28 ほづみと一緒 刈谷かなえ視点 - 2
まだ、ケーキを売っている店をちらほら見かける。
あちらこちらで、クリスマスのプレゼント用品の売れ残りが格安でワゴンセールされている。
「ほづみ、何か欲しいものはある?」
「家族が欲しいな」
「ほづみ……」
私はほづみの言葉に胸が痛んだ。
家族。私がほづみから奪ってしまったもの。
「ごめんね、無理なお願いだよね……」
ほづみはうつむいて、私の肩に頬をよせた。
私とほづみの吐息は、白い靄となり、夜空に溶けていく。
「ほづみ。私が、ほづみの家族になる」
「かなえちゃん……。かなえちゃんには、お父さんとお母さんがいるんだよね」
私は、盛大に白い溜息を漏らした。
いまの私にとって、家族との繋がりは仕送りくらいのものだ。
仕送りといっても口座振り込みで、記帳欄の差出人は無記名だった。戸籍謄本も調べてみたけれど、最近は個人情報にうるさく、私の現住所しか教えてくれなかった。手紙の一つでも送ってくれればいいのだけれど、もしかすると、私の意志が、私の両親と出会うことを拒否していたのかもしれない。本音を言えば、心の底では、悪魔となった私の姿を両親に披露するのが怖かった。
「両親に冷たい目で見られるのが怖い。でも、会いたい」
「もうっ。かなえちゃんは優しいから、どんなかなえちゃんになっても、優しく迎えてくれるはずだよ」
ほづみの言葉には、ずっしりとした重みを感じる。ほづみを虐待するようなクズな親でも、ほづみは最後の最後まで親を信頼していたのかもしれない。
私は心臓が押しつぶされるような気持ちにさせられる。
右手を胸にあてがい、小さく握り締めた。
「結局、どこにいるのか思い出せない以上、どうしようもないわね」
「そっか」
私の両親は、きっとほづみを家族として受け容れてくれるはず。私は、そう信じることにした。
「ねえ、かなえちゃん。前に、私と一緒に寝た夢を見たよね」
私はきょとんとした。
「ええ、見たわ。ほづみも同じ夢を見ていたようだけれど、どうして私の見ていた夢の内容がわかるの?」
「えへへ、あれ、夢じゃないんだ。こっそりかなえちゃんのベッドに潜り込んじゃった。そしたら、かなえちゃん、いきなりキスしてくるんだもん。もう、びっくりして、どきどきして、夜、ぜんぜん寝られなかったよ」
私は表情を動かさないようにしながら、自分の黒髪を弄った。
「ほづみ」
「なーに?」
「ごめんなさい」
「ほえっ?」
二回もほづみの唇を奪ってしまった。
「もう、キスなんてしないから安心して。これからは、ほづみの成長を影で見守るようにするから。変なこと、しないから……」
ほづみを誘惑して、変な気持ちにさせてはだめ。悪魔の私が、ほづみの将来を奪うわけにはいかない。大いに反省が必要よ。ほづみとの楽しい日々ばかり妄想して、ほづみの気持ちを悪魔の魅力で惹いていては、ほづみが永遠に自立できなくなってしまう。もちろん、ほづみとはずっと一緒にいたいけれど、ほづみの心を惑わすために一緒にいるわけではないのだから。
「かなえちゃん?」
「ほづみ、目を覚まして。私は悪魔よ。ほづみのこころを弄ぶ悪い魔物なのよ」
「かなえちゃん、わたし、かなえちゃんのことが大好きだよ。だから、また一緒に寝よう。キスしてもいいから。あ、でも、一日中かなえちゃんにキスされていたら、さすがのわたしも疲れちゃうな」
「ほづみ、私は……。私だって、本当は、毎日ほづみと一緒に暮らしていたい」
「えいっ!」
ほづみは私を抱き締めた。突然のことに、少し動揺する。
私のこころの内に溜まっていたほづみへの恋しい気持ちが、目からぽろぽろと流れ落ちていった。私はおもむろに、ほづみと頬を寄せ合う。
「ねえ、ほづみ。私はほづみを殺し続けた悪魔よ」
「よしよし。かなえちゃんは天使だよ」
私はほづみに頭を撫でられて、身体の力が抜けた。
いろいろと反論しようとしたけれど、やめた。
ほづみには、かなわない。
「まだ、ほづみと一緒にいてもいい?」
「うん。いいよ」
私は、切ない気持ちにこころを貫かれて、目をぎゅっと閉じた。
胸を押さえる手に力がこもり、服に放射状の深いしわを生み出す。
私はなるべくほづみと視線を合わせないようにして、胸の動悸を抑えた。悪魔の私がほづみに変な気持ちを抱いてしまうことは、欲望の歯止めを外すことに繋がりかねない。けれど、ほづみの傍にいることくらいなら、私の手で殺めてしまったほづみ達は、私を許してくれるだろうか。私が少しだけ幸せになることを、許してくれるだろうか……。