#21 妥協
「理由って……。犯人の手がかりが欲しくて、というか、万が一出くわしたりしないかと思ったからで」
いや、怒りというより恥ずかしがっているような?それも違うか。もう少し複雑かもしれない。よくわからない反応だった。
「それは犯人が……裁かれるべきだと思うからです」
レイは絞り出すようにそう言うと顔を背けて立ち上がった。そのまま歩き出そうとする。ジャックも立ち上がり腕を掴んで引き留めた。納得がいかなかった。
「なぜそこまで?」
レイが向き直ってジャックを睨んだ。
「正義感では足りませんか」
今は明らかに苛立っている。眼差しに険がある。
「結局何が聞きたいんですか」
何が、と問い返されて戸惑う。何を自分は聞きたいのか。なんと言われたら納得がいくのか。レイが怒りのこもった灰色の瞳でこちらを見上げている。その眼を見つめ返し考えをまとめながらジャックは口を開いた。
「はっきり、事件とは関係ないと言ってくれれば、俺はそれでいい」
「は?」
「よく考えたら無罪の証明なんて、犯人が捕まって証言するまで出来ないしな」
「そうですけど……疑っておいて、言葉ひとつでまた信用するんですか」
「他にしようがない」
レイは、噛み付こうか和解しようか迷っているという風情で黙ったが、一度唇を引き結んだあと、こう言った。
「わたしは完全に潔白だし犯人のことも知りません。聖書に手を置いて宣誓してもいいです。……これで満足ですか?」
「分かった、信じる」
ジャックは、ずっと掴んだままだったレイの腕を離した。
「悪かった」
「……意味がわからない」
レイは不機嫌に呟いた。ジャックを睨んでいた目を伏せる。
「だから悪かったって」
「べつに腹を立ててるとかじゃなくて……」
嘘つけ、怒ってるじゃないかとジャックは思う。休日自分の気が付かないうちに同僚に後をつけられたと知ったら、たしかに気持ち悪いかもしれないし、仕方ない。一応若い女だし。最近様子がおかしいから気になったのだと弁解しようとしたが、それは気持ち悪さのうわ塗りだと気がついて止める。まるで質の悪い一方的な求愛者だ。
そういうつもりじゃないんだが。墓穴を掘りそうで黙っていると、レイは包帯の巻かれた右手に視線を落とした。
「気は立ってるかもしれません」
言い訳するように言葉を続ける。
「あの看護婦さんには親切にしてもらったことがあって。もともとは優しい人なんだと思います。ちゃんと……終わりにしてあげるべきでした。また誰か殺してしまう」
真面目か。思わず茶化しそうになったが、余計怒らせそうなので自重する。
「そこまでお前が背負うことじゃないだろう」
レイが驚いたようにジャックを見て、それから眼を反らした。
「背負ってるつもりはありません、けど」
一拍置いて続ける。
「ありがとうございます」
どうもこいつの感情の引鉄が読めない。まあいい。部屋を出ていこうとするレイの背中にジャックは声をかけた。
「おい、瓶」
「捨てといてください」
振り向きもせずそのまま行ってしまった。空き瓶ひとつで機嫌が取れるなら、捨てるくらいお安い御用ではあるが。ジャックはまだ残っていたジャガイモを口に入れてエールを流し込んだ。俺ももう帰ろう。
翌日出勤して待っていると私服のレイが大きなスーツケースを持って入って来た。まさか警察の仕事を辞めると言い出すのだろうか、ジャックは身構えた。




