィ代表と有力国代表に賛成を表明させれば、世界の世論は一気に傾くだろう。

 そうなれば、ユーラシア連邦への夢がまた一歩前進する。

「しかし‥‥本当に小娘だったな」

 ふたりのフレイル・パイロット。階級こそ中佐と少佐だったが、いずれも小柄で若かった。金髪のアメリカ人の方はそれでも空軍パイロットらしい風格があったが、日本人の方はまったく戦士には見えなかった。

「もう邪魔はさせん」

 スィン大将はつぶやいた。事態は次のステージへ‥‥国際政治と情報操作の段階へと昇格したのだ。もはや戦闘機パイロットどもの出番は、ない。



「騙されたの、わたしたち?」

 瑞樹は唸った。

 エカテリンブルクのコルツォヴォ空港に着陸したヒルダ6‥‥ボーイング777には、カピィは一体も搭乗していなかった。乗員を詰問しても、UNUFAFにチャーターされたと答えるだけ。〈ソロン〉に問い合わせても、返答がない。

 巨大なフルバックが、着陸する。UNから認可された機だから、許可さえ下りれば世界中どこの空港でも離着陸可能だ。

 瑞樹らはティクバが降りてくるのを待った。事情を、手短に説明する。

「信じられん」

 ティクバが、主触腕を振り回した。

「どこへ運ばれたのでしょう?」

 フィリーネが、首をかしげる。

「案外、まだカーティンにいるのかも」

 こう推理するのは、スーリィ。

「あのスィンって大将、あたしたちに何の恨みがあるんだろ」

 ダリルが、唸る。

「本職は、UNに抗議する。これは、UNによる市民の拉致だ。休戦協定違反だ」

 ティクバが喚く。

「ともかく、司令にお伺いを立ててみましょう」

 瑞樹は愛機へ戻ると、メイス・ベースへ通信を入れた。

「スィン大将だと? UN海軍参謀長の、ヴィクラム・スィン大将か?」

 ラジオの向こうで、アークライトが声を荒げる。

「はい。そのスィン大将です」

「完全に騙されたな。詳しくは話せないが、彼は要注意人物なのだ」

「はあ。それで、任務はどういたしましょうか」

「帰還してくれ」

「了解しました」

 瑞樹はイシュタルを降りると、アークライトの命令を伝達した。

「とんだ無駄足だったね。日本からオーストラリアへ飛んで、そこからエカテリンブルク。そしてまた日本。でかい三角形を描いただけじゃないか」

 ダリルが、愚痴る。

「そうね。ミスター・ティクバは?」

「無線でUNに抗議しに行きました‥‥あ、帰ってきましたわ」

 瑞樹の問いに答えたフィリーネが、指差す。

「UNを脅しつけたら、市民の行方がわかった。軍用船一号に移送したそうだ」

 どたどたと駆け寄ってきたティクバが、耳を揺らしながら説明した。

「一号‥‥オハイオだね」

 スーリィが、確認する。

「なら、問題ないじゃない。連絡の行き違いがあっただけじゃないの?」

 瑞樹はそう言った。だが、ティクバが副触腕を立てる。

「いや。単に行き違いならば、もっと早く本職に連絡があるはずだ。誰が行ったかは定かではないが、本職や君たちを一時的にせよ市民から引き離そうとした陰謀を感じる」

「同意するよ。司令も言ってただろ。出動を妨害する工作があったらしいって。あのスィンって提督も、その一味だろうね」

 右足を踏み鳴らしながら、ダリルが指摘する。

「ミスター・ティクバはともかく、なんでわたしたちまで妨害するのでしょうか」

 フィリーネが、訊く。ダリルが、鼻を鳴らした。

「あたしもアークライト中将も、ティクバの仲間だと思われているせいかもしれない。確実に、UNUF内部にはあたしを疎んじている奴がいるしね。‥‥ティクバ、これからオハイオに戻るのかい?」

「もちろんだ」

「気をつけたほうがいい。あんたに連絡がなかったってことは、カピィ内部にもあんたの敵がいる可能性がある」

 ダリルが忠告する。

「本職の敵はすでに大勢いるよ、ダリル。その者たちが、市民を利用しようとしているのかもしれん」

「‥‥まさかとは思うけど、カピィ内部にいるミスター・ティクバの敵と、UNUFにいるあたしたちを嫌っている奴らが、手を組んだ、なんてことはないよね」

 スーリィが、言う。

「あり得ん話じゃないね」

 ダリルが言って、唇を噛む。


第二十三話簡易用語集/ヘンリー・キッシンジャー Henry Alfred Kissinger アメリカの国際政治学者。元国務長官。/議会名誉勲章 Medal of Honor アメリカ合衆国軍人に贈られる最高位の勲章。/ヴィクトリノックス Victorinox スイスのナイフメーカー。マルチツールで有名。/アルベド Albedo 反射能。天体の明るさを示す割合。高いほど明るい。/RAAF Royal Australian Air Force オーストラリア空軍。/フィート・ドライ Feet Dry 海上から陸地に入ったことを示すアメリカ海軍用語。逆に陸から海に出た場合は「Feet Wet」と言う。/シュタイアAUG オーストリアのシュタイアが開発したアサルト・ライフル。オーストラリア軍採用モデルはF88と呼ばれている。/バースト通信 Burst デジタルデータ化した内容を圧縮して行う通信方法。

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