28 ほづみと一緒 刈谷かなえ視点 - 3
ネオンカラーに彩られたクリスマスツリーの頂点には、銀色の星が瞬いている。
「立派なクリスマスツリーだね」
「ええ、そうね。来年は家にもクリスマスツリーを飾ろうかしら」
悪魔が自宅にクリスマスツリーを飾るとは滑稽な話ね。
「夜空のお星さまも、綺麗に見えたらいいな」
「そう? 私にはよく見えるけれど」
「ほえっ? わたしには、ぜんぜん見えないよ……」
ほづみはぽかんとして、空を凝視している。
さらに上のほうでは、暖かな商店街の光や街路樹の間に、満点の星々が輝いていた。悪魔の私には、周囲が明るくても、よく見える。でも、ほづみにはほとんど見えていないのだろう。
「ほづみ、少し、目を閉じて。ちょっと魔法を使うから」
「うん」
ほづみにもよく見えるように、私の見ている光景をほづみの脳内に送る。
「わっ、びっくりした!」
『どう? よく見える?』
私はほづみの脳にメッセージを送る。
「わっ! すごい! 頭の中でかなえちゃんの声がする!」
ほづみは星よりも、テレパシーのほうに驚いているようだった。
今度は、普通に言葉で会話する。
「ほづみ、星はよく見える?」
「うん。蒼いお星様とか、白いお星様とか、とっても綺麗に光ってる」
「そう。よかった……」
私は力を使い果たして、ほづみに寄りかかる。
ほづみは私の感触に気づいて、そっと抱き締めてくれる。
「かなえちゃん?」
「ごめんなさい。結構力を使うのよ、これ」
「そっか、ありがとう。かなえちゃんに無理させちゃった」
「いいのよ。気にしないで」
この程度で罪滅ぼしになるとは思っていないから。
「えへへ」
ほづみは私の頭をぽんぽんと撫でながら、小さくはにかんだ。
私とほづみは、赤煉瓦の小さな雑貨店に入った。
「いらっしゃいませ」
柱に取り付けられた幾多のランプが店内を暖かく照らしている。
商品棚には、高級そうなクマのぬいぐるみやオルゴールが陳列されていた。
ふと、レジの店員がこちらを向いた。
「ん? よう、ほづみ。かなえも」
坂場朱莉は店のエプロンを身に着けて、店番をしている。
「あれ、朱莉ちゃん、お店はじめたの?」
「まあな」
私は目を円くした。小声で坂場朱莉に語りかける。
「……ねえ、あなた、今までどこにいたの?」
「あー、ほづみにふっとばされて、仕方なくいつも通りバイトしてた」
「……そう。詳しく話して」
坂場朱莉はにやりと笑って見せた。
「まず、美月の提案で、ルナークの帽子を持って、アンタに見つからなさそうな場所に向かった」
「地下室のこと? ……なら、写真を見たのね」
「写真? ああ、アレのことね」
「ほづみもいたのよね」
「いた」
私は坂場朱莉を軽く睨んだ。
「そんなに怒るなって。アタシもほづみも気にしちゃいねえ」
「あなたが気にしなくても、私が気にするのよ」
「アタシが写真を見たことで、アンタがほづみを殺し続けたことへの後悔の念をアンタが募らせるからかい? アンタが犯した罪が表面化するのが嫌だからかい? それとも、ほづみが悲しむからか?」
「全部よ」
私は溜息とともに声を漏らした。ふと涙が出そうになる。
ほづみや坂場朱莉に涙を見られるのが恥ずかしくて、ぐっと我慢する。
「そうかい。ま、むしろ美月のほうが気にしていたんだけどな」
「そう。美月らしいわね」
私は髪をかき上げながら、目をそらした。
「でもさ、魔物が動物を襲うのは当然だろう? 動物が動物を襲うように。アンタは人間や魔物を支配するだけの力を持っているんだ、強者が弱者を喰い殺して何が悪い」
昔の私のことを言われているようで、胸が痛くなる。
けれど、私は真面目な表情を保ったまま、軽く笑ってみせる。
「冗談がきついわね。そんなことをするのは、ただの悪魔よ」
「だな。けど、魔物は倒さなければならない。アンタは曲がりなりにも人間の器を持っているんだ。それはアタシも同じ。人間が魔物に蹂躙されているのを、はいそうですかと受け容れるわけにはいかない」
坂場朱莉は腕を組み、淡々と話を続けた。
「話を戻そう。美月は、何故か傷だらけのルナークにもう一つ願いを叶えろと要求した。別に願い事は一人一回なんて決まりはねえからな。そしたら、アタシもびっくりしたんだけどよ、ほづみが美月を突き飛ばして、ルナークに願いを要求したんだ。どんな願いだと思う?」
私はほづみの目をじっと見つめた。ほづみのくりくりした瞳が、あちらこちらへと泳いでいる。ほづみは人差し指を突き合わせて、照れ臭そうにしている。
「ほづみ、どんな願いを叶えようとしたの?」
「ほえっ、えっと、その、かなえちゃんが永遠に幸せでいられますように、って」
「私が? 幸せに?」
「もう、どうしてかなえちゃんに話しちゃうかな~」
ほづみは坂場朱莉の肩をぺしぺしとはたいている。
朱莉はほづみの必死な姿を見下ろして、にやにやしていた。
「まあ、そういうわけで、ほづみは代償として呪いを引き受けたんだけど、ほづみが暴れまくったおかげで、ルナークが触手に握り潰されちまった。おまけに、かなえの幸せを願ったせいで、アンタの巨大な結界、要は、夢の世界が崩壊しちまった。本来はそれでほづみが消えるはずだったんだが、美月の目論見通り、ほづみがアンタの幸せを願ったために、ほづみは消えずに済んだ。まあ、美月が作戦を先に発表したせいで、ほづみが美月の代わりに願いを叶えようとしたわけなんだけれども、どいつもこいつも後先考えねえなあ……」
「えへへ。ごめんね、朱莉ちゃん。でも、わたしがやらなかったら、美月ちゃんがやっていたんだよね。美月ちゃんは何も悪くないのに」
「ほづみ……」
私はほづみの頬を胸元に抱き寄せた。
丸くなるほづみに頬をすり寄せ、金色の髪を優しく撫でる。
商店の暖かな照明と、通り一帯に装飾されたガラス越しからのネオンカラーの輝きが、ほづみのブラウスや、肌や、瞳を、より一層まぶしくさせている。
~舞台裏~
刈谷かなえ「悪いことは言わないわ。甘い夢が見たいのなら、ここでやめておきなさい」
坂場朱莉「はあ? 何でだよ」
刈谷かなえ「ごめんなさい。私の口からは、まだ何も言えないわ」
坂場朱莉「アンタの記憶が栗原美月の記憶と矛盾していることと関係があるのか?」
刈谷かなえ「……あなたには関係のないことよ」
坂場朱莉「ったくさあ、冷たいこと言うなよ。余計気になっちまうじゃねえか」
刈谷かなえ「そう。なら、後悔のないように、よく考えて決めることね」
坂場朱莉「おい、待て! ああもう、もやもやするなあ……」