24 頓痛 刈谷かなえ視点 - 1
24 頓痛 刈谷かなえ視点
夜、目が覚める。私はほづみの腕の中からするりと抜け出し、処方薬を持って台所へ向かう。……これで何度目だろうか。
恐怖と憎悪で目が覚める度に、コップ一杯の水とともに抗鬱薬を飲み下し、こころを落ち着けてから再び眠りにつく。けれど、幾度となく抗鬱薬の摂取を繰り返しても、私はこの夜の悪夢に苛まれ続けた。私は夢の中で、何度もほづみを殺した。腹を引き裂いたり、身体の間接をもいだり、見れば見るほど、私のことが嫌いになっていくような、凄惨な光景が繰り広げられる。
夢の中のほづみは、私の頭の中に、悲痛な声で訴えてくる。
『どうしてわたしを殺したの?』
ごめんなさい。そんなことをするつもりはなかったの。
『嘘だよ。かなえちゃんは、わたしのことを恨んでいたんだよ』
「そんなことはないと思いたいけれど……」
『じゃあ、かなえちゃんは、わたしをいじめて楽しんでるの?』
「違う!」
わたしはこころの中で必死に叫ぶ。
でも、ほづみの声は私を信用していない。
『わたしを殺すかなえちゃん、とっても楽しそうだったよ?』
「それは、そうかもしれないけれど、いまの私はそうじゃない」
『いま? いまだから昔のことは関係ないっていうんだ』
「…………」
『やっぱりかなえちゃんは最低だよ』
私は、こころの中でほづみに手を伸ばした。
でも、そこには何もない。
まるで、私のこころのように。
二〇一六年十一月二十六日(月)午前八時。
私が意識のあるまま夢の世界にいるというのなら、私という器の中に私がいるという命題が真になってしまう。ヴィトゲンシュタインの考えはパスカルにより否定されたけれど、私は、今の私をうまく認識できていない、そんな気がする。
でも、本当に、そんなことがあるのだろうか。
朝日が差し込んでくる。眩しい。ほづみが私を覗き込んでいる。
胸のあたりがじんじんと痛む。身体が重くてなかなか動かない。声を出そうとするが、腹筋に力が入らない。激しく胸を上下させているのに、脳や心臓に酸素が行き渡らない気がする。
徐々に「現実の悪夢」を思い出す。その度に、胸がナイフで抉られるような鋭い痛みを発する。手で胸をあてがうけれど、からっぽになりかけたこころの痛みは、ますます強まるばかりだった。
時計の針を見る。いつもより遅い朝だ。こんなふうに横になっている場合ではない。今日はほづみとみんなのために、たくさんの朝食を作らないといけない。
どんなにほづみから嫌われていても、私のこころと身体が悲鳴を上げようとも、私は、ほづみを守り、ほづみのためになることをする責任があるのだから。
でも、私のこころは、半分、ほづみを、人生を、諦めてもいた。私はほづみを殺し続けた。それなのに愛してほしいとは、図々しいにも程がある。それに、ほづみは私の傍にいることを、本当は望んでいないのではないか。たとえそうでなくとも、ほづみはあくまで夢の中の存在でしかない。本当のほづみはもういないのだから、私が生きている意味など何もない、と。
ほづみが私の手を包み込むように握る。ほづみのぬくもりが、胸にあてがう手から心臓へと伝わり、私のこころをあたためる。