54話 当てようのない怒り。
「お待たせしました。ここのギルド長をしているスヴェンです。」
50代ぐらいの筋肉質のハゲた男がギルドの入り口からやってくると俺に挨拶してくる。その隣にはゴブモヒカンのせいで既に若干キャラがブレかけている受付嬢がいる。なぜか息を切らしているが。
「おお結構早かったな。もう少しかかると思ったんだが。」
「ええ。そこのスズリが血相を変えた様子でやって来ましたので。何事かと思い急いで来ましたからね。」
どうやら受付嬢の名前はスズリと言うらしい。
「それで今日はギルドの登録がしたいという話でしたな?」
「ああ。けどそこの受付嬢さんに「私じゃ無理!!」と自信持って言われたけどな。」
受付嬢に視線を少し向けながら軽くからかってみる。
「これはお恥ずかしい話です。その程度のことで取り乱すなど。あとで私から言っておきますので。」
そう言ってにやっと笑うスヴェン。
何をするつもりなのだろう。
受付嬢もゴブモヒカンの時よりも震えている。
一応フォロー入れといてやるか。優しいな俺は。
「まあ、ほどほどにしてやってくれ。そこのゴブモヒカンの前に一人で飛び出し止めてくれようとしたんだから。まあ、結果的には意味なかったが。」
『御主人、最後のは余計です。というか自分で追い込んでおいて何が優しいですか。』
リリィからツッコミが入る。
これは手厳しい......。
「ええ。かしこまりました。それにしても本当にゴブリ共を倒してしまったのですね......。」
そこらで泡を吹いて倒れていたりするゴブリたちを見ながら信じられない様に話すスベン。
しかし同時にその言葉からスヴェンがゴブモヒカン達にどのような感情を抱いていたかを窺い知ることのも出来た。
まあ、嫌いでもなかったらゴブリ共なんて言い方しないだろうしな。
「ああ。まあこっちに難癖つけて来たからな。軽く手ほどきしておいてやったよ。軽ーくな。」
「こ、これで、か、軽ーく」
スズリが恐ろしいものをみるような表情で俺のことを見てくる。
非常に遺憾である。
「あれで軽ーくですか。確かに軽ーくですな。あなたならしかもそれが虚勢でも張っているわけでもないのですからな。いやはやこれはやられた。ガハハハ。」
スヴェンはそういって豪快に笑いながら無い髪の毛を触るように頭に手を置いている。
迅が只者ではないと雰囲気だけで感じ取ったみたいだ。
「おや、そちらにいるのは〈異眼〉のレイナではないですか?歳若いのにもう隠居したと聞きましたが。」
俺の後ろを見てスヴェンが珍しいものでも見たかのように目を細める。
ん?てか何で分かるんだ?確か幻覚で.......あ、あいつ忘れてやがる。
本人があ、やってしまったみたいな顔してるし。しかも眼が普通に違うし。
はぁ。
「そんなことよりもいつになったらギルドの登録が出来るんですか?私たちははギルドの登録をするために今日、ここに来ているんですが。」
レイナがそのことにあまり触れられたくないのを察してか、即座に話題を本筋へと戻させるリリィ。
流石だ。俺のリリィに対する秘書評価はうなぎ登りである。
「おっと、そのことをすっかり忘れておりましたな。
それでは、こちらへどうぞ。」
さっきとは一転して、仕事するような真面目そのものの表情で言うと、スヴェンはギルドの2階へと続く階段へと向かっていき、俺たちもそのあとを追っていく。
二階に上がって廊下を進んでいき奥の部屋へと招かれる。
そこは何かしらの絵や剣などがかけられいる。大方貴族などが来た時に使う接客用の部屋か何かなのだろう。実際この世界の貴族にあったことはないが。
部屋に置かれているソファにに先にスヴェンが座りその反対側に俺たちが座る。
なかなか、上等なものなのかふかふかで座りやすい。
「さて、それでギルドへの登録をしたいとのことでしたな。それではこちらをまずどうぞ。」
そう言って、レイナ以外の面々に一枚の紙を渡していく。
レイナは既に冒険者であるから必要ないとの判断だろう。
はぁ。憂鬱だ。これが嫌だったんだ。
迅の目線の先には先ほどスヴェンから配られたものがある。
もちろんそこに書かれている文字は日本語や英語ではなく、異世界の言語な訳で.........。
迅には全くもって読めない。意味不明である。
「すいません。これはわたしには必要ないです。」
そう言って、リリィが自分の前にある紙をスヴェンへと返す。
「はて?なぜです?」
「私には必要ない。それだけしか言えないですね。」
自分が精霊であると言えばめんどうなことになるのはリリィも百も承知なのだろう。
余計なことは言わない。
「そうですか。これ以上詮索するのは野暮というものでしょうな。」
スヴェンもギルド長をしているからかあっさりも引き下がる。
『ということで、リリィ。俺には全く何が書いてあるのかとか全くわからん。読めん。書けん!』
『ええ。分かっています。ここにはですね。大体はこのようなことが書かれています。』
リリィが書いてあることを説明してくれる。さっきの一瞬で見たのだろう。
それを要約するとこうだ。
・ギルドは冒険者と依頼者の完全な仲介の組織であるということ。
・依頼を達成すれば依頼主から報酬が払われる。
・そして掲示板に依頼は貼られ、そこの報酬はギルドの仲介料を既に引かれているためその全てを得ることができる。
・もし逆に失敗すれば契約不履行となり、違約金を払わなければならない。
・依頼は自分のランクと一つ上のランクに応じたものを受けることができるということらしい。
大体こんなところか。
『そして最後に自分の名前を下の欄に書けばギルドへの登録となります。』
『名前か。うん。書けんな。』
どうしよう。このスヴェンというやつは悪いやつなさそうだが、完全に信用できるというわけでも無いしあまり弱みは見せたく無いしなぁ。字が読めないとなると足元見られるかもだし。
『そうですね。それは一理あります。しょうがないですね。今回だけ特別ですよ?後でしっかりと文字も覚えていただきますからね。』
リリィが全く甘やかしてくれない。
『え?何か言いましたか?』
いや、言ってない。何も。うん。
『じゃあ、何か思いましたか?』
なんで言葉に出してなくて、念話にもしてないのに分かるんだよ!?
あ、血の盟約か。俺にはリリィのそこまで詳しくはわかんないのになぁ...。
『まあそれは置いといて。で、何を思ったんですか?』
『はぁ。もういいだろ。悪かったよ。』
『いいでしょう。』
はぁ、リリィには勝てる気があんまりしねぇ。
あんまりであって絶対では無い。これはかなり重要な事実である。
絶対ではない!!
迅が絶対に勝てないと思った人物は今のところ一人だけなのである。
「すいません。私がここにいてもしょうがない気がしてきましたので、町で露店か何か見ていたいと思います。よろしいですか?」
そう言って、迅に確認を求める。
「ああ、いいぞ。なんかいいものでもあったら買って来てくれ。そのうち俺らも行くから。」
「それでは失礼します。」
そう言うと、リリィは優雅に微笑むと一礼して部屋を後にする。
その姿からは秘書としての格が出て来ているように迅には見える。
「あっさりと出て行ったな。ま、いいか。それよりも内容は確認してもらえたか?」
リリィのことも特に気にした様子もなく、話を続けるスヴェン。
「ああ。」
「ええ、確認したわ。」
「そうか。問題無ければ下の空欄に名前を書いてくれ。」
「ああ。分かった。」
自信満々に頷いて見たが、どうしようもない迅。
アリアスは既に自分の名前を書き始めている。
スヴェンが書き出さない迅を訝しく思ったのか、
「何か不備でもあったかな?」
「いや、問題ない。」
さて、今にも字が読めない、書けないことということがバレてしまいそうである。
ちなみにレイナはその様子をみて面白がっている。
後でお仕置きだな。
ていうか、リリィ。まだか!?
迅の命は風前の灯である。
この言い方が適切かどうかは分からないが。
『はいはい、お待ちかねのリリィさんですよ。』
そういって、スヴェンたちからは見えないようにリリィが本体である迅のコートへと戻ってくる。
『おお、やっと戻って来たか。』
『ええ。人に見つからないようにしましたからね。』
『そうか。とりあえずサインしなけりゃならん。スヴェンも若干訝しんでいるしな。』
『ええ。そうですね。』
そう念話してくると、迅の体を使ってサインする。
さらさらっとやってくれる。達筆な感じだ。
それからは滞りなく進行した。
1番の問題がゴブモヒカンたちとの戦いでもなく、話を理解することでもなく、サインを書くことだったというのはなんとも言えない感情をい抱いてしまう。
まあ、迅は最初からそのことをずっと心配していたわけだが。
(言葉が同じなら、文字も一緒でいいだろぉぉ!?)
迅がずっと思っていたことだった。
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