19 遊休 刈谷かなえ視点 - 2
余ったケーキは切り分けて、いくつか冷蔵庫に入れる。入りきらないぶんは美月の腹の中へと消えていく。当然、この量を食べるのには時間がかかる。もちろん、私は美月の胃袋を休ませるつもりなど毛頭ないけれど。
「さあ、どうしたの。美月、あなたが食べ終えないとプレゼント交換がはじまらないじゃない」
私はほづみからりんごジュースを注いでもらい、一口で半分まで飲み干した。
ケーキは意外と喉が渇く。スポンジが口内の水分を持っていってしまうから。
「うー、苦しい」
「無理しないでね、美月ちゃん」
エプロン姿のほづみは、美月のお腹を心配そうにさする。
「うわっ、すごいお腹……」
「ほづみん、あんまり強く押すと出ちゃう」
ケーキを口一杯にほおばる美月は、口の周りにクリームをべったり付けていた。
私はほづみの後ろ姿を見ながら、自分の髪の毛を指先でいじる。
「吐いたらだめよ。食べたことにならないから」
「うぐ。じゃあ、吐いたらギブアップってこと?」
「ちょ、吐かないでよ? 掃除が大変じゃない」
私は席を立ち、フォークでひとかけのケーキを突き刺していく。
そのまま、美月の口の中に、手の平大のケーキをねじこんだ。
「ぐえ」
「吐けないように押し込んであげる」
「だめだよ、かなえちゃん! 美月ちゃんがえずいてる!」
私はほづみの声で、ふと我に返る。
自分でも恐ろしいほど悪い笑みを浮かべていたと思う。
「そうね。悪かったわ」
私は、美月の口からフォークを引き抜いた。
私が美月の口から、フォークでケーキをかき出そうとすると、美月の手がそれを静止する。
「え?」
美月の口内で、ケーキがドラム式洗濯機のように回転する。
ケーキの塊は、掃除機のように吸引されて、美月の腑に落ちた。
「ちょ」
「まだまだ!」
美月は闘争心に火がついたのか、次々とケーキを噛まずに飲み込んでいく。
「ねえ、美月ちゃん。もうちょっと味わって食べようよ」
ほづみは私にりんごジュースを注ぎ足した。
トイレから戻って来た美月の友人の一人が目を円くして感心する。
「まあ、美月さん、とっても食欲旺盛なのですね」
この友人、笑顔だけれど、さらりと毒を吐いている気がする。
彼女は髪を長くウェーブさせていて、どことなく貴族のような気品があった。
そういえば、彼女の名前をまだ知らない。
「あなた、名前は?」
「城井智子です。どうぞ、気軽に智子とお呼び下さい。かなえさん、本日は突然お邪魔して申し訳ありません」
城井智子は丁寧に礼をした。
「そう。よろしく」
私が彼女を睨んでいると、美月がそれに気づいて苦笑した。
「あー、もしもし、かなえちゃん?」
美月が小声で私に語りかけてくる。
「何?」
「智子ちゃんは、幼稚園の頃に胃の手術をしたせいで、ご飯があんまり食べられないんだよ」
「……そう」
私は眉尻を下げて、智子に礼をした。こころが痛い。魔物の身として生きてきた私だけれど、呪いが解け始めてから、こころが痛むようになった。
いまの私は、こころが脆い。けれど、何も苦しまず、何も悲しまずに、食物連鎖の頂点を目指して人の命を刈り取る魔物と比べたら、いまの私はこころが痛むことに喜びを感じている。
失われた記憶の中の、かつての私は、何も考えずに人の命を刈り取る怪物だったのだろうか。もしそうなら……いいえ、それすらも捏造された記憶かもしれない。この世界がすべて夢かもしれないように。
私は、何も知らないであろう智子を見つめた。
「どうされました?」
「いいえ、あなたが少し、羨ましいと思っただけよ」
「はあ」
智子は首を傾げる。
けれど、一度知ってしまった秘密を、忘れようなんて思えない。
私は、記憶に縛られて生きていく。そうこころに決めたのだから。