第六話 義手と退院
こんにちは。久しぶりの投稿となります。
この作品の主人公は交通事故で腕を失っています。そのような内容が苦手な方は読むのを控えていただきますよう、よろしくお願いします。
あらすじː幽霊の咲妃と人間の彩音は一人残された咲妃の母親のもとへ帰った。そのあと、咲妃の母親は咲妃の存在を知って号泣、そして咲妃を家に入れたが…。
咲妃が自宅から戻ってきたのは次の日の朝だった。咲妃は帰ってくるとすぐに病室にやってきて私に頭を下げた。
「彩音…。本当に、ありがとう。」
咲妃はずっとそう言っていた。別に、いいのだ。お礼なんて。私が咲妃の立場だったら、どんなに苦しかったことか。きっと耐えられない。だったら何かできることはないか、そう思って自分がやりたいことをやっただけなのだから…。ただの自己満足なのだ。
咲妃はそれから自宅であったことを話した。
「彩音が帰った後、私はお母さんとこの10年間の話をしたの。筆談だけど。お母さん、私が字を書いているのを見てびっくりしていたよ。当たり前か、だってお母さんから見れば鉛筆が勝手に動き出すんだものね。」
「そうだよね。で、何を話したの?」
「まずは10年前のことかな…。まず私が死んでしまったのと同時にもう一人の魂としての私が形成されたこと、それから私はずっと殺害した運転手を恨んでいて成仏できないこと。あとは、家事のこと、だね。お母さん、柿のこと聞いたら、心配かけたね、気づいてあげなくてごめんねって大泣きしちゃったから、大変だったんだよ。それから夕食に私の大好きなお漬物を食べたんだ。後、手料理もね。一番おいしかったのは卵焼きかな…。私、咲妃と出会うまでろくなもの食べていなかったから、なおさらおいしく感じられた。そのあとは一緒にテレビを見たんだ。テレビなんて、今までは他人の病室に入って盗み見することしかできなかったから、久しぶりに自分が見たい番組が見れた。お母さんがめちゃくちゃ笑っていて…なんだか安心できたかな。本当に良かった。あっ、安心、といえば話がそれるけど、家の中はかなりきれいになっていたよ!!家電も新しくなってた。後ね、お母さん、ちゃんと働いているみたい。10年前はお母さんずっと私のことで悩んでいたけれど今はスーパーの店員さん、しかも野菜コーナーのチーフも務めているんだってさ。そんな話をお風呂から出た後して、久しぶりに布団で眠った。何年ぶりだろう。私、いつも病院の空き部屋で寝ているから、マットレスもないし…。だから本当に感動した。昨日は朝からお母さんの仕事を見に行ったよ、それから、ちょっとお手伝いしたんだ!」
「えっ?でも、接客できないし、だれとも話せないよね…?しかも道具も触ることができないし…。」
「いや…。事務所に誰もいないときがあって、その時に部屋を片したんだ!みんなが帰ってきたときほとんど、いや全員驚いていたよ。私は…見えないから何もできないと思っていたけど、何かしら人の役に立てるんだって、気づいた。本当にうれしかった。でも、今日の明け方、4時くらいに帰ってきちゃった。大丈夫。また来るねっ!って言って帰ったから。」
「悲しくなかったの?家にずっと住んでもいいくらいなのに。」
「悲しいよ、そりゃあ…。でもさ、私の居場所は自宅じゃないんだ。本来私は成仏しなくちゃいけないけど、できていない。確かにお母さんと暮らすのはいいことだけど…そしたら成仏しようとは思えなくなっちゃう。ずっとこのままお母さんと入れたらいいのにな、なんて思っちゃうから。それを考えてのことだよ。」
私は驚いた。彼女は成仏できなかったまれな例ではあるが、成仏したいと考えているのだ。ということはお母さんともいつか分かれて本格的にあの世に行くことになってしまうのだろうか。そうしたら親友である私とも、別れることになってしまうのか…。私は急に悲しくなってきた。耐えきれなくなって先に聞いてみた。
「ねえ、咲妃?ということはあなたはいつか成仏するの?」
「彩音は知らないかもしれないけれど、成仏はしたほうがいいものなんだ。でもね、大丈夫。私は運転手の恨みが強すぎてきっとまだかなり先までその時は来ないわ。もしかしたらあなたが咲妃に成仏するかもしれない。だから、そんなに心配しないで」
咲妃は笑顔で自信満々に言った。そうは言われても…。だが咲妃の言うことを私は信じるしかなかった。咲妃に成仏してほしくないというわけではないが、別れたくない。そんな気持ちが渦巻いていた。
「とにかく、いい時間だったよ。ありがとう。これも彩音のおかげだよ!」
咲妃はそう言っていつも以上に幸せそうに帰っていった。
咲妃が出ていった直後だった。急に医師が私の目の前に現れた。そこに立っていたのは私の担当医の先生だった。先生は何やらたくさんの資料を抱えてやってきた。事前には特に何も言われていなかったと思うが…。しかし先生は私にその書類の半分を渡してきた。そこに書いてあったのは…。『義手について』。そうか。私は自分の手の代わりに義手を付けるのか…。義手…正直、義手はつけたくなかった。思うように動かせないと思ったからだ。だったらそんなものはいらない。私は、自分の手で、やりたかったのだ。自分の手で、賞を手にしたかったのだ。義手なんてただの気休めだ。私はそう思ったのだが、先生はそんなことも知らない。何も察せず、話し始めた。
「急にお話ししなくてはいけなくなって、何も通知していなくてごめんね。義手について、相談があるんだけど…」
「そんなもの…」
暗くなった私の顔を医師は心配そうにのぞき込んでいる。
「何か、あったの…?」
一瞬の沈黙の後だった。
「そんなもの、いらないです。私は義手をつけたくないんです。」
何かが破裂した。爆発するように。私は苦しさのあまり思わず叫んでしまった。病室の中に声が響き渡る。私はあわてて口を押えたが…。もう遅い。先生は驚いた顔をしていた。
「あ、あの、すみません。」
私はとっさに謝った。いったい私は何をやっているのだろう。人生の大切な選択だ。冷静でいなければならない。だが、私はどうすればわからなかった。先生はそのあとすぐにわけを聞いてきた。
「なんでだい??彩音さん??義手があったほうが精神的に安定しないかい??」
「私は写真部なんです、だから手がなかったら、写真は撮れません。それだったら、義手なんかいらない…。」
私は感情を抑えながら、しかし強く言った。怒りの端までもを見せないように。涙が出てきた。その一方で先生は急に笑顔になった。笑顔なんかで励まされるわけがない。私の心の底にあるものを解決できるのは…。ただ一つ。でも、もう、腕を失った以上だれも解決できない…。そう思っていたのだが…
「そうか、一回落ち着いてくれないかな。彩音さんは見せかけの義手が嫌なんだよね…?」
先生はこちらをしっかり見ていった。
「はい…。」
「だったら…。」
先生は再び、私のほうに笑顔を向けた。
「一から説明するね。僕からは先にお父さんやお母さんに説明してあるよ。義手にはいくつか種類があってね。彩音さんはひじから先を失ってしまっているから、上腕義手というものをつけなくてはいけないんだよ。」
「だから…」
私が言おうとしたが先生は間髪も入れぬ勢いで話をつづけた。
「それから、その上腕義手にも種類があってね…。彩音さんにぴったりなもので能動義手っていうのがあるんだけど…。」
のうどうぎしゅ…?聞いたこともない。
「何ですか、それ」
どうせ…。私は期待していなかった。それだけではない。医者が無理やり義手を売りつけるような悪徳者までに見えた。帰ってほしい。それが本音だった。しかし医者はすぐに話をつなげた。もちろん、最初のほうは耳から耳へと抜けていったが…。次の瞬間だった。私は耳を疑うような言葉を聞いた。
「それがあれば写真が撮れるんですよ。」
私の頭の中でそのフレーズがこだました。とれる、とれる、とれる…。脳がその意味をきちんと理解するには時間がかかった。私はしばらくして落ち着いてから、もう一度きいた。
「写真、とれるんですか??」
先生は大きくうなずいた。私の失望という広い宇宙の中で小さく輝きだした希望、という星。それはだんだん輝きを増していった。写真が撮れる…とれる…。頭の中はそれでいっぱいだった。そのあとのことは正直よく覚えていない。気が付いたら先生は帰っていた。写真が撮れる義手があるんだ!そう思った瞬間私の義手に対する抵抗感はなくなった。それからもう一回冷静になって頭の中を整理してみた。私のつける義手は上腕義手だということ。そして能動義手にすれば写真を撮れること。しかし、義手になれるにはリハビリをしなくてはいけないこと…。そして至った考えは…とにかく写真さえ取れれば、それでいい。それだけだった。私の義手ライフが幕を開けようとしていた。
「あーやーねー。」
その翌日、また咲妃が私の部屋にやってきた。まだ外は暗い。
「彩音…ビックニュース!!」
朝の5時だ。寝ててもいい時間なのに…。私はそう思いながらも渋々起きた。咲妃がせっかく来てくれたのだから…しかし、眠い…。眠すぎる…。
「何…?ニュースって…せっかく来てくれて悪いんだけど…寝てもいい??」
私がもう一度布団をかぶろうとした時だった。彩音がぱっと布団をはがしたのだ…。
「咲妃?!なにすんのよ!」
ひどすぎる…人の眠りを邪魔するなんて!!無理やり布団をはがさなくたっていいじゃない!私が怒ろうととした時だった。次の瞬間私は先の言葉に衝撃を覚えた。
「彩音の退院日が決まったんだよ?!!」
えっ?退院…?そんなこと予想もしていなかった。確かに義手の話も出てきて家に帰れる体にはなったが…。でも退院したら…?突然のことすぎて私は困惑してしまった。退院…考えてもいなかった。咲妃との毎日が楽しすぎて、そんなこと…。
「退、院…。」
困惑する私を見て咲妃は困っていた。なんで私がこんなに困惑しているのかわからなかったらしい。
「彩音??どうしたの??退院なんていいことじゃん!うらやましいよ!」
「いや…確かに元気になったことはよかったよ…でも…。」
「でも?」
「もし退院したら咲妃はどうなっちゃうのさ…。もう二度と会えなくなっちゃうの??あるいはリハビリで病院に来るときにしか会えなくなっちゃうの…?」
ふと私は頬に大粒の涙が流れ落ちるのを自覚した。涙はどんどんあふれ出てきた。いやだ、咲妃と会えなくなっちゃうなんて…。親友、なのに。私が泣いている一方で咲妃はしばらく考え込んでいた。何を言ったらいいのかわからなかったのかもしれない。そんな時だった。急に咲妃が笑い出した。
「あはは!彩音は私のこと呪縛霊だと思ってるの?」
「えっ?」
「私は呪縛霊じゃないよ。行きたいところにはどこだって行ける。一昨日だって一緒にお母さんの家に行ったじゃない。だから、病院から抜け出すことはいつだってできるんだよ。心配しないで!」
そして咲妃は私の手を強く握った。なんだか安心した。そうか…。咲妃と会えるんだ。もう会えないなんてこと、ないんだ…。そんな風に考えたら一気に退院が楽しみになってきた。そこで私は咲妃に聞いてみた。
「退院の予定日って咲妃は知ってるの?」
「それは…ちょうど一週間後、だよ。」
一週間後か。まだ少しあるな…。それなら今のうちに咲妃とたくさん話しておこう。そう思った時だった。何かが咲妃に伝わったのだろうか。
「彩音、私はずっと一緒に彩音といたい、というか一緒にいてくれないかな??」
またしても衝撃発言だった。何を言っているのか。私は全く意味が分からない。咲妃は何を考えているのか。
「どういうこと?」
「だって彩音がここを退院したら、私の居場所は再びなくなっちゃうでしょ?だから、もしよかったら彩音と一緒に暮らせないかなって…。」
意味に関しては納得した。しかしその内容が新鮮すぎて何とも言えなかった。霊と暮らす…。そんなこと考えてもいなかった。というかだれも考えないだろう。私は別に問題ないのだが…霊が家庭にいるとなんだか落ち着かなくなってしまう。もちろん私の母親は咲妃の存在なんて知らない。だからこそ厄介なのだ。私はしばらく考え込んだ後、咲妃に伝えた。
「もちろんいいよ!でも、私のお母さんはきっと咲妃のことを信じないだろうから、ちょっと気を付けて生活してね。」
咲妃は笑顔で大きくうなずいた。もう、心に雲はない。退院が晴れ晴れしく感じられた。
どうだったでしょうか??この後咲妃と彩音はどんな生活を送るのか…。そして彩音は取り戻した自分の夢を追うことができるのか?!第七話にご期待ください!
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