切望
――死とは何か?
私は佇みながら考える。
死……それは、永遠の別れ。
死……それは、悲しみの出発点。
死……それは、苦しみからの脱却。
死……それは――
いくら考えてもわからない。
想像、空想、妄想の域を出ない。
当たり前だ。誰も死んだことがないのだから。
私は死ねば何もなくなると思っていた。
脳の電気回路は停止すると同時に、いわゆる魂と言われる意思そのものの存在も消滅する。
肉体は分子単位まで分解され土へと還る。
それ以上でもそれ以下でもない。
単純にそれだけ。
輪廻も転生もそんなものは机上の空論。暴論だ。
現代に生きる宗教家すべてを敵に回しそうな考え方だけれど、誰も証明できないのだから否定される謂れもない。
そう、思っていた。
目の前に転がる動かぬ肉塊。
「ひぃ……!」
後ろを見れば、顔を真っ青に染め、尻もちをつきながら後ずさる人間。
「くるなっ! や、やめろ!」
私はその様子をじっくりと観察する。
「誰か! 誰か助けてくれっ!」
私はゆっくりと動き……そっとその人間の背後に佇んだ。
「……あれ? 助かっ……ぐうぇっ!」
ゆっくりと首に手をかける。
本当に軽く。
大切なモノを扱うように優しく、優しく、愛おしく……
「あがっ……はっ……はがっ……」
それでも、目の前の人間は段々と動かなくなる。
こんなに丁寧に、まるでホコリを摘むかのような力加減で触れているにも関わらず。
人間ってこんなにか弱い生き物だっただろうか。
少なくとも私の記憶では、そんなことはなかった。
首からそっと肩、胸へと両手を移動させ、背中からそっと人間を抱きしめる。
脆弱なその生き物をゆっくりとゆっくりと……慈しむ。
「ぎゃっ!」
何かの音が人間の中で鳴り響く。
その瞬間、人間の口から血が吹き出る。
「……」
その現象を最後に人間は動かなくなり、人間は人間でなくなった。
――死とは何か?
私は再度佇みながら考える。
死……それは、永遠の別れ。
死……それは、悲しみの出発点。
死……それは、苦しみからの脱却。
そう思っていたはずなのに。
私はそれを否定する。
否定せざるを得ない。
だって私は一度死んだのだから。
にもかかわらず、現にこうして生きている。
今の私は一体なんなのだろう。
わからない。
いくら考えてもわかるわけがない。
だって、誰も死んでいなかったのだから。
今日も私はその答えの出ない答えを求めてさまよい続ける。
誰か教えてくれないかしら。
そう、誰でもいい。
それこそ――
今これを見ているそこのあなたでも。