52話 ゴブモヒカン
「おーい、そこのガキぃ。ここがどこか分かってんのかぁ?テメェの様な奴が女連れてくる所じゃねぇんだよぉ。だからさっさと、その女達を引き連れて帰りなぁ。勉強代ってことでなぁ。」
高圧的に言い放つモヒカンの男。身長は2メートルに迫るかというほどの大男で、その肩には、体格に似合う様な戦斧が担がれている。防具などは自分の筋肉を信頼しきっているのか、必要最小限なところにしかつけていない。その姿は冒険者というよりは、どちらかといえば山賊のそれである。
冒険者になろうとして意気揚々と来たものや、駆け出しの冒険者、普通の一般人などであればその姿を見たら確実に萎縮してしまうに違いない。しかしそれらの言葉が迅たちを形容するには些か、というか全くと言っていいほど相応しくない。
そんな迅はというと、
落ち着け、俺。深呼吸だ深呼吸。大事なのは冷静な心、マインドだ。カームダウン俺。
すぅぅぅぅぅ。はぁぁぁぁぁ。すぅぅぅぅぅ。はぁぁぁぁぁ。
よし、少し落ち着いたぞ。これで、あいつが何も言わなければ穏便に済ましてやろう。
絶賛落ち着きタイムだった。
「悪いな。よく聞こえなかった。もう一度言ってもらってもいいか?」
迅としては珍しく、努めて冷静に何も聞こえてませんでしたよ〜という意味合いを込めた笑顔を浮かべながら優しく聞き返した。
ここまで譲歩してやっているのも、ギルドに入る前からそこまで問題を起こしたくないというのと昨日のよくわからないやつを皆殺しにしてしまい、後始末が大変だったと例の棒秘書さんに言われ(怒られ)、迅が少し反省したという理由がある。
俺は平和主義者だ!問題は基本的に起こしたくないんだ!これは昨日の賊を殺したあとの本人談である.......説得力は乏しく、そういったときのみんなの反応は言わずもがなだろう。これにショックを受けたのが一番の理由だったりするのだが...。
そんな優しい迅の忠告に何を勘違いしたのか、
「おい、聞いたかぁ。お前ら。こいつ、ビビって聞こえないふりなんてしてやがるぜぇ」
ガハハと大声で笑いながら迅へと嘲った視線を向ける。
周りにいた酒を飲んでいた者やモヒカンの仲間だろうヒューマンも迅の様子をみてビビったと勘違いしているのか、野次を次々と飛ばしてくる。ちょっとぐらい反抗してみろやぁ。お子ちゃまは怖くなっちゃったのな?早くママの元に帰ったらどうかな?みたいなものである。
ピキリ。
迅から何か嫌な音が響く。
「ちょっと何ギルド内でやってるんですか!!」
と、そこで1人の女が、カウンターみたいなところから出てくる。
どうやら受付嬢っぽい感じだ。というか受付嬢なのだろう。普段は柔和な雰囲気が醸し出されていそうな雰囲気である。顔も美人と言ってよくそのスタイルはバランスが良い。
「あん?」
山賊は飛び出して来た受付嬢を胡乱げ目で見つめたがすぐにハッと嘲るような声をあげる。
「うるせーよ。黙ってろや。ギルドは当事者間の問題には口を出さないんだろう?というか良いのか?俺らにそんな口聞いて。俺らがいないと依頼とか困っちゃうんじゃないか?ん?」
その言葉は事実なのだろう。受付嬢は何も言い返すことができない。ただ悔しそうに歯噛みするだけである。
「はっ。何も言い返せねーのか。なら黙って仕事してろやぁ。」
せっかく出て来た受付嬢をこずく。
「いたっ。」
元々膂力があるためそれに受けれる力もあるはずもなく、地面へと突き飛ばされる。
なかなか、良い子なのだろう。この状況で助けに入ってくれた。俺の中のギルド(この受付嬢)の評価がアップだ。ちなみに女に手を出してしまったモヒカンはマイナス100点である。
モヒカンは受付嬢にそう言い放つと、再び笑顔を浮かべながら近づいてくる。もう興味はないのだろう。モヒカンは着火寸前の迅へと油を注ぎにやってくる。
「お子ちゃまにはよく聞こえなかったみたいだからもう一回心優しいお兄さんが言ってあげるね。」
そこで一回言葉を切るモヒカン。
そして今度は脅しを込めてか、ドスの効いた声音を出しながら
「さっさとそこの女どもを置いて家に帰れって言ってんだよ!そして女どもが帰ってくるのを待ってな。正気かどうかは分かんねえけどなぁ。」
モヒカンが言い放ち、ギャハハと笑い始める。
プチン。
何かが切れる音がした。
「チッ。うるせーよ。クソどもが。そこの受付嬢みたいな人のいう通り、そこで引き返せばよかったものを。」
「あ?」
「あ。」
あがハモった。
あ?と言ったのはモヒカン。
逆にあ。なんて言葉を言ったのはもちろんアリアスたちである。
あ、これはもう止まらないなぁ。っていう感じの言葉が出てしまったのである。
アリアスたちも普段ならあんな風に自分たちを口汚く罵り、そして好き勝手しようとしてくる奴らがいたらもちろんその身体へと教育として叩き込んでいる。しかし今回それをしなかったのは迅がいるためどうとでもなり、しかも苛烈に、それこそ今後微塵もそんな考えが起きないようにするだろうと思っていたためである。まあ、それが考えられない程度で済むかは甚だ疑問ではあるのだが........。
「あ?よく聞こえなかったなぁ。なんて言ったんだ?」
聞こえているだろうに自分の聞いたことが信じられなかったのか聞き直してくるモヒカン。今まで、怯えていた男(ようにモヒカンたちには見えていた。)が、いきなり自分たちに暴言を吐いて来たのだ。信じられなくても無理はない。現に、今まではそんなことなどなかったのだから。
「あぁ?一回で聞き取れないのかこのハゲが。お前の頭の横についてるそれは一体何なんだ?ああ?新しいアクセサリーかなんかなのか?それにしては不恰好極まりないなぁ。おい。ん?どっかで見たことあるなおまえ。」
少し考え込んで、記憶を探っていく迅。モヒカンはマシンガンのように出てくる言葉の数々に唖然としている。そして等々思い出したのか、ポンと手を叩く。
それを見ていたアリアスたちには嫌な予感しかしない。
「ああ。そうだ。思い出した。豚に似ているんだ。あ、でもそれだと豚に失礼か。なら人面豚。オークみたいなものか。それともゴブリン?まあ。おんなじようなもんだよな。ブサイクだしキタねぇしな。」
迅も実はこの世界でオークやゴブリンに遭遇している。このポラリスでもオークやゴブリンはよく発生するため逆に見かけない方が難しいのである。旅すがら片手間に倒せる程度のレベルでなのだが数が多く、すぐに増えるため殲滅は出来ないのである。
ゴブリンと言われたモヒカンは固まってしまっている。
「それでなーにぼーっと突っ立ってんだ。ゴブモヒカン?」
ニヤッと嘲るように笑いかける迅。新たなあだ名まで付けている。その一方、声をかけられたゴブモヒカンは顔を真っ赤にしている。
「こ、こ、このクソガキがぁぁ。テメェ。このまま見過ごしてやろう思ったがもうやめだ。ぶっ殺してやる。」
フーフーと荒い息を吐きながら息巻くゴブモヒカン。
なんか豚っぽく息巻いている。
迅はそんなゴブモヒカンをサラッと無視して、その視線はさっき突き飛ばされた受付嬢へと向いている。そのことで更に顔を真っ赤にするゴブモヒカン。
「なぁ。どこまでやるとまずいんだ?」
「やるとは何を?」
迅が何を言っているのか要領を掴めないのか聞き直す受付嬢。
「どこまで痛めつけたらまずいんだ?殺したらアウトか?」
「こ、殺したりするのは流石に面倒なことになります。というか、彼はあれでもCランク冒険者なんです。早く謝ってください!!!それならまだ殺されないはずです。」
切羽詰まった様子の受付嬢。迅の身を案じてくれているのだろう。
しかし迅はそんなことは意にも介さない。
「ふーん。そうか。殺したらダメなのかぁ.....。」
めんどくさいなぁ。こんなゴブモヒカン生きているだけで迷惑をかけそうなものだが。しょうがないか。なら死ぬより辛い目にあってもらうしかないか。うんそうしよう。それならまだ俺の心もスッキリするだろう。
平和主義者は一体どこへ行ってしまったのだろうか。彼の中ではオンオフの切り替えが出来るものなのだろう。
「こ、こいつお前を殺すってよぉぉ。ギャハハハハァ。」
周りのゴブモヒカンの仲間はそれを聞いていたのか、また笑い始める。
ちなみにこちらはハゲや坊主が多い。
頭にタトゥーが入った変なやつもいる。もう完璧にヤク○やん。
「へっ。田舎から出てきて調子乗りやがって。すぐにボロ雑巾のようにして喜んで俺の靴を舐めるぐらいにまでいたぶってやるよぉぉ。」
そう言いながら肩に担いでいた戦斧を近くの仲間へと投げ渡す。
自分の肉体だけで圧倒できると思っているらしい。
「オラァァ。」
さすがCランクと言うべきか、拳を繰り出すまでの動作に無駄は少ない。
まあ、とは言っても所詮無駄が少ないと言う程度のものだ。
振り下ろした先に迅の姿はもはやない。
「な...........に?」
キョロキョロとあたりを見回すゴブモヒカン。
「どこ見ているんだ?」
ゴブモヒカンの後ろから声が聞こえてくる。
バッと音が出そうなほどの勢いで振り向くゴブモヒカン。
「動きもトロいなぁ。ゴブモヒカンよぉ。言い得て妙だったかもなぁ。おい。」
ハハハと笑いながら煽るように言い放つ迅。
そんな迅の様子を見ていたアリアスたち、ついでに突き飛ばされた受付嬢も思っていた。
どっちが悪者なのか分からなくなってきたなぁと。
だからといって、アリアスたちがゴブモヒカンを許すわけではないのだが。
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