26 かなえのこころ 刈谷かなえ視点 - 3
私がほづみを抱き締めようとしたとき、空間に裂け目ができた。
ほんの一瞬のできごとだった。
私が気を抜いている瞬間に、注射針の形をした魔物の大群が、ほづみの心臓を抉っていった。
「ほづみ!」
その場に倒れたほづみは、私に手を差し伸べて、そのまま事切れた。
私はほづみに口付けし、ありったけの生命力を注ぎ込む。けれど、手遅れだった。私の生命力を他人に移すことはできるけれど、肉体に致死量の損傷が出てしまった者を蘇らせることはできなかった。
私はふらふらになりながら、ほづみの胸の傷を手で塞いだ。
でも、指の間から、次々と温かい血液が流れ出していく。
ほづみの身体がどんどん冷たくなっていく。
「ほづみ……どうして……」
何度も経験したことのあるはずの「ほづみの死」は、私のこころに深く突き刺さった。私はいつも、ほづみをこんな目に遭わせていた……。
強い風に吹かれた花びらが舞い上がり、ほづみの遺体を覆った。
すると、ほづみの肉体は忽然と消えてしまった。
その夜、私は家で自殺を図ったけれど、ことごとく失敗した。
私はしばらく不登校になった。医師の診察を受けて抗鬱薬を服用したけれど、あまり効き目がない。挙句の果てに、私は自分の記憶を一時的に捏造した。
記憶の捏造は、「最果ての魔女」という架空の悪魔を生み出した。私は「最果ての魔女」が放つ魔物からほづみを守らなくてはならない。私にとって、ほづみはかけがえのない大切な友達だから。
それから幾度となく、ほづみを「最果ての魔女」から守りきれずに涙を呑んだ。
本当は、この魔物達を、私が制御しきれていないだけ。呪いなんて関係ない。魔物がほづみを襲うのは、それが私にとっての不幸だから。
もしかすると、ほづみが望んだ願いの本質は、「自分の死」だったのかもしれない。家族に虐げられ、私に八つ当たりし、クラスの人々に放っておかれたほづみは、電車に飛び込んだ。ほづみは、私がほづみの幸せを望まないように、なるべく私を遠ざけるために、私の不幸を望んだのかもしれない。
私は、穴のあいたほづみの写真を眺めた。
ほづみの写真に銃を撃つほど、悪魔の私はこころが荒んでいたようね。
私はほづみにいじめられていた。でも、それはほづみが親に虐待されているからだった。そんなほづみのこころを救うために、私は自分勝手な願いと暴力で解決した。でも、ほづみは納得していなかった。考えてみれば当然かもしれない。自分の親を殺されて喜ぶ人間はいないのだろう……たとえ、それが残虐な親だったとしても。
私は、なんて酷いことをしてしまったのだろう。
ほづみの痛ましい姿が、私の脳裏に反芻する。
私は膝をついて、その場に蹲る。
胸を両手で押さえるけれど、身体の震えは収まらない。
私のこころには、まるで、ほづみの写真のように、ぽっかりと穴があいている。
心臓のあたりから、目に見えない血液が流れ出しているような気分だった。
私はほづみがくれたリボンの感触を強くイメージする。
ほづみと一緒にいられる時間を手に入れるまでの間、ほづみとの楽しい思い出は築かれていった。一時期はほづみを避けようとしていたけれど、でも、ほづみはいつでも、すぐ私の傍にやってくる。それが残酷な運命に繋がるかもしれないといくら警告をしても、ほづみは私の元にやってくる。
ほづみのリボンを通じて、ほづみの優しさが、私の胸に染み渡る。
この優しさは、私が望んだもの。
ルナークは、ほづみの優しさを「捏造されたもの」と言うかもしれない。
でも、私は、ずっと昔から、ほづみと仲良くなりたかった。
ほづみにいじめられても、ほづみに殺されそうになっても、ほづみの両親を殺してしまっても、ほづみに嫌われても、ほづみを恨んでいても、ほづみを不本意に殺してしまっても、ほづみが殺されても、その気持ちが変わることはなかった。
だから、私はこんな願い事をして、いつまでもほづみに頼りきりでいる。