27 終幕 刈谷かなえ視点 - 2
私が身を起こすと、美月が手を貸してくれた。
「やあ、かなえちゃん。ここはもう、かなえちゃんの結界の中じゃないんだよ」
「……どういうこと?」
「だから、ここはかなえちゃんが夢だと思い込んでいる結界の中とはちがうんだよ。あれ、もしかして、自分が何やったか覚えてないの?」
私は記憶を手繰り寄せる。
私はルナークと契約して、それから、何をしたのか。
私を邪魔する何者も寄せ付けないように、巨大な結界を貼ったような気がする。そうして、私の思い通りになるように、概念を捻じ曲げようとした。確かにそう念じたけれど、本当にそうなっていたというの?
美月は真剣な面持ちで剣を構えている。
「話は後。とにかく、ここはもう、かなえちゃんが思い描く夢の世界とは違うってことと、ほづみんが暴れてるってことだけ、理解しておいて」
私は小さく咳き込んだ。赤い飛沫がアスファルトに飛び散る。
赤い飛沫は、突然振り出したにわか雨に洗い流されていった。
「ちょっと待って。ほづみが暴れているって、どうして?」
私は雨に濡れるがままになりながら、美月のほうを向いた。
「ルナークがほづみんに変なことしたみたい。どれもこれも、ルナークを放っておいたあたしの責任だっての!」
私の眼下には、巨大な影が広がっていた。
ふと見上げると、巨大なビルや車の類が降ってくるのと、美月が跳び上がってビルを両断し、車を蹴り飛ばしているのが見えた。
美月はくるりと一回転して、私の傍らで受身をとる。
水滴が弾けとび、私の手にかかる。
「よっと。危ない、危ない」
私は、ふと疑問に思ったことを口にした。
「ねえ美月、その剣、ビルも斬れるの?」
「ああ、これ? 正義の剣は、悪以外を斬れない。でも、剣の周りに水をものすごい高速で循環させて、水圧カッターみたいにして斬ることはできるんだよ。あと、斬る瞬間だけ水を凍らせて、相手に直接攻撃することもできるよ。これのおかげで木の伐採も簡単だし、食べ物の冷凍保存もできる。結構、便利でしょ?」
「そんなことまで聴いてないわ」
落ちていくビルに目配せすると、表面が凍りついていた。
美月はいつもの余裕あるのんきな表情を浮かべながら、周囲を警戒している。
「あ、あと、あたしがほづみんを斬ると、ほづみんが消し飛んじゃうみたいだから、ほづみんは、かなえちゃんが何とかしてね」
「ほづみが消える?」
「うん。元はといえば、ルナークがほづみんの肉体を復元して、ほづみんの魂をそこに入れてできた……こう言っちゃなんだけど、本質的には魔物みたいなものなんだって、さっきルナークから聴いたんだ」
私は小さく俯いた。
「つまり、私もほづみも、そのへんに漂っている魔物と同じということ?」
「作り方としては一緒なんだって。ただ、その質が全然違うって言ってた。あたしが魔物だと思って何も考えずに切り捨てていたものも、元を辿れば人間だったのかな、って思うと、結構、複雑な気分になるよね。……よっと」
美月は私を軽々と担ぎ上げ、隣のビルに乗り移った。
「まったく、ルナークは、あたし達人間のことを実験動物としか見ていないみたいで、むかつくったらありゃしないや」
「美月、私一人でも動けるから、安心して」
「む、そうかい?」
私は美月に下ろしてもらい、さっきまでいたビルを振り返る。
「これって……」
巨大なビルには、ビルと同じくらいの太さをした触手が巻かれていた。
この触手には見覚えがある。ほづみが壊れてしまったとき、目にしたものだ。
「これ、ほづみんの出した触手だよ」
「ほづみ……」
「うん。ほづみん。雨が降って元気になったのかな?」
小さくひびが入った後、ビルは粉々に粉砕されてしまう。
「中の人達は平気……?」
「とっくに緊急避難命令が出て、みんな避難したよ」
「そう。よかった」
私はほづみの触手を眺めていた。
あの触手に私が絡め取られて、骨まで砕かれれば、少ないけれど罪滅ぼしができるし、私も楽になれるだろう。でも、ほづみは何を望んで暴れているの?