27 終幕 刈谷かなえ視点 - 3
「ねえ、美月。ほづみはどうして暴れているの?」
「ルナークのせいっていうか、なんて言えばいいのかな。癇癪を起こしたルナークが、ほづみに何か変なものを注いだっていうのかな……」
「そんな、ほづみ、やっぱり……」
私は目に涙を浮かべながら、すとんと膝を着いた。
「うわああああ!」
「ちょわ、かなえちゃん、どうしたのさ、急に?」
私は精一杯声を出し切った。涙が雨に洗い流されていく。
肺が潰れそうになるまで二酸化炭素を出し切る。
酸素と雨粒を大きく吸い込み、なんとか立ち上がる。
「……そう、わかったわ。なら、もう手遅れね」
「え、何で? そんなの、まだ、分かんないじゃん」
美月は不満そうに口を尖らせた。
「それはおそらく、ルナークが、ほづみが壊れてしまうように呪いをかけたのよ。いままでも、何度かそうしたことがあったから。けれど、私には、どうすることもできなかった。美月がほづみの呪いを浄化できないなら、私にとっては完全な詰みよ。どうすることもできない。できるとしたら、ほづみが誰かを殺す前に、私の手でほづみの息の根を止めることだけよ」
それに私は、今度もほづみが亡くなってしまったら、もう、次のほづみを望まないことにした。それに、もうここが私の夢の世界ではないのだとしたら、ほづみが蘇ることもないだろう。
ただ、不思議なことは、夢の世界から覚めたはずなのに、相変わらず私は悪魔で、美月は正義の剣士で、そして、ほづみはこころが壊れてしまっているけれど、まだ生きている。この辺りのことは、後で美月からたっぷりと質問することにしよう。そのときには、私は廃人になっているかもしれないけれど。いいえ、私はもう、人ですらない。なら、一体、何になるというの。
「うりゃあああ!」
「ちょ」
私は美月から強めの平手打ちを受けた。
右の頬がじんじんと痛む。
「何言ってんだ、バカ! ほづみんを殺す? そんなんじゃ、何の解決にもならないじゃんか……」
強気の声を上げていた美月だったけれど、後半は尻すぼみになっていった。目に見えて肩を落としているのがわかる。
私と美月のブラウスは、ぐっしょりと湿って、くっきりと肌着が見えていた。
私は、頬よりもこころが痛んで、美月と同じように眉尻を下げた。
「美月、気持ちは分かるわ。でも、私の力ではどうしようもないの。私だって、ほづみを助けたい。でも、その方法が思いつかないのよ……」
我慢していた熱いものが、また、ぽろぽろと頬を伝い落ちていく。
私が涙を拭き取っていると、美月の栗色の瞳は小さく揺れ動いた。
「よそ見禁止!」
美月は私を突き飛ばした。
私は受身をとる暇もなく地面を転がる。
砂埃を払って上体を起こすと、眼前には、逆さの電柱が突き刺さっていた。
引き千切られた送電ケーブルの先端からは、小さな火花が爆ぜている。
「かなえちゃん、後ろ!」
私は咄嗟に銃を構え、背後から襲い来る触手に魔力を込めた鉛弾を撃ち込む。
右方向に前転して触手を回避する。
怯んだ触手にC4爆弾を設置し、ほかの触手は風魔法で切り刻んだ。
「ごめんね、ほづみ。ちょっと痛いけど、我慢して」
触手が引いていくのを確認してから、C4爆弾のスイッチを入れる。
すると、地面のほうで、大きな爆発が起きた。
周囲のビルは、衝撃ですべてのガラスが割れた。
粉々になった木の枝が、アスファルトに散らばる。
「美月、ほづみは下よ」
「あい、わかった」
私は黒い羽を生やして空を飛ぶ。
美月は躊躇なく地上に飛び降りた。
「ちょ、何よ、あれ!」
私はほづみの姿を捉える前に、恐ろしいものを見てしまった。
パトカーの横転した道路の奥から、戦車が走ってくるのが見える。
近くには戦闘機や戦闘機、取材のヘリもある。
私は地面に降り立ち、羽を折りたたんだ。
「美月。一旦、隠れるわよ」
「えっ、どうしてだい?」
「私達が戦っているところをマスコミに騒がれたら面倒よ。それに、戦車とか戦闘機とかに暴れられたら、さすがの私も木っ端微塵になるかもしれない」
「でも、ほづみんはどうするのさ」
「魔法もなしに本気のほづみに挑んだところで、どうやったって勝ち目はないわ。そうね、私が魔力を込めた迫撃砲をほづみに二十発当てても、びくともしなかったと言えば、美月にも分かってもらえる?」
「うん、分かった。どこに隠れる?」
「異空間ならこちらに被害は及ばないはずよ」
私は美月の腕を引いて、異空間に飛び込んだ。