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#4

 戻ってきた女性に頼んで水を持ってきてもらった。

「転んで怪我しなかったか」

 バケツで手を洗いながらジャックが聞くと女性は手を振って

「いやいや、大丈夫、助かりましたよ。ほんとありがとねえ」

とまだ興奮覚めやらぬという口調で答えた。背が高く声が低く目付きの鋭いジャックは制服を着ていると威圧感が強いらしく、無駄に警戒されることがあるので、仕事中一般市民としゃべるときはくだけた物言いをするように一応こころがけている。まあ、効果の程はよく分からない。ふてぶてしくするほうなら得意なのだが。

「礼ならこっちだな」

 ジャックがレイを指すと女性は首をかしげた。この少女がアンデッドを始末したとは思わないらしい。

「ジャックさん手を出して」

 レイが小さな霧吹きを出して手に吹き付けてくれた。あの上着にはいろいろ仕込まれているらしい。ジャックは自分の手を見た。

「これは?代用エリクサーとか?」

「まさか。ただのエタノールです。いろいろさわったし、消毒」

 レイが苦笑した。

「あれもこれくらい扱い易ければ楽ですけどねー。アンデッドに吹き付けたりしてね」

 レイは霧吹きを服の内側のどこかへ戻した。ちらっと見えたが内ポケットがずいぶんたくさん付いている。

 横で見ていた女性から

「あんた男の子かと思ったら娘さんなのねえ、何でそんな格好してるの」

と聞かれて戸惑っている様子がおかしかった。真面目に答えようとしている。

「えーと、仕事しやすい服装、なので」

「そろそろ行くぞ」

 声をかけるとあわてて着いてきた。

「あれ、犬は?」

「マックスですか?しまいました」

レイが背負っている背嚢を親指で示した。傀儡に名前があることを知った。

「アンデッドに遭遇してから起動しても問題なさそうなので」

「担いだら重いだろ」

 歩かせる方が楽なんじゃなかろうか。

「使うとそれだけ傀儡が痛みますから」

 そういうものか。まあわざわざ入れ物を背負って来てたのだし、もともと様子をみて収納するつもりだったのだろう。そのあとは他にもアンデッドが発生しているかもしれないと周辺を細かく見て回って、昼近くになったので署に戻った。

 署に戻るとレイがマックスを洗ってやりたいというので一度解散してそのまま昼休みをとらせることにした。生前猟犬だったときの名前なのかレイがつけた名前なのかは聞きそびれた。

 ジャックは例の袋をもって専用焼却炉へ向かった。帳簿に日付と中身と自分の名前を書いて、炉に袋を放り込む。アンデッドの死体はこうやって高温で焼いてしまう。小動物なら骨も残らない。しかし灰になったアンデッドに、とりついていたはずの瘴気まで燃えてなくなるのだろうか、それとも死体から出ていってまたどこかで澱むのだろうか、その辺はジャックにはよくわからなかった。

 帳簿をぱらぱらめくってみる。一週間に4件ほどのペースで特定害獣が処理されていた。とりあえずこの辺が目標か?と思ったあと、……目標?何の?俺が?とびっくりした。

 まあ、この新設の部署で、自分がというよりハンターであるレイが、そのくらいの数をこなすのは充分可能だろう。効率的な警らや何かの、手法を整えれば。目指すかどうかは別として、仮定の話として。


 そう、仮定仮定。ジャックは食堂に行く前に喫煙所で一服することにした。巡査は歩くのが仕事だからパイプや葉巻を吸う暇はない。近年すっかり安価になった紙巻きの煙草を吸っていると同期のトマスが寄って来た。ジャックは船員をやめてから警察に入ったので同期と言ってもトマスの方が年下ではある。

「うっす」

「うぃっす。アンデッド・ハンター若い女の子だって?まじで?美人?」

「顔は可愛い…ような気がする」

 宗教画の端に描かれた天使の群れに混じっていそうな目鼻立ちだとジャックは思う。

「おおーっ。いいじゃんいいじゃん」

 トマスが無責任にはしゃいでジャックの背中を叩く。跳び抜けて長身のジャックに比べトマスは背が高い方ではない。普通に叩いて肩ではなく背中になる。

「うらやましいねー!」

 親しい人間の前なら無愛想を発揮しても問題ない。ジャックはドスを効かせた声で言った。

「ならうちの課来るか。人員増補の稟議書書くぞ」

 トマスは微妙に焦って

「俺、刑事部配属狙ってるからなあ」

と答えた。

「冗談はともかく腕前の方はどうよ。ハンター様の」

 ジャックはさき程の、レイの宙に舞い上がったような動きとあっという間に動かなくなったアンデッドのネズミを思い浮かべた。

「あれはちょっと凄いな。驚いた」

「へえ?どんな?」

 トマスが今度は真面目に食いついてきた。仕事上意味のある情報と捉えたようだ。

「どうって……凄い」

「おい」

「ネズミなら瞬殺」

「おおー」

「食われたネコ回収する方が大変だったな」

「うげー」

 短くなった煙草をもみ消して、喫煙所を出る。トマスも着いてきた。煙草をほとんど吸わないのにああいう場所に出入りしては愛想よく人と話して細かい裏話を集めている。マメな男だなと無精なジャックは感心しているのだが、トマスの目下の関心はジャック、というかその新しい同僚にあるようだ。

「えー、じゃあさ、もしかして通常の警らでアンデッドに出くわしたらそっちに頼んでも良さそう?」

「別にいいんじゃないのか。そういう部署だし」

「へーっ、そりゃ助かるな!全部回されても平気?」

「1日一件ないだろ。いいよ。あー、でも後始末はそっちでやってほしい」

「了解。じゃあそういう感じで話しとくわ」

 話すって誰にだよ、と思うが、実際トマスに任せておけば無難な範囲で無難な了解が根回しされそうなので黙っておく。自分でやるより楽だ。

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