3 休息 刈谷かなえ視点 - 5
私は、ほづみの頭をトリートメントで泡立てていた。
ほづみの髪の毛のなめらかな指触りは、とても心地よい。
「ねえ、かなえちゃん。かなえちゃんは、一人暮らしなのかな」
「ええ、そうよ」
物心ついたころから、ずっと一人だった。親の顔は覚えていない。
「そっか。ねえ、わたし、ひとりぼっちになっちゃったから、かなえちゃんと一緒に暮らしても、いいかな」
私が望んでいたことだ。けれど、ほづみのためになるだろうか。
「それは構わないけれど、私のせいでほづみがこんな目に遭っているのかもしれない。そう考えると、私がほづみの傍にいてもいいのか気になって仕方ないのよ。なら、私なんてもとから産まれなかったほうがよかったんじゃないかって思うことがある。それも、一度や二度じゃない。ほづみを悲しませてしまう度に、何度もそう思ってきた」
頭の中がほづみで一杯になっているせいだろうか。いつもの「冷静かつ真面目な責任感のある私」から、「誰かに甘えたい年頃の私」になっていた。
そして、失われた記憶を、少しずつ思い出しはじめてもいた。
ほづみの耳の裏を、指先で丁寧に掃除する。
「そんなことないよ。かなえちゃんがいてくれなかったら、わたし、寂しいよ」
ほづみは、少しだけ切ない声音で、鏡に映る私に語りかけた。
「そう。なら、私も、一緒にいてほしい」
「ほっ、よかった」
ほづみは、こころから嬉しそうに微笑んでいた。
ほづみには、私のことを恨んで、憎んで、詰ってもらっても構わない。
でも、ほづみから優しい言葉をかけられたら、私は、ほづみに甘えてしまう。
「目を閉じて」
「うん」
こみ上げてくる涙を、シャワーと共に洗い流す。
一足先に上がり、ほづみの着替えを用意しておく。この屋敷にある私服というと、まともな服はワンピースとパジャマくらいしかない。ほづみに豪華なゴシックドレスを着せて、私はメイド服を着て、ほづみに仕えてみるのも悪くない。
とめどなく溢れる欲望はこころの中にしまい込んで、真面目に探す。ふと外を見やると、辺りは暗くなりはじめていた。時計は午後七時、夕飯を食べたらそのまま寝ることになるだろう。私は、ほづみに合いそうな黄色いパジャマを用意した。
湯冷めのせいか、頭痛がひどい。バスタオル一枚で歩くべきではなかっただろうか。いや、いつもはここまで酷い頭痛はなかった。抗鬱薬を飲んだ翌日の朝でさえ、身体中が痛いものの、頭痛はこんなにも酷くはない。もちろん、魔物の私だからその程度で済んだのだが。
私は、過去の記憶を思い出そうとしている。過去の記憶に興味を示す私がいる。一方で、思い出すのが怖い私がいる。私が思い出すことで、なにかとても恐ろしいことになるかもしれないという、漠然とした恐怖心が募った。
でも、このまま朽ち果てるくらいなら、思い出したほうがいい。それに、ほづみのことで大切なことを忘れているかもしれない。私は、痛む頭を手で押さえながら、精神を集中させ、記憶を手繰った。