#13 師匠
電話を受けたレイが一階から戻って来た。顔色が悪い。唇の血の気が引いてもともと白い肌が蝋のように青ざめていた。何か病気になったのか、貧血で倒れるかするんじゃないかとジャックは思った。
「献体の引き取りで病院に行ってきます」
口調はてきぱきとしていた。ジャックの知る限り普段は警察に届くまで待っているのが常だったと思うが。質問を受け付けない何かがレイの表情に現れていたので何も聞かずにおく。
「その間に駅に人を迎えに行って欲しいんですが、可能ですか」
「ギルドの用件なのか?なら協力することになってるから大丈夫だろ」
尋ね人は4時50分着の下りの汽車から降りるはずだとレイは言った。
バーミンガム駅で、くだんの便が入るホームを探し当てる。真鍮と鉄とその他の合金で作られた金色の巨大な機関車が蒸気と瘴気を吐き出しながら入って来るところだった。
レイによれば、待ち合わせの約束はしていない。ホームで見つけられなければすれ違ったということだからそのまま戻ってかまわない。会えたら警察まで一緒に連れて来て欲しいということだ。年齢は60歳前後、頭髪はなく眼と眉と顎髯はダークブラウンに白髪混じり、がっしりとした体つきで厳しい雰囲気の男性というのが人相書きで、他はともかく雰囲気は手がかりにならないだろうと聞いたときジャックは思ったが。実際のところ駅の雑踏でその男を見かけたとき、間違いなくこの人物だと確信した理由はその禿頭と、漂わせる空気が墓石のように重苦しく冷え冷えと見えたという二点だったのだ。
「ヴォジニャックさんですか」
ジャックが声をかけると男はこちらを見た。
「レイチェル・テイラーさんの依頼で迎えに来ました。一緒に警察に来て欲しいと」
男は無言でうなずきもせず、ただジャックの方に向き直った。どうやら同意の意思表示らしいと汲み取って、ジャックは駅の出口を指した。
「馬車があります」
男はやはり黙ったまま大きなトランクを持ってジャックの後に着いてきた。
警察車両ではなく四輪の辻馬車を待たせてあった。男は荷物を屋根には載せず馬車の中に持ち込んだ。馬車が走り出す。別段、沈黙が苦手な質ではないし、世間話をするような間柄でもないのでジャックもしばらくは黙っていた。男は口を開く気配がない。この男がレイの言う恐怖の大師匠で間違いないだろう。先程のレイの様子が、師匠に会う前の緊張なのかどうかはわからないが、なんとなく肩を持ってやりたくなって
「アンデッド・ハンターというのはたいしたもんですね」
とジャックは話しかけた。
「テイラーさんには大変助けられてます」
「……あれは」
もしかしたら声が出ないのかと思っていた男が返事をした。
「本物としては最後のひとりになるだろう。今は修行を始めるのが遅すぎる」
弟子のことは意外に評価しているらしい。仕事を始めた頃、レイが自分のことを年が近いとか付き合いやすそうと言っていたのはここが基準だったのか、道理でずれてると思ったと納得し、それにしても、とジャックは思った。
八才で弟子入りして師匠がこれだったら、俺なら確実に逃げ出すぞ。
やがて馬車は警察署に着いた。レイが病院から帰っているかはわからなかったが、ヴォジニャックを連れて来るのに総務の許可が必要かどうかちゃんと確認していなかったので、目につく正面玄関は通らず外階段から死体置き場へ降りた。鍵はかかっていない。観音開きの重い扉を片方押し開ける。
作業台の上の死体に触れていたレイが顔をあげた。警察官の制服から軽装に着替えて前掛けをしている。入ってきたふたりを目にしたレイは、双眸に安堵の色を浮かべたように見えた。師匠に怯えていたわけではないらしいとわかりジャックも少し安心した。
「ヴォジニャックさん、補佐をお願いします」
レイが言う。ヴォジニャックはやはり黙ったまま作業台に近づいて荷物を下ろし、外套を脱いだ。ジャックがこっそり引き返そうとする。レイがそれに気がつき頭を下げたので、頷き返して扉を閉めた。
翌日、作業が長引いていると言伝があり、レイは現れなかった。ひとりで警らに行ってもたいした成果は挙げられないので、ジャックが資料の確認や書類仕事をこなしているとトマスが棚の向こうからさまよって来た。
自分に用があるのかと思ったら棚からファイルを取り出して空き机に積み上げ始めた。
「殺人予告のやつ、実行しやがってさー。市民病院で五人死んだよ。ほら、病院の」
ファイルに綴られた書類をめくり、珍しく憮然とした調子で話し出した。
「今度送ってきた犯行声明で、アンデッドに肉親を殺されたから瘴気を出すものを許さないって書いてる。んで、当てはまりそうな事件を洗い出すことになったわけよ。ほんとかどうかわかったもんじゃないけどなあ」
「ああ…だったらアンデッド関係の調書三年分のリストはあるぞ。死人が出たような事件はそんなになかった」
アンデッド対策のために洗い出した直近の三年間のリストを出してやるとトマスは片手を拝むようにあげてから受け取った。
「じゃあこれと、四年前からのファイルを持ってくか」
ファイルの山と書類を抱えて顎で押さえてトマスが帰っていった。しばらくするとレイがやって来て自席についた。
「遅くなってすみません、追加があって二体の献体を処置してたので終わりませんでした」
「市民病院の件か、二体って」
「はい。ヴォジニャックさんを連れてきてくれて助かりました」
相変わらず顔色が良くない。今日のは寝不足が原因だろう。
「その師匠は」
「もう出発しました」
「そうか。お前は今日はもう休んで寝ていいぞ」
「眠くはないので。起きて身体動かす方が夜ちゃんと寝られますから」
ひどい顔色なりにレイが笑顔を作る。
「まあ、無理すんなよ」
とだけ、ジャックは言った。




