72話 早とちり
そして1時間前。
「そろそろ行くか。 見張りの位置はどこだ? リリィ 」
「南東の方角の建物の屋上に見張り2人と北西の方角の建物の影にも2人いますね。 どちらも黒ローブに身を包んでいます。見た感じだけですが、魔法を使える斥候とその護衛の斥候、そんな感じでしょうね。」
「んじゃあ、とりあえず俺は南東の方を倒しに行くから、アリアスとレイナは北西の方な。倒し終わったら宿の前に一旦戻ってくること。ってことでどっちが早く倒せるか勝負だ。」
「ちょ、ちょっと。」
アリアスが慌てて制止をかけるが、迅はもうすでに部屋を飛び出している。
「もう、こっちの話を本当に聞かないんだからぁ。」
「それがダーリンだよ〜。って事で私たちも倒しにいこうよアリアス。もしダーリンの方が先に敵を倒してしまったらダーリンのドヤ顔を見せられることになるよ〜?」
「あー、それは素直にムカつくわね。行きましょうか。」
アリアスとレイナも急いで部屋の外へと飛び出して行く。そうして必然的に部屋に取り残されたシュアとジュリア、そんな2人は迅たちのあまりのスピーディーさに呆然としていた。
「こちらが何かを言わす間さえ与えてくれませんでしたね。 」
「…………ええ。」
「とりあえず私たちはどうしましょうか。 」
「そうですね……。」
顎に手をやり一瞬思考するが、すぐにジュリアは顔を上げる。
「私たちに出来ることは今は特にありませんわね。強いて言えば自分たちの身を守ることぐらいでしょうか。ということなのでとりあえず宿のロビーで迅さんたちが帰ってくるのをまちましょう。迅さんたちの実力からすれば敵の斥候たちを取り逃がすということは考えずらいですしね。」
5分後、先に戻ってきたのはやはり迅だった。タッチの差でアリアスとレイナも戻ってくる。どちらも倒した敵の身柄を持ってきている、意識は失っているが。
「遅かったな、お前ら。遅すぎて欠伸が出てきたぞ?」
「何いってんのよ、私たちの姿を見てギョッとして慌てて中に入っていったじゃない。」
「私たちとそんなに変わらないし〜、先に出たのダーリンだから実質一緒じゃない〜?」
アリアスとレイナが次々にまくし立てるが迅はどこ吹く風だ。
「 え? すまん。聞いてなかった。」
それだけでもムカつくのにそこから加えて笑顔+ドヤ顔だ。 これでイラつかない方が逆におかしい、そしてアリアスとレイナはその点で言えば普通だった。
ピキ。
何か聞こえてはいけないような音がアリアスたちの方からジュリアたちの方へ聞こえてきた。恐る恐るジュリアたちがアリアスたちの方を向いてみるとそこには冷笑を浮かべる2人の姿。
「ひっ。」
言葉にならない声がシュアから出た。いくら武人とはいってもアリアスたちが放つ負のオーラには勝てなかったらしい、完全に場の雰囲気に呑まれてしまっている。
もうこの場で発言出来るのはジュリアだけになってしまった。本人としても仲裁には出来れば入りたくないし、そんなドM体質でもないが誰かが話を先に進めなければならない。
既に迅とアリアスたちはお互いに薄ら笑いを浮かべる段階にまで至ってしまっている。
「なぁ、ちょっと模擬戦でもしないか?」
「ええ、そうね。今わたしもあなたと模擬戦みたいと思っていたのよ。」
「外に行こっかぁ〜。」
言葉こそ穏やかだが、一触即発というか既にもう準備し始めている。
今しかタイミングはない。そうじゃないと取り返しのつかないことになる!
バン!
ジュリアは座っていたテーブルを思い切り叩く。それは奇しくもシュアをなだめた時と同じようにだ。迅たちは音の出所、つまりジュリアの方を注視する。
それを確認したジュリアはフーと一息吐いて堂々と言い放つ。
「あなたたちは何をしているのですか。内輪揉め、しかもしょうもないことで言い争っている場合じゃないでしょう。今の私たちがしなければいけないことを目先の感情に振り回されないでください! 今しなければいけないのは」
辺りには静寂が満ちる。ついで起こる『ぷっ』とした笑い声。それを皮切りにジュリアとシュアを除く全員が笑い始める。
「「ハハハハハ。」」
「え?どうして?」
自分は真剣に言ったのに。どうして?というかさっきまでの険悪な雰囲気は一体どこに?
ジュリアの頭にはてなマークが多々浮かぶ。
「ああ、笑って悪かったよ。」
迅は爆笑したからか目元に浮かぶ涙を拭いて説明する。
「先に誤解を解いておくが、別に本当にやり合おうとしていたわけじゃないぞ? 」
「でもさっきアリアスさんが……。」
当のアリアスは苦笑いを浮かべている。
「あれは少し言い方が悪かったわ。 何も私たちもこの後のことを忘れていたわけじゃないわ。たださっきの敵がね? 」
敵とはつまり斥候のことだろう。しかしここではきっかけにしか過ぎないはず……。
ジュリアは本当に訳がわからなかった。さっきあんなに剣呑だったのに……。
「彼らでは物足りなくってね。 軽く準備運動でもしにいきましょうってことだったのよ。 」
「物足りない?」
「うん、別に強くなかったよ〜。どちらかといえば弱かった。」
「彼らは王子達の私兵ですよ?それを物足りないって……。そんなはずが……。」
シュアもありえないと愕然としている。
さらに驚愕の事実が迅から告げられる。
「ああ。ぶっちゃけ時間かかったのは他の一般人にバレないように運ぶことだったぞ?戦闘自体はぶっちゃけ5秒もかかってない。」
ジュリアは悟った。
ああ、とんでもない人を味方にしてしまったかもしれない、と。
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