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#3

 バーミンガムの町を歩く。レイは背嚢リュックサックから出した犬の傀儡を連れている。連れて、というのは間違いか。操作しているわけだから、持ってとか携えてと言うのが正しいのかもしれない。傍目には犬が自分で歩いているとしか見えない。よく訓練された猟犬の首につけた引き綱をもち、その手をポケットにいれている、と見せかけて綱は飾りだった。レイの指先から犬の首筋にごく細い5本の糸が結ばれ、犬の動きを支配している。

「そういうのもあるんだな、動物とか」

「そうですね、動物の傀儡はアフリカ大陸の方で伝統的で。マリからギリシャに移住した人のところにしばらく習いに行きました」

「犬でいいならその方が便利だろう?人間で作るより、よっぽど」

「でも動物は、体質に合わない人が多いかも」

「体質?」

「人間の傀儡でもどうしても合わない人はいますよ。船酔いみたいな吐き気とか。頭痛くなったり全身痒くなったり」

 どうやらアンデッド・ハンターになるには体質的な適性が要るらしい。

「あと、犬だと大きさが足りないです。代用エリクサーがそんなに入りません。動物相手ならこれで充分だと思いますが、人型のアンデッドには歯が立たない。」

 傀儡の体内には血液の代わりに「代用エリクサー」という比重の軽い液体金属が満たされている。これが傀儡の血管を巡り腐敗を防ぐ。扱いの大変難しい物質で、大気に触れるとあっという間に蒸発していくし、一定量以上をまとめておくと突然凝固して効力を失うことがある。

 不死身にも思えるアンデッドたちはこの物質に近接すると弱体化する。これを詰めた銃弾なども開発されてはいるが、相手の体内でうまく潰れて中身が漏れてくれなければただの銃弾と同じだし、うまくいっても量が少ないためにそこまで効果が高くはない。ジャックがこれまで実際に対峙したアンデッドで一番大きかったのは野犬の死体だったが、普通の銃弾なら50発当てなければならないところを、代用エリクサーの入った弾丸ならその半分で済む、程度の体感値だった。代用エリクサーは同じ重さの金より高い。費用を考えたら普通の銃弾の方がマシなくらいだ。

 レイによると傀儡の体内の代用エリクサーは皮膚の表面から僅かずつ蒸発している。それは体内の代用エリクサーと繋がっていて、全体量によってアンデッドにもたらす効果の強さは違うという。毛皮に覆われた生物よりも人間の皮膚の方が効果が早い、とも。

 「傀儡が大きすぎても問題があって。例えば熊を傀儡にすれば戦闘は強いでしょうけど、じきに代用エリクサーが固まって動かなくなると思います。壊れるタイミングが読めないから実用性がありません。人間でもあまり大柄な死体は傀儡に向かないんです。」

「へー、じゃあ俺なんかは」

「ジャックさんは背が高すぎますね」

 レイが笑い、ジャックは向いてなくてよかったと妙にほっとした。

「あと、傀儡が大きいと保管ケースも大きくなっちゃいますから」

 レイが両手をポケットから出して大きな四角を宙に描いた。手の動きは変わったのに犬はそのまま傍らを歩いている。この辺の仕組みはどうなっているのか興味深い。聞いても理解はできないだろうが。

「ハンターって基本的に流しの商売なので。自力で運べないほど大きいのは、扱いにくいですね」

「なるほど」

 レイは大股に、早足でジャックに着いてきている。もともと歩くのは速いのかもしれない。服装のことだけではなく動いているとやはり、いや単に立っているだけでもどこか少年ぽい。重心の取り方が女にしては独特なんだなとジャックは気づく。遠目に見たらたぶんわからないだろう。

 そのとき路地の奥から悲鳴が聞こえた。ジャックは走り出した。レイもあとについてきている。中年の女性が転びながら逃げてきた。

「お巡りさん!アンデッドよ!アンデッド!!」

 女性はジャックを見るとへたりこんで、自分が飛び出して来た扉の中を指差した。

「はいはい、分かった」

 ジャックは通りすぎながら女性の肩を軽く叩いた。実はこういうときただのネズミだったということはよくある。とりあえず様子を見て本物なら応援を呼ぶべきだろう。と、レイがジャックを追い抜いて滑るように中に入っていった。邪魔になるからだろうか、いつの間にか背嚢は下ろしている。

「気を付けろよ」

 思わず声をかけたが相手は専門家なのだった。見た目が幼いので、というか実際若いのだが、つい余計なことを言った。

 後について中に入ると血の臭いがした。ジャックが顔をしかめる。食料品倉庫(パントリー)の石造りの床に血溜まりが出来て、腹がズタズタになった猫の死体が転がっていた。どうやら本物がいるらしい。敵はネズミか猫か犬か?レイはと言えばその猫の死体を跨ぐようにして立ち、どこに隠していたのか、医者が使うメスのような細いナイフを右手に構えていた。レイの操る犬は一歩離れたところに頭を低くして構えていた。何かに飛び掛かる手前の姿勢。レイの目は部屋の隅の暗がりに向けられている。顔と眼球はそれ以上動かさず、視力で何か探そうというよりは、耳を澄ましているような気配。ジャックも思わず息を潜めた。

 握りこぶしほどの黒い塊がレイの足元へすっ飛んでいくのが見えた。ネズミのアンデッドだ。ネズミと言っても凶暴化している。武器を持った警官が何針も縫うような怪我をすることもあるのだ。ジャックは警棒を抜いていたがこの狭さではレイに当たるかも知れず、やたらに振り回すのはためらわれた。

 そのときレイが宙に浮いた。正確には壁を駆けあがるように蹴ってその勢いで宙返りをした。足元で傀儡がネズミに飛びかかり噛みついていた。ジャックがネズミの頭を叩き割るために近寄ろうとすると

「まだ!」

 レイが鋭い声音で制止した。レイの右手が動き傍らの棚にナイフが刺さる。尻尾を刃物で縫い止められたもう一匹のネズミがぶら下がってもがく。床上のアンデッドを片付けた傀儡が飛び上がって棚のネズミに食らいついた。こちらもすぐに静かになり動かなくなった。

 あっという間だ。四つに裂いてもまだ別々に動いていることもあるアンデッドが、ただのネズミのように、犬の形の傀儡にやられてしまった。これがアンデッド・ハンターの能力なのか。ジャックは信じられない思いで血溜まりに近づき、撒き散らされた猫の内蔵の上で動かなくなっているネズミを見下ろした。内ポケットから十字架のペンダントを取りだし、ネズミの上に垂らす。銀の十字架は十も数えない内に変色し始めた。間違いなくアンデッドだ。血もあまり出ていない。アンデッドの血液はタールのように黒ずんでドロっとして、空気に触れると土塊のように固まっていく。血液が変質するから生き物の血を求めるようになるのだろうか。

「こっち普通のネズミでした」

 顔をあげると銀色の硬貨を持ったレイが、照れ笑いをしていた。

「とりあえず全部焼却処理だな」

 特殊加工の焼却用防水袋を取りだしジャックはネズミ2匹と、念のため猫の死体をその中に入れた。これだけ損傷がひどければ可能性はないと思うが、アンデッドに殺された死体はアンデッドになる確率が高くなるので置いていけない。

 レイも手伝ったので当然のことだがふたりとも手が血まみれになった。新人のときから「血を見ても動じない」と評判のジャックだったが、レイはそれ以上だった。死体置き場で見かけたときも感じたが、優しいと言ってもいいような手つきで、猫の臓物を拾っていた。

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