2 接近 葉山ほづみ視点
2 接近 葉山ほづみ視点
「刈谷さん、おはよう」
ほづみは朝早く登校し、美月を差し置いて、刈谷かなえに挨拶した。
昨日の不思議なできごとについて、詳しく知るためである。
教室には、ほづみと美月、かなえ、それ以外にも、生徒が三人ほどいる。
美月は別の女子生徒と談笑しながらげらげら笑っている。
「昨日のテレビ、やっぱり面白かったよね!」
美月は肩辺りまである栗色の髪を揺らし、窓辺に背をもたれかけた。小さく溜息を吐いている。いつもより、少しだけ元気がない。
一方、ほづみは、頭の中が散らかっていて、
美月は全体的にスラリとした体型だが、出るところは出ている。ときどき、ちらりとほづみのほうに目を向けてくる。
ほづみが視線を合わせると、美月は苦笑いした。
ほづみは美月とかなえを見比べた。
東雲学園の制服には、夏服と冬服がそれぞれ二種類ずつある。生徒は、学校指定の制服の中から、自由に選んで着こなしてよい。
冬服のひとつは、ほづみ、美月、かなえの着ているものである。ブラウスの上に水色のブレザーを着て、紫色のネクタイを締めている。スカートには黄色の横ラインが裾のほうに一本入っている。ネクタイの代わりにリボンをしてもよい。
もうひとつは、白いブレザー、青いネクタイ、水色のスカートである。スカートには白や黄色のラインが縦横に入っている。こちらもリボン可である。
美月は頭に青いリボンをしている。かなえは頭に紫のリボンをしている。ほづみは青いリボンである。
三人とも、さながらカチューシャのように、リボンをしている。
ほづみは小首を傾げた。みんな、不思議とよく似ているな、と思っている。
かなえのリボンだけは、ほづみから向かって左側に喋結びができていた。
ほづみは、かなえの黒髪に見とれた。長くて、つやつやしている。手の甲で、そっと毛先に触れてみると、さらさらしていて、くすぐったい。
しかし、かなえは気づかない。
「あの、刈谷さん?」
かなえは、カバーの掛かった分厚い本に夢中で、ほづみに気づかない。
教室の戸が荒々しく開かれる。
「よう、美月。珍しく早いな」
「イエーイ、朱莉ちゃん、おはよう!」
美月はにやりと笑って、登校したばかりの朱莉の背中を軽くはたいた。
朱莉は鞄を机の横に放ると、気だるそうに微笑んで、肩をすくめてみせた。周囲の生徒達も、美月や朱莉につられて、小さく笑い出す。
朱莉は、ほづみよりも若干明るい髪の毛を、赤いリボンで左右に結んでいる。腰辺りまで垂らされた金色の髪は、くるくると緩やかなウェーブがかかっている。
「刈谷さん」
かなえは小さく肺を上下させるばかりである。
ほづみはめげずに、前のめりになって、声を張り上げた。
「刈谷さん、おはよう!」
ほづみの金色の髪が、かなえの両袖に触れる。
かなえは、ぴくりと眉を動かした。
ほづみは、かなえの闇色の瞳をじっと見つめる。
氷像のようにしばらく動かないかなえは、本を机の中にしまった。
「ええ、おはよう、ほづみさん」
静かな声の響きが、ほづみの耳を優しく震わせた。
昨日とは打って変わって、柔和な微笑みが返ってくる。
ほづみは、ふと、下の名前で呼ばれたことに気づいた。
「あの……わたし、えっと」
ほづみは困惑して、人差し指を突き合わせ、軽くまばたきをする。
かなえは、ほづみに視線をじっと合わせて動かない。
ほづみは、気軽に名前で呼び合いたいのかもしれないと思った。
「えっと……。かなえちゃん、おはよう」
すると、かなえはにっこりと笑った。
「えへへ。かなえちゃん、喜んでくれた。なんだか嬉しいな」
かなえは小さく嘆息した。
「ほづみさん。いえ、ほづみ。この世界には、危険な魔物があちこちに潜んでいるの。私と関わると、ほづみも魔物の干渉を受けてしまう。でも、安心して。私がほづみを守るから」
一般人が聞いたら腹を抱える内容だろう。
しかし、何よりも現実がその危険性を物語っている。
ほづみは少し考えてから、小さく「うん」と頷いた。
「じゃあ、かなえちゃんから離れなければいいのかな」
「ええ。そうしなさい」
「そっか。なら、かなえさんの家に泊めてもらってもいいかな」
「そうね。えっ?」
かなえはほづみに釘付けになった。
ほづみは目を泳がせながら、慎重に言葉を選ぶ。
「あ、そうだよね。いきなりお邪魔したら、難しい、よね。そうだ、かなえちゃん、わたしの部屋に泊まる?」
「むぐっ」
かなえは顔を押さえて、下を向いてしまった。
「かなえちゃん、大丈夫?」
「平気。そうね、ほづみさんの部屋がいいわ」
「わーい、一緒に寝ようね、かなえちゃん」
「むぐっ」
かなえは机に突っ伏したまま、小刻みに震え続けた。