26 かなえのこころ 刈谷かなえ視点 - 4
少し横になると、こころが落ち着きはじめた。
そろそろ、この鬱病を克服しなくてはならない。
私は重たいこころを引きずりながら、階段を上がった。
ベッドの傍に置いておいた抗鬱薬を口に含む。台所に行き、ガラスのコップに水を注ぐ。水を口に含み、カプセルを胃に流し込む。
いつまでも過去のことで思い悩んでいても仕方ない。今日の夜、ほづみと一緒に、外に出よう。悪魔の私は家で一日中ほづみと寝ていても、ほづみとゲームで遊んでいても、身体がなまることはない。
でも、ほづみは私とは違い、普通の人間よ。いつまでも過保護では、ほづみが運動不足になってしまう。もちろん、美月はほづみと一緒にショッピングとか観光とかをしているけれど、私も、ほづみと一緒に外で遊びたい。ほづみと一緒に、商店街のクリスマスイルミネーションを見に行きたい。私の記憶では、十二月中ならクリスマスを過ぎてもまだ開催しているはず。さすがにケーキを売る店は少なくなっていると思うけれど、それでも構わない。
それから、ほづみと一緒に旅行しよう。でも、どこまで私の結界が続いているのかわからない。旅館で温泉と会席料理を堪能したり、温水プールに浸かったりしたい。年末は年越しそばを食べよう。お正月はお餅を食べたり、着物を着たり、神社仏閣へお参りに行ったりしよう。春は花見に、夏になったら海を見に行こう。それから、秋はぶどう狩りをして、紅葉を見に行こう。冬になったら、またクリスマスが待っている。雪が積もったら、雪合戦や雪だるま作りもしてみたい。
大雪や大雨で外に出られないときは、ほづみに私が面白いと思った本を薦めよう。もちろん、毎日ほづみと勉強して、ほづみとゲームで遊んで、ほづみとお風呂に入って、ほづみと食事を作って、ほづみと一緒に食事して、ほづみと一緒に寝て、それから……。
いけない。ほづみとやりたいことが多すぎて、頭の中がまとまらない。
それに、もし、これから時が正常に進むようなら、いずれ高校生を卒業することになるだろう。今までは、不思議なことに、一年が終わっても、学年が上がらないで、また同じ授業を繰り返している。クラスの人々の顔ぶれは変わらない。誰一人として歳をとらない。誰も同じ単元の授業に疑問を持たない。大切な記憶が抜け落ちてしまっている。けれど、まったく同じ時間というわけではないようだった。それが、元通りに……なるのだろうか。私はこころの底で、永遠の高校生活を望んでいるのかもしれない。
……ちょっと待って。ここは夢の世界よ。ループしようがしまいが、私は悪魔であり続ける。歳を重ねることはない。私以外の夢の住人が歳を重ねるとしたら、私が見ている仮初めの人間達が私の認識の中で歳を重ねるのか、あるいは、美月のようなイレギュラーな存在が歳を重ねる……でも、ほづみはいつまでも高校生のままよ。それは、私の記憶の中にある美月も変わらないこと。みんな、肉体は、何一つ変わっていない。
もしかしたら、私の夢の中では、何もかもがイレギュラーなのかもしれない。私が思い描いている秩序が、まったく通用しない世界なのだろう。
深く悩んだところで、答えは出そうにない。