79話 ブービートラップ
「ねえおかしくない?」
「おかしいね〜、これは。」
レイナの風魔法テンペストによってアンデッドの大部分の数は肉片となるか空の彼方へと、吹き飛ばされていった、比喩ではなく文字通りの意味で。だがしかしうち漏れてしまったアンデッドは少数だが存在する。そしてこの辺りの建物全ても同時に吹き飛ばした。
ザキとジャギのペアは取り逃がしてしまったがダメージを受けていたのは確認している。あの分ならまたここに戻ってくることはないだろう。にもかかわらずだ。
「まだアンデッドが動いているのよね〜……。」
残っているアンデッドは健在なのだ。どの個体も少なからず傷を負っているが動いてはいる。 それはとどのつまり……
「術者を倒せていない……。」
認めたくはないがそういうことになってしまうだろう。
「でもどこにー? この辺りにもう敵はいないよ~。」
アリアスの勘も同様の結果である、ある場所を除いてだが。
「ねえ、レイナ」
「なーに? アリアス」
含みのある声で返事をしてくる。 多分彼女も私と同じ結論に至ったのだろう。
「考えられるのは術者が私たちにばれないようにまだこの付近に潜伏している可能性。でもそれだと私たちが上空にいて隙があった時に彼らと一緒に攻撃してこないのはおかしい。だとしたらいたとしても直接戦闘は苦手なタイプ。でも……」
「その可能性は低いよね~。そして考えられるもう一つの可能性は~ダーリンの敵が術者っていうんでしょ?」
「そう。どちらにしても私たちが取るべき行動は変わらないわ。もし後者の可能性が正しかったら迅の相手は予想よりも強いということにーー バッコーーーーン
突如、迅たちが戦っている方向から大きな爆発音が聞こえ、同時に紅いオーラが噴出している。どうやら迅が【等価交換】を使ったらしい。
「最低でもあれを使わなきゃいけないぐらいの敵なのね」
「魔人かもしれないわね~」
「とりあえず早く行きましょう、何か嫌がするわ……」
*
アリアスたちが迅とレータが戦っている戦場に着いた時には、もうすでに大方の決着はついていた。辺りには瓦礫が散らばり地面の所々には衝突の激しさを物語るクレーターが多数存在する。
そんな戦場の中心で二人は対峙していた。迅はほぼ無傷の状態で紅のオーラを迸らせ、右手には村正を握っている。対してレータ・アクセラは満身創痍の状態で武器になるようなものは何も持っておらず深いダメージを追っていることが窺える。
「迅、もしかしたらそいつ死霊使いかもしれない! もう意味ないかもだけど、一応……ね。」
「うん?ああ、だからか。 時折こいつにとってタイミングのいい時にアンデッドが現れたんだよなぁ。 うち漏らしか何かかと思ってたけど」
「なんて楽天的な……。まあそれがダーリンの良いところなんだけどね~」
「とりあえず外にいたアンデッドは大体は倒したわよ……」
二体逃げられた奴はいるけど……
「そうか、よくやったなお前たち。 俺もこいつを今倒しちまうからちょっと待ってろ。」
改めてレータの方を向き直る。
するとさもおかしなものを見たかのようにレータが笑い始める。
「あはははははは、ははは、あーっははははは。 あー、おっかしい、あー君ギャグがうまいねぇ。」
「……何がおかしい?」
「これが笑わずにいられるかい? もう君は僕を倒した気になっているようだね、この程度の傷だけで。」
「ああ、そうか、お前は骨を自在に操れるんだったな。 そういや忘れていたよ。 じゃあ、戯言も言えないようにしてやるよ。」
迅はアリアスたちの目でも負えないくらいの速さでレータの全身を切り刻む。
「は、速い。 これがダーリンの本気の実力…… 私たちはまだ全然。」
「いえ、迅にはまだこの上があるはずよ。多分今のは1割程度の力しか使っていないはずだから。 多分、それで十分と判断したんでしょう。ロノウェとやった時は50%、5割、その時の全力でやってたはずだから。」
「嘘……。 まだ上があるっていうの」
「そう、まだまだなのよ私たちは。 彼なら大抵の敵なら倒せるんじゃないかしら。 魔人の上位10人でも戦えるはずよ? 」
その間にもレータの身体はどんどん削られていく。不自然なのはどれだけ斬っても体内から一切血が流れないことか。
「あははは、いいねぇ、いいね。気持ちいいよぉ。」
「そうか、じゃあ死ね。」
レータの最後の声も待たずに迅は首を一刀する。
「うん、まあまあだったな。」
「そうかい?」
「なっ。生首がしゃべってるだと?」
確かに首は切断した、だが生きている。
一体どういうことだ?
「ああ、そんなに警戒しなくてもいい。今回は君の勝ちだよ。」
「まるで次もあるみたいな言い方をするじゃないか、レータ。」
「いーや、君の言う通り残念ながら次はないよ。だから最後の選別に僕の本当の名前を教えてあげよう、魔人軍第54位【ムルムクス】だ。 短い間でも覚えておいてくれ。」
「はっ、短い間だと? それはお前の方の間違いじゃないか?」
「君であってるよ。だからこれは僕からのご褒美だ。」
ムルムクスがそういった瞬間、レータの胴体を起点に大規模な魔方陣が浮かび上がる。
「まっ、まさか、これは自爆魔法の一種っ……、迅っ、今すぐその魔方陣から離れてっ!!」
そうは言われても体を動かすことが全くできない
「くっ。」
「脱出できるわけないよ、だってこれは特注で組んでもらった魔方陣だからね。 ああ、安心して、爆発とかはしないから、ただある場所に飛ばすだけだからさ。それにしても惜しかったねぇ。そこの彼女が死霊使いって教えてくれたのにさ。油断してなければ僕が死体にトラップを仕掛ける事も気づけたかもね。」
さも愉快そうにムルムクスが嗤う。だがアリアスたちにそんな声はもう聞こえない。
「待ってて、迅、今助けるからっ!!」
「来るな!」
迅の顔には鬼気迫るものがある。その間も魔方陣はどんどんと光り輝き眩しくなっていく。
「でもっ!」
「全員で行ってもしょうがない、それにジュリアのこともあるんだ。ぶっちゃけ俺一人なら大体のことは何とかなる。 どこに行ったかはリリィから伝わるはずだから、安心して待ってろ」
光が限界に達しかけている。もうすぐどこかに飛ばされるのだろう。
「とりあえず言えることは、まぁあれだ。今すぐそのムル何とかを切り刻んでやれ。」
そう笑顔を浮かべた瞬間、魔方陣が爆発的な輝きを見せ辺りを白い光が包み込む。
「え? ジ…………ン?」
目を開けるとそこには誰もいなかった。
いつもの子憎たらしく自信満々に笑顔を浮かべる彼の姿はもういなくなっていた。
次話で2章終了予定です……多分。