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#9 早朝

 アンデッドの活動は夜中の方が活発になる。しかし暗いところでの対峙はこちらの危険度が高い。対策として、夜勤の代わりの早朝警らを試すことにしたばかりだった。効果がありそうなら週に一、二回の頻度で続けるつもりだった。人手が十分あれば早番と遅番に分けるところだが。

 その日、レイはいつもと違う、かなり大きなケースを背負ってきた。普通のスーツケースのような持ち手もあり、革の背負い紐も付いている。

「もしほんとに猛獣がいて、それがアンデッドになっていたら、犬の傀儡では小さすぎるので」

 とはいえ人間…というかその死体、が入ってるにしては、例えば棺桶に比べれば相当小さい。比較的小柄な人間が、壺に入ってしまうインドのヨガの行者ぐらい柔軟に身体を畳んでやっと収まるようなサイズだ。そういう姿勢で入っているのだろう、たぶん。

 そのまま警らに行くのはさすがに大変そうだと思いながらジャックは尋ねた。

「俺が担ごうか」

 レイがかぶりを振った。

「持てる間は自分で持ちます」

遠慮しているわけではなさそうだ。むしろ触るな、と言いたげな表情をしている。

「ジャックさんが思ってるより軽いですよ。体液とか内蔵の大部分は抜いたり置き換えてあるので」

「ふーん」

 うっかり反応すると、傀儡を作成する過程の恐ろしげな描写がこと細かに返ってくるのはもう予想できたので、興味なさそうに返事しておく。まあ本人が担げるなら良いだろう。

「この傀儡はもうかなり古いので。一度派手に壊れたのを補修してから、右半身の反応が鈍いんですよね。今度、師匠がバーミンガムに寄ってくれるので、その間に献体があれば手を貸してもらって自分用の傀儡を作りたいです」

 慣れているのだろう、大きな荷を背負って歩きながら、苦にする様子はなくいつも通り屈託なく喋っている。バーミンガムの空はまだ薄暗く人通りもない。ゴーストタウンのような風景の中、レイの声が流れていく。

 少し水を向ければいくらでも喋るのが、大人に相手をしてもらいたい子どものようだ。体格も小さいし顔も可愛らしいし、こうしてレイの頭頂部を見下ろしながら歩いていると子守りをしているような錯覚もするのだ。

 子どもとは言わないまでも、十七歳は一人前ではないだろうとジャックは思う。家庭内以外で酒を飲むのも許されるのは十八歳からだし。結婚できるのは、イングランドでは21歳からだ。だから、年齢も見た目も尻に殻をつけた雛のようなレイが、刀傷だの銃創だの戦場帰りの猛者みたいな傷を体に残している、というのは衝撃だった。

 まあそうか、危険な仕事だしな、と思うと同時に害獣相手ならそんな大怪我をすることはないだろう良かったなと声をかけそうになったが、控えた。ヴァンパイアを一体倒せば二、三年は遊んで暮らせる金になると聞くし、本人が今の職場を不本意に感じていないとは限らないのだった。無言でじっと見過ぎてレイに居心地悪そうな顔をさせたのが昨日のことだ。

 工場の並ぶ地域へ到着した。首無し死体はこの辺りで発見されたのである。路傍で老女が軽食の屋台を準備している。これからやって来る労働者たちが朝飯を食べに寄るのだろう。と、二人はその老女に呼び止められた。

「お巡りさん、ついさっき悲鳴を聞いたんだ」

ぼそぼそと女は言った。

「あれはただごとじゃなかった」

 ジャックはレイと目を見合わせた。


 老女がふたりを連れて行ったのは、下水へ降りるマンホールの前だった。蓋は半分以上開けてずらしてある。

「これは?」

「中が暖かいから、冬になると家のない連中がよく入り込むところだよ」

「工場の排水が高温なのかもしれないな」

 ジャックは蓋を全開にしながら言った。縦穴の壁に鉄の梯子が取り付けられ、暗がりの中へ続いている。中で何が起こっているのか、何かいるのか、分からない。悲鳴が聞こえたというのも老女一人の言っていることで確証はないが。

「誰か居るか!警察だ!」

 ジャックは穴の底へ向けて声を張り上げた。

「救助が必要な者は返事を!」

 反応はない。

 レイが背負っていたケースを降ろして開いた。人間、というか死体がぎゅっと身体を丸めた姿勢で入っている。レイは淀みない手つきで、細い糸を傀儡のうなじと自分の指先のソケットにそれぞれ接続させる。傀儡が宙に釣り上げられるような動きで立ち上がった。

 傀儡は目元に包帯を巻いている。包帯は両目を覆って、鼻筋のところで交差してX字を描いている。口元はむき出しで血の気のない唇が見えている。

 予想はしていたがやはり少し気味が悪い。傀儡は一歩脚を動かしケースの外に立った。人間の死体が動くというのは、不吉な印象を拭えない。しかし、これが必要悪なのだということは分かっている。

「ケースを預かってもらえますか?」

 レイが頼むと老女はうなずいた。

「屋台のところで預かっているから」

手に持って来ていたカンテラをジャックに渡す。

「灯りもそこで返しておくれ」

「どうも」

 ジャックがカンテラを軽く掲げて謝意を示す。老女は二人が降りていくまでは見届けるつもりらしく、姿勢を変えずにもう一度うなずいた。

 レイがいち早く縦穴を降りていこうとする。

「先にそっちを降ろしたらどうだ、盾にもなるだろ」

「見えないと動かしづらいので、自分が先に入ります」

「なら俺が明かりを持って先に行く」

 ジャックはカンテラを腰のベルトに括り付け、梯子を降り始めた。

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