26 かなえのこころ 刈谷かなえ視点 - 1
26 かなえのこころ 刈谷かなえ視点
学校で冬季講習を受けた後、制服姿のまま、私は自宅のある場所を目指した。
結界を維持する副作用によるものだろうか? 私は、何かに、こころを喰われ続けているような感じがした。息が苦しい。生きているのが辛い。
私は、胸に手をあてがいながら、壁伝いに階段を降りる。もう一人の私が、ここに何かがあると訴えかけてくる。
私は、木製のドアをそっと押し開けた。
自宅の地下にある小部屋には、沢山のほづみの写真が壁一面に貼られている。
写真には、銃で打ち抜いたような痕跡がいくつも見られた。
「何よ、これ……」
結界を維持する副作用? いいえ、違うわ。私の記憶が蘇りはじめている。
はるか昔、私はほづみを憎んでいた。それも、殺したいほどに。
私はいじめに遭っていた。当初、いじめの首謀者はほづみではなかったけれど、何もしないでぼうっと見ているだけのほづみに助けてもらいたかった。
でも、その願いは叶わなかった。
それどころか、ある日を境に、ほづみは私に直接危害を加えるようになる。机に傷をつけたり、上履きに画鋲を入れたり、勉強道具を肥溜めに放ったり、いじめは次第にエスカレートしていった。
私が思い悩んでいるとき、坂場朱莉から、ほづみが家庭問題で悩んでいることを聞かされる。私は、ほづみの帰り道を後ろからこっそりと着いていった。すると、ほづみの家では、父母から虐待を受けているほづみの姿が見えた。
そう。こいつらのせいだったのね。
私は坂場朱莉の姿をしたルナークから契約を持ちかけられた。
こころが壊れてしまったほづみを、元に戻してほしい。
優しいほづみと、ずっと一緒にいたい。
でも、契約には代償がいると聞いて、しばらく躊躇していた。
そんな折、ほづみは電車のホームに飛び降りたという。
即死だった。
学校では、私がほづみを殺したのではないかと、あちらこちらから、ずっと疑いの目を向けられるようになった。それからは、体操着を燃やされたり、カッターで指を切られたり、酷いときは殺されそうになったり、たくさんの痛くて辛い思いをした。
でも、私はいままでのように、いじめっ子を恨んだり憎んだりすることはなかった。むしろ、私がほづみを殺してしまったのだと思うようになった。
数日後挙げられたほづみの葬式は、警察が委託したものだった。
ほづみは、奇跡的にも、頭だけがかろうじて残っていたという。
私はルナークを呼びつけて、すぐさま契約した。
私はほづみの元に転移し、ほづみの頬を撫でた。
すると、ほづみの遺体は忽然と消え、翌日には、ほづみは何食わぬ顔で登校してきたのである。
私は自分のこころが壊れていくのを感じながら、ほづみの両親の精神を狂わせ、間接的に殺した。命乞いをしていたあの二人の弁解をまとめると、自分の娘の葬式代を出さず、駅のホームに飛び込んだが故の損害賠償にばかり頭を悩ませていたという。どうしようもないほどにクズな親だった。でも、いま思うと、どんなにクズでも、尊い人の命ではある。私が勝手にクズだと思っていただけなのかもしれない。ほづみは納得していないようだし……こころが痛む。
私は二人を洗脳し、まず、ほづみのために預貯金をすべて引き落とさせた。果ては、ほづみと同じ苦しみを味わって貰うために、しかし、他人に迷惑をかけないように、樹海の奥で崖際から身を投じるよう仕向けた。二人が死んだところは直接見てはいないけれど、私の魔法は二人が死ぬまで効果を及ぼし続ける。どうあがいても、あの二人は死ぬまで樹海をさまよい続けることだろう。
それから、私はこんなクズを放置していた教師と、私をさんざん痛めつけてきた、ほづみとは異なるいじめっ子を殺しに向かった。私は殺人を経験してから、すっかり、こころが廃れてしまっていた。こういうのもなんだけれど、そのときの私は相当残酷なことを考えていた。怒りと憎悪で頭に血が上っていた。私は直接、教師といじめっ子に制裁を加えようとした。
けれど、ほづみが庇った。
ほづみは私が何をしでかしたのかをルナークから聞き、ほづみもまた契約を果たしたのである。ほづみは、私の目の前で、私の永遠の不幸を願った。
頭に血が上った私は、というより、このときほとんど理性を失っていた私は、徹底的にほづみを痛めつけた。ほかの連中など眼中になかった。
~舞台裏~
坂場朱莉「……なんか栗原美月の記憶と矛盾してないか?」
賀茂川家鴨「はい。刈谷かなえの記憶が正しいのか、栗原美月の記憶が正しいのか。どう思いますか」
坂場朱莉「どうって言われてもなあ」
賀茂川家鴨「人間の記憶は単なる電気信号です。この世界では造作もなく捏造できます」
坂場朱莉「刈谷かなえは自分の記憶と栗原美月の記憶を一時的に封じたんだろ?」
賀茂川家鴨「まあ、そうですね」
坂場朱莉「忘れたくなるような辛い記憶があるのか? ……ヒントよこせ」
賀茂川家鴨「かなえさんが美月の記憶を封じたのは、指輪=魂の崩壊を防ぐための応急処置です」
坂場朱莉「ってことは……ああもう、わかんねえよ!」
賀茂川家鴨「第二部の最後に解説しますから、暴れないで下さい」