3 休息 刈谷かなえ視点 - 1
3 休息 刈谷かなえ視点
内心、ほっと一息ついていた。
何の脈絡もなくほづみの家に泊まりたいと言ってしまった。ほづみは納得してくれたからよかったけれど、普通ならただの変態と思われても仕方がないだろう。
しかし、私のこころは休まることはなかった。ほづみの家で、ほづみと寝泊りするのだ。いつも以上に、ほづみのことが頭から離れない。悶々としながら授業を話半分に聞いていた私は、午後、ほづみとともに、ほづみの家へと向かった。
ほづみと手を繋いで歩く。ほづみは、どことなくうきうきとした足取りだった。
ぼんやりとほづみを眺めながら歩いていると、ほづみの家に到着した。
「ちょっと準備するから、待っててね」
私が頷くと、ほづみはぱたぱたと家に上がっていった。
そして、ほづみの悲鳴が上がった。
「ほづみ、どうしたの!」
恐れていたことが、起きてしまった。
私は全速力でほづみの家に乗り込んだ。
靴を脱ぎ散らかし、廊下を走り抜ける。
「ほづみ!」
ドアを勢いよく開くと、ほづみが振り返った。
「あ、かなえちゃん? 今、料理するから待っててね」
「えっ?」
ほづみは、何食わぬ顔でエプロンに着替え、パスタを茹で始める。
ほづみの父と母は魔物に首を貫かれて、冷たくなっていた。
私は、ほづみの身体を強く揺さぶる。
「ほづみ、しっかりして!」
「かなえちゃん。これは、きっと、夢なんだよ。だって、おかしいもん。家に帰ったら、パパとママがいて、わたしが『ただいま』って言ったら、『おかえり』って、言ってくれるはずなんだよ」
ほづみは鍋の火を止め、かなえに抱きついた。
「でもね、どうしてだろう。寝ちゃったのかな。いつもみたいに、『おかえり』って、言ってほしいな。それとも、」
私は無我夢中で、ほづみを抱き締めた。
私の胸の辺りの布地が、湿り気を帯びる。
「もしかして、死んじゃったのかな」
「ほづみ、大丈夫、まだそんなこと、わからないから……」
どう見ても、ほづみの両親は助かりそうになかった。
ほづみも、そんなことはわかっているはずだ。
「落ち着いて。ほづみには、私がついているから」
「かなえちゃん?」
ほづみが顔を上げると、次から次へと、目に熱いものが溜まっていった。
私は、小刻みに震えるほづみがこころを壊さないよう、より強く抱きしめた。
私の胸にほづみの吐息が吹きかかる。
生暖かい死臭が届かないように、私はほづみを連れて外に出る。
冷たい風からほづみを守るように、しっかりと抱きしめる。
「ほづみ、少しは落ち着いた?」
「もうちょっと、このままでもいいかな」
ほづみは私に身体を預けると、次第に身体の震えが収まっていった。
「わかった」
私はこころを落ち着かせて、警察と救急車を呼んだ。
魔物の仕業とはいえ、このままではまずい。
ほづみの両親は病院で死亡が確認されたという。
そのことを聞いても気丈に笑いを浮かべるほづみを見て、胸が締め付けられた。
私は警察からしつこく事情聴取を受けたが、ほづみがとりなしてくれた。
警察に話せることなど、なにもない。魔物の話をしたところで、頭のおかしなやつだと思われるだけだろう。埒があかないので、私は警察と救急隊員の記憶を改ざんした。ここでは何も起きていなかった、ほづみの家族は自殺した、と。
ようやく警察から開放される。
私は、ほづみを私の家に連れて行くことにした。
私もほづみも、何も喋ろうとはしなかった。