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#11 相性

 確かに、水温が高いとは言えワニの生育に適した温度までは達していなかったのかもしれない。爬虫類は寒ければ動けなくなるはずだからワニ本来の能力より遅かった可能性はある。しかし。

 だからといって普通、5メートルはあろうかというワニに出くわして即座に殺そうとはしない。つまりこいつは殺るか殺られるかで生きてきたのだ。逃げるという判断が命取りになりかねない状況を普段からくぐって来たのだ。

 ということを、裸の上半身に売店の老女が貸してくれたかぎ針編みの三角ショールをかけた珍妙な格好でジャックは思い巡らせていた。

 怪我人は病院へ運ばれていき、下水の中のワニの死体をどうするか、駆けつけた他の警官たちが指示を待っている。ジャックたちは署に戻ろうとしたのだが、警官が半裸で歩き回るのはならんと止められ自分でも肌寒かったので着替えが届くまで待つことになった。今いる警官の誰かから上着を借りるにはジャックのサイズが大きすぎたせいだ。

 他人からどう見えるかはさておき、ジャックは自分を事なかれ主義だと認識している。入れ墨を入れたのだって、その方が喧嘩を売られにくいというのが最大の動機だった。子どものときから体が大きく一対一の喧嘩に負けたことはなかったが、相手の性格によってはひどく根に持たれて面倒なことがある。人付き合いがそれほど得意でもない自分には、拳闘を習い入れ墨をして強面に磨きをかけるのが、面倒を避ける一番良い手段だと思われた。

 そういうジャックから見ると、レイは同僚としてはずいぶんと過激である。

 敵の殲滅こそが安全の源。アンデッド・ハンターとしては正しい方針なのだろうが、日常生活には極端すぎる。これを緩和させるにはどうしたら良いか。

「そういや、傀儡の服も血まみれだったろ。予備あるのか」

 隣にしゃがんで自分の脚に頬杖をついていたレイが、ちらりと横のケースに目をやった。傀儡はすでにケースに納められている。怪我人を運んだためかなり血に汚れていたはずだ。

「いいえ。古着で何か買います」

「領収証もらえよ、経費で落とすから」

 レイが頷いた。

「あの、途中でぶん投げてたのとか二人組でやるの、人間同士でも出来るのか」

「練習すれば出来ます」

「じゃあ俺練習するからやってみようぜ。教えろよ」

 レイがジャックを見上げて目を輝かせた。

「良いんですか?」

 ずいぶんと嬉しそうだ。こんなに良い反応を示すとは思わなかった。レイはわざわざ立ち上がってジャックの腕に手を伸ばした。

「ちょっと触って良いですか?」

 肘から曲げて力を込めた上腕を触らせてやる。レイはむき出しのジャックの腕を軽く握ってすぐ離した。

「飛距離出そうです」

 満足げな笑みを浮かべた。そうだとしても、ワニに向かって放り投げろと言われたら躊躇するけどなと心の中でジャックは独り言をもらす。レイは次に自分の細腕を曲げて握った。

「わたし上半身の筋肉つきにくいんですよね。脚力はまあまあなんですけど」

 そりゃ女だからな、と一瞬思ったが脚力に満足してるんならそういう比較ではないのだろう。

「肉食わないからじゃねーの」

「そうなんですか?」

「知らん」

「適当だな!」

 レイが声を上げて短く笑った。その顔を見ながら、とりあえずこいつから信頼されるような方向でやってみようかとジャックは思う。仕事をする上である程度頼りになる相手がいれば、あまり極端な手段は取らなくなるのではなかろうか。やってみないとまだ分からないが。

 極端でいけないかと言われれば、難しいところだ。これまでのところレイはすこぶる有能だ。先程の体術や手際に見惚れたのも事実だし、感心もしている。

 ただ、事なかれ主義、言い換えれば平和主義者としては、目の前で大怪我するのを見たくない。子どものような外見で獣のように闘争する相棒を、ジャックは割合気に入っているのだった。

 

 紅茶の入ったティーカップを両手に持ち、刑事部側の常時開かれたドアからトマス入っていくと特定害獣対策課の二名は体操なのか組手なのかよく分からないことをやっていた。

「なにやってんだ?バレエ?柔術?」

声をかけながら差し入れのカップをそれぞれのデスクに置く。

「跳躍の補助のうち合わせです」

レイチェル・テイラーが答えてカップを手に取った。

「いただきます。あれ、まだ熱いですね」

「刑事部でもらって来た」

 書棚の方向、隣を指す。防犯部から持って階段登って来るのでは確実に冷めるし何割かこぼすに決まっている。

「へー」

 感心したような声を同期のジャックが出した。鉄の神経だとかふてぶてしいだとか影で(主に上層部に)言われている男だが、隣の部署から茶を貰うというごく簡単な社交術は持ち合わせていない。

「で、補助のうち合わせ、って何。面白そうだけど」

「現場でとっさに動くのに、いちいち口で説明できないので、できれば目でタイミングを合図したいんです」

「それは……難易度の高い」

「格闘技でも相手の目を見て動きを先読みするからな、ある程度はいけるだろ。あとで外でやってみよう」

後半はレイチェルに向けてジャックが言う。レイチェルが頷いた。なかなか武闘派な組み合わせだなこの二人。武闘派というか、体力路線というか。部署の業務内容を考えれば適材適所か。

「昨日の被害者、一命は取り留めたらしいよ」

「そうか。まあ、良かった」

 レイチェルは複雑そうな表情で今度は肯首しなかった。まあね、片脚失ったことを思えば、単純に幸運とも言えない話で。しかしそれをわかった上で、生きてて良かったと括れるジャックの方が健全で単純で生きていきやすいよなとトマスは思った。一周回って正解というか。

「ワニの死骸は、大学と博物館が取り合って、ひとまず大学に持っていったって。胃の中見るのに解剖して、そのあと剥製にして博物館に引き渡すらしい。鞄業者も欲しがったけど、ワニの脱走元じゃないか疑われて引っ込んだ」

「脱走元、どこなんでしょうね」

「うーん、もう名乗り出ないだろな、死人も怪我人も出たんじゃ……。一応捜査するけど」

 業者が犯人なのか個人のペットだったのか。逃げたときはまだ小さかったのだろうか、どうせ死んでしまうだろうと思って放っておいたのかもしれない。こんな事件になるとは思いもよらなかったのだろう。

「次は、アンデッドかどうか判明するまでうちは関係ないからな。結局ただの人食いワニだったじゃねーか」

 人食いにつく形容詞がただの、ではだいぶ語弊がありそうだが。

「それは上に言えよ、偉いさんに。そうそう猛獣出て来ないだろうけど」

「もう言った」

 そういうのは平気なんだよな。トマスはレイチェルに顔を向けた。

「アンデッド・ハンターとしてはどう?ただのワニの相手はしたくない?」

 頭の中で意見をまとめているのか、数回瞬きをしてからレイチェルが答える。

「自分がやらなきゃって気待ちにはならないです。あれがアンデッドだったら、相当大変ですけどなんとかしなくちゃとは思います」

「なんだお前、自分の仕事じゃないと思ってたのに突っ込んでくのか」

 ジャックが口を挟んだ。

「だって危ないじゃないですか」

「危ないときはまず退避しろよ、逃げたら危ない場合なんてそんなにないぞ」

 まったく納得していない顔でレイチェルが黙った。素直そうに見えて意見を曲げない、説得するのに骨の折れるタイプだとトマスは理解する。ジャックに負けてないのは良い相性かもしれない。

「じゃあ俺戻るわ」

「おー」

 カップを返すくらいはこのふたりにもできるだろう。お礼を言って交流する機会にもなる。そのときレイチェルがふっと思い出し笑い、まで行かないような息を吐いた。

「そういえば、ジャックさんの入れ墨を見ました」

「あー。ちゃんとツバメに見えた?」

「あはは、はい」

「俺が自分で彫ったんじゃねーよ」

「ふ」

 ジャックが苦虫を噛み潰した声音で指摘する。レイチェルがまた少し笑った。仲良さそうで何より。正直、この部署が存続するかどうかはこの二人の連携がうまく行くかどうかだろうと思っていたのだが、今のところ心配要らないようだ。

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