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#7 苦手

 翌日。資料室兼特害対策室で、通常の警らに出る支度をしていた。ジャックが黒板に巡回予定のコースを書く。緊急の場合はこの情報を頼りに探しに来るので、ある程度詳しく書く必要があるのだ。資料室の壁は棚で埋まって掛けるところがなく小型の黒板をイーゼルに載せている。黒板の左上に一昨日トマスが来て書いた「料理長の本日のオススメ」という落書きがまだ残っている。書くのを待っていたら白墨を動かしながら休みは何をするのかとジャックが聞くので

「身内の見舞いに行ってます」

とレイは答えた。ジャックが意外そうに問いを重ねた。

「バーミンガムに親戚がいたのか」

「子どものころに引っ越してきてちょっとだけ住んでたんです。弟子入りしてからは、この辺通るとき寄ってましたよ。暮らすのは10年ぶりです」

「ふーん。一応不審者に気をつけろよ」

 書き終えて白墨を置く。振り向いたジャックの目付きがなぜか鋭かった。

「市長と市内の主な病院宛に脅迫状が来てるぞ」

「は?」

「あたまのおかしなヤツが、殺人予告を出したらしい。たぶん手紙だけで実害はないだろうが警官の立ち寄りは増やすことになってる」

「はあ……気を付けますけど、なんの」

「『回復の見込みがない寝たきりの患者を殺せ』」

 胸の奥が痛みを伴って痙攣したような気がした。 兄のことを思う。

「治らないのに医療機器を使うことで瘴気を発生させている、機械を止めて死なせるべきだ。自分がそれを実行する、阻止しようとするなら病院関係者も共犯として死刑に処す、だと」

機械のベッドで生かされているお兄ちゃん。本人が望んだ運命ではないのに。

「それは…痛いところって言うか…」

「バカ言え」

 ジャックから不機嫌な声で一蹴された。

「生きてて瘴気垂れ流さない人間なんか今どきいるかよ。文句があるなら自分が森のなかで素っ裸で暮らしてりゃいいんだ」

 本気で苛ついているらしい、ジャックは煙草を取り出してくわえようとした。資料室が禁煙なのを思い出したのか舌打ちして胸ポケットにねじ込む。レイはちょっと胸が楽になった気がした。

「…ありがとうございます」

「あ?」

「家族がずっとその状態で入院してて。治らないし意識も戻らないんです」

「ああ……」

 なんとなく決まり悪そうに黙ったジャックに、怒ってくれて嬉しかったですよと言おうとしたとき階段をかけ上がる足音が聞こえた。ドアがノックされ応答を待たずすぐに開く。

「応援要請です、この住所に自動車で急行してください」

 制服の警官がメモを差し出す。メモを見たジャックが一瞬うんざりしたような顔を見せた。黒板を乱暴に消しながら

「了解」

と答える。立ち上がってすでに背嚢を背負ったレイが尋ねる。

「駆除対象は」

 部屋を出ながらジャックが苦々しく答えた。

「カラス」

「おぉぅ…」

 カラスのアンデッドは厄介だ。何しろ飛ばれるのが辛い。レイの個人的な気持ちだが、応援に行った現場で対象を逃がしたときはいたたまれなくなる。役に立ちたい、という気持ちは言い換えれば役に立つと思われたい、ということで。余計な見栄は些細な無理を生み、無理はミスを呼ぶ。ヴォジニャックさんに知られたら怒られそうだ。わかっているのだが難しい。


 一時間後、レイは道に倒れて街路樹を見上げていた。体の上に犬の傀儡を抱えている。片手で受け身はとったが滑り込みで態勢を十分とれないままうけとめたので背中を少し打ってしまった。ジャックが歩み寄って顔を覗き込んだ。

「お疲れさん」

 差しのべられた手をレイが掴む。上体を引き起こされた。操作用の糸を通じてマックスの口を開けさせるとカラスの死骸がバサリと落ちた。ジャックが銀の十字架が変色するのを確認して言った。

「アンデッド駆除完了」

 ジャックは死骸を焼却用の袋に入れる。アンデッドに刺さっていたナイフを回収してレイに返してくれた。糸をつけたナイフを命中させることができたので、今回は逃げられず済んだのだが、ナイフの刃に釣り針のような返しはついていないため、強く手繰り寄せると抜ける恐れがあった。人間への攻撃と逃亡を繰り返す、翼を持つアンデッドを追って延々走って来たのである。

 ここまで来たときギリギリ届きそうな高さでアンデッドが枝に止まった。ジャックを踏み台にマックスをジャンプさせる作戦を立てた。ジャックの組んだ両手と肩を階段のように駆けあがり宙に飛んだ傀儡はアンデッドに命中して噛みつき、落ちてくる先に回り込んだレイがそれを受け止め、勢いを逃がすために地面に転がったわけである。立ち上がったレイの背をジャックが軽く叩いた。土埃やなにかが目についたのだろう。

「わざわざ下敷きにならないとダメだったのか。着地できそうだけどな」

「念のためです。自分の怪我は治りますけど、傀儡は補修しかできないので」

「そういうもんか」

「そうですよ。昔、師匠の傀儡を勝手に出したの見つかって殴り飛ばされたとき、奥歯折れたけど乳歯だったからまた生えましたよ」

「歯は一回きりだろ」

 ホッとして軽口を叩きあいながら最初の現場に引き返す。共食いされたカラスたちの死骸はすでに片付けられ、中年の警官がひとりで待っていた。ジャックが袋を掲げてみせた。

「犯人確保」

「おー、おつかれ」

 レイは警官が見ていてくれた背嚢を開けてマックスを戻す。大きな犬種が丸くなって意外なほど小さくなってケースに収まる。投げ捨てた制帽も被り直す。

「怪我人乗せてったんで馬車がないんだよな」

「別にいいっすよ。怪我どうでした」

「血は派手に出てたけどちょっと縫うくらいだろ。お嬢ちゃんは涼しい顔してんのになあ」

後半いきなり話しかけられたレイが声の主を振り仰いで、ここは「ありがとうございます」でいいのかな、と考えている間に

「いや、悪戦苦闘」

 ジャックが仏頂面で答えた。

「はは、そりゃそうか。俺も病院に様子見に行くから、それ、焼却処分頼む」

 やっておくと受け合うと警官は歩き去った。レイが背のうを背負おうとするとジャックが煙草を取りだし

「一服させてくれ」

 というので待つことにする。

「期待値あげすぎたか」

 煙を吐き出して、ジャックがボソッと言った。

「楽できると思われ過ぎると面倒だな」

 仕事なんだから、そんなに面倒がらなくていいと思うし当てにされないより頼られる方がいいんじゃないかなあ。とレイは思ったが

「地べた転がって頑張ってんのにな」

とねぎらうような言葉をかけられ気恥ずかしくなった。

「そういうのは全然いいんですけど、カラスは駆除に時間がかかってなんか申し訳ないです」

「カラスなあ……」

 ジャックが足元の袋を靴の先でつついた。

「街中で猟銃撃ちまくるわけにいかねーしな」

 大陸的な「国家警察」への警戒心が強いこの国で、警官たちは何十年も警棒一つで治安維持に励んできたのである。これでは仕事にならない、特定害獣対策のためにもう少しマシな武器を携帯させてくれとジャックが申請中だが結論は出ていないらしい。

「飛ぶのを止められたら楽なので、網を使うのも考えたんですけど、たぶん避けられちゃうでしょうね」

「つうか、鷹とかなんか猛禽のそれ、作ったらいいんじゃないのか」

 ジャックがレイの背中の荷物を親指でさした。

「あー……」

「駄目なのか?」

「うーん…大きい鳥は滑空して飛距離が長くなるんで、糸の長さがたりなくなるし。あまり伸ばすと絡まるかも」

「へえ」

「そもそも鳥の体が素材としては脆いんですよね。翼が折れたりしたらうまく補修して飛ばせ

られるか自信ないです。修行中に雀の傀儡を作ったら怒られました。一回使ったら壊れるようなもの作るなって」

 必要素材である代用エリクサーの高価さを考えても当然だが、役割を果たせない脆弱な雀が、ヴォジニャックの哲学に沿わない傀儡だったからだろう。レイが軽い気持ちで雀を傀儡に仕立てたのは事実だ。ただ単純にもう一度飛ばせてやりたいと思ったのだった。

「で、殴られた?」

「そんなしょっちゅう殴られてないですよ。もしそうだったら何で殴られたか忘れちゃうじゃないですか」

 レイはヴォジニャックを擁護した。子どもの頃の苦労話を、少し面白く語り過ぎたかもしれないと反省する。ジャックが煙草を吸い終わりふたりは署に向かって移動し始める。ジャックの歩幅が大きいのでレイはかなり元気よく大股に歩くことになる。まあジャックもレイに合わせてペースを落としてはいるはずだ。

「あとやっぱり、猛禽類の死体をどうやって手に入れるのかが、最大の問題ですよね。死んだばかりで損傷がほぼないような」

「……生きてるの絞めるしかないだろ」

「駄目ですよ!」

 レイは思わず大声を出す。向かい側から来た二人連れが声につられてこちらを見て、通り過ぎて行った。

「そりゃあ気の毒かもしれないが」

「傀儡にするために殺すのは絶対駄目です、禁止されてます」

「牛や豚だって殺して肉に、」

「言っとくけど豚だってアウトです、食肉業界と違いますよ」

「アウトってなんだ、ギルドから除名でもされるのか」

「そんな近代的な罰則じゃないですよ」

 レイはジャックに体を寄せて声の大きさをぐっと落とした。あまり通行人に聞かせるような内容ではない。

「耳を削ぎ落とされます」

 ジャックがさすがに言葉に詰まった。

「ギルドに賞金掛けられて、ヨーロッパ中のハンターがガチで耳を削ぎに来ます」

「それは……確かに怖いな」

「もちろん人間を殺したら普通の法律でも殺人犯ですけども。刑務所に収監中に耳を削がれた話もあります。まあ、初犯で動物相手だったら切り込み入れるくらいで済むかもしれないですけど、カラス対策でギザ耳になる覚悟はちょっと……」

「しなくていい」

 ジャックが苦笑した。

「対策は他に考えようぜ」

 余談だが、スイスのアンデッド・ハンターズギルドの本部にハインリヒ・コルネリウスの右耳と言われるものが保管されている。16世紀ルネッサンス時代のドイツで錬金術師として活躍し、通称アグリッパと呼ばれたかのコルネリウスには、悪魔を呼び出し死体を歩かせたという伝説が残っている。これは実際にはコルネリウスが傀儡師から学んだ技術を試したものだった。そのために書生を殺して死体を準備したことを知った傀儡師がコルネリウスの耳を切り落とした、とアンデッドハンターの間では言われている。右耳なのはその傀儡師が左利きだったからだ、とか、コルネリウスの生前に描かれた肖像画はどれも髪で耳を隠しているとかもっともらしい話も伝わっている。レイがそう教えるとジャックは、聖人の遺骨にまつわる話みたいだなと言った。

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