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21 Distorted Alliance

「直前に人類による軍用船三号への反応兵器攻撃を看破し、警告を送ったそうですな、宇宙船指揮者ティクバ」

 オブラクが、喋った。

「残念ながら、軍用船三号を失ってしまいましたが」

 戦死者は千六百を越えた。爆発に巻き込まれた戦闘機と攻撃機は少数だったが、防空戦闘でかなりの数が失われたうえに、大西洋を超えて退却する際に人類側の航空機や艦艇に攻撃され、若干が失われていた。地上部隊の戦士は大型機によってほとんどが救出されたが、多数の兵器は遺棄せざるを得なかった。

「軍用船三号から退避した航空兵器は、すべてそちらの指揮下に置いてくださって結構です」

 オブラクが、喋る。

「いや、こちらの戦況は落ち着いている。むしろ、貴殿の方が予備戦力を欲しているのではないかな」

「それには及びません、宇宙船指揮者ティクバ」

 オブラクが、鷹揚に応える。

 ‥‥戦力増強を理由に、無理難題を押し付けるのではないだろうな。

「承知した、戦略指導者」

「では、今後の作戦を検討しましょう。まず、軍用船三号攻撃の報復を行いたい」

「もちろん、宇宙船指揮者サンの仇討ちはすべきでしょうな」

 やや警戒気味に、ティクバは応じた。

「賛同に感謝します」

「で、どこを叩きますか」

「二ヶ所に連絡艇を撃ち込みます」

 オブラクが言うと同時に、隣のディスプレイに地図が映し出された。平面の、地球全図だ。二ヶ所で、白い円が光っている。

 最大大陸東部の中緯度沿岸地帯にある、二本の小さな半島に抱かれたような湾の奥、大河の河口付近の平野部と、最大大陸南部の大きな三角形の半島の付け根のやや東側、大河に沿った平野部だ。

「地球でもっとも人口の多い地域ではないですか」

 ティクバは指摘した。

「その通り。本職は、人類との和平交渉を積極的に推進すべきだと考えている」

「ならば、人類市民を巻き添えにする攻撃は控えるべきです」

「その逆ですよ、宇宙船指揮者ティクバ。人類との和平交渉でもっとも問題となるのが、両者の個体数の顕著な差にあることは明らかだ。我々はすでに四千数百しかいないのに、人類はいまだ六十億を超える人口を誇っている。我々一体に対し、人類は百数十万人いる。この比率を、もっと近いものに引き下げねば、我々は安心できない。まずはこの両地区を攻撃し、数億の人類を減らします」

「その数億の大半は、市民ですぞ。戦士としての誇りを失ったのですかな、戦略指導者オブラク」

「我々の戦略目的は移住です。目的を阻害するおそれのある事柄は、排除せねばならない。人類の膨大な人口は潜在的な危険ですよ」

 地図に、雨滴の染みのようにいくつもの白い円が現れた。

「攻撃のあとで、人類に対し武装解除を勧告します。従わない場合は、第二次攻撃を行います。成功すれば、人類の数は半減するでしょう。我々の安全は、より確かなものになる」

 ティクバは地図を睨んだ。白い円は、地球のあちこちに散らばっていた。最大大陸東部中緯度沿岸地帯最大の大河の河口付近の平野部。その南西、南側に海を臨む平野部。東の海上にある列島の最大島。南部の大きな三角形半島の、東の付け根、大河の河口付近。同じ半島の中部西岸。その半島の北西にある大河の河口付近。最大大陸の南東部のさらに南にある一群の島々の中で、あまり大きくはないが東西に細く伸びている島。西部半島の中央部、北側の内海の沿岸部。同じくその内海の奥にある平原。第二大陸の北東部、大河の河口付近の平野部、同じ大陸の南端にある高原地帯。第四大陸中部、東南の海岸沿いの高原地帯。

「‥‥人類の人口密集地ばかりではないですか」

「当然です。人類の数を減らすことが目的ですから」

「これでは、地球の環境が持たない」

「本職の分析では、許容範囲ですね」

「戦士としては、予防攻撃は認められない」

「戦士としては、戦略目的の達成こそ絶対です」

「いや、市民の保護こそが優先です」

 両者は睨み合った。ティクバは譲るつもりはなかった。市民を犠牲にするわけにはいかないし、これ以上連絡艇を使用すれば、人類も反応兵器の多用に踏み切るだろう。そうなれば、共倒れは避けられない。

「人類の個体数減少を、新たに戦略方針に盛り込む。よろしいかな」

 オブラクが、戦略指導者として奥の手を出した。‥‥逆らえば、宇宙船指揮者を解任されてしまう。

「戦略方針には従います」

「よろしい」

 通信が、切れた。

 ‥‥どうやら、本職も奥の手を使わざるを得ないようだな。



「フィリーネ、スーリィ、瑞樹‥‥」

 ベッドに横たわるエルサが、顔を見せた三人の名を呼んだ。

 インゴルシュタット市内の病院の一室。

 フィリーネが、無言のまま腰をかがめてエルサにキスをした。

「助かってよかった」

 スーリィが、エルサの手を取る。

 左手を。

「レーザーで良かったよ」

 エルサが、力なく言う。

「傷口が烙かれて出血が少なかったからね。神経も切れちゃって、あんまり痛くなかったし」

「エルサ‥‥」

 瑞樹は呆然と立ち尽くしていた。

 誰も口にしなかったが、利き腕を失ったエルサは、たとえ傷が癒えたとしても、もうフレイル・スコードロンには戻れないのだ。いや、それどころか二度と空は飛べないに違いない。

 待望の、自分の機体だったのに。それを駆っての、初出撃だったのに。

「他のみんなはどうなったの?」

「アリサは、ケルン近郊に不時着した。なんとか命は取り留めたよ。ヘザーとサンディは、駄目だった」

 スーリィが、視線を逸らして告げた。

「そう。ヘザーとサンディが‥‥」

 エルサが、包帯の巻かれた自分の右肩に目をやる。

「あたしは運が良かったんだね。右手だけで、済んだんだから」

「ごめんね、エルサ。ヘリコプターを待たせてあるの。メイス・ベースへ戻るように命令が出てるから‥‥」

 瑞樹はそう言いつつ、エルサの手を握った。

「またお見舞いに来ますわ、エルサ」

 フィリーネが、言う。

「そんな暇はないだろ、フィリーネ」

 エルサが寂しげに微笑む。

「おそらく、もう会うこともないだろうね。でも、あんたたちのことは忘れないよ。あたしはこれからもずっとみんなと一緒、フレイル・メンバーだと思ってるからね」

「エルサ‥‥」

 瑞樹は思わず落涙しそうになったが、ぐっと堪えた。見舞い客が、泣いてどうする。

「ああ。あんたはずっと仲間だよ」

 スーリィが、微笑んだ。

 涙目のフィリーネが、ふたたびエルサにキスした。

「じゃあね、みんな。司令や副司令や‥‥みんなによろしくね」

 エルサが笑顔を見せる。だが、その目尻には涙が溜まっていた。



「おいおいおい。オブラクは正気じゃないね」

 ダリルが突っ込みを入れつつ唸る。

「もはや、本職にオブラクを止める手段は残されていない。公然と反乱を起こすという方法を別にすればな」

「反乱?」

「そうだ。部下に軍用船二号を攻撃するように命ずるのだ。確実に、失敗するがな」

 ティクバは主触腕を耳の下に突っ込んだ。

「どうして?」

「現状では兵力は向こうが上だ。命令系統もオブラクのほうが上位だから、本職に従わない者も多く出るだろう。加えて、今現在この宇宙船には軍用船三号の生存者が多数配置されている。彼らはオブラクを支持するだろう。攻撃を始める前に船内で撃ち合うことになるな」

「はあ。‥‥じゃ、どうするの?」

「ひとつだけ良い計画がある。貴殿の全面協力が必要だが」

 ティクバは腹案をダリルに説明した。

「‥‥すごい案だけど‥‥勝算はあるの?」

「人類の協力が得られればな。最大の利点は、オブラクなら想像すらできぬ奇策だということだ。まあ、たとえ失敗したとしても、数億の人類市民の命を救える。やってみる価値は、充分にあるだろう」

 ティクバは歯を見せた。

「いい度胸だね、あんたは。いいよ、協力するよ」


「副司令。妙な電文が転送されてきましたが‥‥」

 チャン軍曹が、首を傾げつつ矢野を呼んだ。

「なんだ?」

「NAWCが傍受した暗号電文のようです。メイス・ベース、アークライト中将親展、となっています」

「発信者は?」

「署名は、DSとだけあります。発信源は、オンタリオ州南部、サンダー・ベイ付近です」

「まるで怪電波だな。プリントアウトしてくれ」

「イエス・サー」

 矢野にはぴんと来るものがあった。DSといったら、ダリル・シェルトン中佐だろう。矢野にも言えないほどの極秘任務についていたアークライト。急遽アラスカに呼び出された旧フレイル・メンバー。カナダで行方不明になったシェルトン中佐。そして、この怪電波の発信源もカナダ。様々な事柄が、符合する。

「イングラム曹長、あとを頼む」

「イエス・サー」

 矢野はプリントアウトされた電文をつかむと、作戦室を出た。


「ふむ」

 四文字ずつのアルファベットが並ぶ暗号電文を睨みながら、アークライトは唸った。

 おそらくは、単純な換字暗号だろう。キーワードさえ判れば、解くのは簡単だ。

 差出人DSは、間違いなくシェルトン中佐だ。発信源がカピィ着陸船ではなく、カナダというのは、おそらく過剰に他者の注意を引きたくなかったからだろう。着陸船からの電波発信は細大漏らさず傍受され、分析されている。単純な暗号で通信の安全を図るのは難しい。

 キーワードのヒントらしきものは、末尾にあった。「S」と一文字が、添えられている。

 Sで始まる単語だろうか。

 アークライトは、内線でイングラム曹長を呼んだ。簡単なプログラムくらいなら自分で組んでしまう彼女なら、この手のパズルは得意だろう。事情を説明し、厳重に口止めしてから、解読に掛からせる。

「‥‥だめですね。SULI、SANDY。いずれも解けません」

「SAWAMOTO はどうだ?」

「AとOがふたつありますから、違うでしょう。同じ理由で、SCHACHTもありえませんね」

 ミシェーラが、首を振る。

「人名ではないのか」

「いえ、署名のあとにあるということは、Sが人名を表していることをほのめかしていると思います。‥‥XIAやLOGANでやってみましょう」

 ミシェーラが、作業に戻る。

「XIAは外れです」

 リーガルパッドを剥ぎ取りながら、ミシェーラが言った。

「LOGANも違いますね」

 ミシェーラが、ため息をつく。アークライトは、手元を覗き込んだ。解読した文頭には、TYIK BASAと一見でたらめにアルファベットが並んでいる。

  ‥‥ビンゴだ。

「ミシェーラ、解読を続けてくれ」

「‥‥英語ではないのですか? しかし、宛名が英語である以上、通常なら同じ言語を使用するはずですが‥‥」

「いいから、もう少し続けるんだ」

「イエス・サー」

 ミシェーラが、解読に戻る。IDKA PYFO‥‥。

「あら。文章になりましたね。ティクバって、誰ですか?」

「ありがとう。あとは機密事項だ。わたしが解読しよう」


「うはは。大き過ぎない?」

 ダリルは思わず笑い声を上げた。

「しかし、遠くまで飛ぶのだからな」

 ティクバが用意してくれた機体は、エアバスA330−300だった。胴体上半分が紺色の、USエアウェイズの塗装のままだ。

「‥‥着陸は不安だけど、まあ、何とかなると思うよ」

 ダリルはコックピットを調べた。こんなに大きな飛行機を飛ばすのはもちろん初めてだが、ジェット機の飛行原理などみな同じである。揚力を得れば浮かぶし、失速すれば落ちる。

「では、行きますか」

 ダリルは飛行前点検をざっと済ませると、二基のファンジェットエンジンを始動させた。

 茶目っ気をだして、機内アナウンスのスイッチを入れ、マイクを手にする。

「本日はシェルトン航空をご利用いただきありがとうございます。当機はウィニペグ国際空港発日本行きの特別便であります。途中NAWCのインターセプトを受ける可能性があります。ご注意下さい。離着陸時の電子機器の使用はご遠慮下さい。なお、機内は禁煙となっております。それでは、良い空の旅をお楽しみ下さい」

 乗客はティクバとレーカだけだ。おそらく、主触腕と副触腕をこすり合わせながら聞いているだろう。

 ダリルはスロットルを全開に入れた。


「こちらパラス1。目標を、視認した」

 シャープ大尉は、要撃管制に報告を入れた。

「識別できるか?」

「民間機だ。双発の、大型機。USエアの塗装をしている」

「パラス、接近してアンカレッジへ誘導せよ」

「パラス1、了解」

 大尉はラジオを編隊内交話に切り替えた。

「ディック。援護しろ。俺は接近して確認する」

「了解」

 シャープ大尉はF−16Cのスロットルを開いた。加速した戦闘機は、たちまち民間機に追いついた。スロットルを戻し、エアブレーキを開いて機速を調整し、側面に付く。

 どうやらA330のようだ。大尉は要撃管制に報告を入れると、さらに接近し、交信を試みた。

「USエア機。こちらUNUFAF、F−16フライト。針路3−5−0を取れ。アンカレッジに誘導する」

「あ〜、こちらUSエア特別便。すまないが現針路を維持したい」

 若い女性の声が、答えた。

「貴機はフライトプランを提出していない。これ以上の飛行は、認められない。すみやかに針路を変更せよ」

「当機は特別便なのだ。邪魔しないでもらいたい」

「USエア機。ここは戦時制限空域だ。場合によっては、撃墜もあり得る」

「‥‥それは困る」

「針路を変更せよ」

「やだ」

「撃墜するぞ」

「やめといた方がいいわよ」

 第三の声が、不意に交信に割り込んだ。‥‥これも若い女性の声だ。だが、ちょっと訛っている。外国人だろうか。

「遅いよ」

「ごめん」

 ‥‥なんなんだ、こいつらは?

「1、後ろだ!」

 ディックの声。

 シャープ大尉は、自機の後方に眼をやり‥‥硬直した。

 大きな機体だった。巨大な四つのエアインテーク。太い胴体。小ぶりなクリップド・デルタ翼。双垂直尾翼。

 ‥‥噂に聞く、NT兵器だ。

「F−16フライト。USエア特別便は我々が護衛する。手出しは無用。基地へお帰りなさい」

 第三の声‥‥おそらく、背後に張り付いているNT兵器のパイロットだろう‥‥が告げた。

「NT兵器、そうはいかない。この機はアンカレッジへ着陸させる‥‥」

「あら。ヴァイパーで、わたしとやりあう気?」

 あざけるように、第三の声。

「1、こちらも後ろを取られた! 振り切れない!」

「ディック!」

 パラス2が、低空に降りて激しい機動を繰り返しているのが見えた。背後に居るNT兵器と同型の一機が、パラス2のリーサル・コーン内にぴったりと張り付いて、追い回している。

 ‥‥無理だ。

「2、帰還する」

 シャープ大尉は、ハーフ・ロールを打って機体を降下させ、離脱した。パラス2が、続く。NT兵器は追ってこなかった。

「まずいぞ、ミック。管制の指示は‥‥」

「知ったことか。あいつらだぞ、月まで行ってカピィ宇宙船をぶっ飛ばしたり、中国やベルギーで着陸船を核攻撃したのは。あんなやつらと喧嘩するくらいなら、ファイアドッグと戦う方がまだマシだ」

 シャープ大尉はちらりと背後を確認した。二機のNT兵器に守られたA330は、西南西へ向かって太平洋上を進んで行く。


 滑走路端まであと200mほどのところで、ようやくA330は停止した。

「危なかった‥‥」

 ダリルは額に湧き出た冷や汗を拭った。機体をタキシングさせ、新田原基地のエプロンへと乗り入れる。そこにはすでに、手筈通りにメイス・ベースの車両が待ち受けていた。カピィの姿を人目に晒すわけにはいかない。

 シートベルトを外し、貨物室に降りる。ティクバとレーカは、すでにコンテナの中に入っていた。それを確認してから、貨物室の扉を開け、機外へと出る。

「すべて順調です。お願いします」

 待ち受けていた上田中佐に、ぴしりと敬礼する。

 すぐに作業が始まった。フォークリフトで下ろされたコンテナが、トラックに載せられ、メイス・ベースへと運ばれる。ダリルも、トラックに便乗した。

 トラックは、そのまま格納庫の一棟へと乗り入れた。すぐに扉が閉められる。格納庫の周囲を、ソン大佐の部下が固めた。トラックの運転手も、待ち受けていたアークライトの指示で外へと出てゆく。

 広い格納庫が静まり返った。立っているのは、ダリルとアークライトだけだ。

「ありがとうございました、司令」

 ダリルは敬礼した。

「いや。君こそご苦労だった。‥‥で、この中に、ミスター・ティクバがいるのだな?」

「はい。ティクバと、レーカです」

「会わせてくれ」

「はい」

 ダリルは荷台によじ登ると、コンテナを開けた。

 最初に顔を出したのは、レーカだった。アークライトを見て、頭部を左右に振る。

「お久しぶりです、アークライト中将」

「お元気そうで何よりです、ミスター・レーカ」

 アークライトが、破顔する。

 次いで現れたティクバも、頭を左右に振った。

 ‥‥アークライトに会えたのが、よほど嬉しいらしい。

 荷台から降り立った二体のカピィが、並ぶ。アークライトが前に進み出ると、軽く頭を下げた。

「メイス・ベースへようこそ。わたしは当基地司令、ヴィンス・アークライト中将です」

「お会いできて光栄です、アークライト中将。本職は宇宙船指揮者ティクバ。レーカは、ご存知ですね」

「むろんです。こちらへどうぞ、ミスター・ティクバ。ミスター・レーカ」

 アークライトが、急造の休息台へと二体を導いた。航空機整備用の作業台を集めて、上にマットレスを載せただけだが、ないよりはましだろう。

 アークライトが、休息台の前に置かれたパイプ椅子に腰を下ろす。着席を促されたダリルは、その隣に座った。

「まずは、お会いいただいたことに関し、感謝したい」

 休息台の上に落ち着いたティクバが、口を開く。

「質問してよろしいですか、ミスター・ティクバ」

「なんなりとどうぞ」

「なぜ代表委員会ではなく、わたしに会いに来られたのですか? しかも、訪問をUNUFにすら極秘にせねばならぬとは‥‥」

「今回の訪問は、和平交渉ではないからです。極秘にしていただいたのは、貴殿以外に信用できる高位の人類を存じ上げないからです」

「ミズ・サムエルセンがいるでしょう」

「彼女のことは信用していますが、戦士ではない。本職が必要としているのは、戦士なのです」

「お話が、よく判らぬのですが‥‥」

「近道で申し上げましょう。アークライト中将に、戦士をお貸し願いたいのです」

「戦士‥‥人類の、戦士ですか?」

「そうです」

「お貸ししたとして‥‥何にお使いですかな?」

「軍用船二号。つまり、カリフォルニアに着陸しているオブラクの宇宙船を攻撃し、近日中に行われるはずの連絡艇射出を阻止します。あわよくば、軍用船そのものを奪取します」


 着陸船への攻撃。奪取。

 ‥‥よもやティクバからそんな提案がなされるとは。

 アークライトはちらりとダリルを見やった。

「‥‥こればっかりは、暗号に盛り込むわけには行きませんでしたから」

 悪びれた様子も見せずに、ダリルがわずかに肩をすくめる。

「‥‥そんなことが、可能なのですか?」

 アークライトは、唸りつつティクバに尋ねた。

「充分に可能です。人類の戦士百名もいればよろしいでしょう。すでに、本職がオブラクと直接会談する手筈は整えてあります。大型機‥‥あなた方の呼び方で言えばフルバックに人類の戦士を乗せて、直接軍用船二号の内部へ着陸します。オブラクは予期していませんから、完全な奇襲になるでしょう。連絡艇の管制室さえ抑えれば、連絡艇の射出は不可能となります。別働隊にダメージ・コントロールの運用制御室を占拠させれば、軍用船全体の動力を制御できる。レーザーが使えなくなれば、軍用船本体の防御力はゼロに等しくなる。追加兵力を投入してもらえば、完全占拠も難しくはありません」

「しかし、それならばなぜあなたが自分の部下を率いて行わないのですか?」

 アークライトは当然の疑問を発した。

「理由は三つあります。我々が保有する携行武器はすべて非致死性です。従って、威力が弱い。人類の兵器の方が、はるかに強力です。もちろん致死性の強力な兵器を製作することは可能ですが、時間も掛かるし生産を秘匿するのは困難です。現在軍用船一号の中には、本職の部下でないものも大勢います。奇襲効果が失われれば、失敗は確実です。次に、部下の中には同族同士で戦うことに反発する者が多いと予測されます。作戦は迅速さが要求される。ためらう戦士は必要ありません。この点、人類ならば容赦なく作戦を遂行できるでしょう」

「しかし‥‥良いのですかな。多くのお仲間が失われますぞ」

「迅速に行えば、死者は数十で済むと見込んでいます。数億の市民が失われるよりは、はるかにいい」

 ティクバが、言い切った。

「最後の点ですが‥‥やはり奇襲効果を得るために、本職の部下を大勢使うのは控えたい。大型機に武装した者が多数乗り込めば、誰かがオブラクに通告するでしょう。人類の協力が得られれば、途中でどこかに着陸して貴殿の部下を乗せることができる」

 ティクバが説明を終えた。

 アークライトは唸った。たしかに、内部から攻撃できれば着陸船といえども案外たやすく落とせるのかもしれない。だが、人類の兵士とカピィの戦士が肩を並べて戦う姿など、想像すらできない‥‥。

 いや、そうでもないか。

 アークライトは思い直した。少なくとも、レーカとは差し向かいでお茶を飲んだことすらあるのだ。共闘できないわけがなかろう。利害は一致している。

「しかし‥‥残念なことにわたしは空軍の軍人で、特殊戦の経験もないし、歩兵戦術も知らないのです。部下の多くも、同様です」

 アークライトは正直にそう言った。

「それは承知しております。しかし高位の戦士で、唯一信用できる人類が貴殿しかいませんからな。なるべく極秘裏に、上官に働きかけていただきたい」

「いずれにしても、この計画には多くの者を関わらせる必要がありますな。ミスター・ティクバ、わたしの主だった部下にも会っていただきます。彼らの意見も聞いてみましょう」

「お願いします」

 ティクバが、鼻を鳴らした。


「あれ、みんなは?」

 久しぶりにリビングへ顔を出したダリルは、首をかしげた。

 スーリィと瑞樹とフィリーネしかいなかったからだ。

「ダリル。あのね‥‥えーと」

 瑞樹が口ごもる。

「まさか、残りの全員やられた、なんて言うんじゃないだろうね」

「それに近い、かな」

 スーリィが、言う。

 ダリルの膝の力が抜けた。その場にへたり込む。

「嘘だろ」

「アリサとエルサは生きてるけど、入院中。ふたりとも、復帰は絶望的ね。ヘザーと、サンディは‥‥」

 瑞樹がうつむく。膝の上にそろえた拳が、小刻みに震えている。

「サンディが‥‥死んだのか」

 力なく、ダリルはつぶやいた。

 フィリーネが、黙り込んだ瑞樹の肩を抱いた。

「いつ。どうやって」

 ダリルの問いに、スーリィがぽつぽつと語り出す。オペレーション・セントリーボックスについて。右腕を失ったエルサ。腹部に重傷を負ったアリサ。レーザーに焼き尽くされたヘザー。そして、核爆発の巻き添えになったサンディ。

 半ばべそをかきながら、スーリィが語り終えた。

「あたしが殺したんだ」

 ダリルは、床に視線を落とした。

「え?」

 フィリーネが、聞き返す。

「あたしが殺したんだよ、ヘザーと‥‥サンディを」

「どういうことですの?」

 フィリーネが、訊く。強い語調で。

 床にへたり込んだまま、ダリルはすべてを語った。カピィに捕らえられたこと。着陸船に連れ込まれたこと。レーカ。ティクバ。市民船の顛末。和平交渉。そして‥‥ベルギーにおける作戦を妨害したこと。今回のティクバの思惑も、ぶちまける。

「あたしがティクバに教えなきゃ、もっと楽に攻撃できたはずだ。あたしが殺しちまったんだよ、あのふたりを。サンディ‥‥ヘザー‥‥」

 ダリルは、床に伏して泣き出した。


「‥‥そうだったの」

 瑞樹は呆然としたままそう言った。たしかあの時、囮の空軍機に釣り出されていたカピィ航空兵器が急に着陸船周辺に集結し、防御網を調えたことがあった。おそらくは、ダリルの助言が伝わったのだろう。

「もういいよ、ダリル。泣くなよ」

 スーリィが、ダリルの肩に手を置いた。

「サンディは、あんたのことをわかってくれるよ。正しいことをしたんだってね。ヘザーは‥‥怒ってるかもしれないけど」

「ヘザーもわかってくれますわ。たぶん」

 フィリーネが言って、ダリルの手を握った。

「スーリィ。フィリーネ」

 ダリルが大泣きしながら、二人を掻き抱く。

 瑞樹は沸きあがった涙を拭うと、立ち上がった。泣いている場合ではない。ダリルの話によれば、そのティクバとかいうカピィに協力しなければ、何十億という人命が失われかねないのだ。そうなれば、ヘザーやサンディの死が‥‥いや、ミュリエルやミギョンやアレッシアやニーナの死すら、無駄になる。

「行こう、ダリル」

 瑞樹はダリルの手を引っ張って立たせた。

「‥‥どこへ?」

 涙に濡れた面を上げ、ダリルが問う。

「ティクバに会わせて」






 アークライトによって集められた全員が、度肝を抜かれていた。

 目の前に、宿敵であるはずのカピィが二体いる。しかもそのうち一体は、事実上カピィのナンバー2だという。それどころか、アークライトを信用し、尊敬しているとまで口にするのだ。さらにそのうえ、協力してカピィ着陸船を武力制圧しようなどと提案しているのである。

「質問よろしいですか。ミスター・ティクバ」

 ティクバの説明が終わると、矢野准将がすっと手を挙げた。

「どうぞ、ヤァノ准将」

 ティクバが、わずかに発音をミスる。

「すべてが首尾よく運び、カリフォルニアの着陸船を制圧したとして‥‥そのあとは、どうなるのですか?」

 矢野が、訊く。

「即座に我々と人類のあいだで停戦協定を結びます。その上で、平和共存の道を探ることになるでしょう」

「占拠した着陸船はどうなるのです?」

 矢野が続けて訊く。

「我々が封鎖し、管理します」

「オブラクの処遇は?」

「軟禁でしょうな。人類市民に対する大量虐殺で告発することもできますが、罪に問うのは難しいでしょう」

「八千万人殺害を見過ごせというのですか?」

 ソン大佐が、怒りの色を見せる。ティクバが、主触腕を鼻に触れさせた。

「UNUF首脳が、市民船破壊の責任を取ってくれるのであれば、オブラクの断罪も可能でしょうがね」

「話は理解しましたが‥‥これはじっくり検討すべきでしょうな」

 矢野准将が、そう言ってアークライトに目配せする。

 アークライトはうなずきを返した。

「では、明日の朝細かい打ち合わせを行うことにしましょう。よろしいでしょうか、ミスター・ティクバ」

「あまり時間がないのですが‥‥」

「いずれにしても、準備には数日かかるでしょう。あなたも長旅でお疲れのはずだ。誰か世話をさせる者を寄越します」

「感謝します」

 人類側が、ぞろぞろと格納庫を出てゆく。アークライトは、有賀中尉を手招いた。

「総務部で口が堅い者をふたりばかり寄越してくれ。客人の世話役に任命したい」

「わかりました。早急に、手配します」


 アークライトは、ティクバの提案を聞かせた部下を、会議室に集めた。

「諸君。ティクバの提案は聞いての通りだ。先に言っておくが、わたしはティクバとは初対面だが、レーカとは面識があるし、基本的に信頼できる相手だと考えている。この提案を呑むべきだというのが、わたしの見解だ。諸君らの意見を聞きたい」

 アークライトはそう言って、部下の顔を眺めた。

「サー、どうしてそこまでカピィを信用できるのですか? 相手はカピィなのですよ?」

 クルーズ中尉が、まず口を開いた。

「詳しくは話せないが、カピィの戦士は信頼できる。今回は、利害も一致しているからな。それに、ティクバのような高位のカピィが、我々の掌中に飛び込んできたのだ。これが、信頼の証といえるのではないかな」

「しかし、すべてがカピィの罠だとしたら‥‥」

 アン少佐が、言う。

「わずか百名の兵士を捕らえるために、これだけ規模の大きな罠を仕掛けるのかね。それは非効率というものだろう」

 アークライトは指摘した。アン少佐が、不満げな表情で唸る。

「はっきり言おう。わたしの腹は決まっている。ティクバのプラン通り、カリフォルニアの着陸船に攻撃を掛けるつもりだ。もちろん、UNUFHQには事前に連絡し、許可を貰い、支援を請う。フレイル・スコードロンにも援護をさせる。では、これより同行者を募りたい」

「ヴィンス! あなたが行くなんて無茶だ!」

 矢野准将が、大声をあげた。

「レーカとティクバを信用しているのはわたしだけのようだからね。わたしが行かねば始まらぬだろう」

「しかし、閣下は空軍軍人です。このような作戦には不向きだ」

 ソン大佐が、指摘する。

「むろん、承知している。指揮を執るとは言っていないよ、大佐。一緒に行くだけだ。これでも、アサルト・ライフルの撃ち方くらいは知っているのでね」

「それでしたら、僭越ながらわたしが指揮を執りましょう」

 ソン大佐が、言う。

「いえ、わたしが執らせていただきます」

 パルマー中佐が、すっと立ち上がった。ソン大佐が、パルマーを睨みつける。

「悪いが中佐。指揮はわたしが執る。君の参加は、歓迎するが」

「失礼ですが大佐。実戦で指揮を執ったことがおありですか?」

「‥‥君はわたしを侮辱する気かね?」

 ソン大佐が声を荒げる。

「滅相もありません、大佐。しかし、この作戦に失敗は許されません。わたしは十数回の実戦経験があります。そのうち半数は、チーム・リーダーないしは部隊長としての実戦です。このような特殊戦の経験も豊富です」

 涼しい顔で、パルマーが主張する。アークライトは、割って入った。

「ソン大佐。君の気持ちは嬉しいが、ここはパルマー中佐に任せたほうがいいようだ。メイス・ベースの防衛責任者として、わたしの留守中よろしく頼む」

「司令がそうおっしゃるのでしたら」

 顔は納得していないが、ソン大佐がそう言って鉾を収めた。

 出席していた警備隊士官の全員が、パルマー中佐に同行を申し出た。だが、実戦経験を重視する中佐が同行を許したのは、イラク戦争経験者のホーキンス大尉だけだった。他にも何名か、メンテナンス・グループやミッション・サポート・グループの士官が参加を申し出たが、パルマー中佐のお眼鏡にかなったものはいなかった。唯一、チョープラー大尉だけが、司令副官は司令の警護も任務のうちだと主張し、実戦経験がないにもかかわらず参加を許される。

「ふむ。たった四人か。ちと足りないな。あとは、HQに都合してもらうとしよう」

 アークライトはそう言った。

「司令。百名程度でしたら、多国籍の部隊を編成するより、同一の部隊から一個中隊ほど借りてくる方がよろしいと思われます」

 パルマー中佐が、進言する。

「そうだな。心当たりはあるのか?」

「UNUFHQは、SAS第22連隊を温存しているはずです。ハワイにはUSMCのフォース・リーコンもいます。陸軍のレンジャーやグリーン・ベレーも有能です。ロシアに依頼すればスペツナズを出してくれるでしょう。ヨーロッパ各国の特殊部隊も、優秀です。‥‥わたしとしては、古巣ということもあり、SASを推しますが」

「考慮しよう」


 格納庫警備の当直士官は、北村少尉だった。

「通してもらうよ、タクミ」

 ダリルは言い放った。

「中佐はもちろん結構ですが、他の方々は‥‥」

 抗弾ベストを着込み、肩にFNCを掛けた北村が、後に続く瑞樹、スーリィ、フィリーネを見て言う。

「この件に関しては、あたしは司令に次いで責任ある立場にあるんだよ」

「しかし、ソン大佐のご命令は関係者以外立ち入り禁止です、中佐」

「じゃあ。問題ない」

 ダリルが、にたりと笑った。

「こいつらみんな、関係者になっちまったんだから」

 そう言って、親指で瑞樹らを指す。


 それは、想像を絶する光景だった。

 航空機整備に使う作業台が集められ、その上に何枚ものマットレスが敷かれている。

 そこに横たわるカピィ二体。

 カピィの主触腕には、数枚のカードがある。

 カピィの向かいには、若い女性がふたり。美羽と、クム・ジニだ。こちらの手にも、カードがある。

 ふたりと二体に囲まれたマットレスの上には、表を見せて乱雑に置かれたカードが二十数枚。

「な、なにしてんの?」

 瑞樹は思わずそう声を掛けていた。

「あ、少佐。なにって、ババ抜きですけど‥‥」

 不思議そうな表情で、美羽。

「‥‥なんだったんでしょうね、人類とカピィの戦争って」

 フィリーネが、嘆息する。

「ああ。仲良くカードで遊べる者同士が殺しあっていたなんて‥‥。馬鹿みたいだ」

 スーリィが、言う。

 レーカが、トップで手札を終わらせた。次に上がったのは、ジニ。ティクバと美羽の一騎打ちは、ティクバに軍配があがった。

「ポーカーをやりたかったのだが、このお嬢さん方がルールを知らないというのでね。ダリル、この方々はどなたかな?」

 見事な触腕捌き(?)でカードを切り混ぜながら、ティクバが問うた。

「紹介するよ。この黒い髪がスーリィ。黒い髪で小さい方が、瑞樹。金色の髪が、フィリーネ。みんな、あたしの仲間だ。新兵器の、操縦者だよ」

 ダリルがそう紹介した。カピィに、人類の顔の造作の区別は付けにくい。背の高さや髪の色で覚えてもらう方が早いことを、ダリルはすでに学んでいた。

「おお、新兵器を操縦する戦士ですか。これは光栄だ」

 カードを置いたティクバが、急造の休息台を降りた。

「宇宙船指揮者ティクバです。お噂は、ダリルから伺っていましたぞ、スーリィ。あなたですな、わが航空兵器を何十機も叩き落したのは」

 ティクバが、触腕を差し出す。

「握手しなよ、スーリィ」

 ダリルが促した。

「ええと、お会いできて光栄です、ミスター・ティクバ」

「あなたが対地攻撃の上手なミズキですな。よろしく」

 瑞樹は差し出された触腕を握った。‥‥見た目より、硬い感触だ。

「あ、その‥‥お会いできて嬉しいです、ミスター・ティクバ」

「フィリーネ。ダガー・スコードロンに所属していた戦士ですな。どうぞよろしく」

「こちらこそ、ミスター・ティクバ」

「みんな、あんたの計画に協力してくれるってさ」

 ダリルが言って、にこりと微笑む。

「感謝する」

 ティクバが、頭部を左右に振る。



「罠ではないのか?」

 ポーター大将が、眉を吊り上げる。

「可能性はありますが‥‥罠だとしたら、ずいぶんと妙な罠ですな。わたしは賭けるべきだと思いますね」

 デミン大将は、そう言った。

「いずれにしても、主力は陸軍から出さざるを得ないでしょう。いかがですかな、大将?」

「百名程度の特殊部隊なら、すぐにでも出せる。追加占領部隊としては、連隊規模で充分だろう。むしろ、迅速に空輸する態勢を整える方が厄介だな」

 振られたウェイ大将が、唸った。

「ヘリコプターだけでは不足です。空軍の力も借りねば。それに、護衛機も多数必要となる」

「ベーカーズフィールド空港が無傷ですから、先遣隊が占拠してくれればAn−124のような大型輸送機を送り込めます。あとはヘリコプターで反復輸送すればよい」

 デミン大将は、そう言った。

「まあ、カピィとの停戦に持ち込める可能性があるのならば、賭けてみるべきだろうな。万が一罠だったとしても、こちらが失うものは少ない」

 ポーター大将が、言う。

「攻撃にはアークライト中将も参加するそうですから、もし失敗したとしても、責めを彼ひとりに負わせることができます。成功すれば、むろんUNUFの手柄になる」

 デミン大将は、そう指摘した。

「しかし、フレイル・スコードロンをここまで育て上げたアークライトを失うのは痛手でしょう」

「ダガー・スコードロンを指揮していたドレスラー中将がいます。もし仮にアークライトが戦死、あるいは作戦失敗の責任を取って退役になれば、フレイルをドレスラーに任せればいい。彼も有能な男です」

「では、ゴーサインを出してよろしいですな?」

 デミンの問いに、ポーターとウェイがうなずいた。



「フォールド‥‥」

 瑞樹はカードを投げ出した。

 ティクバとレーカはかなり腕の良いポーカープレーヤーだった。スーリィは元々上手だし、ダリルも決して下手ではない。考えがすぐ顔に出てしまう瑞樹や、慣れてないフィリーネはあっさりとカモられた。

 スーリィとレーカも降り‥‥フィリーネはとっくに降りている‥‥勝負はダリルとティクバの一騎討ちとなった。ディーラー役の美羽が、五枚目の札を山から取って開く。

 ハートのクイーン。

「レイズ」

 すかさずティクバが言って、ポットにボルトを一本付け加えた。‥‥ちなみに、ボルト一本がナット十個に相当するルールである。

「コール」

 ダリルもボルトを出す。

 ティクバが歯をむき出しつつ、手札を開いた。二枚ともハートだ。場にハートが三枚あるから、フラッシュだ。

 ダリルが、澄ました顔で手札を見せた。クイーンが二枚。場に四が二枚あるから、フルハウス。

「悪いね、ティクバ」

 ダリルが、ポットのボルトとナットをかき集める。

「そろそろお腹空いたね」

 スーリィが、言う。

「そういえば、飯まだだったな。‥‥ティクバ、あんたら食べるものは?」

 ボルトとナットを数える手を止めて、ダリルが訊く。

「行動食を持ってきた」

「‥‥それって、不味いんだろ? 士官食堂‥‥に連れてくわけには行かないけど、何か持ってきてやろうか?」

「ふむ。人類の食事か。面白そうだな」

 ティクバが、鼻を鳴らす。

「人類と同じものを食べて、問題はないのですか、ミスター・ティクバ?」

 瑞樹はそう訊いた。

「大丈夫じゃないかな? あたしゲストだった時にフードキューブを山ほど食べたし、合成果汁も何度も飲んだけど、お腹を壊したりはしなかったよ」

 ダリルがそう言う。

「‥‥ダリルの胃腸の丈夫さはみんな知ってますわ」

 小声で、フィリーネが突っ込む。

「それに、レーカもティクバも結構いろんなもの味見したよね。まあ、動物質のものは食べさせなかったけど。でも、なんともなかったじゃん」

「たしかに、食物に関してはほとんどが共有できますね」

 レーカが、言う。

「じゃ、適当に持ってきてやるよ。そうだ、ついでにあたしたちもここで食べていいかい?」

 ダリルが、訊く。

「もちろん構わぬ。食事を共にするのは、人類にとって親しい間柄を示すものなのだろう?」

 ティクバが、言う。


 フレイルの四人と美羽、ジニが持ち込んだ食品は、実に五十種類を超えた。

 ティクバとレーカが、ひとつひとつ味見する。意外なことに、生野菜は苦手のようだ。

「草食だから、お好きかと思いましたが」

 スーリィが、言う。

「もちろんはるか昔の先祖は植物をそのまま食べていたはずですが、文明が興ってからは必ず加工して食べていましたからね。地面から生えていたそのままの姿というのは、どうも食べにくいし、味も悪く感じます」

 レーカが、説明する。

「ふうん。そうなんだ。じゃ、これは?」

 野菜好きの瑞樹は、茹でたブロッコリーとカリフラワーの盛り合わせの小鉢を差し出した。レーカがブロッコリーを、ティクバがカリフラワーをひとつ取って、口に放り込む。

「‥‥はっきり言って、不味いですな」

 咀嚼しながら、ティクバが言う。

「わたしはおいしいと思いますが」

「どれ」

 今度はティクバがブロッコリーを、レーカがカリフラワーを口に入れる。

「ほう。これはおいしい」

 ティクバが、頭を左右に振った。

「‥‥ブロッコリーとカリフラワーって、似たような野菜だよね」

 スーリィが、言う。

「キャベツの変種ですわ。いとこ同士みたいなものです」

 フィリーネが、説明する。

「‥‥敏感だねえ、カピィは」

 ダリルが、呆れたように言う。瑞樹は、頬を掻いた。

「わたしも、ブロッコリーの方がおいしいと思うけど」

 味見は続いた。梅干は予想通り不評。白いご飯も、口には合わなかった。ジャガイモや大根などの根菜類も、おいしくはないという判定だった。パスタは気に入ったようだが、炒めたものは臭いだけで拒否された。

「とりあえずこれが、一番口に合いますね」

 レーカが、厚切り食パンのトーストをかじる。その隣では、ティクバが茹で上げただけのパスタを、フォークを使って器用に食べている。その様子を眺めながら、瑞樹らは自分たちも夕食を摂った。

「瑞樹、これ飲んでみて」

 ダリルが、ピッチャーの中身をグラスに入れ、差し出す。

「なに、これ?」

 瑞樹はグラスをしげしげと眺めた。薄いオレンジ色の液体だ。

「特製ミックスジュース。‥‥以前レーカに飲ませてもらった天然果汁に似た味に仕上げたつもりなんだけど‥‥」

「じゃあ、あのおふたりに飲んでもらえばいいじゃないの」

「その前に、確認だ」

「わたしは毒見役?」

 苦笑しながら、瑞樹はグラスを取り上げた。匂いは、オレンジジュースのようだ。ひと口、飲んでみる。‥‥オレンジとグレープフルーツをあわせたような味だ。甘味は控えめで、少し酸味が感じられる。結構おいしい。

「複雑な味だね」

 瑞樹はもうひと口含んで、味を分析しようと試みた。鼻に抜ける香りに、オレンジとグレープフルーツ以外のフルーツの香りがする。‥‥苺だろうか。

「よくわからないけど、おいしいよ」

「そうか。では」

 ダリルがピッチャーの中身をふたつのボウルに注ぎ、ティクバとレーカに勧めた。

「これはおいしい」

 味わったティクバが、頭部を左右に振った。

「ネイジュの果汁によく似ていますな」

 レーカが、言う。

「真似して作ってみた。なかなかのもんだろ?」

 ダリルが、自慢げに言う。

「ダリル、あたしたちにもちょうだいよ」

 スーリィが、グラスを差し出した。フィリーネも負けじと、グラスを手にする。

「はいはい。いま入れてあげるから」

 笑顔のダリルが、ピッチャーを傾ける。

「うまい。どうやって作ったの?」

 一気に飲み干したスーリィが、訊いた。

「オレンジ果汁をベースに、その半量のグレープフルーツ果汁、バナナ二分の一本、苺が三個、グラニュー糖が‥‥ってなにメモ取ってんだよ」

 説明を始めたダリルが、スーリィに向かって突っ込む。

「な、なんでもないのよ。‥‥ほら、おいしかったから、自分でも作ってみようかな、と思って」

 スーリィが、慌てて言い訳する。

「ほんとか?」

「ほんと」

「カピィジュース、とか名付けて売り出そうなんて魂胆じゃないでしょうね」

 瑞樹は笑いながらそう言った。スーリィが、恥ずかしそうにメモ帳をしまい込む。

「図星かよ!」

 ダリルが激しく突っ込んだ。



 翌朝。

 メイス・ベースの主だった士官は、格納庫に集められていた。むろん、四人に減ってしまったフレイル・メンバーも一緒だ。

「グッド・モーニング、ミスター・ティクバ。ミスター・レーカ」

 アークライトは、そう挨拶した。

「‥‥ということは、朗報があるのでしょうな、アークライト中将?」

 休息台に横たわるティクバが、訊く。

「はい。UNUFHQはあなたの提案を受け入れました。支援体制も整えます」

「感謝する」

 ティクバが頭を左右に振る。

 一同は頭をつき合わせて作戦の詳細の検討を開始した。ティクバのカリフォルニア訪問は、明後日の現地時間正午前後に予定されている。オハイオを発ったフルバックに、どこで人類の突入部隊を乗り込ませるか?

「あまりにも早くオハイオを出発するのは不自然です。ですから、なるべく標準的な飛行経路に近い位置で乗り込んでいただきたい」

 作業台に広げられた北米地図を触腕で指し示しながら、ティクバが喋る。

「事前にカナダ南部に潜入させるしかないですな。グローブマスターが二機あれば、充分でしょう」

 パルマー中佐が、指摘する。

「ミスター・ティクバ。事前にフルバック‥‥大型機を乗員ごとお借りできませんかな? そうすれば、それに兵員を載せて、飛行経路に近い場所‥‥例えば、ミズーリあたりで怪しまれずに待機させられるでしょう」

「うむ、その方がいいな。できますかな、ミスター・ティクバ」

 パルマーの案が気に入ったアークライトは、そう訊いた。

「一機くらいなら、なんとでも理由をつけて出撃させられます。乗員の手配もつきます」

「いや、待ってください。むしろ、ミスター・ティクバにこちらの機に移っていただいた方が早いのでは?」

 矢野准将が、指摘する。

「なるほど。その方が早いですな」

 ティクバの右前肢が、動いた。

 打ち合わせは続いた。レーカが装備ベルトの箱からUSBメモリーを取り出し、アークライトに渡す。

「軍用船の内部構造図です。参考にしてください」

「有賀中尉!」

「はい」

「図面を適宜プリントアウトし、コピーを大量に作ってくれ。機密保持には気をつけるように」

「イエス・サー」

 有賀中尉が、USBメモリーをポケットに収めると、小走りに出てゆく。

 さらに細部の計画が詰められる。通信方法。追加部隊投入のタイミング。敵味方の識別。カピィの非致死性兵器に対する対策。届けられた内部構造図を参考にした、侵入計画。脱出ルートの選定。

「ミスター・ティクバ。ひとつ質問が。図によれば、連絡艇格納デッキは二ヶ所にありますが、占拠は一方だけで大丈夫なのですか?」

 クルーズ中尉が、質問した。

「万が一の事故に備えて、船体前方と後方‥‥今は上方と下方ですが‥‥異なるデッキにあるのです。どちらか片方を占拠できれば、すべての連絡艇を管制できます。今回は大型機着艦デッキに近い下方の制圧を行います」

「連絡艇の物理的破壊はできないのですか。例えば、爆破とか」

 ホーキンス大尉が、訊く。

「連絡艇は事故に備えて一隻ずつ対爆格納庫に収納されています。まずこれを破壊せねばなりません。さらにアクセスハッチが閉じられていた場合、これも破壊する必要があります。一隻や二隻ならともかく、すべてを短時間で破壊するのは無理でしょう。管制室から遠隔制御で、NTをコントロールする方が簡単です」

 ティクバが、答えた。

「とりあえず事前に策定できる計画はこんなところでしょう。あとは、実働部隊と打ち合わせるしかない」

 パルマー中佐が、汚い手書き文字でびっしりと埋め尽くされたリーガルパッドを見ながら言う。

「では本職はこれで失礼します。送っていただけますな、アークライト中将?」

「もちろんです、ミスター・ティクバ」



 オペレーション・ハイポダーミック。

 HQがそう命名した作戦の準備は、着々と進んだ。温存してあった第22SAS連隊から一個中隊が割かれ、突入隊として投入されることが決定される。

 増援部隊には、合衆国陸軍レンジャー二個大隊と、スペツナズ一個連隊が当てられることになった。各国空軍に輸送機の供出が求められ、策源地であるアラスカに部隊が集結する。


「絶対に阻止せねばならない」

 ゲンナディー・ルシコフ大将は、うろうろと室内を歩き回った。

「同感です。しかし、どうやって?」

 ヴィクラム・スィン大将が、訊く。

 オペレーション・ハイポダーミックが成功し、カリフォルニアの着陸船が占拠されれば、カピィと人類の間に休戦協定が結ばれる可能性が高い。そうなれば、北米で核兵器を使用するというルシコフらの野望は潰える。むろん人類の勝利は歓迎すべきだが、合衆国の早期復活は望むところではない。

「ウェイ大将に中止を具申したが、受け入れてはもらえなかった」

 ルシコフが足を止め、ソファに座る。

「ポーター大将も同様です。‥‥わたしはかなり嫌われているようですな」

 スィンが、肩をすくめた。ルシコフが、唸る。

「ポーターは邪魔だな。追い落とすか」

「できるものならやりたいですな。‥‥チャンイーに頼みますか」

 スィンが、声を潜める。

「チャンイーなら、手配できるだろう」

 同じく声を潜めて、ルシコフがうなずいた。

「もし順調に排除できたとして‥‥後任は、君か?」

「それはあからさま過ぎてまずいですな。副司令官の、マルティーノ提督でいいでしょう。我々の同志ではないが、扱いやすい人物です」

 スィンが、言う。

「まあ、その話は今度チャンイーに頼むとしよう。それよりも、ハイポダーミックの件だ」

 ルシコフが、話を戻す。

「作戦が失敗するように工作をしている時間はありませんな。情報をリークしたとしても、それにカピィが気付かねば意味がない」

 スィンが、唸る。

「カピィに教えるという手も無理ですな。仮に通信を送ったとしても、無視されるだけでしょう」

 ルシコフも、唸った。ふたりでさんざん唸ったが、よいアイデアは出なかった。

「忌々しい。この作戦にも、フレイル・スコードロンが関わっているのですな?」

 スィンが、訊く。

「ええ。フレイルと、その上官であるアークライト中将が関わっています」

「‥‥またあの小娘どもに翻弄されるのか」

 スィンが、ため息をひとつついた。



 エルメンドルフ空軍基地の一棟の格納庫が、作戦準備用に提供されていた。

「ハンクか!」

「ジャック」

 砂色の髪を長く伸ばした迷彩戦闘服の少佐が、パルマー中佐に笑顔を向けると、すぐに真顔に戻ってアークライトに敬礼した。

「ハンク・フェントン少佐です。アークライト中将でいらっしゃいますね。今回の作戦に、部下と共にお供させていただきます」

「感謝する、少佐。‥‥で、知り合いなのかね?」

「レジメントで組んだこともあります。有能ですよ、サー」

 パルマーが、請合った。

「さっそくですが、ブリーフィングをお願いできますか、サー?」

 フェントン少佐が、催促する。

 アークライトはブリーフィングをパルマー中佐に任せた。パルマーが、居並ぶSAS士官と軍曹以上の下士官に、てきぱきと作戦の概要を説明する。合衆国の特殊部隊と比べると、士官の数が驚くほど少ない。

 占拠目標は、二ヶ所。船体下部の連絡艇管制室と、ダメージ・コントロール用の制御室である。

 SAS兵士は、三分割される。連絡艇管制室占拠を目指す、パルマー中佐に率いられる五十名。ダメコン制御室を目指す、フェントン少佐率いる五十名。緊急脱出用としてのフルバックを守る、オルコット大尉率いる二十名。

 武装は約半数がM−16A2、四分の一がM203グレネードランチャー付きM−16A2、残りがL110A1(パラトルーパー用のMINIMI)である。もちろん、各人が各種ハンドグレネード、爆薬なども携行する。

 連絡艇管制室は、フルバックの着艦デッキの下方にある。ダメコン制御室は、上方だ。早期に二基エレベーターを確保し、移動しなければならない。もちろん、双方にカピィの案内者がつくが、万が一味方のカピィが死亡したとしても目標地点までたどり着けるように、全員がメインルートと予備のルートを頭に叩き込んだ。さらに念のために、該当区画の概要を図に纏めたものが製作され、プリントアウトして各人に配られる。

「通信の問題ですが、これはミスター・ティクバがカピィの通信機を貸与してくれる手筈です。数は三十程度。ある種の艦内LANに接続できるので、常時通信可能です」

 パルマー中佐が説明する。

 アークライト、ホーキンス大尉、チョープラー大尉はまとめて連絡艇管制室制圧部隊に組み込まれることになった。ティクバとその護衛も、こちらに同行する予定だ。

「案内役のカピィは、五ないし六体ほど提供されます。全員、自動翻訳機を携行しますから、意思の疎通に問題はないはずです」

 パルマー中佐が、言った。

 細々した打ち合わせが続く。準備にはとことん手間隙を掛けるのが、SAS流である。満足できる作戦計画が仕上がったのは、夕食後になった。


第二十一話をお届けします。いよいよ最終第四部、仮称「共闘編」に突入です。 第二十一話簡易用語集/換字暗号 シンプルな暗号の一種。平文を一文字ずつ他の文字に置き換え、暗号化する。/ダメージ・コントロール Damage Control 軍事関連では、「損害応急」と訳される。通称「ダメコン」 要するに、打撃を受けた際に行われる損害拡大防止、機能の維持および復旧などの総称。/USMC United States Marine Corps アメリカ合衆国海兵隊。/フォース・リーコン Force Recon アメリカ海兵隊武装偵察部隊(United States Marine Corps Force Reconnaissance)の通称。/レンジャー Ranger この場合は特殊戦作戦軍傘下の軽歩兵特殊部隊。/グリーン・ベレー Green Beret 特殊作戦軍傘下の特殊部隊。/スペツナズ Spetsnaz ロシアの特殊任務部隊。/ポット ポーカーにおいて掛け金を置く場所、あるいはそこに置かれた掛け金のこと。/グローブマスター Globemaster C−17輸送機の愛称。正確にはグローブマスターIII。/L110A1 イギリス軍採用MINIMIの空挺バージョン。/M203 M−16系列のアサルト・ライフルの銃身の下部に取り付けられる単発式グレネードランチャー(擲弾発射器) 口径40ミリ。

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