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一枚に二人の思いを乗せて  作者: ほん和花
4/6

第四話 漬物の秘密

この物語の主人公は事故で手を失っています。そのような内容が苦手な方はすぐにこのページを離れていただきますようお願い致します。

またこの話は第四話です。第一話から第三話も見ていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

「彩音っ。ちょっと教えて!!」

あれから二週間が経った。私たちの仲は深まり、一日の半分を咲妃と過ごすようになっていた。咲妃との時間のメインは勉強だった。私はそこまで勉強は好きではないが、咲妃は恐ろしいほど勉強好きだ。特に公民と数学が好きらしく、ずっとのワークを眺めていた。将来、永遠の17歳の咲妃にとって勉強が役立つとは思えない。だが私の思いとは反対に咲妃は“絶対に役立つ!”と言っている。私のもとに黄ばんだワークを持って来るのだった。

「この法律、何て言うの?」

「この問題の最後の部分がわからない。」

「どうすれば解法ができあがるかな?」

咲妃はとにかく質問が多い。私も咲妃の隣で大学付属高校内部進学試験に向けて勉強に励んでいるが、咲妃と比べたら全然頑張ってはいない。咲妃みたいに頑張らなくちゃな、といつも思わされていた。

「あのさあ、何でこの法律ができたの?」

「これは…女性の社会進出のために作られたの。以前は男性のほうがお給料が高いこともあったんだって。」

私はわかる範囲で答えた。私が教えると咲妃は万遍の笑顔で、ありがとう、と言うのだった。


そうこうしている内に、看護師さんが私にご飯を運んできた。もちろん、咲妃は私以外に見えないので気づかれていない。看護師さんは

「すぐに食べてね。あったかいほうが美味しいよ。」

と言い出ていった。既に食欲は回復していた私はすぐに勉強道具をかたしてテーブルを近づけた。もちろん、テーブルの向かいには咲妃が座っている。咲妃は私が箸をとるのを待っていた。咲妃は私と出会う前、毎日、屋上で過ごしていた。そしてご飯の時間になると病院の食堂に潜り込み、冷蔵庫から生の野菜を取り出して調理せずに食べていたらしい。咲妃いわく、店で盗むことは簡単だが良心に逆らうし、患者用の調理した病院食もつまめるが人命に関わるからいや、だそうだ。しかし、もうそんな必要はない。私が多少食べなくても命には関わらないので私は咲妃に毎食、病院食を分けていた。

「ご飯はいらないから、お漬け物をくれない?」

咲妃のおきまりの言葉が出た。咲妃はいつも必ずお漬け物を頼む。すごく不思議だ。普通であればご飯とお漬け物をくれないと言うだろう。お漬け物だけで食べてもあまり美味しくない。最初はそう思ってご飯も一緒によそってあげたが、咲妃にご飯はいらないよ、と返されてしまった。

「お漬け物、なんでそんなに好きなの?」

私はずっと気になっていたのできいてみた。すると咲妃の表情が一変した。笑顔が消えて目は伏せがちになったのだ。

「私のお母さんは漬け物屋の娘でとても漬け物が上手だったんだ。味は違うけど、漬け物を食べるとお袋の味を感じるんだ。」

きいてはいけないことだったかとは思ったが、このまま話を終わらせるのは後味があまりにもよくない。私はプラスの話題を振ろうとして笑顔で咲妃に話しかけた。

「咲妃のお母さんはどんな人?きっと素敵なんだろうな…。」

「優しい。それに尽きるよ。」

その後、咲妃の唇がかすかに動いた。表情は相変わらず悲しそうだ。何か話しているようだが、声は聞こえない。もごもご、何をしているのか。私は咲妃の様子をうかがった。

「咲妃?」

私がそう言うと咲妃はハッとこっちを見た。目が大きく見開いたと思うとすぐにまた目を伏せた。そして、深呼吸をしてから咲妃は静かに語り始めた。

「私のお母さん、優しかった。でもね今一人なの。私が死んで、一人なの。父は私が生まれる直前で死んだ。だから、心配で死んだ後一度家に入ってみたの。そしたらお母さん、仏壇の前で座っていたの。私はそのあと、家を見て回った。でも、私がいたときとはは違っていた。台所は買ってきた弁当の空が散乱していて、冷蔵庫には醤油しか入っていない。洗濯物は洗濯機にぎゅうぎゅうに押し込まれている。風呂はシャワーの部分だけがきれい。あと、庭にある柿の木には熟しすぎた実が残ってる。でもね、一か所だけきれいな場所があったの。私がいた時のままの…、私の部屋。そこにはほこり一つ落ちていなかった。そこだけが、唯一きれいで元のままだった。」

私は咲妃の背中をさすっていた。咲妃が話しているところを見ると胸が苦しくなった。いつも幸せそうな顔の咲妃からは想像ができないほど大粒の涙を流している。

「それから、家を一回りして母のいる仏間に行った。そしたら、そしたら…まだそこに座って一時間ずっと手を合わせていたみたい。何を考えているのかわからないけど一時間も拝んでいたんだよ。通りで家事が回らいはずだよ。私は、そばに行って母に大丈夫ってきいたの。その時私は衝撃が大きすぎて自分が見えてないってことを忘れちゃってた。当然、母は何にも聞こえないし見えないから返答はなかったけどね。私はあまりにも悲しくて、母がここまで私のことを思ってくれているんだって思うと申し訳なくて…。そのあと台所を掃除して、洗濯機を回して、風呂の掃除をして、それから庭になっている柿の木から柿を10個ぐらいとった。それで、その柿を剥いて切って皿にのっけてラップをかけて、ポストに入れた。手紙と一緒に、ね。」

「手紙になんて書いたの?」

私はきいてみた。咲妃は自分が霊としてこの世に存在していると伝えたのだろうか。

「手紙に…これ食べてください行って。」

「咲妃よりって、伝えた??」

「伝えられるわけないじゃん!!!」

いきなり咲妃が叫んだ。本当に大きな声だった。声が病室に響き渡る。私は咲妃を落ち着かせようとしたが、咲妃はつづけた。

「だって、私を覚えているからあんなめちゃくちゃなことをしているんだよ。お母さんは私のことを思って不幸な生活をしている。だから、早く忘れてほしいんだよ、私のこと。私は手紙にこうやって書いたんだ。『こんにちは。私は以前娘さんの事故を担当していた警察官の片家というものです。心配して見回りに来たのですが、窓から拝まれているところが見えましたので持ってきた柿をこちらに入れました。娘さんを思う気持ちはわかりますが、それに集中しすぎると疲れてしまいますよ。お体には十分にお気を付けください。』ってね。」

私の目からなみだがあふれ出した。こんなに悲しいことはあるのだろうか。自分の母が目の前にいたのに、自分が別の形で存在していることも伝えなかった。別人のふりをして、気を遣わせまいとしたのだ。堪えられなかった。胸が張り裂けそうだった。でも、それと同時に私は思った。このままではいけないのではないか。咲妃の母はもし咲妃に会えるなら絶対に会いたいだろう。たとえ亡霊でも。それに対して咲妃も同じように母に片家さんとしてではなく咲妃として、本人として会いたいはずだ。私は泣き続けている咲妃に言った。

「お母さんに、自分がいるってこと、本当は知ってほしいんだよね?」

咲妃は涙を拭いてから何も言わずにこくりとうなずいた。やはりそうだ。

「心では本当に咲妃として会いたいと思ってる。だからあの時のこと、後悔してる。でも、そもそも無理だよ。お母さん、私がいるって信じないよ。お母さんはオカルトは嫌いだったから。亡霊なんて存在しないって思ってるもん。」

咲妃は静かに言った。確かにそうかもしれない。だが一つ私の中には希望となるものがあった。

「でも、お母さんは知らないんじゃない?誰が家事をやったか、は。」

「いや、片家さんがやったと思っているんじゃないの?」

「でもさ、咲妃が片家さんがやったって書いたのは柿を向いてあげたことだけでしょ?片家さんが家事までしたってことになってないでしょ?だからきっと咲妃のお母さん、不思議に思ったんじゃないかな。なんで勝手にに洗濯機が回ってたり、台所がピカピカになってるのかなって。」

「確かに…。」

咲妃は話の内容を理解したらしい。少しだが咲妃の顔に笑顔が戻った。そこで私は咲妃に提案してみた。もちろんダメもとだが…。

「ねえ、私、思うんだけどこのままだと後悔がのこっちゃうんじゃないかなって。お母さんも一度だけでも、亡霊でも咲妃に会いたいと思ってるはずだし、咲妃だって咲妃として会いたいって思ってる。だったら、会いに行かない?今日の午後。」

私の提案でまたしても咲妃の表情が一変した。気に障っただろうか。しかしそんなことはなかった。先ほどの涙はどこへ行ったのだろうか。咲妃は嬉しそうにうなずいたのだ。そして、力を込めていった。

「次は後悔しないように伝えるよ、私はあなたの娘ですって。」

どうでしたか??感想やレビューをいただけると本当に励みになります。


咲妃は母に本当の自分の姿を伝えられるのか??次回、第五話は12月8日に掲載予定です。どうぞよろしくおお願い致します。

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