27 終幕 刈谷かなえ視点 - 5
私はライフル銃で触手を撃退する。
「危ない!」
背後から「止まれ」の標識が、正面から、私の胸を貫いた。
「ああっ……」
私は歯を食い縛り、標識を胸から引き抜く。
どぼどぼと血潮が溢れ出すが、治癒能力のおかげで、すぐに止血した。
私は血を多く失い、激痛に耐えながら、ふらふらとほづみを目指す。
美月はビルを垂直に駆け上がり、触手の根元を分断する。
触手を失ったほづみは、小さく悲鳴を上げて倒れた。
「ほづみ!」
私は胸の痛みを手で押さえながら、ほづみの元に駆け寄った。
足に力が入らず、私は途中で足を滑らせ、水溜りに顔を浸してしまう。
構うものか。私は身体をひきずるようにして、ほづみの元へと向かう。
「ほづみ……、しっかりして!」
濡れて凍えてしまったほづみを抱え上げると、小さく身じろぎしている。
「……かなえちゃん、いまのうちに、わたしを……」
「ほづみ、ちょっとごめんね」
「……ほえ?」
私はほづみと唇を重ね、呪いを少しずつ吸い上げる。
「よっしゃ、任せとけ!」
美月は私の背中を剣で何度も斬り付け、呪いを浄化する。
すっかり呪いを吸い上げた私は、ほづみの甘い唇に夢中になってしまった。
少し舌を入れると、ほづみはぴくりと震えて、照れくさそうに首を上げた。
「もうっ、かなえちゃん!」
ほづみが起きたのを確認したはずの美月は、それでも私を斬りつけている。
「もういいわよ」
「でいっ、やあっ、そりゃっ!」
美月は、私を斬ることに夢中になっていて、まったく気づいていない。
私は空に向けて小銃を一発放った。
「ぎゃあ! やめて! 撃たないで!」
美月は跳び上がって、ほづみの影に隠れた。
銃口からは小さな硝煙が立ち上っている。
「……はっ! どう? かなえちゃん、上手くいった?」
「あなたが盾にしているのは何?」
「お、ほづみん、正気に戻ったかい?」
「うん、なんだか、夢を見ていたみたい」
ほづみは私の腕の中で、猫のように丸まっている。
「夢が覚めたなら、かなえちゃんの家族とも会えるかな」
「そう、そうね……」
足元の石礫を踏み潰す。ようやく小雨になりはじめ、太陽が厚い雲の隙間から小さな顔を覗かせた。
しばらくすると、一面に青空が広がる。
美月のほうを見ると、折れ曲がった「止まれ」の標識を掲げていた。
「もう、何してるのよ」
「結構、重いんだね、これ」
美月は標識を両手で構え、バットのように素振りしている。
「これで戦ってもよかったかな?」
私は呆れて溜息を吐いた。
「ちゃんと元の場所に戻しておきなさい」
「うん、もちろん」
私はほづみを抱えたまま、異空間を通り抜ける。
ほづみを自室のベッドで寝かせてから、私もほづみと添い寝する。
そういえば、坂場朱莉を見ていない。どこに行ったのだろうか。
~舞台裏~
坂場朱莉「アタシの出番……」
葉山ほづみ「もう少しだけ続くから、ね? がんばろう?」