20 陰謀 坂場朱莉視点 - 1
20 陰謀 坂場朱莉視点
「なあ、アンタ、さっき言ってた潜入調査っていうのは?」
アタシは、美月の友達の一人、滝沢小百合に話しかけていた。
小百合は、三つ編みにした長い白髪を、頭の後ろでまとめている。
「どうなんだ?」
小百合は小さく頷く。
「はい。改めまして、私は刈谷家の従者、滝沢小百合です。かなえお嬢様の父上様と母上様から、かなえお嬢様の様子を見てくるよう仰せつかりました」
小百合はロングスカートの両端をつまみ、小さく礼をする。
「つっても、正体を隠しているわけではないんだろ?」
「出自と学歴、それから年齢を二歳ほど偽っておりますが、変装や偽名などは用いておりません」
「おいおい……」
「私は、幼い頃からかなえ様のお傍に仕えておりました。ですが、かなえお嬢様のご反応からして、私のことを覚えていらっしゃらないご様子です。刈谷ご夫妻はこのことを予期されていました」
「は? どういうことだ?」
小百合は少し俯きながら、淡々と語り続ける。
「刈谷ご夫妻は、偉大なる財力と努力と人徳で、かなえお嬢様を捜索されました。しかし、衛星からの画像には、何故かこの地域一帯が写りません。また、現地に派遣したSPは、行ったきり返ってきません。責任を感じられたかなえご夫妻は、危険を顧みず、かなえお嬢様がいらっしゃると思わしき地域に自ら足を踏み入られようとしました。しかし、刈谷ご夫妻だけは、不思議な障壁に阻まれて、何故か、この地域一帯に立ち入ることができないのです。理由はわかりませんが、刈谷ご夫妻は、かなえお嬢様が、刈谷ご夫妻と会わないことをお望みでいらっしゃるからだと、寂しそうに、お話になりました」
「ふーむ、それで?」
「それからも刈谷ご夫妻は、何度かこちらに使いを出されました。不遜ながら、私の記憶が曖昧なもので、何度使いを送られたのかは、はっきりとは覚えておりません。しかし、少なくとも十回以上は送られたと思います。とうとう、かなえお嬢様の情報を得て帰還する者が出ました。調べによりますと、ほかの者達は、何者かに引き裂かれ、亡くなったそうです」
おそらくは、刈谷かなえが人殺しをしていたときの話だろう。しかし、刈谷かなえは証拠や人々の記憶を完全に絶つことができるはずである。あえてそうしなかったのは、おそらく、自分の親に情報を伝えたいという「悪魔の願い」によるものだろう。
「……それで?」
「ある時、私は身分を偽り、自らの意志で、かなえお嬢様の通う高校に潜入しました。しかし、かなえお嬢様は、私が見えていらっしゃらないのか、何を話しかけても、まるで何の反応もお示しにならないのです。そこで、かなえお嬢様のお友達でいらっしゃる栗原美月様に接触し、私はなるべくかなえお嬢様のお傍にいるよう努力をしている次第です」
ということは、ルナークがアタシに教えてくれたことは、大体が合っていることになる。この世界は夢の中だけれど、現実でもある。刈谷かなえは社会的宇宙の記憶を操り、書き換え、物理法則を捻じ曲げ、今を生きている。
また、刈谷かなえは葉山ほづみを殺し続けていたが、葉山ほづみの願いでこころを病み、また、栗原美月が夢に介入することで、結果的に刈谷かなえの願いが阻害された。悪魔の契約は、願いが叶わなければ呪いも消える。
とはいえ、今も完全に呪いが消えたわけではないだろう。現に刈谷かなえはまだ魔法が使えるし、魔物としての素質も持っている。これは、葉山ほづみが刈谷かなえを苦しめる願いをしたことが原因だ。
そして、呪いが薄まった今となっても、刈谷かなえは人間と魔物の間に広がる淵をさまよいながら、ほづみと家族の片方しか手に入れられないでいる。何もかも捨て去り、世界を我が物にできるだけの力を持って、けれども願いは叶わず、悪魔もしかめ面をするような結末だ。ルナークには、アタシからはこの件に関して刈谷かなえには何も言うなと言われているけれど、そういや、ほかの人になら話してもいいのかな。例えば、滝沢小百合とか。




