28 ほづみと一緒 刈谷かなえ視点 - 4
「ん?」
ガラスのほうに視線をちらと向けると、植え込みの隙間から、美月がこちらを見ていることに気がついた。美月は洋灯に背をもたれて、足を組んでいる。私の視線に気づいたのか、美月はにやにやしながら、こちらに手を振っている。
なにがおかしいのよ、まったくもう。
「なあ、アンタら、今度、一緒にメシでも喰おうぜ」
「うん。いいよ」
「別にいいけれど……」
朱莉の言葉を話半分に聞きながら、私は美月を睨んでいた。
すると、突然、牛型の大魔獣が洋灯の頂上に顕現した。
あいつ、まだ生きていたの?
私が美月に目配せすると、美月は洋灯から飛び退いた。
なにやら口論しているのか、美月が前傾姿勢でルナークを指差している。
ルナークが何事か呟くと、美月は仰天して仰け反った。
一体、何を話しているの。
「そんで、ほづみは何が食べたい?」
「えーと、じゃあ……オムライス!」
何かに耐えかねた美月は、私が見たこともない恐ろしい顔をしていた。
美月は結界を張り、剣を抜いてルナークに斬りかかる。
「ちょ」
「かなえちゃん、どうしたの?」
「ちょっと外が騒がしいみたいね」
「外? 暗くてよく見えないかな……」
ほづみは、じっと目を凝らしている。
美月はルナークの爪の刃を潜り抜けて、ルナークの胴を斬り裂いた。
ルナークは黒い雨を美月の頭上に降らせる。
美月は指輪から光の帯を取り出し、傘状にして黒い雨をやり過ごす。
美月は地面を蹴ると、光の帯を弓矢に変えて、ルナークを射抜いた。
けれど、ルナークは攻撃の手を緩めない。
美月が何か叫んでいるようだが、店内には何の音も聞こえない。
このまま黙って見ていても、解決しそうにないわね。
私は深い溜息を吐いた。
「ストーカー美月が、魔物とちょっと暴れているだけよ。もう少しのんびりしても決着がつかないようなら、加勢しようかしら」
坂場朱莉はちらりと外に目配せして、眉をひそめた。
「おいおい、ルナークのせいで客が来ないと、バイトにならないじゃないか」
「歩合制なの?」
「そうじゃねえけど、アタシのせいで店が潰れたなんて思われたくねえ」
「仕方ないわね……」
私は二人の先頭に立ち、屋根の上で戦闘中の影の元に飛び込んだ。
「消えなさい」
十メートルほどの高さを宙返りしながら、ルナークの頭部に銃弾を喰らわせる。
一瞬よろめいたルナークを、怒り狂った美月がすかさず斬り付ける。
「せやっ!」
光の刃に吹き飛ばされたルナークの身体は、洋灯の傍に沈んだ。
私が屋根の上で受身を取ったときには、ほづみと坂場朱莉がルナークを取り囲んでいた。
「離れなさい、ほづみ」
「ほえっ?」
私が鋭く叫ぶと、無防備なほづみは、慌てふためいた。
坂場朱莉は両手で拳銃を構えながら、ほづみの左肩を肘で小突く。
「ほづみ、アタシの後ろに隠れてなよ」
「えっ、いいの?」
「いいから、早く」
ほづみは慌てて、坂場朱莉の背後に隠れる。
「さて、と」
坂場朱莉はルナークを見下ろして、軽く舌打ちをした。
「おい、牛。アタシのバイトを邪魔すんじゃねえよ」
口の悪い朱莉が、銀の二丁拳銃をルナークの頭部に突きつけ、躊躇なく引き金を絞った。しかし、銃弾は貫通せず、ルナークの皮膚にめりこんでいる。
「相変わらず、硬いなあ、お前」
私は、ほづみを守るため、ほづみの傍に降り立った。
「ほづみ、離れるわよ」
「ほえ?」
私はほづみの身体を両手で抱えて、路地裏へと逃走した。
狭い路地裏に入ると、背後から美月の小さな悲鳴と、何かが飛び散る音がした。