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学びの塔とその魔法使いたち

子ねこのニニのクリスマス

作者: 猫洞 文月

 雪が冷たい。さむくてさむくてニニはおうちにもどることにした。


 おうちがくらい。くらくてさむい。

 「ミウミウ」

 子ねこのニニはお母さんをよんでみた。

 返事がない。

「ミウ」

 もう一回よんでみた。やっぱり返事がない。


 どこに行ってしまったのだろう。あさはお母さんも人間の家族もみんないた。

 なんだかばたばたしていた。知らない人間がたくさん、おうちに来ていた。

 

 ちょっとこわくなって、すこしさんぽに出ただけ。

 それなのに、帰ってみたら、だれもいなかった。

 いいにおいのするミルクのお皿も、いつもみんながあつまってくるテーブルも、フワフワの気もちのいいソファもぜんぶない。だれかが持っていってしまったのだろうか。お母さんや、兄弟の子ねこたちといっしょに。

 ニニはかなしくなっておうちを出た。

 やっぱりだれもいない。

「ミウ」

 小さい声でないた。

「ニニ? ニニじゃないか。いったいどこにいたんだい」

「モップ」

 ふりむくと、となりにすむおばあさん猫のモップが、じっとニニを見おろしていた。もとはりっぱな猫だったらしい白い長い毛は、今は年とってうすよごれて、おそうじのモップみたいになっている。だからみんながモップとよんでいた。

「お母さんがいないの」

 おや、とモップは同情するようなかおで、しゅんとひげを下げた。

「おまえ……知らなかったのかい? きょうはあの家族の引っこしだったんだよ。みんな、おまえはどこだろうって、そりゃあ探していたんだ。さいごまで待っていたけど、引っこしのトラックがもう出てしまうからって、あきらめて行っちまった。かわいそうに」

 ニニはよくわからなかった。

 かわいそうに、なんて言われたのははじめてだった。

「お母さんは?」

「もう会えないよ。家族もね。おいで。おなかすいたろう」

 モップはニニのために、出入り口をあけて待ってくれた。モップのごはんを分けてもらって、ともかくもおなかのすいたのはなおったけれども、まだニニの気もちはからっぽのまま。

「お母さんに会いたい」

「むりだよ。ホルンっていう、遠い遠い町に行ってしまったんだもの。かわいそうなことだけど、おまえはかわいいから、きっとだれかが拾ってくれるよ」

 だれか。

 そんなことをいわれても、ニニの会いたいのはお母さんなのだ。

「どこに行くんだい?」

 すごすごと出て行こうとするニニに、モップが声をかけた。

「お母さんをさがしに行くの」

「むりだっていってるのに、どうしてわからないのかねえ」

 ぶつぶつとつぶやくモップの声が、うしろに聞こえた。


 大きな道に出るのは、はじめてだった。あぶないから、こっちには来ちゃだめよ、といつもお母さんに言われていた、ひろい道路。でも、いつものさんぽ道はぜんぶさがした。ホルンという町には、もう、この道をいくしかないのだろう。

 

 プワーーン!!

 

  大きな固まりが、まぶしい光をはなちながらやかましい音をたてて、すごいはやさで通りすぎていった。

 ニニはびっくりして、おもわず立ちどまってしまった。

「あぶないぞ!」

 声とともに、きゅうにニニの首は、だれかにぎゅっとつままれた。そのまま、つるしあげられて、ニニは道路のそとに出された。

「ミウ」

 ニニは小さな声をあげた。助けてもらったのはわかったが、あいてがだれだか見えない。

 そうっとニニはビルとビルのあいだの、くらいほそい道におろされた。

 だれだろう、助けてくれたのは。

「一人か、おまえ。親か、かいぬしはどうした」

 低いやさしい声が上の方からする。見あげると、灰色の毛がびっしりと生えた、とても大きなねこと目があった。

「いないの」

「すてられたか」

 ニニはまた悲しくなった。

「ミウ」

 大きな猫は、ペロとニニのおでこをなめた。

「気にするな。そういう子ネコはたくさんいるさ。はらへってないか」

 ニニは首をふった。

「ごはんはおとなりのねこにもらったの。お母さんにあいたい。ニニのいないあいだに、みんなはお引っこしで行ってしまったの」

「そうか」

 大きな猫は、こんどはとなりに、体をよせるようにすわった。あたたかい毛皮がつかれた体に気もちよかった。

「どこにいるんだ、おまえのお母さんってのは」

「ホルン……」

 おぼえていたなまえを、ニニは口にした。

「ホルンか……」

 大きなねこは、かおを上げて遠くをみた。

「遠いけど、行けないことはない。おれは毎年ホルンまで旅をする。おまえががんばることができるなら、いっしょに行ってやってもいい」

「ほんとう?」

 ニニはぱっと顔を上げた。

「おれのなまえはブルーだ。おまえはニニか」

 ニニはうなずいた。


 ブルーはつよくて、いろいろ知っていた。

 犬においかけられても助けてくれた。車からどうやってにげるのか、おながすいたとき、どこにいけば食べものを手に入れられるのか、知らないこわい人間に見つからないでゆっくり休めるばしょはどこなのか、そういうことをニニはぜんぶブルーからおしえてもらった。

「ブルーはどうしてそんなにいろいろ知っていていろいろできるの?」

「おれは自由に生きたいんだ」

「自由って?」

「だれの言うこともきかなくていい、誰のためにもいやなことをしなくていいってことさ。そのかわり、なんでも自分でできるようにならないとだめだ。誰もいなくても平気にならないと」


 ブルーのいうことはニニにはむずかしい。でも、なんとなくわかった。ブルーはほんとうはひとりでいたいんだ。いっしょに来てくれるのはやさしいから。でも、いつまでも、ただやさしいだけの気もちにあまえていちゃいけないんだ。


 ホルンの町についたときには雪がふっていた。

 まっしろにそまった町は、きらきらと光るいろんな色の明かりでいっぱいで、これでお母さんといっしょだったら、どんなにたのしいことだろうと、なんだかあたたかいものがきゅっとむねをつかんだ。しゃんしゃんと鈴がなる音がする。

 さくさくと、まあたらしい雪をふみしめて、大きなつつみのにもつをもってお母さんと手をつないだ人間の子どもがわらいながら行きすぎていった。


「ここまでありがとう、ブルー」

「行くあてがあるのか」

 大きいブルーは高いところから青い目でニニを見おろした。

「・・・ないけど。でも、自分のことだもの。自分でがんばるってやくそくした」

 ブルーはうなずいた。

「じゃあな」

 ふりむいてくれることをすこしだけ待っていた。でもブルーはふりむかなかった。

 これが自由っていうことなのかな、ブルーはニニのために今まで自分の自由をあとまわしにして、やさしくしていてくれたのかもしれない。

 だったらニニも自由になるのがいいんだ。たったひとりで、誰もいなくても平気にならないといけないんだ。

 

 どのいえもどのいえもみんな雪にうもれてまっしろい。

 さっきはあんなに、ひとりでもだいじょうぶ、と思ったはずなのに、ブルーがいなくなるといったいなにをしたらいいのか、どこにいったらいいのかぜんぜんわからない。

 たくさんたくさん、ひとりであるいた。

「ミウ」

 どこかのねこがきいていて、お母さんはここだよ、と知らせてくれないか、ときどき小さくないてみた。でも雪の中にねこのあしあとなんてひとつもない。


 雪でよごれてびしょびしょのあしがいたい。

 だんだんとニニはうごけなくなってきた。さむくてつめたい。 

 やんでいた雪が、またふりだした。ニニのまっ白いせなかにまっ白な雪がつもっていく。

 もうあるけない。

 お母さんにあいたい。

 ねむい。


 知らないうちに、ねていたのかもしれない。

 ふわりと、ニニの体はじめんからもちあげられた。

 目をあくと赤と白のぼうしをかぶった、まっ白いひげのおじいさんと目があった。

「ミウ?」

 ニニはおじいさんの手のひらの上にいた。おじいさんのほっぺは丸くて赤い。目はたのしそうにわらっている。

「まっ白子ねこのニニはきみかい?」

 ニニはおそるおそるうなずいた。

「よし、みつけた。じゃあ、いっしょにに行こうか」

 ニニはそうっとおじいさんのポケットに入れられた。ポケットの中はふんわりとあたたかかくて、なんとなくだいすきなミルクのにおいがした。 

「どこに行くの?」 

 ポケットの中につめをたててすこしのぼって、ニニはポケットからかおをだした。

 人間にはねこのことばはわからない。へんじがくるとはおもってなかった。

 でも、おじいさんはちかくにとめたそりにのると、またわらった。

「いなくなってしまった子ねこのニニにかえってきてほしいっていうのが、そのおんなの子のおねがいなのさ」

 はいっ、とおじいさんはごうれいをかけた。そりをひくのはうまではなくてへんなつののはえたうまみたいないきもの。そしてそりはゆっくりと雪のみちをすべりだし、そのままふわっと光の道を空へとびたった。


 空の高いところには雪はない。まっ黒いびろうどみたいな空にきらきらと星がまたたく。ポケットからだしたかおで下の方を見ると町のあかりも満天の星みたいだった。空が黒で町は白。ちりばめられたたくさんの光の中を、おじいさんのそりは空をすべっていく。

 しゃんしゃんと、どこからか鈴がなる。


 そりがおりたったのは、家のやねの上だった。おじいさんはそりからおりると、家のえんとつからするするっと中にはいった。だんろの火はもうきえていたけれど、だいだいいろの火のつぶをふくんだ炭はまだほんのりとあたたかい。


 ぴくり、とへやのすみでなにかがうごいた。だんろのそばにかごがある。そこで白いいきものが、きっとかおをあげてみどりの目をこちらにむけた。

「ニャア」

 はっとした。ニニのよく知っているこえ。ずっとききたかったこえ。

「お母さん!」

 ニニはポケットにつめをたててよじのぼり、ぴょんととびおりた。

「……ニニ?」

「お母さん!」

 はしりよったのはニニだけじゃなかった。

「ニニ! ニニ! どうやってここにこれたの?」

 ペロペロとひっくりかえりそうにお母さんはニニをなんかいもなめた。きょうだいたちも目をさます。

「ニニ!」

「ニニ!」

 なめられたり、上にのっかられたり、ぶつかってこられたり。ニニはころんだりおきあがったり、くちゃくちゃになった。でもとにかくうれしかった。ずっとあいたかったお母さんと兄弟たち。あたたかくてたのしい。ニニはここに来たかったんだ。


「あ、おじいさん……」

 ぐっすりねむっているおんなの子のベッドのよこのだんろから、えんとつにもどろうとしていたおじいさんは、ふりむいてまた、丸いほっぺでにっこりとわらった。

「おじいさんはだれなの?」

「わしか? わしは一年にいちどみんなを幸せにしてあげるおじいさんさ」

「ありがとう!」

 

 そのとき、ニニはまどの外にちらりとうごくかげを見つけた。

 ぴょん、とニニはまどわくにとびのった。

 大きなかげは向きをかえて、外のまどわくからとびおりようとしていた。

「ブルー! ブルーでしょ?」

 ブルーは、ほそいまどのそとのわくにのったまま、いちどふりむいた。

「お母さんにあえてよかったな。じゃあな」

 きゅん、とまたむねの中にあたたかいものがわいた。

 ニニはブルーのあのふかふかのあたたかい毛皮をしっている。ブルーのこえ、ブルーになめてもらったおでこの気もちよい幸せなかんじ。

 いままでずっと会いたかったのはお母さんだった。でも、いま、おなじひっぱられるような気もちを、この大きなねこにもっている。

「ね、またいつか会える?」

「そうだな」

 ブルーは、ペロ、と自分のまえあしをいっかいなめた。

「おれはまたホルンの町にくるよ。元気でな」

 そしてブルーは、青いやさしい目でもういっかいニニを見て、ぴょんとまどわくから雪の町へとびおりて、見えなくなった。


 ニニは、もういちどおじいさんをふりかえった。おじいさんは、えんとつの前でニニのほうをずっと見ていた。

「おじいさんはだれのおねがいでもきいてくれるの? ねこのおねがいは?」

「もちろんだよ。わしは、生きてるもの全てを幸せにしたいんだ」

「じゃあ、ブルーがどうかぶじでいますように。いつも温かいねるばしょと食べるものにこまりませんように」

 にっこりと、おじいさんはこれいじょう笑えないぐらい笑った。笑いがおが顔からはみ出してしまいそうなぐらいに。

「またらいねん」

 おじいさんは、よいしょ、とえんとつにのぼり、すうっと消えていった。


 ニニはもういちど、まどの外を見つめた。さっていくねこのあしあとが、すこしだけ道にのこる。そのあしあとの上に、またあたらしい雪がつもる。まっしろな雪があしあとをふんわりとうすめていく。

 でもブルーの毛皮はあたたかいにちがいない。ブルーはいつもかわらずつよくて自由にちがいない。

 そしてニニが大きくなってほんとうに自由なねこになったとき、またブルーにあえるといい。


 しんしんと音もなく雪がふる。

 でも雪はほんとうはあたたかい。

 あたたかいということを、ニニはいま、知っている。


―――――――――――――――


読んでくださってありがとうございます<(_ _)>

小学生のとき、はじめて書いた小説らしきもの(未完成)の設定を完成させたくて童話に書き上げてみました。ひらがなと漢字の使い分けがむずかしかったです。

ご意見ご感想、ポイント評価などしてくださったら大変嬉しゅうございます。

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