#5
食堂に行って日替わりの献立をトレイに受け取り、空いたテーブルを探した。ここの食堂はやたらに天井が高く人が集まると話し声と雑音が増幅されてまさに「ガヤガヤ」としか言い様のない音に満ちた空間になる。そして冬になると寒い。
「でもさー」
トマスがジャックの向かいに座って話を戻した。
「そんな有能な部署ならすぐ実績出してホントに人員増やせるんじゃん?どういうやつ欲しいかとか考えといたら?」
ジャックは「リッチな犬の餌」に見える何かを頬張りながら答えた。味は見た目より悪くない。
「警官増やしてもなあ、たぶん意味ない」
「そりゃそうか。あっ」
トマスが見ている方を向くと、レイが食器の載った角盆を持って周りを見回していた。空席を探しているらしい。
「あれそうだろ、呼んでやれよ」
トマスがせっつくのでジャックが片手を挙げると、やはり長いものは目につくようでレイはすぐ気がついて嬉しそうな顔を見せてこちらにやって来た。トマスが一つ横にずれたのでレイはジャックの向かいに座った。ということはトマスはレイの隣を確保した。本当にマメな男だ、ジャックはあきれた。はじめましてと月並みな挨拶が交わされる。
「菜食主義か」
レイの皿に盛られた鳥の餌みたいな何かを見てジャックが聞いた。肉の皿を取ってきていない。
「違いますよ?」
単なる偏食だということか。
「初日の感想は?」
トマスが口を出す。
「なんか不便なこととかあったらこいつにどんどん言った方がいいよー」
そういう助言はありがたい。自分ではなかなか苦手な分野だと自覚しているジャックは、黙って聞いていることにした。
「まだ勝手がわからなくて、相談することも見つからないです」レイはにこにこと答えた。
「でも一緒に働くのが、年が近くて話しやすそうな人だったので安心してます」
おしゃべりなトマスが一瞬黙って、レイの顔からジャックに視線を移して
「……ずれてる?」
と聞いた。それはジャックは年も近くないし何より話しやすそうには見えないはずだという意味だったので思い切り低い声で
「うるせえ」
と言っておいた。レイはふたりの会話の意味が読み取れなかったらしくきょとんとしていた。まあずれてはいるのかもしれない。お世辞にしては的が外れている。
「あのさ、俺前から思ってたんだけど」
トマスが話題を急に変えた。
「ハンターのヒトって何で爪銀色なの?決まり?」
レイが自分の爪を見た。
「これですか?爪の保護です」
「ふーん?」
短い沈黙。レイが念押しのようにもう一度言った。
「保護です」
「えっ、それだけ?」
「あ、あと傷も隠してますけど、それはついでの効果っていうか。」
レイが手をテーブルに載せた。銀色の爪が光を反射する。
「爪の下の先端のとこに、手術でソケットを作ってあって、そこに糸を繋いで、ハンターの使うあれを、傀儡って言うんですけど、操作するんです。ソケット潰れちゃうと再建するまで仕事にならないのでちょっとでも丈夫にしたくてみんな保護剤を塗るんです。ソケットの部分が血豆みたいに見えるんで、隠れてちょうどいいって言うのもあるかも知れないんですけど」
「ソケット?指十本全部?」
「はい。うんと昔は松ヤニを使った黒い塗料を自分で作って塗ったりしたそうです。今でも、女の人だと普通のネイルポリッシュ塗る人もいますよ。でもまあ、強度で言うとこれがダントツなので、大体の人はギルドから通販で買って使ってると思います。」
「へーっ。知らなかった、なんかハンターの人の身分証明くらいに思ってた。そうなんだねえ、面白いなー」
トマスが大袈裟に感心している。
「ふふ、面白いって言われるのが面白いです。自分では当たり前のことなので」
聞くと何でも答えるし愛想もいいよな。ジャックはレイの顔を眺めて思った。さっき、アンデッドを狩ったときとは全然違う。アンデッドの気配をつかもうとして血と死体を跨いで立っていたときのあの表情、張り詰めた無表情とそのあとの身のこなし。あれは。
以前、鷹が獲物を捕まえる瞬間を目撃したことがある。何に、というならあれに一番似ていたと思う。
あれはちょっと、なんというか……正直、もう一度見てみたい。
昼食を終えて二階の資料室兼特定害獣対策課に戻った。
「午後どうしますか?」
「そうだなあ、とりあえず待機か……」
自分達で警らに出るのと呼び出されるのを待っておくのとどちらが効率的なのか。ジャックは資料の棚に目をやった。アンデッドの出やすい場所や時間帯の傾向と対策を掴みたい。ヤマを張るのに、資料に目を通すのもいいかもしれない。あとは、自分達の遭遇した案件を地図に記録していくとか。
「お前も地図要るか?」
ジャックはレイに聞いてみた。先週来たばかりでバーミンガムの地理には疎いはずだ。
「はい?」
「総務で市街地の地図もらって来るけど」
「欲しいです」
「ん。あとこれ着てみろ」
脱いで椅子に掛けていた上着を渡す。
「何ですか」
いぶかしみながらも素直に上着を羽織る。当然ながら大きすぎる。とくに袖が長い。
「……警察ってわかる格好で警らに出る方がいいかと思ったんだがな」
これはひどい。浮浪児みたいだ。サイズの合わない制服は、私服より胡散臭く見えるということがわかった。ジャックの考えていることがだいたい伝わったらしい。
「ジャックさんのはとくに大きいんだと思いますけど」
レイが苦笑しながら上着を脱いだ。
「ちゃんと仕立てた方がいいな。それも総務で申請してみる」
レイの身分が警察内ではっきりしないのでーーこの部署が「焼けたジャガイモ」になった最大の理由がそれだーーこういう、何かを申請するとかもらってくるというのは全部自分でするのが早いだろうとジャックは考えた。早い方が結局面倒がない。席を立とうとしたときレイが尋ねた。
「さっきのトマスさんて姓は何でしたっけ」
小さい手帳に何か書こうとしている。
「一度にたくさんの人と働くの初めてなので覚えきれなくて」
「真面目か」
「マジメカ?」
「いや、トマスの名字はブラウン。ブラウンは何人かいるけどよくしゃべるブラウンで通じる」
「話上手は聞き上手、ですよね」
名前の横になにか、たぶん人物の特徴をメモしながらレイが言った。ずれてるかと思ったら結構鋭いところもあるらしい。確かにトマスの長所は聞き上手の部分にあるのだろう。
総務に行って印刷された地図を2枚と制服支給の申請書を強奪して戻るとレイがいなかった。と思ったら机の陰で床に座って、脚を左右真横に広げて床に腹をつけていた。
「柔軟体操です」
ジャックが無言で見下ろすとレイが言った。
「体が資本なので。サーカスの曲芸師みたいなもんだと思ってもらえれば」
「毎日すんのかそういうの」
「だいたい毎日です。何もなければ後で外走ってきていいですか?」
「すぐ見つけられる辺りなら」
「じゃあ警察署周辺だけぐるぐる回って来ます。門の前で掴まえられるように」
レイが宙に指で渦を描く。
「あと壁登ってもいいですか?」
「壁」
「はい。外壁」
アンデッド・ハンターというのは壁をよじ登る訓練までするらしい。身の軽いこそ泥みたいだと思ったが口には出さない。
「いいんじゃないか、禁止されるまでは」
「じゃあおとなしめに登ります」
レイは笑顔でそう言った。
「裏っかわの壁にしとけ」
壁を登る許可は申請しない方がいいだろうな。運が良ければ、事務方の連中が禁止すべきかどうか迷っている間に既成事実化するだろう。
何かをやってみるというのはいろいろ面倒なもんだなとジャックは思う。まあ、ちょっと面白そうだから。特的害獣対策課、まともに機能するかどうかやってみてもいい。