29 第二部 エピローグ 本当の家族 刈谷かなえ視点 - 2
私は記憶を辿った。
結界構築前、二〇一五年十二月二十六日、昼過ぎのこと。
棺に入った、真っ白なほづみの顔は、まるで生きているようだった。
無残な身体は、棺の蓋に阻まれて見ることはできない。
ほづみの身体は、公にできないほどに切り刻まれているはずだ。
「ほづみん、ごめん」
栗原美月は、ほづみの蒼白な頬を軽く掌で撫でている。
私も美月の反対側から、壊れものを扱うように、ほづみの頬に触れた。
ぷにぷにとした、死体とは思えない感触が指先に伝わってくる。
私は、一体、何をしたのか? ……思い出せない。けれど、取り返しのつかないことをしてしまったことだけはわかる。
こころにぽっかりと空洞ができてしまったような感覚がする。白く無機質な空間で、黒く四角い板に乗った私が、こころの底で愉悦に浸っている。でも、これは、私ではない。だとしたら、これはなんだろうか。
ほづみは、生きていると思わせるような、小さな微笑みのまま固まっていた。
失われた命は、決して、もとには戻らない。
「ほづみ……、そんな……」
私は目を潤ませながら、ほづみの頬を撫で続けた。
「……あいつのせいよ。あいつがほづみの家に火を放った! あいつがほづみを殺した! でも、もう、復讐もできないなんて、どうすれば……ねえ、ほづみ。私は、何をすればいいの?」
私は、美月の肩を強く揺さぶった。ただの現実逃避だ。
長い黒髪を揺らし、闇色の瞳を震わせながら、ほづみの名前を小声で何度も呟いた。栗原美月は、ほづみの友達だから、葬式に来ているのだ。私も友達を装って来たのはいいけれど、これから、どうすればいいのかわからない。
「落ち着いて、刈谷さん。気持ちはわかるけど……」
つられて、美月も動揺する。
ほづみの生涯を奪ったのは、理由はどうあれ、私にあるはず。
私は、ルナークと面識がある。
最後に残された、たった一枚の切り札。
なら、答えはひとつ。
「決めたわ。私は、絶対に諦めない」
「……刈谷さん?」
ルナークと契約したら、どんな副作用があるかわからない。
「栗原美月さん。私はこれから、とんでもないことをするかもしれないし、取り返しのつかないことをしでかすかもしれない。もし、周囲に危害が及ぶようなことがあったら、遠慮はいらないわ。私を殺しなさい」
それは私ではない、何かだから。
「はあ? 何? どういうこと?」
「ごめんなさい。今はそれしか言えないわ。でも、いずれその時が来ると思う」
葬式を終えて、ルナークと契約し、私は優しいほづみの傍にずっと一緒にいるために、もう一人の私はほづみを殺し続けるために、ほづみを蘇らせた。
何食わぬ顔で登校したほづみを前にして、もう一人の私が顔を覗かせる。……ああ、そうだ。私は、ルナークを唆して、本当に力があるのかどうか確かめさせるように言いつけた。ルナークは簡単にほづみの家を燃やした。逃げ出すほづみの身体をルナークの使い魔が引き裂き、ほづみを殺した。ルナークは事の顛末を淡々と語ってみせた。でも、何か物足りない。私の手でほづみを殺さなければ、私の腹の虫は納まらない。そうだ、私を傍観していた美月にも復讐してやろう。なにより、ほづみの親友というのが許せない。嫌でもルナークと契約せざるをえない状況に追い込んでやろう。
栗原美月、あなたも私と一緒に地獄に落ちてもらう。
私は有り余る魔力を用いて、ほづみが死んだ事実を世界から消し去った。ルナークや美月も例外ではない。私は学校の屋上にほづみを呼びつけて、ほづみを殺した。最初の一回は騒ぎを起こし、ほづみの死を生徒達の記憶に植え付ける。私は美月以外に催眠をかけ、ほづみの父親が犯人であるという噂を流す。後は美月にだけほづみの死体が見えるように仕向ける。とんだ嫌がらせだ。
私はほづみの家族にも自らの手で復讐を果たすことにした。でも、ほづみの家族はもういない。だから、人の形を取らせた使い魔をほづみの家族と置き換えて、警察に任意同行させる。使い魔には、マスコミを利用して哀れな醜態を演じさせる。まだ物足りない。私は、ほづみの家族に見立てた使い魔を、魔法で修繕した家に放り込んだ。私は二人に自分の家を燃やすように言いつけた。美月に見られたけれど、別に構わない。まだ物足りない。
……やがて、ほづみを殺すのに飽きた私は、いまの私と入れ替わった。私の目の前で、ほづみは魔物に殺された。もとより魔物は生命を食らう悪意そのもの。すべての生命における魂の腐敗は、生命への憎しみと欲望を生み出す。
私は慢心創意の美月の精神を救うために、美月の記憶を封じた。指輪の魔力を分け与えて、美月の身体を癒す。やがて蘇るほづみの記憶は、私の意志で一時的に封じられる。私は最後に自らの記憶を捏造し、封じ込めた。
過去を変えても、私の罪は消えない。弁解の余地などない。
私がほづみの傍にいる資格はない。
罪を償えないなら、私はここで朽ち果てるべきだ。
~舞台裏~
坂場朱莉「……なあ」
賀茂川家鴨「何でしょう」
坂場朱莉「……いや、何でもねえ」
賀茂川家鴨「では、気分転換に答え合わせをしましょう」
坂場朱莉「ああ……。刈谷かなえは自分で自分の記憶を捏造していたってことか?」
賀茂川家鴨「そうです」
坂場朱莉「ってことは、ほづみを殺し続けたたのは、刈谷かなえの意志だった……ハ、冗談だろ?」
賀茂川家鴨「わたしが冗談を言うと思いますか?」
坂場朱莉「それだと矛盾するじゃねえか。なんでアイツはいま、ほづみにべったりしてるんだよ」
賀茂川家鴨「『いまの私と入れ替わった』のです。聡明な貴方なら、もう理解できましたよね」
坂場朱莉「…………」