81話 飛ばされたのは……
今回は基本リリィ視点です。
最後だけ迅視点です。
「レイナの幻視の瞳は相手の眼を直接見ることで効果があるのでしたよね?」
「そーだよ」
リリィの問いにレイナは簡潔に答える。
相手の眼を直接見る、逆をいえば直接見なければ幻視の瞳にはかからないということ、つまり……
「ならレータという死体を通してみていたムルムクスには通じなくてもおかしなことはありませんね。 現に今回は通じているようですし」
リリィの視線の先には幻視の瞳の効果を受けてピクピク震えているムルムクスの姿が。
「簡単に言うと、ムルムクスはレイナの力とは相性が悪かったってことね」
「そういうことです、そこまで気に病むことではないのではないですか?」
それを聞かされたレイナは憮然とした様子で、納得出来ていないのは明白である。
「今回の反省をどのように生かすかはレイナ次第でしょう、あなたには次の機会があるのですから。 それよりも今は御主人が何処に飛ばされたのかを知る方が先決です」
リリィとしてもレイナのことを慰めてやりたい気持ちはあるし今回の言い方が押し付けているものであることも分かっている、分かっているがそれよりもまず今優先すべきなのは迅の事だ。
迅とは血の盟約によって結ばれている。 それはつまり彼の感情なども伝わってくるということだ。
そして血の盟約によって、彼から伝わってくる今の感情は…………緊張。
最低でも彼がプレッシャーを感じる程度の場所にはいるということになる。そして迅と行動を共にした中でそのような感情は今まで伝わってこなかった。
ロノウェと戦っている時も、アナザーアルベロとの時も、そして今回のムルムクスとの闘いの時も。 迅の心の何処かには余裕があった、まぁだからこそ油断して飛ばされたというのもあるだろうが。
(だからこそ、これはかなり不味いということなのでしょう)
アリアスやレイナには余裕があるように見せているが、その実それほど余裕はない。だからこそ早く情報が知りたくて少しきつい言い方になってしまっていた。
「それ、から早く情報を聞き出しましょう」
自然と声が一段低くなってしまった。
「ええ、そうね」
レイナもいつもののんびりとした口調では無い、やはり彼女にも余裕はないのだろう。
「ダーリンは何処へ飛ばされたの、答えなさい」
そうレイナは幻視の瞳を使ってムルムクスへと命令する。 幻術を使えば簡単に聞き出せる。
「…………転移…………場所…………は…………ラン……ダム……だ。」
「は? それはありえないわね。 いくらランダムとはいっても方向性は決めるはずよ、今回はムルムクスの仮の肉体を倒せるぐらいのものを転移で飛ばすもの、その倒した相手が確実に死ぬような場所に行かせるはずよね?」
否定をしたのは意外にもアリアス。
「ランダムとはいってもある程度は絞っているはずということでいいですか?」
「ええ、ソースは私。 私も1度無作為転移したから、それでも最低限自分が即死するような場所には行かないように設定したもの」
確かにその通りだ、いくら飛ばしたからと言って自身の街にでも飛ばしてしまったら大損害だ。 性格の悪いこいつらがそんなヘマをするとは思えない。 つまりムルムクスは今嘘をついていないが同時に真実も話していないことになる。 ムルムクスにできる抵抗をまだしているらしい。
だからレイナは幻術を強め真実を吐き出させる。
「ある程度は絞れるわよねっ?」
ムルムクスは苦しげにしながらも頷く。
「詳しく」
「………………いくつか…………ポイントは………………絞って…………いる。 マナ………………の量…………それに強さ…………無属性…………魔法…………の有無などだっ。」
「最も可能性が高いのは?」
「……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「早く答えろ、そしたら楽にしてあげる」
レイナが怜悧な口調でそう告げる。
「…………海やマグ…………マなどもあるが奴の強さならまず十中八九………………。」
そして彼が答えた次の言葉を聞いて全員が絶句する。
リリィはもちろんアリアスもレイナもその言葉を信じることが出来なかった。 否、信じたくなかった、しかしムルムクスは完全にレイナの術中にある、それはとどのつまりそれが真実ということであり……。
「…………まさか…………そんな……だって……」
「…………嘘…………でしょ…………それじゃ…………」
「っ………………」
しかしムルムクスの言葉を信じるなら御主人から伝わってくるこのプレッシャーにも説明はつく。
(これは本当に不味いですね)
リリィの予想の1歩や2歩なんてレベルじゃない、10歩も100歩も先をいくような不味さだ。
(これは早く戻るべきですか)
リリィは一瞬でそう判断すると、アリアスとレイナにこれ以降の指示を簡潔にすると迅の所へと戻ることにする、迅がいるであろう場所に。
魔人が治めると言われる大陸ラガー、その本拠地である魔王城へと…………。
*
「っと、いてて、ここは何処だ?」
どうやら自分は倒れていたらしい、自分の身体を纏う等価交換が消えていないことを考えればそんなには長くはなかっただろう。
迅の目の前には大理石のようなもので綺麗に整地された床があり、そしてその先には地獄の門を想起させるような禍々しい意匠が施された扉がある。
「……はぁ、ろくな趣味じゃねえなぁ」
軽口を言っては見たものの、それに反応してくれる存在は今いない。
(そういや、リリィはあっちに置いといたんだったけな。 まあやばくなれば戻ってくるだろ)
「…………ムルムクスなんて比較にもならねえなぁ」
それ程のプレッシャーを扉の奥から感じる、それも複数。 ここは戦わないのが得策なのだろう、しかし後ろにはただ壁があるだけで道がない。左右も同様で、それはつまり迅が進めるのは前方の禍々しい扉しかないというワケだ。
そこからの決断は早かった。
「とりあえず行ってみるしかないか、気は進まないが。 それに相手さんも気づいているだろうし。」
村正に魔法を付与し、自身の等価交換を50%まで引き上げる。これでいきなりワンパンKOされることは無いはずだ。
「……しっかし闘いの次にまた闘いって。 俺は闘いにでも愛されてんのかね……。はぁー」
めんどくさいなぁ、そんないつも通りのことを思いながら彼はその扉を何気なく開いた。
次話からは3章となります。
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