80話 仇
すいません、2章終わりませんでした。
後1~2話続きます。
「迅?」
辺りを探すがもうそこに彼の姿はない、ただ激戦の跡が残っているだけ。
「……ダーリン?」
横を見ればレイナも迅の名前を呼びながら辺りを彷徨っている、もうそこに迅はいないのに、何処かへと行ってしまったというのに。
いなくなって初めて思い知らされる。私たちがどれだけ迅に頼っていたか、いや頼り切っていたかということを。彼がいなくなっただけでこんなにも私たちは……。
ダメだと分かっているのに、ここは戦場で、他にしなきゃいけないことがあるというのに、どうしても身体が動いてくれない。思考がどうしても最悪の想像をしてしまう。
迅が死んでしまうという想像を……。
違う。
彼は最後になんて言って消えていったか、彼はこう言ったのだ。「ムルムクスを倒せ」と。
よく考えてみれば、奴ならば迅がどこに飛ばされたのかの見当もある程度ならつくはずだ。それを聞き出せば迅を助けに行くこともできる。それに今のムルムクスは迅との戦いでかなり消耗していた。今の私ではそれでも倒せないだろう。そう、一人なら……
「レイナ」
「分かってる」
レイナの応答はいつもの間延びした口調ではない、真剣みを帯びている。
(いえ、少し違うわね。)
これは圧倒的な怒りだ。
長く冒険者をやっていたからか、むやみやたらに敵に突っ込むという愚は侵さないが、それでも表情が怒りに満ちており彼女の眼もオッドアイになっている。腸は煮えくり返っているだろう、私と同じように。
辺りを確認するがムルムクスの姿は確認できない。
迅が飛ばされ、私たちが呆然とした僅かな隙に逃げたか隠れたかしたのだろう。
(どちらにせよそこまで遠くには行っていないはずよね)
「目で見つけられないなら気配で探せばいいのよ。」
全神経を集中してムルムクスの気配を探る。それはアンデッドを探したときに使ったもの、しかし精度は一味も二味も違う。
怒りというのは往々にして視野を狭くさせるものだが、今回はムルムクスを倒すという一点に集中させ、アリアスにとってプラスに作用した。
気配を探してすぐにムルムクスは見つけられた。
町のはずれに向かっている、十中八九逃げるつもりなのだろう。アリアスたちも町の外に出られたら追いかけるのは難しくなる。
「だけどこれなら追いつけるわ。レイナ、ついてきて」
レイナの返答も待たずにアリアスが走り出す。
「レイナ、マナはまだ残ってる?」
後ろを走るレイナに声をかける。
さっきの戦いでレイナは多数のアンデッドを細切れにするために大規模な魔法を発動している。
あの規模の魔法を使用すればかなりのマナを使用したはず、となるとムルムクスとの戦いでは私のサポートを主体にするべきか。
そう、意図しての質問をレイナは、
「大丈夫よ、万全とは言えないけどそれでも半分ぐらいは残ってる 」
「そう、それなら安心して後ろを任せられるわね」
「いえ、私も一緒に前で戦う」
レイナはいつの間にか双剣を両手に持っている。
「でもレイナ、あなたの幻視の瞳はムルムクスには……」
「効かなかった?」
「……ええ、その通りよ。」
思わず言いよどんでしまう、だがそれが事実。
とどのつまり彼にはレイナの武器の一つが効かないということ、そしてそれはそのままレイナの戦闘スタイルにも直接的に影響する。
アリアスは迅に言われ、レイナと模擬戦を何度かしたことがある。その際に厄介だったのは双剣と幻視の瞳の組み合わせだった。近接戦闘の場合相手の目線を読むことが多々ある。それは視線によって相手の次の行動や駆け引きを行うためだ。しかし相手が目線を見た瞬間に幻術をかけられるレイナにそれは通用しない。相手は目線を見ないように近接戦闘を行わなければならないため、どうしても普段通りの力が出せなくなることになる。その戦闘方法にアリアスも何度も煮え湯を飲まされた。
(だけど、今回それは通用しない。)
純粋な技量やスタミナではやはりアリアスに分がある、これは迅にも認められていることだ。普段の相手ならばアリアスも反対はしないが今回は相手が魔人である。ならば前衛と後衛に分かれる方が得策なはずだ。
「次は多分ちゃんと幻視の瞳は発動すると思う」
「どうして?」
「いえ、それは……」
今度はレイナが言いよどむ、確実性はないのかもしれない。
「私もレイナの意見に賛成ですね」
後ろから聞いたことのある声がする、というかいつも聞いている。
「リリィ!?」
「はい、リリィです。」
柔らかな微笑みを浮かべている。
「迅は!?」
「ダーリンは!?」
アリアスとレイナ、二人の声がはもる。
「そんなに焦らなくても御主人は、今のところは大丈夫ですよ。」
リリィがそう言うということはひとまずは大丈夫なのね。
「とはいってもどこに飛ばされたかは本人も分からないようですし、それにムルムクスは野放しにしておくと面倒な相手です」
その口ぶりから察するに大方の能力は把握できているらしい。
「御主人との戦闘で分かったムルムクスのことをお話ししますね。」
リリィが要点をまとめて彼の能力を教えてくれる。
「……ということはやはり彼は死体を操る能力をもっていたのね」
「ダーリンと闘いながらアンデッドを操っていた? ううん、単調な動きをしていたから「多分ヒューマンを襲え」とか簡単な命令を実行していたのかもね」
「でしょうね。多分ムルムクスにそんな余裕は無かったでしょうし、御主人も等価交換を発動しましたので」
闘いはやはり迅の圧倒的なワンサイドゲームだったのだろう。私たちが着いた時はムルムクスが操るレータはボロボロだったし。
「そういえば私たちムルムクスの本体知らない……」
レイナの言う通りだ、私たちは一度も彼の姿を見ていない。
「私は闘いの時に見えましたよ、体長は一メートルもないでしょう。不気味なセミのような形をしていました。多分今もその姿のはずです、この辺りに死体はありませんから死体も使えませんし魔法か何かで姿は隠しているのではないでしょうか」
「なるほどね、でもそれが何で幻視の瞳が効くことになるの?」
ここまでの話ではいまだにその答えは明かされていない。
「それは…………アリアスの問いにお答えしたいところですが、どうやらもう追いついてしまったようですね。私が何もできないのは心苦しいところですが……。ですが私が保証します、レイナさんの眼はもう通用します」
そういってリリィはまた柔らかく微笑んだ。
そして奴の気配が現れる。
「あーあ、追いつかれちゃったか、やっぱ本体で動くことはないからキッツいなぁ。にしても予想外だ。君たちは彼を飛ばしちゃえば動けなくなると思ってたよ、結果はまさにその通りだったわけだけどこんなにも復活が速いとはね、計算外だった。」
彼の言葉の端々から迅と相対していた時にはなかった余裕が窺える、明らかに格下だと見下されているのだろう。そして残念ながらそれは事実だ。
「で、何しに来たの? 僕は別に君たちから逃げたわけじゃないよ? この身体で動くのがめんどうから君たちを放置しただけだ、いや見逃したともいえるね」
「そうかもね……。 だとしても私たちがあんたを見逃すはずがないでしょう? 卑劣な罠を仕掛けたあなたをね」
「あれは引っかかるほうが悪いと思うよぉ?」
悪びれずに嗤うムルムクス。
それにレイナがキレた。
「死ね。」
双剣を携えてムルムクスへと向かって突進していく、そのスピードは普段よりも速い。
でも……
「おっそいんだよぉ、闇魔法ダークランスっ!」
レイナの目の前に無数の影をまとめたかのような黒槍が現れる。
「邪魔ぁ!」
それを双剣で斬り、体捌きで交わし、柄で受け流していく。
「土魔法アースバインド」
レイナの足に枯れた蔦のようなものが巻き付いてくる。そこに追い打ちをかけるようにムルムクスが魔法を発動する。
「死ね。闇魔法 黒嵐」
レイナが真空の黒き刃に切り裂かれるその寸前。
「私のことを忘れてない?」
アリアスの小刀が蔦を裂き、レイナの拘束を解く。
「もちろん忘れてないよ?」
ムルムクスの方を見ればまた新たな魔法を紡いでいる。
「これ疲れるんだけどねぇ、闇魔法 黒墓」
漆黒の棺桶が現れ、その中には多数の致死性を感じさせる茨のとげ武器が収まっている。それに身体が吸い寄せられていく。一種のブラックホールの機能を持ったアイアンメイデンのようなものらしい。
「くっ、のがれられない。」
「何か魔法は!?」
「絶対障壁ももう使えない……」
そんな逡巡の間にも吸い寄せられる力は強まっている。そしてとうとうその時が訪れる。
「きゃぁぁぁぁっ!!!!」
「いやぁぁぁぁぁっ!!!」
「あははははははは、しねぇぇぇぇ!!!!」
ムルムクスは愉快そうに嗤っている。
「何がそんなに楽しいのかしら」
「さあ? 希望通りの幻術を見てるんじゃない? でも本番はここからだよ~」
アリアスとレイナがムルムクスの様子を後ろから眺めている。
ムルムクスの様子が急変する。
「な、なんで君たちがっ、確かに僕の黒墓でっ。なんで僕と君たちの位置が入れ替わって、くっ、来るな、来るなっ、くるなぁぁ!!!!」
「こんなんじゃ終わらせないよ~、生きていることを後悔してもらうよたっぷりとね~。」
レイナは凄惨にそう笑うのだった。
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