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一枚に二人の思いを乗せて  作者: ほん和花
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第五話 再会

この物語の主人公は交通事故で手を失っています。そのようなことが苦手な方はこのページを離れることをお勧めします。また、これは第5章です。1~4章も合わせてご覧ください!

そして、その日の午後、私たちは咲妃の実家に行った。咲妃は夏でもないに何度も水を飲んでいる。よほど緊張しているのだろう。それもそのはず。咲妃が言うにはあの日以来、もう10年、自宅に帰っていないそうだ。そして、今日再びあの日のように母に会い、そして自分が誰かを明かさなくてはいけないのだから…。その一方私はほとんど緊張していなかった。絶対に成功させたい…。責任感のほうが強かった。言い出したのは私なのだ。私は確実な

計画を歩きながら立てていた。

「咲妃は、お母さんにあの日のことどうやって伝える?咲妃が家事をしたっていうことを伝えなきゃいけないけど、その方法が思いつかないよ。」

「私の口から言いたいけど…。無理だよね。」

そうなのだ。この計画は咲妃の言葉が母に聞こえないと言うのが最大の難点だ。だからと言って見ず知らずの私が伝えるのも良くない。赤の他人の、しかもオカルトの話を信じる訳がない。ではどうすればいいんだ?そんな風に考えたときだった。

「ここから、バスに乗るよ。」

咲妃がちょうど来たバスに先に乗り込んだのだ。バスに乗るとは聞いていたが、こんなに突然…。私は急いでダッシュした。咲妃の存在は私以外知らないのだから、間違って運転手がドアを閉めたら、私と咲妃は会えなくなる。なんにせよ、咲妃はスマホを持っていないのだから。私はなんとかバスに乗り込んで咲妃と一緒に座った。しかし、咲妃は見えないので、誰かが空席だと思って座ってしまったらまずい。もし誰かが咲妃の上に座ったら気づかれないだろう。そうなると咲妃はずっと重さに耐えなければいけない。私はそう考えバッグを持たせた。

「いきなり、咲妃がバスに乗ったからびっくりしちゃった!ところで…どこまで乗るの?」

「相川橋までだよ。そこから、すぐ。バス停から200メートルくらい。」

どうやらかなりバスに乗るらしい。バス停の数から考えて最低でも20分は乗る。なら、その間に相談を全て終えてしまおう。

「咲妃はなんか良い案、思いついた?」

「咲妃がお母さんに存在を見える形で伝えられたらいいんだけど …。」

「そうだよね。何か良い方法はないかな?」

私と咲妃は話し合った。とにかく、1番良い方法を求めた。これは咲妃の人生に、いや霊生にかかっている。適当なことはできないのだ。そんなときだった。バスが停車した。人が急に乗ってくる。10人近くいるようだ。私たちの目の前にお年寄りの夫婦が詰めて来た。しかし…夫婦はなぜかこちらを見ている。不思議そうに咲妃のいるところを気にしている様子だ。私は周りに怪しまれないようにひそひそ話していたが、気づかれたのだろうか。それとも譲ってほしいのか。私はそう考えてとりあえずどうぞと言おうとしたが…

「あの、そこのお嬢ちゃん。なんでバックが浮いているのかわかりませんかの?私たち、目が悪いからかもしれんが、バックが浮いているようにみえるのじゃが…。」

しくじった。私は大事なことを忘れていた。咲妃は周りから見えないが、バックそのものは霊ではないので他の人から見えるのだ。だから、バックが浮いているように見える、ということになる。。どうしよう…。私は迷った。ばれたら厄介だ。隠さなければいけない。私は早急に咲妃のバックをとって、膝にのせた。

「あ、おそらく見間違いだと思いますよ、ほら、私がバックを持っています。」

私は何とか隠したくて嘘をついた。どきどきしたが…

「ほれ、爺さん、よく見てくださいよ。」

おばあさんが笑ってお爺さんに言った。

「間違い、か。」

それからすぐ、二人はおりていった。私は胸をなで下ろした。ばれなくてよかった…。咲妃もなんだかほっとした顔でこちらを見ている。ため息が出た。

「気を付けないとね…。なにがあるかわからないから。」

咲妃が微笑んでいった。私も微笑んだが…。その時、私の瞳孔は急に開いたであろう。ある考えが浮かんだ。これだ…。これなら…。

「咲妃、いいこと考えた。あなたの存在を証明できる方法!!」

「ぇ?」

咲妃は嬉しそうにこちらを見た。

「さっきみたいに咲妃がバックを持てば、そこに幽霊、つまり咲妃がいるって証明できるんじゃない??」

「いやでも、私以外の幽霊だってとらえられる可能性もあるじゃん。」

「…。うーん。だったら、咲妃の得意技はないの??」

「ギター!!」

「それだ!!」

というわけで急に計画が定まった。計画はこうだ。私がまずチャイムを鳴らす。お母さんが出てきたら咲妃がいることを伝える。それから、お母さんに咲妃のギターを部屋から持ってきてもらうように伝える。そして咲妃がギターを弾く、というものだ。咲妃がギターを弾けば弦が振動し音が鳴る。そうすればきっとお母さんは信じてくれるだろう。私と咲妃は何度もシュミレーションした。間違わないように、何回も。そして丁寧に…。

「相川橋です…。」

バスが到着した。私と咲妃はバスを降りた。するとそこに広がっていたのは一面の畑だった。都心から抜けてきたが…なんとも美しいいわゆる田舎の風景だ。咲妃はその中の小さな家を指した。

「あれだよ、私の家。」

「わかった。」

私がそういったとき、もう咲妃は隣にいなかった。咲妃は走り出したのだ。なぜかはわからないが…。きっと早く母親に会いたかったのだろう。私はとにかく追い付こうと走った。しかし咲妃はますます加速していく。陸上部並みの速さだ。なかなか追いつかない。数十メートル先でやっと咲妃が止まった。どうやらそこが咲妃の家の前のようだ。

ーはぁ、はぁ、はぁ、疲れた…ー

それからしばらくして私はやっと追いつくことができた。なんだかちょっと腹立たしかった。なんで、バスに乗る時も置いていくのよっ!私が咲妃にそう言おうとした時だった。咲妃の目から涙が流れていたのだ。私は何も言えなかった。咲妃の涙の重さを知っていたから…。いよいよ、だ…。咲妃は涙を流したまま、頷いた。私は息を吸ってインターホンを押した。チャイムがなる。家にいるだろうか…。心配は無用だった。インターホンから、はい、と声が聞こえた。咲妃のお母さんだ。私は手に汗を握りながら言った。

「すみません。私、咲妃ちゃんの友達の彩音です。」

しかし、応答はなかった。そうだろう。私は察した。きっと動揺しているのだ。赤の他人が10年前に死んだ娘の友達を名乗っているのだから。そこで私は言ってみた。

「咲妃ちゃんが、今、隣にいるんです。幽霊、ですけど。」

こんなことを言えばさらに動揺させてしまうだろう。怪しいやつだと思われたかも知れない。しかし、きっと自分の娘がいると聞いて気にならない人はいないだろう。私はそう考えた。

「とにかく、今、行きます。」

当たりだ。インターホンの奥から困ったような、悲しさの混じった声がした。声からみると、信用はしていない感じだ。当たり前と言えば当たり前なのだが。しかしこれは予想済み。計画は順調だ。あんなに入念に打ち合わせをしたのだから、きっと、いや、絶対に大丈夫だ。私がそう自分に言い聞かせている横で咲妃が深く深呼吸した。ドアの向こうから聞こえてくる足音がだんだん大きくなる。ガラス戸にうっすらと細い影が浮かび上がった。そして、ついに…、ドアのかぎが開かれ…。咲妃の母親が出てきた。そのとたん、咲妃が大声をあげた。何と言っているかよくは聞き取れないが、お母さん、お母さんという、フレーズが耳に入ってきた。胸が苦しくなった。悲痛な叫びは、無論、お母さんには届いていない。私は泣き叫ぶ咲妃の手を強く握り、そして母親に挨拶した。

「初めまして。突然すみません。私、咲妃ちゃんの友達の枝野彩音です。」

「ご用件は?」

「私、咲妃ちゃんの霊が見えるんです。ここに咲妃ちゃんはいます。」

唐突だとは思った。しかし濁して言うのもややこしくなる。私はよく考えてそう言った。すると母親は、一瞬私を見つめた。しかし、それから静かに笑った。悲しそうな笑みだった。

「いれば、いいけど…。霊なんて…ばからしい。あなたは霊能者を気取ったぼったくりやですか?あなた、そう言ってお金を取るおつもり?10年も前の話です。あなたに私の気持ちなんてわからないんでしょうね。ともかく、お引き取りください。」

そう言って母親は私を鋭くにらんだ。怒りが顔に出ている。母親は私のことを悪徳者だと思っているようだ。そこで私は、咲妃を見た。咲妃は相変わらず泣いていたが、静かにこくりとうなずいた。

「咲妃ちゃんのお母さん。私、咲妃から聞いたんです。実は咲妃、一回死んだ後にあなたに会っているんです。もちろんあなたは姿を見ていないと思いますが。10年前の秋、ポストに柿が入っていた日。覚えていませんか?」

「いいえ。」

母親は忘れているらしかった。相変わらず疑っている様子だ。咲妃を失った悲しみであふれている頃のどうでもよい記憶だから、忘れていてもおかしくはない。しかし、希望はまだある。私は話を進めた。

「その日、家事が勝手にされていませんでしたか?」

私がそう言った瞬間だった。明らかに、母親の目は大きく見開いた。瞳孔が大きく開いた。そしてそわそわし始めたのだ。独り言をぶつぶつ言っている。どうやらこれは覚えていたらしい。よかった…。しばらくして落ち着いてから、母親が言った。

「何でそんなことを知っているんですか?!確かにありました。家の中がきれいになっていて…。あ、そうそう…。その日だったかもしれません。刑事さんが柿をポストに入れてくれたのは…。」

「咲妃がやってくれたからなんです。家事はすべて咲妃がやりました。そして、あなたは覚えていないかったかもしれませんが、あの柿、実は…刑事さんが持ってきたんじゃないんです。手紙には刑事よりって書いてあったけど。あれはお母さんを心配させないようにと思って咲妃が偽って書いたものなんです。その柿は咲妃が庭にあったのを取って切ったんです。」

私は訴えた。咲妃がやった家事、あの手紙、そして母を思う気持ち。母親は最初は神妙な顔をしていたが、だんだんと期待が顔に現れてきた。しかし、それは期待というだけで確信になったわけではない。私は、母親に頼んだ。

「多分、まだ疑っていますよね。ギターを、咲妃ちゃんが使っていたギターを持ってきてくれませんか。」

母親は一瞬困ったような顔をしたが応じた。疑ってはいたが、信じてみようという気持ちが少なからずあったのだろう。私は母がギターを取りに行ったのを確認すると私は咲妃に行った。

「咲妃、頑張って!」

私が母親と話しているとき咲妃はずっと泣いていた。叫びはだんだん小さくなっていったが涙は絶えず泉からあふれる滝のように流れていた。母に会えなかった10年分の悲しみと再会できた喜びが混じった、なんとも不思議な涙のように感じられた。しかし、もう泣いてはいられない。いよいよ、咲妃が自分の存在を自分で証明する時が来たのだから。私は持っていたポケットティッシュを咲妃に渡した。咲妃は静かに涙を拭いて、私に言った。

「ちゃんと、伝える。」

しばらくして咲妃の母親が戻ってきた。足が悪いのか慎重にゆっくり歩いてきた。手にはアコースティックギターを持っている。母親はそれを丁寧に私に渡した。よく見るとギターの弦はさびている。このギターもあの日から10年間時計が止まっているのだろう。私は咲妃にそっとギターを渡した。咲妃はこっちを見てそれから、うなずき深呼吸をした。それから手でテンポを取り始めた。10年間止まっていた時計が、動き出した…。

―ジャン、じゃじゃん、ジャーン、ジャン、じゃじゃん、ジャーン。―

曲が始まった。どこかで聞いたことのあるこの曲、それは”誕生日ソング”だった。今日は誰の誕生日でもないはずだが…。よくはわからないが咲妃なりの意味があるのだろう…。咲妃は歌わないでただひたすらゆっくり弾いていた。母親はというと…。大きな粒の涙を流していた。本当に咲妃とそっくりで滝のように涙を流している。きっと、咲妃がここにいると確信したのだろう。

短い誕生日ソングは、静かに終わった。しかし、それだけでは終わらなかった。終わった瞬間母親の前に一枚の紙が差し出された。差し出したのは咲妃だ。それは、黄ばんだ誕生日カードだった。そこには46歳、おめでとう、と書いてある。母親はそれを受け取ると泣き崩れた。私はあわてて咲妃と一緒に母親を抱え起こした。何があったのか。この誕生日カードは何を意味しているのか。私は、何とか立った母親に聞いてみた。

「これは、咲妃が今あなたに渡したんです。でも…。どんな意味があるんですか??」

母親は涙をぬぐって答えた。

「これは、10年前の1月19日の日に渡されるはずだった、誕生日カードだと思います。1月19日は私の誕生日なんです。でも、12月25日に咲妃は亡くなった。きっと、ずっと前から、用意してくれたんでしょうね…。ありがとう咲妃。」

私の目から不意に涙がこぼれた。私は咲妃のほうを見たが、咲妃は泣きながらうなずいた。何と咲妃は、10年前の誕生日カードをずっと持っていて、そして今誕生日ソングとともにプレゼントしたのだ。何と悲しく、そして感動することか。私は、母親に伝えた。

「あの、咲妃は今ここで泣いています。だから、抱きしめてあげてくれませんか??」

母親は泣きながらはい、と叫ぶと咲妃が母親の胸に飛び込んだ。二人とも大声で泣いている。もちろん母親は咲妃が見えていないが…。しかし私がそこで見たのは、もう生死なんて関係のない親子の姿だった。私はその光景を眺めていた…。涙は頬を伝って流れていく。涙で前が見えなくなっていったとき、耳元で声が聞こえた。

「彩音、本当にありがとう。」


しばらくして私は一人で病院までのバスに乗った。なんだか寂しかったが…。しかし、再会できた二人の親子には一緒に水入らずの時間を過ごしてほしかった。バスの中で私はさっきのことを思い出していた。夕焼けが私の顔を射す。涙が出てきた。夕日がまぶしかったんじゃない。ただ、ただ涙が止まらなかった。

いかがでしたか?感想を教えて頂けると嬉しいです。レビューを頂けると励みになります。次回、第6章は12/15の21:00に公開予定です。どうぞ、お楽しみに!!

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